022.魔晶石
「ごはんだすにゃー、ごはんー、ごはんー」
身体から離すと荷物は取り出せないようで、ミーニャはリュックを背負ったまま蓋をぺろりと頭にかけて、背中をかくような仕草でぽいぽいと荷物を取り出していく。どれが食料かわからないのか、片っ端から取り出している感じだ。
ミーニャが取り出した荷物ををアリシアが受けとって辺りに並べているのだが、荷物の量が半端ない。
一食ずつ分けられているのだろう、水や食料の入った袋がいくつもあるし、ポーションなどの必需品のほかに小ぶりな魔導具らしきものが数点、毛布や着替えまで持ってきている。枕まで出てきそうな勢いだ。キャンプにでも来たつもりか。
さすがに枕は出てこなかったが、代わりに2リットルペットボトルサイズの女神像のような代物が出てきた。
四角い台座の上に跪き、祈りを捧げる乙女の像だ。
アリシアが像の土台に触れると、キーとガラスをひっかくような不快な音が辺りに響いた。かなりの高音でとてもかすかな音だから、人間の耳にはほとんど聞き取れないのだろうが、廃坑の壁に反射して何倍にも増幅されている。
意識しなければ気にならない程度の音ではあるが、音に敏感な生き物ならば遠くに逃げたくなるだろう。この音は、ノルドワイズに向かう途中の宿泊所でも耳にした。
「魔獣除けの魔導具か」
「はい。対象範囲の広いものはアリアンヌ達に持たせていますが、夜営地を守る分にはこちらでも十分です」
アリシアの言う通り、倒しても倒してもノコノコと湧いて出てきた装甲鼠は遠くに逃げてしまったようだ。
「地形で反射し増幅されている」
「さすが高位の魔術士ともなると、そんなことまでわかるのですね」
「まあ、な。その台座の部分が……」
「ええ、『箱』です」
女神像に合わせて白く塗られた台座の中から微かな魔力が感じられる。しかし、今にも消えてしまいそうだ。
「随分魔力が弱い」
「この手の魔獣よけの魔導具は『箱』の消耗が激しいのです。予備の『箱』もありますから安心してください。さ、食事にしましょう」
「ご飯にゃあ」
壊れてるんじゃないかとか、何とか理由を付けて『箱』とやらをいじくりまわしたかったのだが、食事が配られ話は終わってしまった。
給仕の手間が無いようにだろう、一人分、一食ずつあらかじめ袋に分けられていて、中には上等な肉を挟んだサンドイッチとリンゴのような果物、竹のような中空の植物で作られたコップのようなものまである。コップの中にはソースのようなペーストが入っていて、湯で溶くと本格的なスープになった。ご丁寧に一人に1本スプーン付きだ。
ちなみに湯を沸かすための魔導具も、ヨルが買ったものより立派なものがミーニャのリュックに詰め込まれていた。至れり尽くせりだ。
(遺跡でこの食事とか、本当にお嬢様なんだなぁ……)
ヨルからすれば標準サイズだが、アリシアからすると大ぶりなのか、食べにくそうにサンドイッチを齧り、コップのスープをスプーンですくって食べている。
(肉、うまそ)
ヨルもガブリとサンドイッチに齧りつく。
ローストビーフのように赤身肉の残る肉が食べたい気分だが、保存性を考えてかこの肉は中までしっかりと火が通っている。焼き過ぎのパサつきを香辛料の利いたソースで補っていて美味しい、のだと思う。
(ボリュームもあるし、味もいい。食えば胃に溜まるんだけど、……なんだろう)
空腹を水で誤魔化しているような、この感覚は。
「うみゃうみゃ、うみゃいにゃ」
アリシアのそばでカフカフとうまそうにぱくつくミーニャ。ヴォルフガングは立ったまま寡黙にむしゃむしゃ食っている。
(うまそうに食ってるな。……あぁ、うまそうだ)
皆が食事をする様子を眺めながら、ヨルはぼんやり考える。なかでもアリシアの食事作法はこんな場所でも上品だ。
(こんな遺跡に、捕虜のおっさんと見ず知らずの俺なんか連れて、自ら出張ってくるなんて……)
ヴォルフガングに聞いた限りでは、地位もお金もある令嬢なのだそうだ。大抵の物ならば、自ら足を運ばなくても手に入りそうなものなのに。
「天井ばかり見ていたが」
「……そう、ですね。ヨルには探索してもらわねばなりませんから、お話しておくべきでしょう。探しているのはサーベラントというガーディアンゴーレムです」
「サーベラント……監視者か」
名前を聞けば、便利な記憶が蘇る。たしか、ほぼ目玉だけの魔導生命体だ。
天井などから生えていて、監視カメラのような役割をする魔導生命体だったと思う。
人の形をしたゴーレムを動物型と評するならば、こちらは植物型に近いだろう。
