09.すっごいずっこい
「ずっこい、ずっこい。すっごいずっこい」
言葉遊びのような不平不満を漏らしながら、ルーティエはペケッと足元の石ころを蹴飛ばした。
八つ当たりで蹴飛ばされた石ころが、不満げにコンコロコロリと転がっていく。
今、このグリマリオン鉱山の坑道にはルーティエの他には誰もいない。だからこそ漏らせる、子供っぽい愚痴だ。
ルーティエの不満の種は押しかけ側近、ライラヴァルだ。
ヨルに近づかないように分体のスライムを付けていたはずなのに、まんまと出し抜かれてしまった。
「だって、人間の国の仕組みなんて、わかんないし」
ライラヴァルが自ら聖都に赴くことで、枢機卿らの視線をノルドワイズに釘付けにできると言われればそういうものかと思ってしまうし、聖都の結界は強力で分体ではとても越えられないから、待っていろと言われればそこでぼんやり待つしかなかった。
「別の道から来るって分かっていたら、見張ってたのに」
そんな簡単なことも、スライムでしかないルーティエには考え付かない。
「本体だったら、ライラなんかに負けないのに」
ルーティエが寄生しているミリィの肉体は植物型で、手足を枝や根に変えて伸ばしたり、他の植物系魔獣に挿し木してルーティエ・ネットワークを広げたりと、特殊なことが出来るけれど、単純な戦闘力という面でみれば、さして強いわけではない。
ヨル様を守るのに力不足だと言われてしまえば、今のルーティエには言い返すこともできない。
「ずっこいよ。ルーティエより後に配下になったのに、ルーティエより賢くて強いなんて」
「ずっこい」という言葉は、ルーティエが寄生している肉体、ミリィが教えてくれた言葉だ。こういうモヤモヤした気持ちの時に、「ずっこい」と声に出して不平を漏らして、地団太を踏んだり小石を蹴飛ばすと、ちょっと気持ちが軽くなるらしい。
『そうだねぇ、ずっこいねぇ』
ルーティエが荒ぶっているので、寝ていたミリィが起きていて、よくわからないながらも同意してくれる。ミリィは樹木になるだけあって、ぼんやり流されるままな性格で、いつもは寝ているかぼーっと景色を眺めている。これだって迎合しているだけなんだろうが、今のルーティエは聞いてくれるだけで心がぽわぽわして、思わず本音をこぼしてしまう。
「ずっこいよ。ルーティエはスライムなのに、ライラは魔人なんて……」
グズッ。ルーティエは目や鼻の奥がツーンと熱くなってくるのを感じた。
これが『泣く』というやつなのか。じゃあ、この気持ちが『悲しい』だろうか。いや、人間は『悔しい』時も泣くことがあるから、そっちの方かもしれない。
こんなことさえ知らない自分が、ルーティエは歯がゆくて仕方がない。
ルーティエは突然変異のスライムなのだ。本来は意識さえ持てずに死んでいく、そんな矮小な存在だ。
偶然に創生の魔王ゼノンの目に留まり、魔王シューデルバイツの魔晶石を頂けたおかげで、ルティア湖を満たすほどに大きくなれた。
長い長い時間をかけて言葉を覚えて知識を溜めて、お戻りになられた魔王のお側に侍る栄誉に浴したけれど、所詮はスライム。
人間に生まれ、魔人となったライラヴァルには及ばない。
ルーティエにはヨルが何を考えているのか分からないし、どうすればヨルの役に立てるのか、どうすれば喜んでもらえるのか分からない。
この作戦だって、ライラヴァルが立てたものだ。命令を待つばかりのルーティエには、こんなこと考え付きもしなかった。
「ルーティエは、頑張らないといけないんです。お役に立たなきゃ、す、捨てられちゃう……」
『そんなことないよ』とミリィは言ってくれるけれど、これはルーティエにだってわかる根拠のない慰めだ。現にノルドワイズでは本体が暴走し、ヨルさまを傷つけてしまった。配下が魔王を傷つけるなんてもってのほかだ。今は他に配下がいないから見逃されているだけで、他に配下が増えたなら、ルーティエなんてお側に寄らせてもらえないんじゃないかと心配で仕方がない。
冷たくて暗い湖で、ずっとずっと待っていたのに。たった一つの言いつけを守って、ちょっとづつ賢くなったのに。
人に生まれただけのライラヴァルに全部持っていかれてしまいそうで、ルーティエはひどく焦っていた。
