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雄大な樹




 姉さんたちとギルドへ赴いて探索者登録を始めてからしばし。

 カウンターの奥に設置された登録用スペースで魔力計測によるギルドタグの作成をして、更には事務的なお話を聞いて、も一つおまけにダンジョンの基礎知識を聞いてと中々盛りだくさんな内容に少々気疲れしてきた。

 体を動かしたい。それはもう思いっきり全力で動かしたい欲求が溜まって来た。


「基礎講習は以上となります。初回に限り半額の二万五千ヴェルで一時間の戦技講習を受ける事ができますが如何なさいますか」

「戦技講習?」

「ダンジョンでの実戦的な動き方など、受講する探索者が望む内容に沿った講習を、という形になります」

「へぇ……ちなみにそれは『組手をしてくれ』なんて講習内容でも?」

「可能です。初回は元ミスリルランクの探索者だったギルドマスター、血斧のマリウスが教えるという事もあって、大抵の方は受けて行かれますね」

「なら初回以外は?」

「五万ヴェルを依頼料として、希望の内容を教導できる探索者へ依頼を出す形となります」

「ふむ、ふむふむふむ」


 悪くないかもしれない。とは言え半額でも二万五千ヴェルとは結構な金額を要求されたものだ。

 一般的な男性の一日の食費が大体二千ヴェルなんて言われるのを考えたら、十日以上の食費が一時間で飛んで行く事になる、と。

 しかしながら初回は実力派ギルドマスターが相手をしてくれるというのだから悪くはないのだろう。

 あちらとしての対応姿勢がどうなのか分からないのが少しばかり心配だが……いや、聞けば済むことかね。


「ちなみにギルドマスターさんは真面目に教えて下さるんで?」

「それはもう。熟練探索者ですら何度も『マリウスさんに頼めないか』とリピートする程ですからね。ついでに言うなら世間の評判通りの樹人ですよ」

「そんな樹人であるという事が、一番安心させてくれる謳い文句ですねぇ」


 穏やかで優しく誠実だ、彼らは。

 ただしそんな樹人でありながら、元ミスリルランクの現ギルドマスターで、なおかつ血斧なんて物騒な二つ名を頂戴しているのはどうかと思わないでもないが。

 何にせよ、得難いものを得られるのならば二万五千ヴェルなど安いものだ。


「ん、ではこちらを」


 腰につけたポーチの中から二万五千ヴェル分のコインを探り当てて、きっちり重ねてテーブルの上へ。

 ――――ただそれだけの事なのに、何故にこの事務員殿は目を丸くしているのだろうか。


「ディーラーをなさっているというだけあって、流石ですね。ポーチの中を見もせず即座にきっちり二万五千ヴェルを取り出せる。恥ずかしながら、そういう職人芸的な物が好きなタチでして」

