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【改稿版】俺の箱~かつて、魔王がいた世界~  作者: のの原兎太
第1章 ヘキサ教の乙女たち
16/102

016.聖騎士の来訪 *

(昨日は、ほんと大変だった……)


 けだるい朝日に、ヨルは窓の横に置いた椅子から立ち上がる。

 魔ダニの集団にSAN値的なものを喰い荒らされたヨルは、宿につくなりシャワー室に直行した。

 あんなものを見た後に、風呂に入らないなどありえないじゃないか。

 塚の扉を開けた瞬間のあの衝撃に比べたら、服を脱ごうと思った瞬間に血鮮布とやらがしゅるりとほどけてたたまれたことも、服をざぶざぶ洗った後、着ようとしたら乾いた状態で着衣していたことも、大したことではないだろう。

 この肉体に慣れた今では、なかなか気の利く服だな、とさえ思えてしまう。


 逆に少し驚いたことと言えば、鏡に映った今の顔だろう。

 日本人である田口(よる)とは似ても似つかない、文句なしのイケメンだった。

 鼻筋は通ってはいるが高過ぎず、頬骨の張っていないつるんとした面立ちと黒髪は、日本人離れした顔立ちであるのにどこか親しみやすさを与える。すっきりとした目元はくっきりとした二重で、切れ長の大きな目を細めるように開けた表情は、男らしい柳眉に彩られた精悍な顔に、甘さと憂いを添えていた。瞳の色は一見黒だが、よく見ると赤みがかっていて、不健康なまでに白い肌の色と相まっていっそ神秘的でさえある。ノルドワイズの外に出る時、ミーニャに引っ掛かれた傷は跡形もない。結構派手にやられたと思ったが、手加減してくれたのだろうか。

 それにしても、表情筋が死んでいるのかと思うほど、表情の変わらない顔である。仕事張りの営業スマイルをぶちかましても、口の端がちょっと上がる程度なのだ。この能面ぷり、イケメンでなければ許されない。“ただしイケメンに限る”とは、本当によく言ったものだ。


(あかん……。キャラが違い過ぎる……)


 そりゃあ、モテるはずだ。

 どうにも言葉に違和感を感じて、言葉少なになりがちだったがむしろ正解だったと思う。表情も変わらないことだし、寡黙キャラとして誤魔化しながら生きていく方が、この姿にはあっている。


(いろいろと気を付けた方がいいかもしれんな)


 あの魔力でこの顔は、どう考えたってトラブルの種だ。しかも自分だけダーク仕様なあの魔術を見る限り、ハイスペックのベクトルが他の人と違う可能性が高い。


(それにしても……なんかどっかで見たことがあるんだよな、この顔)


 ゲームキャラかなにかだろうか。言葉には違和感を覚えるのに、田口(よる)と似ても似つかないこの顔が自然と受け入れられることが不思議だ。


(……とりあえず、休むか)


 昨日から本当に色々ありすぎた。疲れていないはずがない。

 そう思ったヨルが部屋に戻ると、一つしかないベッドのど真ん中に、ミーニャがヘソ天で眠っていた。


「……どこから入った」

「プスー」


 爆睡したまま答えない駄ネコ。

 ドリスの部屋の窓に投げ込んだはずなのに。そういえばこのにゃん子、女将から合い鍵を受け取っていた。この場合、不法侵入になるのかそれとも合法なのか。

 勝手に入って一つしかないベッドを占拠したことより許しがたいのは、この駄ネコ、魔ダニに取りつかれたのに、風呂にも入っていないことだ。


 ――このベッドはもはや使えない。


 こうしてヨルの異世界2夜目は、せっかく宿をとったのに、窓際の硬い椅子に座って明かすことになってしまった。


 ■□■


 タイミングというのはずれ始めると、とことんずれていくものらしく、ようやくうとうとしたヨルが目を覚ますと、朝日が顔を出していてドリスは出立した後だった。

 遠ざかっていく小さな魔力に、せめて見送りをと城壁に行き、影も見えないドリスに落胆して宿に戻ってみれば、くそったれな招きニャンコが招きたくない客を招いていた。


「ヨルは新参者にゃから、ミーニャが案内したんにゃ」

「ミーニャは優しいですね。さあ、これも召し上がれ」

「うにゃん」


 “我こそは正統派”みたいなオーラを出す3人組、”歩く教義書”ことアリシアご一行に餌付けされる駄ネコ。

 キラッキラした鎧に朝日がチカチカ反射して、ヨルの目に突き刺さる。


(ドリス、あいつ勘がいいな……)


 遠い目をして感心するヨル。挨拶もなく出立したことを薄情だと思ったが、これを察知したのかもしれない。なかなかのセンサー感度だ。ヨルも無理やりにでも温泉村へ付いて行くべきだったかもしれない。


「貴君がヨル殿か。我が主、聖騎士アリシア様が君に話があるそうだ」

「アリシア様が忙しい時間を割いてお待ちになっていたのだ。これ以上待たせるな」


 押しかけてきておいて、わかりやすくヘイトを稼ぐ二人の従者。それを「まぁまぁ」と言わんばかりにたしなめながらアリシアが口を開く。


「アリアンヌ、アルベルト、失礼ですよ。ヨル殿は昨晩遅くまで魔獣を倒しておられたのでしょう。

 ヨル殿、お初にお目にかかります。私は聖騎士アリシア・ストリシア。

 まずは、御身に光あらんことを、リグラ・ヘキサ(神のご加護を)

 立ち話も何ですから、朝食でもご一緒しませんか」

「早く来るにゃ。おいしいにゃ~」


 駄ネコが笑顔でヨルを呼んでいる。

 このにゃん子、知らない人に物をもらってはいけませんと習わなかったのか。


(習わなかったんだろうなぁ……。昨日も、初対面の俺から晩飯貰ったばっかだし)


