017.アリシアの依頼
全話挿絵付きなので、本話からサブタイトルに「*」付けていません。
アリシアの要望は、ノルドワイズ北の森にある魔王の遺跡の一つにあるものを探しに行くので、護衛を頼みたいというものだった。
「戦力に不足があるとも思えんが」
特に離れてこっちを見ているイケオジことヴォルフガング。戦いぶりは昨日も見たが、どう見たってただ者ではない。聖騎士Aトリオは残念臭がプンプンするが、それを補って余りある。
「確かに我ら聖騎士が揃っていれば魔獣など恐れるに足りません。しかし、道中で少々問題が生じまして。アリアンヌとアルベルトには聖騎士として別の務めを果たしてもらうことになりました」
空気の読めない聖騎士Aと残念そうに頷く従者AA、AB。大変残念なことにヴォルフガングからのフォローはない。
「私は我が主、エウレチカ様への忠誠と己が信念によりここにいます。しかし、我らは聖騎士。人々の苦難を見捨てるわけにもいきません」
説得のつもりだろうが、残念なセリフを重ねるアリシア。
(忠誠と信念でって、それ、命令じゃなくて勝手に来たってことだろう? 教皇様だかに仕える務めをほっぽって。こいつらの言動を見る限り、それで処罰されることはないんだろうが……。ちょっと世間知らずすぎやしないか? 重要な要件で来たっていうのに、人助けに人員を割くって?)
昨夜だって、逃げ遅れた人間が何人も食い殺されているのだ。こんな世界だ。自分たちがそうなる可能性はおそらく高い。使命があるなら他にかまけている場合ではない。
世間知らずにもほどがある。箱入り娘すぎやしないか。
「箱……」
思わず“箱入り娘か”と言いかけて口をつぐんだヨルの言葉をアリシアが拾う。
「……さすがにお耳が早い。そうです。ここへの道中でヘキサ教団の輸送部隊が全滅していました。恐ろしく強い魔獣と相打ちになったのでしょう」
ヨルとドリスが埋葬した輸送隊のことだろう。そういえば『箱』とやらを積んでいた。あれをアリシアたちが運ぶのか。
アリシアの様子から、ヨルたちの話は聞いていないようだ。ドリスはうまく逃げられたようでうらやましい。もし出立が遅れていれば、見事に捕まり間違いなく巻き込まれただろうに。
「穢れを塔で浄化し、再び恵みをもたらす『箱』へと再生する。これはヘキサ教団に与えられた使命です。輸送隊が倒れ、そこに我ら聖騎士が通りかかった。そして、あなたという魔術士がこのノルドワイズに居合わせたこともまた。すべては、ヘキサ神の思し召しです」
(怖い理屈だなー)
おそらく「狂乱の月への対応で、ノルドワイズには兵力も『箱』も余力がない。早急に次の箱が届かなければ陥落するかもしれない」とでも言われたのだろう。こんな思考回路の持ち主なのだ、正義感を掻き立てられてやすやすと引き受けたに違いない。神の思し召しだと都合よく解釈をして。
そもそも日本人のヨルからすれば、使用済の『箱』に溜まる穢れとやらも、技術やノウハウを秘匿して独占するためのデマだとしか思えない。だったら口止め料を上乗せして、適当なハンターに行かせればいいのに。
(この娘、臨機応変とか知らなそうだ)
そうまでして特別視する『箱』とはどんな仕組みになっているのだろう。魔石も魔力源として使えるが『箱』の方が重視されているようだから、コスパがいいとか出力が高いとかパフォーマンスに優れるのだろう。仕組みを解明して模造品を作ったらものすごく儲かる気がする。いや逆に、邪教徒認定とかされて一発死刑かもしれないが。
(『箱』か、気になるなぁ。似たようなものを知ってる気がするし、なんていうか、すごい違和感がある気もするし……)
ものすごく『箱』の中身が気になるが、今はそれどころではない。何とかしてお断りできないものか。
「俺一人でその二人の代わりが務まるとでも?」
務まるどころか、残念従者AA&ABがいない方がはかどる気さえするのだが、そこは隠して戦力不足をアピールしてみる。
訳あり親父と初対面魔術士を連れて遺跡に行くのだ。さすがに人柄は気にするのか、きれいな食事の所作や会話で人品骨柄卑しからぬと判断したようだが、戦闘力は知らないだろうと、ヨルは高をくくったわけだ。だがしかし。
「ギルドに問い合わせたところ、貴殿はエルフだとか? 魔術士としての素養は十分かと。それに、狂乱熊の魔石を二つも持ち込んだとも聞いています」
直球を打ち返してくるアリシア。というかこの世界には個人情報保護という思考はないのだろうか。
「昨日、貴殿の側にいたという魔術士から戦いぶりは聞き及んでいます」
しかも、アリシアに続き従者AAが追撃してきた。こちらは昨日隣で「火球」していた炎のドッジボウラー情報か。きっちり調べてきているあたり、思ったよりも仕事ができるのかもしれない。
「『降りしきる星空亭』にいなかったので、ここを探すのに手間取ったぞ」
従者ABのにやりとしながら放ったとどめが地味に痛かったことは内緒だ。
(情報ダダ洩れじゃねーか。ギルドと教会ずぶずぶなのかよ……って、あれ?)