『とにかく、お当番をちゃんとこなすのがいいんじゃないかな』
「ライラが立てた計画くらい、余裕でこなしてみせるです」
今日は、盾の月2日。安寧卿ミハエリスがグリマリオン鉱山に来た翌日だ。
ミハエリスは少し離れた魔素だまりで野営しながら、鉱山の様子を調査している。ルーティエたちは、あと1日とちょっと鉱山の中で隠れながら魔力を出して、「ここにいますよ」と彼らを引き付けるのだ。
そうすれば、駄チョウに乗って出発したヴォルフガングが、ゴールデンクレスト山脈を越えてベルヴェーヌに辿り着ける。厄介な安寧卿ミハエリスに出くわすこともないし、魔素枯渇地帯であるゴールデンクレスト山脈を越えるなんて誰も想像しないから、敵に見つからずに味方と合流できるだろう。
「まったく、手のかかるヴォンゲンです。“諦めなければ案外、道は開けるものだー”とかいっちゃって、駄チョウ乗ってかっこつけても、エビのところでベソをかいてたの、ルーティエ知ってるんです。あと、駄チョウにうまく乗れるまで、3回も振り落とされてたのも。……しょうがないヴォンゲンです。仕方ないからルーティエも助けてやるです」
この鉱山には魔素がないから、魔力を流しっぱなしにはできない。だから、引き付け役は交代ばんこ。当番でない間に、離れた魔素だまりに止めたセキトの中で魔力を回復する作戦だ。
初めはヨルとライラヴァルが二人で回す予定だったのを、ルーティエもやると言って当番をもぎ取った。
駄ネコとセットで戦力外扱いされたのが悔しくて、ルーティエはここにいないヴォルフガングに八つ当たりする。
そんな彼女に親近感を抱きながら、ミリィは坑道の石ころばかり見ているルーティエの代わりに挿し木から見えるミハエリスたちの様子を監視する。
『さし木のそばにテントはってくれてよかったね。のぞき見、できるね。って、あれぇ? みんなかえるしたく、してなぁい?』
ミリィ声に慌てて挿し木に意識を向けると、安寧卿ミハエリスの野営地ではテントは全て畳まれて、兵士の半数は来た道を下り始めているではないか。
「な、なんで? まだ来たばっかりなのに。明日まで、ここに居てもらわないといけないのに。魔力少なかった? えい、えい! ほら、ここに居るですよ? 止まって? 止まって!」
魔力が少なすぎて気付かれなかったのかと慌てて魔力を振りまいてみても、安寧軍は止まる様子もなく、とっとこ帰り支度を進めていく。
「どうしよう、どうしよう?」
『いそいでもどって、相談しよう? ほら、もうすぐ交代だし、次の人、近くまできてるよ』
「だっ、だめです! 次はライラの番です」
ルーティエだって、誰かに相談したいけれど、ライラヴァルはダメなのだ。
ここでライラヴァルに相談すれば、ライラヴァルの評価がさらに上がるじゃないか。それにルーティエは役立たずのレッテルを張られるかもしれない。
「ここは、ルーティエが何とかするんです! 引き止めればいいんです! えーい!」
ルーティエは万一接近された時のために坑道の弱いところに張り巡らせていた根っこを、えいっと動かす。
ズズズ、ガラガラガラ。
大きな音と粉塵を上げて崩れる坑道の一角。
この坑道は、人間にとって大事なもののはずだ。だから、ちょっと襲撃しただけで安寧卿ミハエリスがやってきたのだ。だから、目の前で壊してやれば、慌てて引き返してくるはずだ。
そう思ってのことだったのに。
「はぁ、はぁ、はぁ。どうですか?」
『うーん、立ち止まらないね、どうしよう?』
「そんな。いっぱい魔力使ったのに。帰っちゃダメです。こっち来るです、こっち来るですー!」
まるで駄々っ子のようにシタシタと地団太を踏むルーティエ。
どうしよう、どうしよう。
ルーティエとミリィは一心同体で二人いるようなものだけれども、二人そろって慌ててしまえば混乱度合いは増すばかり。
完全にパニックになって周りも見えなくなってしまったルーティエの後ろから。
「来たよ」
思いもかけない声が聞こえて、何者かがルーティエの左腕を掴んだ。
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