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人の縁は異なもの味なもの




 私が育った環境というのは、一般的には特殊なのだと思う。

 幼い時分に、探索者であった狼人の両親を失い、家に残された僅かな金も使い果たし、引っ越しをして間もなかった事もあり頼れる者も居ない。

 そんな孤児コースまっしぐらかと思われた矢先に拾い上げられ、育てられた。

 ただそれだけならば『めでたしめでたし』で終わってしまう話だが、ここにいくつかの条件が加わると途端に特殊であろう人生となるのである。


 もう二十年近くも前になる。

 まず、私を拾ったのは通りすがりにしか思えなかった魔人である。

 ああ、覚えている。よーく覚えている。

 行く当ても無く、大通りの隅っこで膝を抱えて座り込んでいた私の前を通り過ぎた後、ピタリと止まってからついーっと後ろ歩きをしてきた人。

 何かと思ってちらりと目を向ければ、私の前で立ち止まったままじっと顔を覗き込んで来ていたのだから。

 子供ながらに思ったものだ。何か怪しいお兄さんが来たぞ、と。

 両親の名を言い当て、そして私の名も言い当て、自ら『フォルクハウトお兄さん』だと名乗った魔人は、それはもう怪しかった。

 日差しが強く暑い昼間だと言うのに、そのいでたちは真っ黒なロングコートに、これまた真っ黒なつばの広い帽子に、もう一つ加えて真っ黒い色眼鏡だったのだから。

 とは言え、その時に周りに居た人たちの反応を見るに悪い人では無いのだろうと当たりを付けて言われるがまま着いて行った私は、何だかんだで追い詰められていたのだ。

 警戒心が足りないと言われればその通りだが、所詮は幼子であったのだ。仕方がない。


 着いて行った先にあったのは、ガハハと大きな笑い声や、声にもならぬような悲痛な叫び声が漏れ出て来る大きな建物だった。

 そう、カジノである。

 またしても子供ながらに思ったものだ。これあかんやつやないか、と。

 だからと言って、他に道があるわけでも無いとも思ってしまった。

 我が物顔でカジノの中を突っ切った『フォルクハウトお兄さん』の後を追いかけた末に辿り着いたのは、ベッドと棚があるだけの簡素にも程があるそこそこ広い部屋だった。


『拾ったからには育ててやるのが筋だ、喜ぶがいい。ほれ、バンザーイ』


 棒読みだった。それはもう見事な棒読みだった。

 でもバンザーイした怪しい『フォルクハウトお兄さん』はちょっと面白く見えて、笑ってしまったのを覚えている。

 しかしながら、ああ、しかしながら、その『フォルクハウトお兄さん』の子育ては放任主義の極致だった。


『部屋は好きにしろ。うん、物が無い? 何とかして手に入れて増やしなさい』

『食事が欲しくばカジノの食堂へ行け。食堂のおばちゃんが腹いっぱいになるまで食わせてくれるよ、多分』

『遊び相手? 欲しければカジノに居るディーラーや探索者にじゃれつきなさい』

『小遣い? 欲しくば勝ち取ってみせろ!』


 ああ、思い出せば思い出す程に、思う。あれ小さな子供に対する扱いじゃ無いよね、と。

 その言葉通り生きるのに不自由はしなかったが、それ以外にはそれなりに苦労した。

 仕事をしているディーラーやカジノに客として来る探索者を困らせてはいけないと、子供ながらに察する事ができる程度の頭はあったのだ。

 数日何をするわけでも無く過ごして、さあどうしたものかと悩んだのを覚えている。

 ポーカーテーブルの前に置かれていた、くるくる回る椅子の上で無駄にくるくるくるくると椅子を回して、ついでに目も回しながら悩み、悩んで、悩んだ末に結論は出た。

 それはもう子供ながらに純粋な結論である。


 私もディーラーになればいいんじゃなかろうか!

 私も楽しい、お客さんの探索者さんも楽しい、お小遣いも貰える。

 これなら誰も損をしない!


 我ながら純粋すぎたと思う。

 何せ、その結論は目の前で繰り広げられた大人たちの行動をそのまま飲み込んでしまっただけのものだったのだから。


『いつ子供をこさえたんだいバルトルトぉ? 魔人のあんたがその気になっただなんて、よっぽど美人で気立ての良い狼人なんだろうねぇ』


 まるで刈取り直前の小麦畑のような色の艶やかな髪。

 ピンと立った、先だけ僅かに黒を乗せた形の良い耳。

 小ぶりな口に、少しばかり吊り上がった涼やかな目元、細く形のいい鼻に、真っ白な透き通るような肌。

 軽薄な笑いを乗せたその顔を真正面から私は、素直に思ったのだ。『隣に座ってたお姉さん、えらい美人さんだ。うわすっげぇ』と。

 くるくる回って目を回しながらもその顔に見とれていた私を、ケラケラと笑いながらぐしぐしと頭を撫でてきたそんな狐人の女性。

 だがしかし、この良い人そうに見えた、自らをテレージアだと名乗った女性の末路は哀れだった。


『はっはっは! その減らず口の対価はお財布の中身で宜しいので? いえいえ、仰って頂かずとも分かります、宜しいのでしょう。知っての通り、イカサマはばれなきゃイカサマじゃないんですよ』


