胎動
「さて、さてさてさて? 探索者になるというのはどういう事かねウルリカよぅ」
「あぁ丁度いい所に。フォルクハウト、これからは宿代払うからあの部屋そのまま使わせてくれないかね」
「そこじゃない。ちなみにそれに関してはかまわんけどさぁ」
反省、なんてへにょりと垂れていた両耳をつまんで持ち上げて囁くのは私の拾い親、フォルクハウト。
怒ってるんじゃないね、これは。あからさまに面白がってねちっこく問うているだけだ。
長命な魔人にありがちな『如何にして暇を潰すか』の、暇つぶしに合致したんだろう。
そもそもこのフォルクハウトもバルトルトも元は探索者だ。
引退理由は『カジノの方が面白そうだったから』と『深層まで到達はしたが、特段面白くなかった』程度のものだったらしいけど。
でも、そんな人達相手だからこそ素直に答えれば問題はなかろう。
「誘われて、興味が沸いた。骨休め代わりのディーラー兼業にするか、それとも探索者一本にするかは実際やってみなきゃわからんがね」
「お前さん、今の自分がこの二人組のパーティーに入ってやっていけると思ってるかい?」
「やっていけないだろうね。探索者にはなるけど、実際はパーティーに予約席を作ってもらうってのが落としどころかねぇ」
「無難だな。何時から出るんだ」
「そりゃあ決まってる。――思い立ったが?」
「吉日」
「そういうことさぁ」
揺れていたと言っても過言ではない心情が、先の力比べの熱狂で完全に傾いてしまった。
もう我慢なんてできるものか。細かい心配事なんて気にしていられるか。
そういう事はとにかく突っ走って駆け抜けた後に考えれば良いんだ。
「よしちょっと待ってな。俺が昔使ってた文字通りカビが生えて穴まで空いた探索用コートをくれてやろう」
「何十年前のコートだよそれ」
「アホ、何百年前のコートだ。お気に入りのコートに穴が空いて、かなり怪しくなってた探索者をやってく気が失せたんだよなぁ」
「聞いてた理由よりも更に酷いじゃないか、最後の決心の理由が」
「魔人の興味対象なんてそんなもんだ。良く知ってるだろうに」
「それはもう。しかしそんな連中が良くもまぁ飽きもせず私を二十年近く育てたもんだ」
「いやだって、お前面白いし」
「面白い子扱いはやめたまえ、愉快犯」
とは言え、確かにこのディーラー服のまま潜るというわけにもいかないか。
普段着に短剣といった所から始めるとしよう。
後はとりあえず一度やってみてからだ。細かい事を考えるのは性に合わない。
「んじゃ練習用に使ってた短剣取ってきてから出るわ。コートはそのうちかっぱらいに行くよ」
「おう、覚悟しておけよ。何しろ最後に見たのは数十年前に衣装箱の中でカビてた姿だからな」
「酷い話だよ、全く。愛娘に対してそんなものを餞別として渡そうとするなんてさぁ」
「ならバルトルトにでもおねだりしろよ。アイツは妙な所で几帳面だから多分綺麗なまま残ってるぞ」
「やだよ、あの人がっちがちのフルプレートアーマーと大剣じゃん」
大体、背格好の似通ったフォルクハウトのコートならまだ使えないわけでもないだろうが、バルトルトは、バルトルトだけはない。
あの人と私の身長差は頭一つ分程度じゃ足りないのだから。
それを抜きにしても、昔見せて貰ったバルトルトの現役時代に使っていた装備は私向きではなかった。
真っ黒で分厚いにも程があるプレートアーマーに、まるで鉄板のような大剣と戦斧。
どれもこれも指先で軽く叩いてみた時の音が異様に鈍かったのを覚えている。
微妙な顔をした私に気づいたのか、流石にこれは打ち抜けないだろうから、そこらに売っているプレートメイルの胸部を打ち抜けるようになろうね、が当時の教えだった。
私が格闘術の練習台にしていたプレートメイルの何倍の厚さがあったんだろうか、あれは。
「じゃあ行ってくるわ」
「おー、低層であっけなくおっ死ぬんじゃねぇぞー」
気楽に言い放つフォルクハウトにひらりと手を振って、いざ行かんダンジョン探索。
さて、低層はウルフだとかコボルトだとかの犬系魔物が多いって聞いたけどどうなる事やら。
「待ちなさい」
なんてやる気を漲らせながら自室へ踏み出そうとしたところ、ジークリンデ姉さんとテレージアさんに肩を掴まれた。
二人とも表情こそにこやかだが、そこからはどうにも逃げられそうにない気配をひしひしと感じる。
「ウルリカちゃん、ダンジョンに潜る前にもっとやるべき事があると思いませんか」
「短剣一本というのはまぁ百歩譲って良しとしようか。だけどせめてギルドで探索者登録くらいはしてきな」
「いやいやいや、そこではなくてですね、最初くらいは私達が着いて行きましょうよ。心配じゃないですかテレージア」
最初はソロでやってみたかったのだが、何やら雲行きが怪しくなってきた。
