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【改稿版】俺の箱~かつて、魔王がいた世界~  作者: のの原兎太
第1章 ヘキサ教の乙女たち
27/102

027.魔晶石

(しばらく寝かせとけば正気に戻りそうだな)


 タンク室に戻ったヨルは、アリシアたちを下ろすと周囲を探索し始めた。

 一番心配なアリシアは、ミーニャのリュックから取り出した予備の毛布でにゃん子と一緒に簀巻きにして転がすと、にゃん子をモフりながら眠ってしまった。時間はすでに深夜だから、育ちの良いお嬢様は生活習慣に勝てなかったようだ。早寝早起き素晴らしい。

 起きている時もこれくらい手がかからなかったら、ヨルもヴォルフガングも助かるだろうに。


(今のうちに探索を済ませておくか。構造からして、こっちはおそらく……)


 建物の奥側の扉に近づくと、ヨルを迎え入れるように観音開きの扉が音もなく開いた。自動ドアのようにスライドしないところに文化の違いを感じるが、一種の自動ドアらしい。

 魔力が生きているなら警備システムも健在だろうと警戒したが、先に広がっていたのは肉蟲はおろかゴーレムさえも見当たらない広く閑散とした廊下だった。

 廊下の窓からのぞいてみると、施設の外側にはタンク室や保管庫、解体場、水処理場などの生産施設があるようだ。ここでも施設の一部は未だに生きていて、吊るされた肉蟲が肉に変わっていく様子が遠目に見える。解体された肉は牧場から見た搬送路に載せられて、坑道のはるか奥へと運ばれているようだ。


(……腹減ったな。あんな気持ちの悪い蟲が解体されただけで肉に見えるんだから重症だ)


 夕食からさほど時間が経ってはいない。先ほどの戦闘で魔力を使い過ぎたのだろうか。


(ミーニャのカバンの中、まだ食べ物入ってたよな。いや、お嬢様が起きたら面倒だ)


 食料を想像して思い浮かんだ映像はなぜか眠るアリシアで、ヨルは空腹を振り払うように軽く頭を振ると探索を再開する。魔導生命体(ゴーレム)の保管室らしい部屋もあったけれど、動かない人型ゴーレムが数体と、修理パーツが散乱しているだけだった。


(あった。制御室だ)


 お目当ての制御室は施設の中心付近にあった。肉蟲牧場の気温や水質などの環境管理や工場の生産管理を一括で行う部屋だ。重要な機器の並んだ操作室の周辺は、魔獣が侵入した形跡もなく、在りし日の様相そのままに、静かに稼働し続けている。

 操作室も完全無人な上、おそらく長い時間が経っているのにいまだに機能しているとは、現代の地球よりはるかに進んだ文明だ。それでも制御室というのは操作盤が並んでいるという点で、似たような感じになるらしい。こういう操作盤のボタンは一見謎の塊だけれど、誰もが操作しやすいように設計されているし、ご丁寧にラベルも張っているものだ。


(モニターは……っと、これ……だよな)


 モニターらしき魔導具は壁面でなく部屋の中央に置いてあった。一見球状の水槽のようにも見える水晶球の中にサーベラントの眼球みたいなものと体組織の一部らしきものが収められている。中の眼球だけでも人の頭部よりずいぶん大きいからこれで義眼を作るのは無理そうだ。


挿絵(By みてみん)

 

(あちこちに設置されたサーベラントの受信・投影機か)


 ヨルの推測は正しかったようで、水晶球に手を近づけると透明だった水晶の中が暗くなり、牧場の中が映し出された。


(視界の変更は……っと、あ、フリックのイメージか)


 ヨルの思念を拾っているのか、画面が次々に切り替わり、牧場の様子が映し出される。

 画面が切り替わっても映し出されるのは肉蟲ばかりで、どこもかしこも似たような光景だ。


(別の通風孔付近はここからじゃ見られないのか。お、なんか飛んでる。また女王蛾か? 違う、なんかドローンみたいだな)


