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味わい深き語らいは




 知り合いの姉さんと、カジノの閉店後に一杯。

 ふと話の中で私の過去に触れられて、ついつい口が回ってしまった。

 それもこれも昔から私を可愛がってくれたこの人、ジークリンデさんが悪い。

 私が同族かつ同性の狼人であるからなのか、ニコニコ笑いながら話をしてくれるし、聞いてもくれる。

 たまに家に招いてくれて美味しいご飯を食べさせてくれたりもするし、一緒に居ても気疲れしない。

 何この至れり尽くせりな姉さん。お嫁さんに欲しいわ。


「とまぁ、そうしてディーラーの修行を始めたつもりだったのさぁ」

「ほうほう、色々とツッコミ所のある中々の滑り出しじゃないですか。それで?」

「何も分からない子供なのをいい事に若干遊ばれてたっていうオチでね、これが」


 始まったのはバルトルトによるディーラー講座だった。

 カードの扱い方、コインの扱い方、場の空気の読み方。

 ここら辺は真っ当だった。

 それはもう楽しくて楽しくて、あの時にポーカーテーブルで手に入れたコインの一部をカードと交換して貰って、部屋で飽きる事無く練習したものだ。

 実際はカードというのはこれが意外にお高いもので、そんなコインの一部程度であっさり交換できるような物ではなかったわけだけど。

 当時の私は当然のように疑いもせずに喜んでいたもので。そりゃあその時に周りにいた大人達が優しい目をするわけだ。

 後で聞いたらこっそり皆で足りない分を補填してくれていたらしい。


「ここでバルトルトを純粋な心で信用してしまったのがボタンの掛け違いの始まりさ。分かりやすく、色んな事を丁寧に教えてくれる良いお兄さんだ! なんて」

「子供って素直ですものね。それにしても小さな頃は『フォルクハウトお兄さん』と『バルトルトお兄さん』だったんですか。違和感が仕事しかしてくれないんですがそこは如何に」