 にこやかに、煌めくような笑顔と共にばっさり切り捨てたのは対面に居たディーラー。

『フォルクハウトお兄さん』と同じく魔人の、自称『バルトルトお兄さん』である。

 魔人族の大きな特徴でもある白髪に赤目の、しっかりとした線のイケメン兄さん。

 ただし中身は保障できない、と断定できるような気配がこれでもかと言う程に溢れていた。


『そこを減らすのだけはよしとくれよぉ!?』

『さぁ覚悟するといい。無駄に洗練された無駄な動きの中に潜むイカサマを看破してみせろ』


 涙目になって悲痛な叫びを上げた美女を鼻で笑い、テーブルに置いていたカードを左手から右手へ、右手から左手へと移動させては込み上げる笑いを堪えていたその顔は、絵本に出て来る魔王もかくやと言わんばかりに邪悪だった。

 ただ、その軌跡は美しかった。時には天井に届かんばかりの高いアーチを描き、時には目にもとまらぬストレート。

 小気味いい音を鳴らして踊るカードに目を奪われていたら、いつの間にかテーブルに着いていた者達全員の前に二枚のカードが配られ、場には五枚のカードが表向きに。

 いつ配ったのか分からなかったのは私だけではなかったようで、テーブルに着いていた大人達全員が目を剥いていた。

 ちなみに私の前にもあったが、ルールすら知らなかったし、手はつけなかった。


『さて如何に』

『こんな配られ方したカードなんて、見るまでも無くフォールド一択しかないんですがそれは如何に』

『痛ましい事件ですね。心中お察ししますよ』

『ちくしょうこの野郎!?』

『さて、そちらのリトルレディは如何に?』


 如何にもなにも、ルールすら分からないのにどうしろというのかと思ったものだ。

 隣で叫んでいたテレージアさんに『助けて』と訴えかける目線を送ると、少しばかり怯んでいたようだったけれども、やがて観念したかの様に片手で顔を覆ってしまった。


『母性に訴えるのは反則じゃないかぁ! ええい、これ賭け金はどうなるんだい!?』

『今回は特別に、貴女が掛けた額をそのまま流用して良いですよ。ちなみに、手伝ったからと言って掛け金を取り上げるのは感心しません』

『んな狡い真似するかい! さあカードを見せなぁ』


 カーッと真っ白な鋭い牙を剥き出しにしてバルトルトお兄さんを威嚇しながら、私の前のカードをそっとめくったテレージアさんは――――それはもう、見事に固まった。

 まるでギギギ、と音が出るかのようなぎこちない動きで場に出ている五枚のカードを見つめ、バルトルトお兄さんを見つめ、手元のカードを見つめ、またバルトルトお兄さんを見つめて。

 それまでピンと立っていた綺麗な黄金色の耳がペタンと伏せられた。


『私、もうお前の居るテーブルに座るのやめる』

『何を仰いますか。是非またいらして下さい』


 そんなテレージアさんを横目に、にこやかに、それはもう輝かんばかりににこやかにじゃらりと私の前に置かれたコインの小山。

 それを見て打ちひしがれたようにとぼとぼと帰っていくテレージアさんの背中は小さく見えた。

 あの時は何が何だか分からなかったものだ。

 後から聞いたところ、そのテーブルに座っていた大人達は役一つ作れないという大惨事の中で、挑むだけ馬鹿を見るような最高の役が私の手元で出来上がるようになっていた模様。

 流石にカードの詳細までは覚えていないけれど。

 子供の頃はとりあえず何かわからないけどお小遣い貰えた、としか思わなかったけど、今になって思えばえぐいにも程がある。


『さ、そのお金で家具なり服なり好きな物を買ってくると良いよ。何だったらあそこの暇そうにしてる食堂のおばちゃんとでもぉふ!?』

『おばちゃん言うなっつったよな? 次はカチ割るからね』

『ツッコミ早すぎやしませんかねぇ……というかどっから出てきたんですかこのレンガ』

『窯の一番上から。ちなみに崩れたから直しておきな』

『何という理不尽』


『バルトルトお兄さん』が『おばちゃん』という単語を口にした瞬間、食堂から目にもとまらぬ速さで飛んできたレンガ。

 頭に直撃して粉々になったレンガの破片を払い落としながら平然と返していたけれど、あれは死ぬ。普通は死ぬ。

 ちなみに投げた犯人、食堂を預かる他称『ヴィルマ姐さん』、自称『ヴィルマお姉さん』の格好良さにちょっと憧れたのは秘密である。

 しかし大人になってから分かる当時の異常さは、まぁ酷い物だ。

 でもそんな大人達がその時はとてもとても格好良く見えたのだ。

 見えてしまったのだ。

 だからこそ、後の私の人生を形作る決定打をあっさりと放ってしまった。


『私もディーラーになりたい!』


 ディーラーになれば、あんな綺麗なカード捌きができようになる。

 ディーラーになれば、お小遣いが貰える。

 ディーラーになれば、レンガが頭に当たっても平然としている程に強くなれる。

 ディーラーになれば、ディーラーになれば、ディーラーになれば。


 思い出した途端に顔が熱くなってくる。

 過去の自分は何て純粋だったのだろう。

 そこじゃないんだ、そこじゃないんだよと過去に戻って言い聞かせたい。





Tips:人族

A:最大数種族。

B:能力は人を平均として測られる。

C:集落や都市を形成する傾向にある。

D:良くも悪くも集団的で、集まる事で何かを成す傾向が強い。

E:お前本当に人か、と疑われる事必至な「化け物」が発生する場合が「まれによくある」種族。

F:他種族と比較して短い寿命である事もあってか、必死に生き抜いて何かを成す事も多い。

G:上に立つ者に染まりやすい傾向がある。

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