魔術で攻撃してくるものもいるけれど、本来の目的は情報の伝達で、どこかにある親株や中継株へと情報を伝達する。ちなみに情報は無線で伝達されるから設置は非常に簡単だ。
「サーベラントの魔力を感知できますか」
真剣な眼差しで問いかけるアリシア。
サーベラントもゴーレムも、魔導生命体というのは高度な魔導具のようなものだ。ロボットと言えば分かりやすいかもしれない。それも、SFなどに出てくる感情や自律した思考を持ったものではなくて、プログラミングされた内容に行動が限定されるタイプだ。
魔導具を動かす『箱』の魔力を感知できるのだから、サーベラントの魔力だって感知は可能だろう。魔導生命体には魔力の供給装置として魔晶石が組み込まれているのだから。
この世界の大気には魔素というものが含まれていて、生物は空気と同時に魔素を取り込んでいる。食物から摂取した栄養素が細胞でエネルギーに変換される通常の代謝機構に加えて、体内に魔素を魔力に変換する機構、『光体』を持っているのだ。動物も植物も細胞や体液の中に光体を有し、大気から取り入れた魔素を『光体』で魔力に変換している。食物由来のエネルギーと魔素由来の魔力の2本立てで生きているわけだから、この世界の生物は動物も植物も豊かで強い。
エネルギーの場合は脂肪になって蓄えられるが、魔力の場合は魔力核という器官が必要だ。魔力核があれば人間なら魔術が使えるようになるが、持っている者は少ない。逆に魔獣の場合はたいていが持っている。魔力核は生きている間は物質として存在しないが、魔獣が死ぬと体中の魔力が魔力核に集積し、魔石として物質化する。
同時に起こる体組織の急速な変化が、魔獣が死ぬと肉体が崩れる理由で、魔力核の魔石化と体組成の変貌は、普通の動物はおろか魔力核を持っていても普通の人間では起こらない魔獣特有の現象である。こんな異常が起こるのは、魔獣の『光体』が狂っているからだと言われている。
(魔晶石は魔素を魔力に変換する機構と、魔力をためる魔力核の役割の両方を持ってるアイテムだっけ)
ヨルの便利な記憶辞典がそういうイメージを伝えてくれる。魔力を発生する機構なら、感知できるだろう。
「可能だ」
ヨルがそう答えると、アリシアは少し安心したように見えた。
「それでは明日もよろしくお願いします」
そう言って軽く会釈をすると、壁の近くで毛布に包まり横になる。
(魔導生命体かぁ。ちょっと生物兵器感あるな。
魔導具じゃなくて生命体扱いなのは、生体ベースなのと、『箱』や魔石のような交換式の動力源を必要としないからだっけ。魔晶石が埋め込まれてるから、生き物みたいに魔素を魔力に変換して稼働できるからな。
魔力切れが起きないから半永久的に稼働できるし、複雑な奴だと配下を作って無線給電ならぬ無線魔力供給で動かしたり……したよな。
魔晶石って魔石どころか『箱』の上位互換だよな。魔力供給しかできない魔石や『箱』と違って、機能つーか指向性――理みたいのを組み込めるから汎用性はケースバイケースだけど。
あれ? 魔晶石って作れるんだよな……? いや、レアだからわざわざアリシアが取りに来たわけで、人間は作れないから『箱』に頼ってる?
いかん。なんだか、頭がごちゃごちゃしてきた。そもそも『箱』ってそういう物だっけ……)
「うなー?」
胡坐を組んで考え事をするヨルの膝の上に登り、ミーニャが仰向けにのけぞる。流石はにゃん子だ。思考を見透かしたように絶妙のタイミングで邪魔をしてくる。
「……」
「うにゃっ、うにゃっ、うにゃあん」
ひとしきり頭やわき腹をなでくりまわしてやると、じたばたしながら嬉しそうな声をあげるにゃん子。騒ぎに寝返りを打ったアリシアが、羨ましそうにこっちを見ている。こういうところはドリスと同じ、年頃の少女に見える。
「アリシアと一緒に休め」
「にゃん」
ヨルに撫で繰り回されて満足したのか、ぼさぼさになった毛皮のまま、ミーニャはアリシアの毛布に潜り込み、二人は丸くなって寝始めた。
「チビの相手は大変だな」
その様子を見ていたヴォルフガングが、やっと大人の時間だとばかりに皮袋の入った酒をちびちびやり始める。
「お互い様だ」
お嬢様のお守りもたいがいだろう、と言外ににおわせながらヨルも自分の皮袋を開けた。
「……似たような年の娘がいるからな」
ぽつりと答えたヴォルフガングの様子には、微かな望郷の念が垣間見えた。
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