あれもこれもと心配事を挙げていくジークリンデ姉さんに、若干『それもそうか』って顔をし始めてしまったテレージアさん。
困ったものである。
「まぁいい、取りあえず着替えて来な」
どうしたものか、とため息を一つ吐いた所で肩を掴んでいたテレージアさんからようやく行動許可が降りた。
このチャンスにそっと部屋の窓から飛び出してダンジョンに向かう、というのも考えないでもないが――実行したら雷が落ちるだろう。
でもせっかくだし最初は一人で行ってみたいもの。悩み処である。
◆
「で、だ。テレージアよぉ、実際どうするつもりかね? 色々仕込みはしているが、中層や深層で即座に通用する程じゃないぞ」
「今回はうちの馬鹿犬が盛った結果なもんでね、私も正直決めかねてる所はあるのさ」
「ば、ばかいぬ!?」
「ならしばらくはアイツの好きにさせておくと良い。退き時は分かってるさ」
「素直に退くかね、ウルリカは」
「退くさ。あれは獣の因子が強い。理屈じゃない、本能で物事を嗅ぎ分けるタイプだ」
「…………ならば言う通り、好きにさせてみよう。使い物になるなら、予定通りうちのパーティーに迎えよう。まぁパーティーと言ってもうちはペアだがね」
「ならば迎えた後に、置いて行かれないように注意しておくんだな」
「――――何だって?」
ウルリカは少々思う所があって拾った子供だったが、それからしばらくして、それはもう大当たりを引いたと思ったものだ。
総合的な身体能力に優れた狼人の素質通りに、鍛えれば鍛える程に速く、鋭く、強靭に。
まさか探索者になってもいないのに、量産品とは言え真向からプレートメイルをぶち抜くとは思わなかった。
そして何代か前に混じったはずの血のせいか、魔力も人並み以上にあるし、俺自ら教える事もあった『魔の何たるか』を理解して応用するだけの感覚もある。
そんな本人の根本的な気質も荒事に向いていると来れば、大輪の華を咲かせる素質は十分だった。
ディーラーの素質も、探索者の素質も。
別にうちのカジノは金に困っているわけでも、必要に駆られてやっているわけでもない。言うなれば暇つぶしの一環だ。
そんな所にそれ程までの金の卵が舞い込んで来たら、そりゃあ可愛がるわなぁ、何でもさせてやるわなぁ。
皆嬉々としてさせてやったし、してやった。
バルトルトは自らが探索者として磨き上げてた戦技を、片っ端から何かしらの理由をつけては叩き込んだ。間合いの詰め方、空気の読み方、場の整え方、力の出し方、そして殺し方。殺す事の意味を。
ヴィルマは家族としての在り方を、魔人らしからぬ愛情を持って注ぎこんだ。悪けりゃ叱るし、良けりゃ褒める。そんな当たり前の事でも、突然両親を失った子供には必要不可欠だったろうさ。現にヴィルマには良く懐いているし、母さんと呼ぶべきかなんて苦笑していた事もあった。
そして俺は、世界の愉しみ方を実感させてやった。人の在り方、綺麗も汚いも、全てひっくるめた飲み込み方。あぁ、そういえば扇動の仕方も教えたが、あれはあまり身に付かなかったなぁ。
そんな幾千を生きた魔人共が揃って熱を上げた天才だ、その仕上がりはダンジョンの中で探索者としての力をつける度により精密な、より恐ろしいモノになるだろうさ。
それこそ相対した相手を映し出す鏡のように。深淵を覗き込んだ者よ、忘れるなかれ、と囁きかけるような。
――――そうして育てた結果、何故か若干脳筋気味になってしまった感はあるが。多分バルトルトが悪い。
頭は悪くないんだ。悪くないんだが、それらは全て相手をどう打倒するかに費やされる。急いて白か黒かを決めたがる。
その辺りはまだまだガキだが、もうちっと歳を重ねて落ち着けばそれはもう恐ろしい事になるのが目に見えるようだ。
相対する者を打ち倒すまで油断など無く、あらゆる手を使って追い詰め、そこに混ぜ込まれた何でもないような一撃であっさりと致命傷を寄越す、なんて。
あー、おっそろしいにも程がある。俺が冒険者やってた頃にそんなのと出会ってたらとりあえず攪乱魔法をダース単位でバラ撒いて逃げるわ。
あれはともすれば格下でありながら格上をも食うだろう。
うん、面白いねぇ、可愛いねぇ、我らが愛娘は。
「あれをただの探索者の卵だと思ってると、孵った瞬間にがぶりとやられるかもなぁ? 精々気を付けて観察しておきな」
Tips:ギルド
A:探索者の相互扶助組合
B:クエストボードを設置しており、誰でも依頼を出せる
C:ダンジョンの存在する街にあり、ギルドのランクは共通で扱われる
D:ランクはブロンズ(上層)、アイアン(上層~中層)、シルバー(中層)、ゴールド(中層~深層)、ミスリル(深層~)と、メインとなる探索階層によって決められる。