028.魔導昇降機
「はにゃぁー! ヨルの髪がにゃいにゃー!!」
「あぁっ、ヨル、髪が!」
「……」
目を覚ますなり、奇声を上げるミーニャとアリシア。ヴォルフガングはさもわかったような表情で、無言で肩をポンと叩いてくる。
「禿げたみたいに言うな」
そんな言い方されると、頭がスースーする気がするではないか。
特にヴォルフガングは、口の端がにやりと上がっているから、分かっていて肩ポンしてきたんだろう。
ふさふさだから余裕なのか、そうなのか。
(いや、俺だって髪切っただけでたっぷり残ってるわ!)
大丈夫だぞとイケメン風に髪をかき上げながら、ヨルは3人に「蛾から逃げる時にちょっと」と説明する。「ちょっと」というのは実に便利な言い回しだ。聞いた方が適当に理由を想像してくれる。「ふぉー」と口を縦に開いて目を輝かせるミーニャがなにを想像したのか少し心配ではあるが。
アリシアがすっきりと目を覚ましたから、おそらく今は朝なのだろう。軽い朝食を取りながら状況を掻い摘んで説明する。
肉蟲牧場には肉蟲が羽化した蛾の魔獣がいて、そいつらが撒いた毒鱗粉のおかげで肉蟲も、アリシアたちもおかしくなっていたこと。毒の効きが悪かったヨルが3人を連れて、なんとかタンク室まで戻ってきたことを話す。髪は蛾の魔獣を一時的に追い払うための魔術で使ったことにした。
実際は蛾の魔獣は倒したのだけれど、倒したなんて言った日には、アリシアがまた肉蟲牧場に行きたがるだろうから、嘘も方便というやつだ。
「そう、ですか……」
現にアリシアは、この説明を聞いた後でも、名残惜しそうにしている。
「面目ない」
戦力になれなかったとヴォルフガングが臍をかむが、あれは先走ったアリシアが悪い。気を付けて進めば鱗粉にも気づけたはずだ。もっともアリシア自身には全く自覚がないようだが。
「この水晶で脱出経路を見つけた。それから魔導生命体の保管庫も。そこに目的のものがあるかもしれない」
そう言って、サーベラントの受信水晶球を示すヨル。今は、保管庫の様子を映してある。アリシアが手をかざして操作しようと試みるが、やり方が分からないのか画面が切り替わる様子はない。
「保管庫はどこに!?」
想定通りの食いつきを見せるアリシア。案内をしてやると、サーベラントの部品がある辺りを懸命に探しはじめた。
「うな? お魚のおめめみたいにゃ」
「ミーニャ、それをよくみせてください!」
(いいぞミーニャ、ナイスアシストだ)
折角作った魔晶石に気づかなければ一芝居打つつもりだったが、珍しくミーニャがいい仕事をしてくれた。義眼用の魔晶石はミーニャが発見し、無事にアリシアの手元にわたる。
「これは単眼用の魔晶石に違いありません。これなら使えそうです。良かった……」
まじまじと見た後、確信をもって頷くアリシア。目的の物がどういう物か、事前に調べていたようだ。
「無事に入手できるとは。これで、これで……。これも、偉大なるヘキサ神のお導き。光あれ、リグラ・ヘキサ!」
よほど嬉しかったのか魔晶石を手に膝をつき、神に祈りを捧げるアリシア。その目には涙さえ浮かんでいる。
(よかったな、作った甲斐があったってもんだ。それなら教皇様の目も見えるようになるだろう。つーか、教皇様の目を魔王の遺物で治すのってどうかと思うんだが。……つか、本当にいいのか、教義的に? ま、神に祈りまで捧げて喜んでるし、……いいんだよな)
信仰心の薄いヨルには、アリシアの思考回路が今一つ理解できない。
ヴォルフガングも微妙な表情でアリシアを見ているから、彼も同じ気持ちなのかもしれない。恐らくこの世界の全員が、信心深いわけではないのだろう。
「脱出路が見つかったと言っていたな」
「ああ。奥に魔導昇降機があった。脱出しよう」
目的の物が見つかったのだ。こんな地底に長居をする必要はない。アリシアが義眼に必要な他の部材を回収するのを見届けた後、ヨルは一同をエレベーターのある場所へと案内するのだった。
――もしも、この時。
ヨルがアリシアと、盲目の教皇に対して覚えた違和感をもう少し深く考えていたならば、この旅の終わりはもっと違ったものになっていたかもしれない――。
■□■
「これが、まどーしょーこーきにゃー?」
「こんなものが、廃坑にあったなんて……」
「動くのか?」