「それはどうも。で、どうすれば宜しいんで?」

「ギルドの裏に専用の広場がありますので、そちらでしばらくお待ち頂く事になります」


 こちらへどうぞ、と促されたので、とりあえずギルドに併設されたカフェでのんびりしている姉さんたちへ身振り手振りで講習へ行く事を伝えた。

 ついでに軽く構えを取って『ヤってくる』と示した途端に天を仰がれたのはどういう事だろうか。

 失礼な。


「……お連れの『咆哮』のお二人へのご報告は済んだようですね」

「これは失礼」

「いえいえ、お気にならず。では参りましょうか」











「それではこちらでお待ちを。そう時間はかかりませんので」


 連れてこられたのは、周りを塀で囲われた長方形の広場。縦横100メートルと30メートルって所か。

 組手をするには十分な広さだ。


「んむ、元ミスリルランク。あのバルトルトと同ランクのギルドマスターかぁ」


 一体どれ程強いのだろうか。

 同ランクのバルトルトを基準に考えると、とんでもない相手な事だけはわかるのだが。

 まるで行く先に透明な壁がいくつも立ちはだかっているような感覚で、進んだ先にあるのはわかるが、辿り着き方がわからないのだ。


「これは気張らなければあっさり終わるかねぇ」


 立ったままくいっと上体を前に倒して手足の指を触れ合わせ、逆に後ろへ倒して足首を握る。

 腕を回し、脚を回し、脚を開き。体から異音が響かないのを確認しながら、自らの体の具合を確かめていく。

 つま先から頭の天辺へ至るまでの動きを連動させて、力の一極集中を意識する。


 人の体という物はこれが意外と重いものだ。

 そして重いという事は、つまり武器と成り得るという事に繋がる。

 しかしながら、その重さを武器とする事がこれまた難しい。

 腕だけで殴りつけても、脚だけで蹴りつけても、相手に大した痛手は与えられない。各部位だけの一撃は軽すぎる。

 それではどう足掻いても牽制以上の意味は無い、と教えられた。


 故に、大地を割る気勢を以って踏み込み、その力を余す事無く全身へ循環させ拳へ。

 故に、全身をしならせ、そのしなりを失わぬよう、鞭のように振り抜く爪へ。


 腰を落とし、体を回転させ、零距離で相手を吹き飛ばすための体当たり。

 脱力し、体が崩れ落ちる瞬間に踵で地面を撫でるように蹴り飛ばして行う体重移動。


 くるりくるりと回り、しなり、踏み込み、跳び。

 この自分が研ぎ澄まされていく感覚はたまらないものだ。

 一つ地へ踏み込む毎に何かを感じる。一つ空を打ち抜く毎に何かを感じる。

 指先がかかっただけのようなもどかしさが堪らなく愛おしい。

 私は何に気づこうとしているのだろうか。かかった指先にあるものは一体何だろうか。

 何故、今この瞬間、私の目の前にはあの慣れ親しんだプレートメイルをつけたカカシが無いんだ。バルトルトが居ないんだ。

 久方ぶりの何かに気づけそうな予感がするというのに。


 体を捩じり、天を切り裂く気勢で脚を振り上げ、振り下ろし。

 もう少しではっきりと指先がかかる。この感覚を逃してはならない。


 そんな中で、混じりものを感じた。

 混じり物は確かにそこへあり、ここへと至る。

 確信と共に混じりものへ向けて拳を放てば、横合いから伸びてきた腕に打点をずらされた。


 新緑の色が見える。


 ずれた点を回し、脚へ、足へ、大地へ。

 目の前にある新緑の裏へ周るように体を滑らせ、その回転を殺さぬように右の爪を振るえば、がしりと指と指を絡めるように手を掴まれた。

 ならばと、その手を引きながら逆の爪を振るえば、またしても指に絡めとられた。


 目の前の新緑が笑っている。

 そう、笑っているのだ。私を見守るかの如き慈愛の笑みを湛えている。

 そこから受けるのは、バルトルトのような手を引っ張ってくれるような安心感とも、フォルクハウトのような後押ししてくれるような安心感とも違う。

 まるでヴィルマ姐さんのように、傍で見守ってくれているような安心感。


 ぐい、と両手に力を込めて真正面から向かい合う形となったその新緑を、全身の力を以って突き放しては再び向かっていく。

 全霊で駆け抜けて拳を打ち放った。体を打ち付けた。巻き込むように膝を、肘を放った。


 あぁ、何かに指が触れている。


 跳び退って、まるで獣のように大地へと四肢を掛ける。

 全身を巡る喜びの感情を噛みしめながら、まるで地面を滑るようにして低く、低く駆ける。

 横へ、後ろへ、前へ。どこへ駆けても、新緑は私を見守ってくれていた。

 あんまりにも嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。

 つい我慢できずにちょっかいを掛ければ、上から優しく頭を撫でてくれるかのように窘められた。


 びきり、と爪が鳴る。

 ぎり、と噛みしめた牙が鳴る。

 まるで全身に駆け巡る歓喜へ応えるかのように。

 楽しいなぁ。何て楽しいんだろう。


 指にかかった大地の硬さを握り込んで、放り投げて、前へ、前へ、前へ。

 新緑が揺れて、目の前から消えた。

 どこだ、と。目で、鼻で、気配で追えば、それは低く跳んだ私の更に下にあった。


 新緑が爆ぜ、私は空を舞う。

 腹に感じるのは、バルトルトが教えてくれた体当たりと同種の鈍い痛み。

 体重を乗せた一撃の証。

 あぁ、優しさに甘えすぎて叱られてしまった。


 くるりと体を丸めて体勢を整え、地に降り立つ。

 ――――ッ?


「はい捕まえました。随分とやんちゃな子ですねぇ、君は」

「うひゃあっ!?」


 後ろから両腕ごと抱きしめられて、持ち上げられた。

 その両腕は揺るぎすらしない大樹の枝の上にいる感覚のような、そんな安心感を与えてくれた。

 そういう事か。――――お終いかぁ。


 楽しかったよ、ありがとうねぇ。新緑のお兄さん。




Tips:ダンジョン

A:未だ最下層まで到達した者は居ない

B:神が残した碑文から、最下層が何階かは分かっている

C:しかしながら同じ碑文から神の愉快さも知る人々は、それが本当に最下層であるか疑っている

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