そういえば、アリシアはこう名乗っていたはずだ。
「私は聖騎士アリシア・ストリシア」
そしてヨルの登録したギルドの名前は、ストリシア・ハンターズ・ギルド。
(あー……。これ、最初から指名依頼てやつじゃねーか)
かなりの職権乱用だが、剣と魔法の世界なんてそんなものだろう。
思わぬ強制イベント発生に、ヨルは小さくため息をつく。それを了承と理解したのか、従者AAはテーブルの上に「手付金です」と小袋を置いた。ただ働きさせないだけましと思うしかない。
「時間がありません。今日中に遺跡に着きたいのです。探索期間は長くて2日。食糧はこちらで用意します。2刻後に北門前でお待ちしています。ヴォルフガング、ヨル殿の支度の手伝いを」
そういい残すとアリシアと従者AA、ABは『賑やかな鶏亭』を後にした。
ヴォルフガングに「手伝え」と命じてはいるが、逃げないようにというお目付け役なのだろう。意外としっかりしているようだ。
逆に駄にゃん子ミーニャのほうは、
「ミーニャも手伝うにゃ。荷物運びは任せるにゃ!」
と自らアリシアの手中に飛び込んでいる。こやつ、自発的に人質になりおった。
(あのにゃん子、こんな感じでノルドワイズまで流れてきたんだろうな……)
アリシアにくっ付いて『賑やかな鶏亭』を後にするミーニャを見ながら、その無軌道な旅路に思いをはせるヨル。魚でもカリカリでもたっぷり買ってもらうといい。いっそこのままアリシアの飼い猫になった方が幸せだろうから、ミーニャについては放っておく。
それより目下の問題は、降って湧いた仕事の方だ。
「食わないか?」
「……」
アリシアたちが去った後も少し離れた場所からヨルを凝視し動こうとしないヴォルフガングに、ヨルは声をかけてみる。アリシアたちは食事に手を付けなかったから、テーブルの上にはまだ大量の料理が残っている。
(……料理、もったいないな。あんま、腹はへってないんだけど。……お?)
ローストビーフを口に運んだヨルの向かい、アリシアが座っていた席にドカッとヴォルフガングが腰かけた。
「旨いか」
「あぁ、なかなかだ」
ヴォルフガングの探るような視線が気になる。エルフは肉を食べないのだろうか。
新しい皿にローストビーフをたっぷり盛り付けて差し出すと、ヴォルフガングは黙って受け取り、ムッシャムッシャと食べだした。
「俺はヨルム。ヨルと呼んでくれ」
「ヴォルフガング。ヴォルフでいい」
「エルフと会うのは初めてか?」
「……あぁ、初めて会う。エルフとは、皆そのような風貌なのか?」
(エルフの風貌? 俺も語ってるだけで知らんけど。……いや、それっぽい連中がいたような)
ファンタジーのエルフのような、とがった耳で色素が薄く、しゅっとスリムな種族の記憶が浮かんでくる。どうやらこの体の元の持ち主は、エルフを知っていたようだ。
ファンタジーのエルフの語源は「白」だと聞いたことがあるが、この体の記憶によれば、この世界で「エルフ」に相当する単語の語源も似たようなものだった。たしか「染まる前」だとか「無垢」だとか、「白」を連想するニュアンスだった。外見も語源も共通点が多いから、ファンタジーのエルフの認識で話をして問題ないだろう。
「人と同じで個体差はある。俺のような黒髪は珍しく、色素の薄い者が多いな」
「そうか。覚えておく」
話がなかなか続かない。ヨルも無口だが、ヴォルフも変わらず無口な男だ。いや、食事をしながらの会話など、こんなものかもしれないが。
肉、肉、卵、肉、時々パンと、タンパク質を中心に料理がみるみるヴォルフガングの胃袋に消えていく。
いい食べっぷりだ。見ていて気持ちがいい。
喉が詰まらないのかとミルクを注いで差し出せば、ほんの少し嫌そうに眉をしかめたのが面白い。ヨルが女将を呼んでぶどう酒を一瓶頼んだら、ヴォルフガングはにやりと笑って相好を崩した。
「野菜も食えよ」
「草は好かん」
「俺もだ」
不審げな雰囲気は酒とともに干されたらしい。食事に誘って正解だった。