魔導昇降機は通風孔を挟んでタンク室の向かい側にあった。
位置的にみて、通風孔と壁1枚隔てた場所だろう。昇降機は通風孔に沿うように造られているようだ。
「魔導回路は生きている」
昇降室への扉を開くと、ぱっと床面に明かりが灯る。こんなところもエレベーターのようだ。
円形の室内には腰丈ほどの石柱が立っているから、これが操作盤だろう。床だけ昇降するタイプかと思ったら、カプセル型のガラスのような乗り物ごと昇降するタイプのようで、透ける天井の上に真っ暗な昇降路が見える。昇降路は魔導昇降機に比べてずいぶん広いから、かつては鉱石の搬送路も兼ねていたのかもしれない。
魔導昇降機はガラス張りのカプセル状で、操作盤らしき石柱の立つ床材だけが石材だ。床材は1枚の大岩から切り出したような滑らかな天然石だろうか、魔人の移動用なのか高級そうな造りだ。
ヨルが操作盤に触れると3つほどボタンが浮かびあがった。
エレベーターなら「R」「B2」「B1」に相当する記号がある。エレベーターで「R」は屋上を指すけれど、この場合は地下構造体の最上階というところだろうか。とにかくこの階と一つ上の階、それから地上に近い場所だろう。
「一番上まで一気に昇る」
もう一つ上の階があるようだが、アリシアの用事は済んだのだ。もう、地下に用はない。見つけた義眼の材料を自分の鞄に仕舞って大事そうに抱えているアリシアを見ると、了承するようにうなずいている。
全員が魔導昇降機に乗ったことを確認したヨルが「R」のボタンに触れると、昇降機が音もなく上昇を始めた。乗り心地もエレベーターそのものだ。しかも高層ビルで採用されている、加速を感じずあっという間に高所に上がるタイプだ。
昇降機が透明だから、過ぎ去る壁の動きでどれほどの速度で上昇しているのか見て取れる。
「すごい速さだな」
「スレイプニルより速いわ」
「うなー」
上を向くと口が開いちゃう人なのか、ミーニャが口をぽかんと開けて天井を見ている。
開いた口に飴玉でも入れてやりたい。
なにか持っていなかったかとポケットを漁るヨルが目を逸らした瞬間、アリシアが叫び声を上げた。
「ヨルっ、上、上っ!」
「なっ」
「行き止まりにゃあぁ!」
何ということだろう。
上昇を続ける昇降機が速度を緩める様子もないのに、昇降路の先は行き止まりになっていた。
エレベーターから洩れる光をキラと反射する様子と形状から察するに、水晶柱のような物がランダムに張り巡らされて昇降路を塞いでいるのだ。水晶と言っても太いものではなくて、繊維のような細い物が幾重にも張り巡らされた様子は、まるで虫の巣のようでもある。
「鉱線虫だ!!」
叫んだ時には手遅れで、ヨルたちの乗ったエレベーターはバリバリ、パキパキと硬くて脆い枝を折るような音を響かせて鉱線虫が塞いだ昇降路へと突っ込んでいった。
鉱線虫。
廃坑などに棲む繁殖力以外は何の取り柄もない魔蟲。分泌する体液は乾くと硬化して坑道を埋めたり強化してくれるし、死ぬ時も体液を分泌し、地中の穴を埋めてくれる。この針状結晶で埋め尽くされたような鉱線虫の跡は、その外見から鉱線虫の『巣』と呼ばれている。
穴を掘れば当然地盤は弱くなる。鉱山や採石場を閉鎖するなら、埋め戻しをした方が長期的には安全だ。だから廃坑時の処置として、鉱線虫を意図的に廃坑に放つのだ。
鉱線虫の存在は、この廃坑でも最初から確認されていたではないか。
(侵入者が地下の肉蟲牧場まで入らないよう、中層あたりに放たれてたんだ。それが、昇降路に侵入して繁殖したのか!)
「きゃあああああ!」
「にゃあああああ!」
響く悲鳴、激しく揺れる昇降機。
「守りの大盾!」
ヨルの防御魔術が昇降機の天井を覆い、防御魔術を張ってなお、昇降機の天井は衝突の衝撃でひび割れ、ぱらぱらとガラスの破片が降り注ぐ。衝突の衝撃に横転したアリシアとミーニャにヴォルフガングが覆いかぶさり、降り注ぐガラスの破片から二人を守る。
鉱線虫の巣へと高速で激突した昇降機がこの程度の損傷で済んだのは、鉱線虫の巣が空洞の多い針状結晶だったからだ。昇降機の衝撃をクッションのように和らげてくれた。
けれど、それも最初だけ。奥に行くほど鉱線虫の巣は密に、硬く堅牢な塊へと変わる。
その事実を裏付けるように、昇降機の上昇速度が急激に低下し始めたのだ。
(……落ちる!!)
