世界を回す
さて、今の状況を説明しよう。
立っている場所は仕事場であるカジノのルーレットテーブル。
やっている事はルーレットのホイールを回してボールを投げ入れるだけのお仕事。
相手の客は鬼気迫る顔でホイールを睨み付けるジークリンデ姉さんと、面白がってにやにや笑う野郎共。
他の客は面白がって周りでにやにや笑っている。
どうしてこうなったと、思わずため息も出てしまうというものだ。
「1! 1ならばウルリカちゃんがうちのパーティーに!」
「ばーか、一発狙いがそう上手く行くかってんだ!」
「儂としては1の隣、20か33の『ジークリンデが脱ぐ』に大層期待しているんじゃが」
「手袋を取って『はい一枚』なんてオチだろどうせ!」
「失礼な! このジークリンデ、やるからにはきっちりこのコートを脱いでやりますとも!」
「大盤振る舞いじゃねぇかジーク! 野郎共、念をホイールに!」
「がってんだいっ!」
げらげら笑う野郎共だが、別に嫌な笑いでもない。
私のテーブルに来る客はほとんどが私を子供の頃から知っている客ばかりだ。
ディーラーの練習を始めた頃から『ようしおっちゃん達が練習台だ!』なんて酒かっくらっていつでもげらげら笑ってたような連中だ、遠慮なんて無い。
いやー、たまたま大当たりを出した瞬間の『やっべぇやらかした。泣かない? 泣かないよね?』って顔は傑作だったね。
いやそこは喜べよ、って。
しかしながらジーク姉さんや?
「姉さんそれ脱いだら上は下着一枚だよ? わかってんのかね」
「何を言ってるんですかウルリカちゃん! コートの下にはシャツが――あれ?」
「今朝の事よーく思い出してみ。今日は暑いですねー、シャツはいりませんかねー、なーんてしなを作りながら私に言ってたのだーれだ?」
「襟元から覗く肌にそうではないかと思っていたが……ウルリカ殿、まことでござるか」
「まことでござるよ」
問いかける武人然とした探索者、サンガの顔には一片の曇りすらない。
うむ、そうであるか、何て重々しくも凛々しく頷く姿は、数多の人々に清廉な人物だという印象を与えるだろう。
与えるだけで、実の所はすぐにバレる系の割とはっちゃけるおっさんだが。
しかしながら、その確認の効果はあったようだ。
姉さんはしっかりばっちり思い出しのか、顔面蒼白。
野郎共はまるで嵐の前の静けさ。この沈黙はあれだ、酷い嵐が来る。
「者共、祈れぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
サンガが発したのはびりびりと腹の底に響くような熱い号令だった。
ともすれば無条件に拳を突き上げてわけもわからず熱狂するかもしれない程に気迫の籠った号令だった。
しかしながらその中身よ、君はどこに家出したんだい?
愉快犯に乗っ取られてように見受けられる。
「人の神ヒューニスよ! 魔の神シャルムスよ! 獣の神ベスティスよ! ジークリンデの脱衣をご照覧あれ!」
「特に魔の神シャルムスよ! 愉快な事大好きでしょう!? ご照覧あれ!!」
「いや、ちょっと待って下さい、無し、やっぱり無し! それにほら、神様になんてほら、畏れ多いですしね、ほらぁ!?」
「何を言っとるんじゃジークリンデ。神々の残した碑文の最後を思い出せ」
碑文はダンジョンのある場所全てに存在する、破壊不可能な石碑に刻まれている。
故に、ダンジョンを中心として栄える街では知らぬ者など居ない程だ。
つまり、思い出す事など容易い。
「人の神ヒューニスの『面白い人達、見たいな』の一文!」
「魔の神シャルムスの『愉快な醜態、見たいな』の一文!」
「獣の神ベスティスの『痛快な結末、見たいな』の一文!」
容易いのだが、お前ら一体どこで練習したんだよおっさん共、と言いたくなる程に見事な唱和は流石にどうかと思う。
しかしながら、その言葉に偽りはない。原文そのままである。
「我らの始祖たる三女神のありがたいお言葉じゃ、守らねば神罰が下るわい!」
「というわけでウルリカ、20か33だ」
「ウルリカ殿の腕ならできると確信しておる。――お頼み申す」
「駄目ですからね、ウルリカちゃん! おっさん共の口車に乗るなんて姉さん許しませんよ!?」
「ふむ。公衆の面前で姉さんの脱衣。不詳ウルリカ、今さらながらに滾って参った」
「ウルリカちゃんは何度も見てるじゃないですかぁ!?」
「ほほう詳しく。ウルリカ殿、その辺りを……そうであるな、16か14に入ったら、どうであろうか」
「承った!」
「承らないで!?」
いやほら姉さん、それはそれ、これはこれ、っていう素敵な言葉が御座います。
フォルクハウトやバルトルトに育てられたので、私も大概愉快犯な部分がありまして。
別に命にかかわる訳でも無し、いいんじゃないかと思うのだ。
具体的に言うと、狼狽える姉さんが大変面白い。