 キラキラ鎧三人組は見た目も言動も厄介ごとの臭いしかしないというのに、うなうなと喉を鳴らして餌を貪るっている。

 今こそチートな身体能力をフルに活かし、別人だと言い張ってダッシュで逃げ出したいのだが、アリアンヌとアルベルトと呼ばれたキラキラ鎧が左右をがっちりガードしているし、駄ネコが手の代わりに尻尾でおいでおいでと招いているじゃないか。


 というか、アリアンヌとかアルベルトとか分かりにくい。AAとABにしておこう。AAやらABは正直何とかなりそうなのだが、少し離れた場所に立つ壮年の戦士が厄介だ。

 昨晩大活躍だった男、ヴォルフガングだ。彼は、汚れているが、恐らく逸品だろう鎧の上をくたびれたマントが顔まで覆っていて、キラキラ鎧の三人組とは対照的だ。渋カッコよくて似合っているが、キラキラトリオと仲間のようにはどうしたって見えない。

 こういう組み合わせで強引に押し掛けられた場合、たいていキラキラ三人組は極悪非道な権力者、というのがお決まりなのだろうが、アリシアは心からの笑顔でミーニャを愛でているし、ミーニャもそれなりになついているようだから権力者としてはましな部類の人間かもしれない。


(……ただの猫好きって線もあるけどな。ドリスもたいがいだったし)


 にゃん子を撫で繰り回しているアリシアは、透き通るような美しい肌と色素の薄いストレートの金髪が鎧にもましてキラキラしている若い女性だ。

 女子高生というには落ち着いているが、社会人にしてはやや幼い、世のおっさんたちからすれば放っておけない年頃だろう。顔立ちもスタイルも申し分ないものだから、余計にそう思えるのかもしれない。

 真面目そうで品の良い顔立ちからは、“正しくあれ”と育てられたことがうかがえるし、家柄も良いのだろう、手入れの行き届いた肌や髪からはなんだかいい匂いがする。

 早熟な柑橘系のフルーツを思わせる、清々しい香りだ。


   挿絵(By みてみん)


「俺はヨルム。ハンターだ。ミーニャが世話になった」


 逃亡を諦めたヨルは、勧められるままアリシアの向かいの席に着く。


「とんでもない。ワー・ニャンコは(いにしえ)の聖女様も愛された種族。こうして愛でるのは聖騎士として当然です」


 アリシアが真面目な顔で訳の分からないことを言いつつ、ミーニャの頭をなでている。なかなかのテクニックだ。気持ちがいいのか、食べ過ぎて腹をぽんぽこにした駄ネコはごろごろ喉を鳴らす始末だ。

 聖騎士だとか古の聖女だとか、なかなかビビットなキーワードを発信しているが、積み重なった皿の山が気になってそれどころではない。


(ミーニャ、どんだけ食ったんだ……)


 ワー・ニャンコは胃袋にまで時空魔法がかかっているのか。


「要件を伺おう、アリシア殿」

「そう急かさずともいいでしょう。ノルドワイズは北の食糧庫。パンも畜産物も美味だと聞きます」

「ミーニャ、ミルクおかわりにゃ」


 調子に乗った駄ネコがミルクのおかわりをねだり、アリシアの後ろに控えたAA(アリアンヌ)がピッチャーからミルクを注いでミーニャとヨルの前に置く。

 そういえば、昨夜は酒とつまみをつまんだ程度だ。というより、この世界に来てからほとんど何も食べていない。


(……腹、減らないんだよな)


 不思議に思いながらも、ミルクを口に含む。


(お、牧場で飲むような濃厚さでうまいな)


 おいしいと感じることに安心するヨル。

 トマトソースのかかったオムレツにベーコン、ソーセージ、ローストビーフのような肉。サラダにチーズ、籠に入った大きなパン。『賑やかな鶏亭』らしい鮮やかなテーブルと対照的に、貸し切りにしたのか店内は閑散としている。

 勧められるまま、ケチャップのたっぷりかかったオムレツを口に運ぶ。

 赤はいい。食欲をそそる。

 恵み豊かな大地の恵みを凝縮したような、滋味豊かな食材が活かした味を楽しむ。


(魔素とは本来、こんなふうに恵みをもたらすものなのかもな)


 月の慈愛の結晶のような美味しいオムレツとローストビーフを味わったところで、ヨルはフォークとナイフを皿に置く。美味しい料理ではあるけれど、値踏みするような聖騎士たちの視線が気になってしようがない。

 んっくんっくと喉を鳴らしてミルクを飲むミーニャの図太さが、むしろうらやましくもある。


「お口には合いませんか」

「人前での食事に慣れないだけだ」


 ついでに言うなら、こちらの言葉にも未だ慣れない。気を抜くと「案ずるな、美味である」などとおかしな物言いをしてしまいそうだ。


「ご謙遜を。その流れるような美しい所作。やはり見込んだ通りのようです」


 アリシアは、ふむ、と納得したように頷くと、

「やはり、貴殿に依頼いたしましょう」

 と話を切り出した。ヨルは受けるなんて一言だって言ってないのに。


「そのお力を教皇エウレチカ様の、いいえ、聖ヘキサ教国のためにお貸しいただきたい」

(はい、来ました厄介事! 断る余地って残ってんの?)


 しかし、押しかけ飼い猫のミーニャがたっぷりごちそうになったのだ。日本人の感覚として「嫌です」とは言いづらい。

 ヨルの向かい、アリシアの隣では、ヨルの悩みなどミジンコほども意識せず、満腹になった駄ネコが天を仰いだヘソ天で寝そべっている。

 天を仰ぎたい気持ちなのは、ヨルのほうだ。



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