021.ネズミの国
「さすがに暗いですね。白き月の瞳」
「ミーニャは暗いの平気にゃー」
自分に暗視魔術を掛けるアリシアと、猫目を誇るミーニャ。
この暗視魔術は、マグスに3個ある月の内、移ろい月と呼ばれる白い月の魔素を利用して周囲を視認するもので、全くの暗闇でも視野が利く便利なものだ。
「白き月の瞳」
「ぶにゃっ!?」
坑道の入り口付近では、にゃん子の猫目がぴかぴか光っているけれど、恐らくミーニャの猫目は廃坑の奥では使えないだろう。ヨルが全員に暗視魔術をかけると、驚いたミーニャが不細工な声をあげ、ヴォルフガングが訝しそうな表情でヨルを見た。
(何かおかしかったか。複数形みたいなもんだろ?)
スペルのほんの少しの違いで、仲間全体に行使できる魔術は多いが、何かおかしかったのだろうか。
「おかしい」と騒がれても困るのだけれど、ヴォルフガングは言葉にしなかったし、にゃん子は暗視魔術自体に驚いている様子だ。唯一騒ぎそうなアリシアは自分でかけた後の上、遺跡の探索に集中していて何も気づいていないらしい。
「さぁ、行きましょう。一刻も時間を無駄にできません」
そう言って磔蝙蝠たちを踏み分けながら、廃坑の奥へと進んでいく。
「トロッコにゃいにゃ」
「言われてみればそうですね。魔王は数多の魔獣や魔人を従え、魔道生命体まで産み出したと言いますから、魔獣や魔道生命体に運ばせたのでしょう」
「乗りたかったにゃあ~」
遠足気分のにゃん子が指摘した通り、廃坑の中は鉱山の跡地というよりは人工的な洞窟といった様子で、鉱石を運搬するトロッコやレールは見当たらなかった。落盤が起こらないように一定間隔で柱で補強されているけれど、坑道と聞いて思い浮かべるような狭い洞窟ではなくて、幅も高さも十分ある地下道のような場所だった。
きっとアリシアが言うように、牛や馬より大きい魔獣が鉱石を積んだ荷車を引いて往復したのだろう。地面や壁面にはコケまで生えているから、ヨルの感覚からすれば、ダンジョンといった方がイメージに近い。
(冒険始まった感が半端ないな!)
無理やりにテンションをあげにかかるヨル。
雑魚魔獣がうようよいる、だだっ広い廃坑を徒歩で移動するのだ。気分を上げていかねばやってられない。バイブスをアゲるというやつだ。「アゲー↑↑」とか使ったことないけれど。
(こんな光もなければ栄養もない場所でも水と魔素さえあれば苔が生えるんだから、生命力に溢れた世界だよな)
地面の苔がまばらなのは、装甲鼠がエサにしているからだろう。
装甲鼠は半球状の装甲を持つ小型犬ほどの鼠で、コウモリなどが食べ残した死肉を漁る掃除屋だ。外見は丸まりかけのアルマジロに似ている。ステンレスのボウルのようにつるんとしていて鋼のように頑丈な甲羅は、裾が足も見えないほど地面に接している。
シャコタンだ。
車であればコンビニにも入れなさそうな低車高なこのシャコタンネズミのタイヤ、いや脚は、体の割に大きくインチアップ気味で、おさまりが悪いのか甲羅の内側に八の字型に生えている。
このバランスのために利便性を犠牲にしているあたり、なんとなく分かっている感じのネズミだな、とヨルは一人感心する。
そう考えると、つるりとした装甲もなんとなくカッコイイ。
残念ながらシャコタンネズミの移動速度はチャリンコどころか三輪車並みだ。しかし、地面の起伏に合わせて器用に上下するから、多少の凹凸ならば甲羅を擦ることなく移動出来る。
そこそこ重量がある上に、甲羅が硬くてつるつるしているので、魔獣の爪やキバが滑って攻撃しにくく、こんな魔獣の住処でも平気で棲息できるスゴイやつだ。