「というわけでほいっとなー、そして更にほいっとなー」
「――――ッ!? ウルリカちゃん待って、止めて止めて!」
「いいや、止めないねッ! 回したホイールを自ら止めるなんてディーラーの矜持に反する!」
ホイールを回し、ボールを放り込んだ途端に姉さんの声にならない悲鳴が響いた。
別にそんな矜持なんて無いが、言ったもの勝ちである。
しかし、そんな叫びを上げるくらいなら最初から妙な条件出さなければいいというのに。
昨夜から今朝まで、寝てる時以外はひたすらに勧誘されたけど頷かなかった、程度でなぁ。
「所で野郎共、全く関係の無い所に落ちるなんてつまらないよなぁ」
「…………やったのか、ウルリカ」
「大方その近辺に落ちる程度には。まぁ外れたら当たるまでやればいいんじゃないかねぇ」
「ほう、当たるまでとな」
「姉さんのご希望は手持ちのコインが尽きるまでに1に入ったら、だ。ならば他も然るべきだろう」
「つまりお前の手腕次第で何枚脱ぐかわからない、と?」
「そういう事さ」
くいっと大げさに肩をすくめた途端に、辺りに侍るおっさん共から上がる歓声。
やめて、とめて、ねぇウルリカちゃん、なんて涙目になって私を揺すってくる姉さん。
そんなになっても自分でホイールに手を出さない辺り、やっぱり真面目だ。
「お、お、お」
「おおおお? お、お?」
「じゅうろ、さ、あぁ!?」
止まるか止まらないか、そんな勢いでふらふらと転がるボールに一喜一憂する野郎共。
しかし、現実は非情だった。
「やー、悪いねサンガおじさん。入っちゃったね、見事に」
「ウルリカ殿、あれほど、あれほどお頼み申したと言うのに!」
「や、や、や、ウルリカちゃん信じてましたよぉ! お姉さん信じてました!!」
16を過ぎ、33へ落ちるかと思いきやもう最後にもうひと転がり、見事に1と書かれたポケットへ。
いや、私的な心情としては若干つまらない結果になってしまったように思う。
思うので、盛り上がりにただ水をぶっかけてはいお開き、何てのは信条に反するって事にしよう。
尻尾をぶんぶん振り回して私に抱き付いてくる姉さんを抱き返しながら、そう思ってしまったのだ。
頭を抱え込んできたため、頬に当たる柔らかな感触を堪能しつつも抱き返した姉さんの背中をぽふぽふと撫でながら、そっと胸越しに周りの野郎共に目線を送った。
その瞬間に何かを察して姿勢を正したのは流石にどうかと思うが、期待されたのには間違いない。
ならば、期待を裏切れまい。
「姉さん、ほら、立会人になってくれた皆にお礼でも言いな。何だかんだで祝福してくれてるんだよ?」
再びちらりと目線を送れば、各々混じりっ気のある祝福の笑みを浮かべた。
この笑みを見て、混じりっ気のない笑みとは流石の私でも言えない。
サンガなんて見た目だけなら戦場に立つ威風堂々とした戦士の笑みだが、中身は爛れているのが透けて見える。
「し、祝福という割に、何か悪意を感じるんですが?」
私を解放して野郎共へ向き直った途端に怯む姉さん、然もあらん。
だがこれで終わりではないのだ。
これはそう、始まりである。
「ウルリカちゃ――ん?」
野郎共のぎらついた笑顔を前に、咄嗟に横に立っていた私へ振り向いたところに悪いがね。
残念だったな、残像だ。
そんな不意打ちに不意打ちが重なってできた隙を逃すほど、私は鈍く無いのだよ。
「ほいっとな」
「はい?」
姉さんの後ろを取って抱きしめるかのように腕を回した先にあるのは、きっちり前の閉まったコートのボタン。
つい、と全てのボタンへと指を這わせ、瞬時に位置を把握して外していく。
バルトルトの仕込んだ指先の速さと器用さは伊達じゃないんだ。
お腹の辺りまであるボタンを外し終えたなら、やることは一つ。
「喜べ野郎共ォ!!」
合わせ目に指をかけてがばっとな。
混乱したまま、といった風な姉さんのコートを全力で前開きにしてやった途端、空気が固まった。
「きゃあああああああああああああああああ!?」
「おっしゃあウルリカでかした!!」
「ウルリカ殿、拙者は信じて、信じていたぞ!」
「もーう一回! もーう一回!!」
途端に盛り上がる場に、コートの前を掻き抱いて蹲る姉さん。
やったよバルトルト、貴方が鍛えてくれたこの指先は存分にいい仕事をした。
ついでに恥ずかしがる姉さんというのもオツなものである。
むふー。
Tips:獣人族
A:種族の全体数は人族に劣る。
B:獣の因子を持った人。
C:モフモフ割合等は同種族内でも多寡がある。
D:能力は獣人の種族による。
E:性質も獣人の種族による。
F:多様性に富み、人と魔人に分類できない人族が全部ここに分類されている。
G:稀に回帰を果たす者が現れ、それぞれ因子の原種へと変化できる場合あり。
H:それを活かしてペットプレイをする猛者はいないでもない。