 通風孔近くだろうか、サーベラントの視界には飛行型の魔導生命体(ゴーレム)が映っていた。動きや見た目はクワッドコプター型のドローンに似ているが、プロペラの代わりにトンボの羽のようなものが4隅に複数枚ずつ付いている。

 何だろうと見ていると、垂直に下降して下部の手足らしき器官で肉蟲を捕獲して、解体場の入口へと運んでいく。


(ああやって肉蟲を収穫するのか。ほかにも似た施設がありそうだな)


 今いる施設には稼働しているゴーレムはサーベラントしか確認できないが、この広大な肉蟲牧場にはいくつもの施設があって、まだ稼働している場所が幾つもありそうだ。


(上に登る階段はっと……。お、これエレベーター? ラッキー。上の階は……うーん、サーベラント、だいぶ壊れてるなー)


 ラッキーなことに、この施設には上層に続く魔導昇降機のようなものが確認できた。これなら別の施設まで移動しなくても脱出ができそうだ。

 サーベラントは牧場のある最下層だけでなく、上層の廃坑跡にも設置されていたようだが、ほとんど壊れてしまっていて、稼働している個体はかなり上の方、落下した階層付近に数個確認できただけだった。この上層のサーベラントの情報が、アリシアに伝わったのだろう。


(さて、脱出経路は見つかったことだし、アリシアたちが目を覚ます前にいっちょ工作してみるか)


 アリシアは単眼のサーベラントの魔晶石を求めてこの地へ来たのだ。義眼の原料とするために。

 残念ながら、ここには複眼のサーベラントばかりで目当ての魔晶石はないのだけれど、それを口で説明したとして、恐らく納得しないだろう。「それなら別の施設に行く」と言い出しかねない。


(あの牧場、臭いし、キモイし、変なこと思い出しそうだからもう行きたくないしな。腹も減ったし)


 お目当ての物がないのなら、こっそり作ればいいじゃないか。

 受信設備に触れたことで、サーベラントの仕組みもあらかた理解できたのだ。


(つーか、作ったことある感じなんだよな、魔晶石)


 そう、確か魔力密度の高い肉体の一部を核にして――。


(しょっぱなからコワ! 肉体の一部って、……あ、髪の毛でいいか。長くてジャマだし)


 イケメンだからこそ許されるさらさらロンゲをバッサリ切り落とすヨル。

 この操作室にもサーベラントはぶら下がっているから、鏡代わりにそこそこ見られるように切り揃える。イケメンはセルフカットしてもイケメンなんだなと、役に立たない知識が増えた。


(これぐらいあればいけるだろ。二つにわけて、魔力を流しまーす)


 まるで何とかクッキングのノリだ。

 田口(よる)のキャラにそぐわぬロンゲをバッサリ切り落としたおかげで、ちょっぴりテンションが上がって来た。


(これを一度魔力にまで分解して再構築する……。組成術式(コンポジット)はどうするか。ベースはここのサーベラントと一緒でいいか。単眼タイプでサイズは、……人間の文明いまいちっぽいし自動調整アリで、あ、接続失敗しても見えるように魔力伝達付けとくか)


 念じるだけで魔力が仕事をしてくれるなら、それこそ「氷結ジェーット」と叫んで女王蛾を打ち落とせるのだけれど、あのもったいぶった詠唱には、事象を成立させるための手順や条件などを定義づける意味合いがある。いや、「氷結ジェット」だったら、なんだか色々混ざっているから、やっぱり無理だったかも知れないが。

 魔導生命体(ゴーレム)の核となる魔晶石ならなおのこと、複雑な術式で組み上げなければ成立しない。一から組むのは非常に手間だが、そこは流石の魔人文明。こういった術式は『組成術式(コンポジット)』としてパッケージ化され、こういった施設に記録されている。