「私は別に構いやしなかったんだがね。ヴィルマ姐さんに矯正されてなぁ」


『もう見た目だけなら立派なレディになろうって時分の娘が何時までも『お兄さん』何て呼び方してんじゃない』

『なら何て呼べばいいのさ?』

『そもそもあいつらに『お兄さん』とか似合わないにも程があるんだ。呼び捨てにしな!』


「――ってさ。その話を聞いてたバルトルトは『この娘が反抗期に!?』なんて無駄に良い演技しながら嘘泣きしてたけど」

「ちなみにあったんですか、反抗期」

「意味も無く反発したくなって、飲んじゃ駄目って言われてた火酒のボトルをラッパして懲りた」

「うわ小っさ……」

「うむ、流石に一本まるごとラッパした程度じゃあ小さいよなぁ。せめてもう少し頑張って二本か三本くらいやってりゃあさ、ちょっとは立派な反抗期だったんだが」

「いや死ぬからね、普通一本の時点で死ぬからね、火酒の一気飲みなんて」

「いけるいける、てかいけたって絶対。目を丸くして固まってたヴィルマ姐さんが動き出して止めなけりゃ」

「ヴィルマさんの英断ですねぇ。懲りたって事はそのまま昏倒ですか?」

「いや喉から腹にかけて焼かれたみたいに熱くて熱くて、水を求めて井戸ん中にダイブする破目になった」


 あれは酷かった。珍しく慌ててるヴィルマ姐さんを振り切って、ゲラゲラ笑うフォルクハウトを踏み台にして窓から飛び出して庭の井戸にダイブ。

 がふがふと浅ましくも必死に水を飲んで、ようやく収まったかなーって這い出たらまぁ見事なぽっこりお腹。

 バルトルトがにこやかに笑いながら『おや気づきませんでしたよ。何ヵ月目ですか?』なんてさすってくる来る程度には立派に丸いお腹だった。

 流石の私も恥ずかしいったらなかったね、あれは。


「んー、どこから突っ込めばいいんです?」

「良くそんなに腹ン中に入ったなー程度だろ、ツッコミ所なんて」

「あはー……やっぱりウルリカちゃんは面白いですねぇ」

「そんな面白いもんでもないだろうに、何でいつもいつもそう言われんのかね」


 よしよし、なんて小さな子供にやるようにぐりぐり頭を撫でてくる姉さんに反論しようとするが、姉さんの撫で方がまた絶妙で気持ち良くて、どうでも良くなってくる。

 うむ、苦しゅうない、もっと撫でるが良い。うあー。


「でもヴィルマさんは心配したでしょう。あの方、ツンと突き放すような言い方をしても心配で仕方ないタイプじゃないですか」

「最初はね。でも最初だけだったよ、この件で心配そうな顔をしてくれてたのは」


 追いかけてきたヴィルマ姐さんの『あ、この娘アレだ。アレな娘だわこれ』ってレアな微妙顔は忘れられない。

 またその顔を見たくて子供ながらに大食いとか色々やってみたけど、後にも先にもあれっきりだった。

 それから何をやらかしても『まぁこの娘だしね』って苦笑されてきたから、その顔は見飽きるくらいに見たけれど。


「話を戻すとさ、とりあえず私が何か練習する時に見てくれるのは大体バルトルトだったんだ」

「あのバルトルトさんですよ? 裏で何考えてるか分かったもんじゃないのに良くもまぁ」

「いやそれがな? 私が何か覚える度にそれはもう凄く褒めてくれたのさ。良く出来ましたね、賢い子だ、なんて」

「むー。いや、裏を知らないままあの面にそんな言葉を吐かれ続ければ……気づかないかもしれませんね」

「ええ、それで恥ずかしながら落ちましたのよ、これが。今になって思えばあれが私の初恋だったのかねぇ」


 今であれば言える。ポーカーテーブルで本性を垣間見ていたというのに、何という体たらくだろうか。

 別に悪い事を教えられたわけじゃないけど。


「――いや待て、冷静に考えたら結構悪どい事やら危ない事も教えられたな」


 人の体の事を知っておくのは将来絶対に役立つ、なんて人体構造(壊れ方と壊し方)だとか。

 ディーラーにとって指先は命、指先の感覚を制する者がテーブルを制するんだ、なんて目隠し訓練(錠前破り)だとか。

 夜に女性が一人歩きするのは危ない事なんだ、暗所でもちゃんと動けるようになっておかないと、なんて夜の森でのフィールドワーク(夜目と気配察知)だとか。

 ディーラーは立ち仕事だから体力も必要になるし、それを効率的に鍛えるために武術はおすすめ、なんて格闘術(フルプレートメイルの胸部を打ち抜ければ一人前)だとか。

 人を楽しませる事を忘れちゃいけない、なんて一発芸(様々な軌道で飛ぶカードの投げ方)だとか。

 ディーラーは時として恨みを買う職業だ、毒を盛られる事だってあるかもしれない、なんて耐毒訓練(最後の方なんて今になって考えれば致死量もいい所だった)だとか。


「…………はい?」

「ちょいちょいディーラー業を絡めて色々教えてくれてたもんだから疑ってなかったけどさ、今になって思えばおかしくないかね、色々と大量に」

「色々と魔法を使えるのは知ってましたし、体を鍛えているのも分かっていましたけど……えぇ? 打ち抜けるんですかフルプレートメイル」

「拳でも指でも打ち抜けるし、爪で引き裂けるともさぁ」

「毒は?」

「とりあえずそこらへんの森だとか洞窟だとかに生えてる毒草を料理の隠し味に使ってる程度には」

「ウルリカちゃん、それ絶対に他の人に食べさせちゃダメですからね!?」

「いくら私でもそれくらいの常識はあるさ。出すとしたらフォルクハウトかバルトルトくらいかねぇ。ヴィルマ姐さんは真っ当な料理が好きだし」


 自分の料理は真っ当で美味しい物でなければならないって力説してるのをたまに聞いてたけど、アレはこの毒草料理好きになってしまった私に対する精一杯の矯正だったのかもしれない。

 ごめんよヴィルマ姐さん――現実は非常である。というか料理に関して非常識になってしまっているのを自覚したのはそこそこ大きくなってからだけど。

 子供の頃から何気なく『私は好きだけど、他の人は好きじゃないんだ。そういうものなんだ』程度にしか考えていない事だったのだ、仕方がない。

 昔から何でも美味しく食べる事ができた弊害か、それはもう悪食なもので。


「うん、ごめんねウルリカちゃん。ちょっと冷静になろう」

「いや私は別に取り乱して無いじゃないか」

「私ね、今日ウルリカちゃんを誘ったのってね、そろそろ勧誘してもいいかなーって思ったからだったの」

「はぁ、勧誘」

「成長期も過ぎたみたいだし、ウチのパーティーにどうかなって」


 私が、姉さんのパーティーに?

