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【改稿版】俺の箱~かつて、魔王がいた世界~  作者: のの原兎太
第1章 ヘキサ教の乙女たち
20/102

020.廃坑の入り口で

「ヨル、貴方を疑うわけではありませんが、そうジグザグ進んでは余計な時間ばかりかかってしまう。森に入ってから大した魔獣とは遭遇していない。この辺には棲息していないのかもしれません。真っ直ぐ進みませんか」


(“疑うわけではありませんが”って、疑念100%じゃねーか)


 余りに順調な道程にこの辺りには魔獣がいないと思ったのだろう、魔獣を避けるヨルの進路にアリシアが口をはさんできた。せっかちなお嬢様だ。

 アリシアの言う通り、確かにこの辺りは魔獣の数が少ない。

 こちらを視ていた“蠢く湖”は、近づくどころか遠くに離れてしまって、“蠢く湖”に追い立てられるように強い魔獣もまた遠くへと移動したから、今は南の森より安全なくらいだ。

 ヨルの方も、魔王シューデルバイツの名前を耳にした時はあれほど動揺したというのに、おかしな記憶が蘇るでもない。順調すぎると言っていいほど順調な道のりだ。

 それでも魔獣はあちこちにいて、エンカウントしないのはヨルが魔力探知して迂回しているからなのだが、疑われたのなら仕方ない。


「……ヴォルフ、真っ直ぐ10メートルほど進んだところに兎の魔獣が3匹。こちらに気付いて潜んでいる。ミーニャ、右の茂みにバッタがいるぞ」

「先に行って仕留める」

「右ってどっちにゃ?」


 茂みに隠れて飛び掛かってくる兎の魔獣など避けて通ればいいのだが、アリシアの疑いを晴らすためにあえてヴォルフガングに退治を頼む。

 ついでに、飽きてふらふら寄り道しそうなにゃん子にもバッタの魔獣(グランドホッパー)をプレゼントだ。とっさに右が分からないらしく、両手のひらの肉球を見てきょろきょろする仕草が実に可愛い。


「スプーンを持つ方ですよ」

「どっちでももつにゃ~」


 アリシアが肉球にさわりたそうにスプーンを持つ手だと教えてやるが、にゃん子は行儀が悪いのだ。余計に混乱したようだ。


「魚料理の尻尾のほうだ」


 仕方なく助け船をだすヨル。

 どういうわけか、この世界でも魚は頭を左側に盛り付ける。

 この世界での(いわ)れは分からないが、マグスの人間も左に心臓があって右利きが多いから、魚も右に尻尾が来る方がしっくりと来るのだろう。


「こっちにゃ! 捕ったにゃー!」


 魚の例は分かったようで、瞬時に飛び出しグランドホッパーを捕まえるミーニャ。


「バッタにゃー」


 なぜか、兎を倒して戻って来たヴォルフガングにさしだしている。

 ヴォルフガングは倒した兎の魔獣を放置して戻って来たから、獲物を捕らえ損ねたと思ったのかもしれない。


「? バッタ……は、まずいぞ」

「食べれるにゃ!?」

「魔獣化していないバッタならな」

「……まずそうにゃー……?」


 対応に困ったヴォルフガングは食材としての評価を下していて、それを聞いたミーニャは耳を倒して項垂れながら魔石と化していくバッタを凝視している。

 バッタを囲むヴォルフガングとミーニャのそばでは、


「グランドホッパーの微弱な魔力を探知するとは……」

 とアリシアが先ほどとは打って変わって驚きの表情でヨルを見ていた。


(お前ら全員、どういうリアクションだよ……)


 ヨルは心の中で突っ込みながら、「先を急ぐぞ」と歩き始めた。

 そこからはアリシアの信用も得られたようで、多少ジグザグ進もうと文句を言うことはなかった。


(それにしても……)


 結界を超えて北の森に入った途端、霧のように漂う魔素は桁違いに濃密になった。まるで窪地に湿気がたまって沼地に変わってしまったかのような急激な変化だ。ヨルも無意識に身体強化を使っているから、元から軽やかに動く体にさらに力が満ちる気がする。

 ヨルでさえそうなのだ。強力な魔獣、つまり魔力の多い魔獣ほど多くの魔素を消費するから、水の中の生き物が容易に陸に上がってこられないように、北の森から出てこられない。北の森のほとりにある魔素を薄める結界の効果だけではない。ここは、もともと魔素の溜まりやすい土地との境目なのだ。北へ進むほど魔素はさらに濃くなるだろう。