このままではじきに速度はゼロになり、そして落下に転じるだろう。
通風孔は直径の大きな穴だったから、暴風で落下の衝撃を緩和するような無茶なまねができたけれど、この昇降通路のような狭い場所ではどうにもなるまい。
(どうする……!?)
ザリ、ガリと、昇降路を塞ぐ鉱線虫の細い結晶が昇降機の壁を破り、床を削る。
昇降機はますます揺れて、アリシアたちは立つこともできない。鉱線虫の巣に押さえつけられ、昇降機の出力は限界を超えてしまったのか、床面に魔法陣のように灯っていた光は明滅を始めている。
もうすぐ、昇降機の上昇が止まる。
「いやっ、死にたくない! エウレチカ様!!」
アリシアが叫ぶ。昇降機の床にへたり込み、魔晶石の入った鞄を抱きしめて、ただ恐怖に震えている。
反転する運命に、重力に抗うこともできずに引かれ堕ちる定めに、か弱い人は逆らえない。迫りくる死の暗黒の中で、それでも生きたいと願う祈りは蛍火のように儚くて、今にも消えてしまいそうだ。
その儚さを、生への渇望を、ヨルは美しいと感じてしまった。
暗闇の中、明滅を繰り返す儚い命。容易く消え失せてしまうそれは、消えて落ちても次代へ受け継がれて沸き上がり、絶えることなく闇を彩る。そして命の定めを巡り、巡り廻る輪の果てに、より強く、より気高い光へと昇華していく。
そのように、感じたことがあったのだ。
その強さと儚さを、何より美しいと思ったことがあったのだ。
何よりも、何に変えても、それが欲しいと、その輪の果てにともに至りたいと強く激しく焦がれたのだ。
――あの時の、俺は――。
「地の理、我が意を映せ」
ヨルが唱えた瞬間、大地は彼に従った。
ヨルの体から溢れ出す魔力にひれ伏すように、王の往く道の前に臣民が平伏するように、昇降機を阻んでいた鉱線虫の巣は周囲の壁に溶けるように消え失せたのだ。
「大丈夫だ」
障害のなくなった昇降機は、残された力でゆっくりと上昇を始めた。
「一体、何が……」
ヨルの言葉に、ヴォルフガングは立ち上がり、昇降機の進む先に目を向ける。
ありえないことだ。分厚い岩盤のように頭上をふさいでいた鉱線虫の巣が消え失せたことも、それを成したであろう、ヨルの魔術も。
あれは果たして魔術と呼べるものだったのか。
ヴォルフガングには、ヨルが命じたようにしか思えなかった。
そして、一瞬ヨルから感じた恐ろしいほどの魔力の波動。幾多の死線を潜ったヴォルフガングが死を覚悟したのは、魔導昇降機の落下ではなく、目の前のこの男ではなかったか。
その証拠に、平静を装ってはいるが、今なお膝が震え、顔を上げることができないではないか。何度も死線を潜り抜けてきたヴォルフガングだったが、これほどの感覚は、いまだかつて経験がない。
「助かった……のですか」
次いでアリシアも恐る恐る目を開き、見上げるようにヨルの方へと顔を上げた。恐怖とパニックに、ヨルの魔術にさえ気づかなかっただろうその目が驚愕に見開かれたのは、ヨルの後ろ、昇降路の先から差し込む日の光のせいだったのか。それとも。
逆光に隠されてなお煌々と赤光を放つ、ヨルの瞳のせいだったのか――。
「ちびるかと思ったにゃ~」
安心したミーニャの間の抜けた声は、今は助けになったろう。
「ミーニャ、お前、成人してるんだろ? 嫁に行けなくなるぞ」
瞬きの後に笑ったヨルの瞳はアリシアの知る黒色で、切られた髪を除けば、この廃坑を目指した時と何ら変わりは見受けられない。
「ヨルにセキニンとってもらうにゃ!」
先ほどの危機的状況をさっそく忘れてしまったのか、ミーニャがなんか言っている。
「断る。もらすな」
「うなん~」
くねくねしてみせるミーニャ。
ハプニング続きなのに、随分と余裕なにゃん子だ。
もっとも、セクシーさは微塵もなくて、トイレに行きたい幼児に見える。
「脱出まで我慢しろ」
「トイレじゃにゃいにゃ!」
いつものやり取りを交わしながらも、ヨルの胸中は嵐に翻弄される小舟のように揺れていた。
(あの感情、あの記憶は――)
動揺を誤魔化すようにいつもより言葉数の増えたヨルを、アリシアはじっと見つめていた。
隠すことないその視線にさえ今のヨルは気付かない。砕けたガラスの一片のように、意味をなさず、けれど光を放つ記憶の欠片に、訳も分からず精神は掻き乱されるのだ。
本当に、訳が分からない。
ただ、空腹だけが、これが現実であると告げていた。
お読みいただきありがとうございます。
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