 ひいては幼い頃にダンジョンで死んでしまった両親と同じ探索者に。

 いやいやいや、何を仰るのよ姉さん。私ディーラーですのよお姉さん。


「姉さん、貴女酔ってるね。大丈夫? 帰りは家まで送って行こうか?」

「まだ酔ってないから大丈夫です。でもウチに泊まりに来るのには大歓迎しますよ」

「やっぱり酔ってるじゃないか。ほら、もう帰ろう」

「…………まだ、家に帰りたくありません」


 姉さんによる、ちょっと赤らんだ顔で上目遣いにその言葉は反則である。

 悪ふざけだと分っていてもこれはまずいのではなかろうか。

 私の周りにはちょっと所じゃない程の綺麗所が多いが、この姉さんはその中でも特にまずい。

 同族であるからか、非常に、それはもう非常に私に効く。

 でもそれとこれとは別の話である。

 姉さんのおねだりの余波で辺りの探索者の目が痛い。


「ほら駄々こねてないで帰るよ。マスター、お勘定」

「ちょっとウルリカちゃん!?」

「おう、じゃあ二人で一万ヴェル」

「それちゃんと計算してんのかね。散々飲み食いしたってのに安すぎやしないかい」

「こんなもんだろ。たまに店に放り込んで行くハーブやらの代金も受けとりゃしねぇんだから」

「あんなの私の趣味の副産物なんだから金とか貰えるかよ」


 毒草取りに山に入ったついでに採ってきただけだ。


「アホか、あの量だったら買うと結構するんだぞ」

「いやあの、ウルリカちゃん、私まだ帰りたくないんですけど」

「……あー、それでいいなら甘える。金はここに置いとくよ」

「今絶対に私の事を面倒臭いって思ったでしょう!?」

「はいはい姉さん帰るよー。何か今日は悪い酔い方してんなぁ」

「気ぃ付けて帰れよ。間違っても絡んできた男を再起不能にすんじゃねぇぞ」

「気を付けんのはそっちかい」


『いーやーでーすー』なんて酒瓶に抱き付いた姉さんだが、ひょいと横抱きにして抱えた途端に固まった。

 運びやすいので非常に助かるけど、何だろう。

 もしかして抱え方が悪いのだろうか。


「じゃあまた美味い酒を頼むよ」

「おう、お前みたいなウワバミでもひっくり返るようなとっておきを用意してやらぁ」


 こんな醜態を晒す姉さんを抱えていると言うのに普段と変わない対応。男前だ、相変わらず。

 強いも弱いも含めて、美味い酒を飲もうと思うならここ一択という程に良い酒を揃え続けるだけはある。

 奥に見える厨房から手を振ってくれている優しい奥さんが惚れ込んだのもわかるというものだ。

 さて、姉さんの運搬業務の始まりである。






 ――――あ、姉さん酒瓶抱えたままじゃないか。これ代金に入ってんのかね。

 まぁあそこのマスターならこの程度はサービスしてくれていると信じよう。

 うん、かなりいい酒だけど。

 大丈夫大丈夫、あのマスターは男前、大丈夫。

 最悪姉さんにツケといて貰おう。


Tips:魔人族

A:最少数種族。

B:自身の持つ魔力に生命活動を依存しているため、魔力が尽きない限り寿命は無い。

C:魔力は全種族中随一。

D:身体能力は人に劣る

E:ただし、魔力に物を言わせた身体強化で身体能力に秀でた他種族に並ぶ場合もある。

F:寿命が無い事もあり、怠惰に過ごす者が多い傾向。

G:魔王?なにそれ美味しいの?楽しいの?

H:性関係に淡泊であり、基本的に求める事も無ければ求められても反応しない。

I:種族全てが白髪に赤目。主人公まっしぐらな見た目である。

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