 義眼の核に使える組成術式(コンポジット)は、この投影魔導具から取り出せたから構築は簡単だ。人間の義眼用に多少性能低下(デチューン)したけれど、それでも人間が使うには高性能すぎて、慣れるまで使用者は戸惑うかもしれない。


組成術式(コンポジット)第4650、6354、16487、展開、加工を施し合成……」


 記憶やら端末から得た情報やらを頼りにやった割にはうまくいったようで、ヨルの髪の毛は元がなんであったか分からぬほどに溶けてビー玉くらいの魔力の塊に変わる。次は術式を物質化して固定する。


「ヨルムが命じる。我に宿りし狂い月の血ファナティック・ファクターよ、結実せよ。令をなせ。『視』の理よ、ここに在れ」


 ――狂い月の血ファナティック・ファクター


 そうだ、そういう名前であった。光体が狂い腐ったその果てをそのように呼んだのだ。

 これこそが根幹。人類が魔人文明の遺物をつぎはぎで利用するしか方法がないのは、魔晶石の製造技術、つまりは狂い月の血ファナティック・ファクターを統べる力がないからだ。


(魔晶石。魔石は使うばっかりだけど、これ、魔力を作って溜めることもできるんだよな。まぁ、義眼用だし、このレベルじゃ大した効果はないけど。魔力核としても機能する)


 魔力を供給できる人工物という点では『箱』と類似のものだろう。いや、魔晶石が作れないから代替品として『箱』が作られたと考えるのが無難だ。


(作られた? 『箱』が魔晶石の替わりに?)


 これはそういう物じゃない。『箱』とは本来その名のごとく、納めるためにあるものだ。

 届けるために。何を? どこへ?

 そんな気がするのに、森で初めて見た瞬間から気になって仕方がないのに、いつもは便利に蘇るヨルの記憶は靄にかかったようにかすんで分からない。


『箱』とはいったい何なのか。

 この遺跡に置かれた数々の魔導具も魔晶石も、一種の馴染みのような感覚がする。例えば新しい家電を買った場合に、説明書など読まなくとも何となく使えてしまうのに似ているかも知れない。

 けれど『箱』という物だけは、強い違和感を覚えてしまうのだ。『箱』について知るほどに、”違う”と感じる。何がどう違うのか、そんなことはここにある諸々の魔導具を使える理由さえ分からないヨルには説明なんてできないのだが。

 考え事をしているうちに、魔晶石の製造工程は終盤に差し掛かったようだ。

 手のひらの上に浮かぶ作りかけの一対の魔晶石を眺めながら、ヨルは困ったことに気が付いた。


(あー、瞳の色、どうすっか。もとの色と混じるんだっけ? まぁ、青でいいだろ、たぶん)


 ヴォルフは教皇は盲目なのだと言っていた。教皇大好きアリシアが自ら探しに来たのだから、教皇様の義眼にするつもりなのだと思う。教皇の外見など知らないが、アリシアは金髪碧眼だから、似た感じで問題ないだろうと、ヨルは青で色を固定する。

 これで完成。あとは、先ほど見つけた魔導生命体(ゴーレム)の保管庫にでも放り込めばいいだろう。核となる単眼タイプの魔晶石さえあれば、ここにある複眼タイプのサーベラントのパーツからでもまともな義眼が作れるはずだ。


(魔力使うと腹が減るんだな。なんだか喉もカラカラだ)


 女王蛾の討伐に魔晶石の作成と、少々魔力を使い過ぎたかもしれない。

 ヨルは空腹と喉の渇きを皮袋に入ったぶどう酒でごまかす(・・・・)

 直接牧場に繋がっているタンク室から安全な操作室へと、眠る3人を担いで運んだあと、ヨルも操作室の壁に体を預けて、しばしの休息をとることにした。



お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔晶石の製作過程か描かれて 箱のどこが謎なのか 少し方向性が見えてきました! 依然として謎ではあるものの 魔晶石を作れない者が 代替機能としてか 他のメリットを持たせたか 箱を作りだした…
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