(結界は強力な魔獣が間違って出てこないようにする柵のようなもの。まるで、魔人の近くに人間を住まわせるために作られたみたいだな)


 なんとなくそう思った時、アリシアの声がヨルの思考を遮った。


「着きました。凶悪な魔獣と遭わずにすみましたので、予定よりずいぶん早いですね」


 アリシアの指し示した先は、10メートルほど地面が盛り上がった丘陵で、断層のように地面が隆起した場所だった。鉱山の跡地だというその遺跡は、山ではなくて地下深くへと掘られているようで、隆起面にある入り口に向かって坑道が斜めに掘り込まれている。

 入り口は鉱山らしく柱で補強されていて、岩でできた柱は太く頑丈で今なお強度は十分そうだ。よく見ると装飾まで彫り込まれているし、土砂で半分埋まっているが入り口から雨水が流れ込まないように排水溝さえ掘られている。馬車が出入りできるほど広い入り口が、廃坑というより遺跡と呼ぶのが相応しいたたずまいに思えた。

 古い時代のものらしいのに、魔人とはどれほどの技術を誇っていたのか。

 この遺跡に長らく人は出入りしていなかったのだろう、坑道を少し覗いてみると床も壁面も苔むしていて、コウモリの糞らしきもので汚れている。


磔蝙蝠(クルス・バット)は私が片付けます。皆は下がって」


 そう言うとアリシアが遺跡の入口に向かって走り出す。籠める魔力に呼応するように、後ろ手に構えた魔剣の刀身に風が渦を巻いた。


「切り裂け、風の魔剣カルタナ!」


 異変を察知して飛び出してきた磔蝙蝠(クルス・バット)さえ巻き込んで、魔剣の巻き起こす暴風が遺跡の入口に叩き込まれる。

 なかなかの速攻だ。坑道の入り口に巣食っている磔蝙蝠(クルス・バット)たちを一網打尽にするつもりなのだ。


   挿絵(By みてみん)


(魔導具を発動するのに、いちいち叫ぶ必要あるのか?)


 アリシアの活躍よりも、ある種のお約束に対して、余計な疑念を呈するヨル。

 自分だって中二病臭漂う詠唱で魔眼がうずきだしそうなダークな魔術を繰り出すし、「だめだ、だめだ、帰るんだ」などと混乱系主人公のような心の声をほとばしらせているのに、切り替えの早さだけは社会人のそれだ。


 冷静に考えるとちょっぴり恥ずかしい呪文の「詠唱」効果は不明だが、魔剣の威力はすさまじかった。

 何しろ昨夜、竜巻を巻き起こしたほどの暴風だ。

 魔剣の暴風から逃れ得た磔蝙蝠(クルス・バット)は、風圧に押し出された数匹だけで、坑道の中は叩き込まれた暴風に掻きまわされて大変な状況になる。

 暴風に岩石まで吹き飛んで攪拌されているのだろう、ボオォとヤカンの口から息を吹き込んだような音と共に、ドン、ゴンと生き物が岩に打ち付けられる音が響いてくる。

 風がおさまってから中を覗いてみると、坑道の入り口付近は足の踏み場がないほどに落下したコウモリでいっぱいだった。


 4枚の翼を持つコウモリ、磔蝙蝠(クルス・バット)はニホンザルくらいの巨大コウモリだ。通常のコウモリは両腕が翼になっているが、磔蝙蝠(クルス・バット)は両脚にまで翼膜があり、4枚をX字に広げて飛翔する。

 顔は瞳の大きい猿のようで、牙をむいて襲い掛かる表情は、醜悪な老人のようにも見える。磔蝙蝠(クルス・バット)と名が付いたのは、その姿が磔にされる罪人のようだからだという説がある。

 北の森に生息する魔獣の中では、単体での攻撃力は弱い部類だが、群れで狩りをする獰猛でしつこい性質ゆえに倒すのは面倒だ。なるべくなら出会いたくない魔獣でもある。

 そんな巨大コウモリが床を埋め尽くすほどに落ちている。

 半数以上がぴくぴくと痙攣しているから、苔がクッションとなったおかげでまだ息があるようだ。


(うへぇ、すんごい数だな。火炎魔術をぶち込めば倒せただろうけど、焼いたらなんか臭そうだし。風の魔剣があって助かった。こいつらに止めを刺すのは、面倒そうだけど……)