フードの下から覗くヴォルフガングは、鳶色の髪に青灰色の瞳の精悍な男だった。西洋人に比べて日本人は若く見えるというから、年齢は印象より若くて30代半ばくらいかもしれない。
日に焼けた左の頬には1本の刀傷があり、髭はそり落としているがナイフで雑に整えた剃り跡と、これまた雑にそろえた髪が彼のワイルドさを増している。
このような風貌の男だ。アルコールの薄いぶどう酒など、酒のうちにも入らないのだろう。
手酌でコップになみなみと注ぎ、水のように飲み干す仕草は実に様になっている。
「いい食べっぷりだねぇ」
頼んでもいないのに2本目のボトルを運んできた女将に代金には大分多い銀貨を渡して、ヨルは奥へと目配せする。旺盛に飲み食いするヴォルフガングは男のヨルの目から見ても格好の良い男だから、女将が構いたくなるのは分かるけれど、これから彼らと仕事があるのだ。
こちらの世界の事情に疎いヨルからすれば、ヴォルフガングとは少しでも親交を深めておきたい。
意図を察した女将は「あいよ」と肩をすくめて奥に引っ込み、ヨルは自分の杯に2本目のぶどう酒を注ぐ。
朝っぱらから酒とは我ながらいいご身分だが、この体は少々の酒では酔わないし、ヨルだってミルクよりも酒がいい。
「昨夜は見事だったな」
腹が膨れたのか、食事のペースが落ちてきたヴォルフガングに話しかけると、じろりと視線を返された。狂乱熊に火球を放ち、危ないところを助けたのはヨルだ。嫌味だと取られたのかもしれない。
「目的地の詳細は?」
「俺も詳しくは聞かされておらん。グリュンベルグの遺跡群の中でも森の浅い部分にある、探索済みの場所らしい。それでも、悪名高き魔王の遺跡だ。出会う魔獣も熊程度ではすまんだろうな」
遺跡とやらに関してはヴォルフガングも聞かされていないらしい。
それよりも、また気になる単語が飛び出した。“悪名高き魔王”だなんて、突っ込んでくれと言わんばかりの単語じゃないか。しかし、悪名高いということは有名だということだ。「何それ?」なんて聞こうものなら、ヨルが不審がられてしまう。
(聞きたいことが聞けないのって会話につまるな。ドリスがいたら察して説明してくれただろうに。いかん、変に会話が途切れてしまった。なんか、ネタ、ネタ……。あ、そうだ)
ヴォルフガングを観察して、気が付いたことがあったのだ。
ミーニャは自慢げに話していたから、このネタならば大丈夫だろうとヨルは視線をヴォルフガングの首元に移す。
「その首防具、材質は? 石材……いや、金属か」
フードローブの隙間から覗くヴォルフガングの首元には、黒く鈍い光を放つ硬質なリングが見えた。磨き上げた石材のようにも見えるし、金属のようにも思える材質不明の物体だ。複雑な彫刻が施されていて、かなり手の込んだ品に思える。
昨夜見たヴォルフガングの立ち回りは人間離れしたものだったから、もしかすると彼も獣人でこれはこだわりの首防具ではないか。こだわりの逸品ならば、いろいろ語ってくれるだろうし、仲良くなれるというものだ。
そう安易に考えたヨルだったが、返ってきた返答は、しばしの沈黙とヨルを探るようなヴォルフガングの視線だった。
「……首防具、か。隷属の首輪も言い様だな」
「……」
(れ……隷属の首輪!? うっわ、やっちまった!!)
ドリスが言っていたじゃないか。
“隷属の首輪なんて魔王文明の遺物の中でもレアなもの、重要な捕虜に使うならわかるけど、こんな子が付けてるはずないか”と。
だとしたらヴォルフガングは。
「捕虜、なのか」
装着した者の自由を奪い隷属させる忌むべき呪具。それを使い、使役するのが聖騎士だという事実に、ヨルはこの世界の歪さを感じずにいられなかった。
ヴォルフガング・アンケートへのご参加ありがとうございました!
なんと、満場一致でイケオジという熱い結果に。
結構なイケメンだと思ったんですが、まさかのゼロ票。マジか、マジか……。イケメンいらんのか……。
この結果に伴い、「010.ノルドワイズ防衛戦ー2」の挿絵も差し替えています。