「装甲鼠ばかりですね。他の魔獣の反応はないのですか」
「ないな」
どれ程進んだ頃だろうか。たまり兼ねた様子で、アリシアはヨルに尋ねた。
廃坑の坂道を下り始めてからアリシアは、ずっとピリピリしていて、地図を確認し辺りを見回しては奥へ奥へとヨルたちを急かしている。もう随分歩いたというのに目当ての魔道生命体、ガーディアンゴーレムの痕跡も見つからないから焦っているのだろう。
箱入りのお嬢様にはシャコタンネズミの絶妙なかっこよさなど分かるはずがないから、夢のないネズミの国にうんざりしてきたのかもしれない。こいつら結構癒されるのに。
(地図が作られているような浅い場所に、お宝があるとは思えないんだけどな。それにしても、このお嬢さん、なんで天井見てるんだろう)
ここへはガーディアンゴーレムを探しに来たはずだ。ゴーレムならば聞いたことがある。人の形をしたデザイン性の低いロボットのようなモンスターだと記憶している。額に何か文字が書いてあり、最初の一文字を消すと『無』という意味になって、動かなくなるのだと何かの漫画で読んだことがある。
そんな便利な設定まで再現されているとは思わないが、少なくとも空は飛ばなかったはずだ。
「おっちゃんパスにゃ」
にゃん子はネズミが好きなのか、それとも単に飽きてきたのか、ミーニャは装甲鼠を肉球と爪で器用に持ち上げるとヴォルフガングに向かって放り投げる。
ドゴォ
パスされた装甲鼠は、ヴォルフガングの力任せのキックによって壁面に蹴り飛ばされてめり込んでいる。
「うにゃにゃ! うにゃにゃ!」
何がそんなに面白いのか大喜びで次々と装甲鼠を放り投げるミーニャ。完全に遊んでいる。そんな駄ねこの相手をいつまでもヴォルフがするはずもなく、2投目からはひょいとよけてスルーなのだが、駄ねこはヴォルフに装甲鼠ををぶつけようと必死だ。
「何をしているのですか! 神に見放され魔獣と化した哀れな魂とて、戯れで奪ってはなりません。慈悲でもって開放してこそ、魂を救うことができるのです。神の愛を失って、魔獣に落ちてしまいますよ!」
「うなっ!?」
装甲鼠で遊んでいたことをアリシアに叱られた駄ネコは、なぜかヨルのそばにやってきて、目をくりくりさせながら「うなー、うなー」とまとわりついてきた。
まるで、「そんな悪いことしていませんにゃ」とすっとぼけているようだ。
困った時だけ、ヨルのそばにやってくるとは、なかなかいい根性だ。
「今日はここまでだ。夜営の準備を」
駄ネコのことはどうでもいいが、アリシアは少し休ませた方がいいだろう。怒り出したアリシアに、少々冷静さを欠いていると感じたヨルが、探索の中止を伝えた。
「私はまだ進めます。そろそろ地図のない場所に着く。ガーディアンゴーレムがいるかもしれません」
「ならば尚更だ。焦りは死につながる」
「……分かりました」
外はとっくに日が落ちている時刻だ。多少は疲労を自覚したのか、それとも駄ねこ相手にマジ切れしたのを恥じたのか、しぶしぶと言った様子でアリシアが同意する。
「ごはんにゃ!?」
「えぇ。さっきは大きな声を出してごめんなさい。荷物をだしてちょうだい」
「かまわんにゃ!」
叱られたのはどこへやら、御飯と聞いて駄にゃん子がご機嫌でアリシアに駆け寄ってきた。朝あれほど食べたというのに腹が減っていたらしい。
そういうヨルもさすがに腹が減った気がする。この世界に来てからずっと、ろくに食べていないのだから当然と言えば当然か。
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