「すごいにゃー」


 ヨルの気持ちをミーニャがシンプルに代弁する。


「カルタナは魔力消費が大きい。この『箱』と一体になった鞘でも1日1度が限度です。あぁ、明日、ここを出る時には魔力が溜まっていますからご安心を」


 それに対してアリシアは、清々しい笑顔で全く安心できない回答をした。

 1日1回限定の必殺技を、初っ端にぶっ放したのか、このお嬢様は。

 折角手放しでほめたのに、恐ろしい台無し感だ。しかも、1日1回の必殺技を使っても、コウモリたちは生きているじゃないか。


磔蝙蝠(クルス・バット)は洞窟などの入り口付近に棲息する魔獣ですから、坑道の奥へは入ってきません。根絶やしにして余計な魔獣に侵入されては厄介です。先を急ぎましょう」


 ヨルからすれば考えなしにしか見えないが、アリシアの説明によると、1日1回しか使えない魔剣を、しょっぱなからぶっ放したのも、無効化した魔獣を殺さずに放置するのもそれなりに理由があるらしい。

 アリシアが振るった風の魔剣カルタナは刃渡り80㎝程度のやや短いサーベルで、細くて薄い刀身は不釣り合いなほど大ぶりな鞘に納められている。刃渡りはサーベルの長さと変わりがないが、大男が持つ大剣でも入っているのかという分厚くて幅広い鞘には羽の意匠が施されている。

 この刀身に不釣り合いな鞘が『箱』、つまり魔力の充電器を兼ねているのだろう。


(まぁ、アリシアの情報が正しいなら、この先にいるのはやたらと硬くて重たいが、大した攻撃力は持たない装甲鼠(アーマード・ラット)と、深い場所に鉱線虫――、これは深くまで潜らないなら無視しても大丈夫だろう。あとはお目当ての魔導生命体(ゴーレム)しかいないわけか。箱入りお嬢様アリシアの調査が正しければ、だけどな……)


 次々に立ち上がるフラグ的なものを感じながらも、特に打つべき対策の見つからないヨルは、心の中で乾いた笑いを漏らしながらもイケメンフェイスを崩さずに、廃坑の中へ大きく一歩踏み込んだ。


 その瞬間。

(なっ……んだ、うわ、キモ……)


 廃坑の中に入ったとたんに、ヨルは軽く眉をしかめた。

 間近で見たコウモリに怯んだわけではない。


「敵か!?」

 滅多に表情を崩さないヨルの反応に、ヴォルフガングが警戒を強める。


「いや……」

 近くに強い魔獣がいる訳ではない。ただ、この廃坑の深い所に、数えきれないほどたくさんの生命が蠢いていることが感じられたのだ。

 強い魔獣の持つ強い魔力の反応ではない。魔獣どころか魔力核さえ持たない人間や動物と変わらない、弱くて小さな反応だ。


「鉱線虫……か?」


 鉱線虫は、廃坑などに住む繁殖力以外は何の取り柄もない魔蟲で、鉱物の削りカスと魔素を餌に増殖する。分泌する体液は乾くと硬化して坑道を埋めたり強化してくれるから、鉱山を廃坑にする時、意図的に放される魔蟲だ。

 倒しても魔石すら残さないから魔獣かどうかも怪しいが、死ぬと硬化する体液をまき散らし死骸を残さず消えるし、魔素が薄い場所では生息できないから、魔獣に分類されている。


(それにしても、すごい数だな……)


 危険はないのだろうけれど、実に気持ちが悪い。小さな魔力反応が足元の深いところに極端に密集しているのだ。ツブツブと。


 ツブツブ、ツブツブ、ツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブ……。


 それはもう、無限とも思えるほどに、足元一面を塗りつぶすほどに反応だらけなのだ。


(魔ダニもたいがいだったけど。俺つぶつぶ恐怖症なんだよな。蓮コラとか超無理だし。深い場所から上がってこなさそうだし、無視しても大丈夫だろ。うん、これについては意識しないようにしよう。

 近い場所は、……コウモリが邪魔だが、小さい……ネズミの群れが、これも結構いるけど、蟲よりはましだな。ほんっと、ツブツブ気持ち悪い。マジで無理だコレ)


 危険がないなら、こんなもの、見ないに越したことはない。

 ヨルは軽く身震いすると、足元深くの魔力探知を遮断した。



お読みいただきありがとうございます。

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[一言] うわキモっ! やんなきゃよかった気になるもの調べ あると思います!
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