僕の幸せの音色
どこからともなく聞こえてくる、美しい音色。
あの時は、外はしんしんと雪が降り積もり、少し肌寒い。そんな、外からの音がしない学校の中を自分の足音だけ聞きながら、階段を下りていると、ふと、音色が聞こえてきた。
思わず、聞き惚れてしまった。僕らしくもなく。
その音色は、哀しくも暖かく、今まで触れたことがない一面を含みながらも、どこか懐かしい、そんな音色。
こんな時間にわざわざ学校で演奏するのは誰なのだろう?そんなことを考えながら、音の聞こえた方へ、聞こえた方へと歩みを進めていく。足が、勝手に動いていく。引き寄せられるみたいに。
一つの使われてない教室から、灯りが漏れていた。
扉から、そっと中を覗いてみる。悪いことをしている様な気分だ。
そこには、きっと僕と同学年であろう少女がヴァイオリンを演奏していた。なるほど、彼女の音色なのか。
「!っ…」
きっと、人が来るなんて思ってもいなかったのだろう。僕もそうだ。この時間まで、ここに残っている人なんてそうそういないだろうと思っていた。とにかく、少女は驚き、演奏を止めてしまった。きっと、僕のせいだ。もっと聞いて居たかったのに…なんて勝手なことを考えながら、少女に声をかける。
「あ、こんにち…は?邪魔してすみません。素敵な演奏ですね。」
そう告げると、彼女は、目を見開いたかと思うと目を伏せ言った。
「こんにちは。大丈夫ですよ。ええ!初めて素敵な演奏だなんて言われました。嬉しいです。私は一学年所属の小板橋優奈です。よかったら、名前を教えてください。」
一学年所属。つまりは同級生だ。小板橋鈴奈さんというらしい。確か、うちのクラスのはずだ。
「ああ、名乗らずすみません。僕は神崎蛍っていいます。同じく、一学年所属です。演奏、続けて大丈夫ですよ。妨害してすみません」
そう名乗ってから去ろうとすると、彼女はこう言った。
「えっと…私も今から帰るんだけど、一緒にどうかな?」
上目遣いで頼んでくる女子の頼みを、僕が断れる訳がない。なんか、かわいいなぁ…
「僕はいいですよ。」
そう言い、彼女が帰り支度するのを待った。外に出ると、雪がちらついていた。足元には雪が積もり、上からはハラハラと降ってくる。そこに立つ彼女は、神秘的に見えた。
それを、僕は強く覚えている。
〜数年後〜
この時は、そう、僕の中学からの友人で、昔っからヴァイオリニストを目指して居た、優奈の晴れ舞台。
彼女はこの晴れ舞台に向けて人一倍、練習を重ねてきて居て、特にやることもなかった僕は彼女の練習を眺める毎日だった。
そんな見て居ただけの人間が、今日は取れる中で彼女に一番近づける席を取り、晴れ舞台を眺めて居た。
やがて、演奏が始まった。あの時と同じ、人を包みこんでくれる様な優しく、繊細な様で強い音色。あの時と違うのは、彼女が立つ舞台と、彼女の見た目。そして、僕の見た目。
僕らはお互い、成長した。あの時とは変わってしまって居た。でも、ただ一つ変わらないのは、彼女の確かな音色。そして、あの時密かに芽生えて居た彼女への特別な思い。
〜さらに後〜
あの後、僕と優奈は付き合い始めたのだ。今は付き合い初めて3年だ。
情けないことに、その時は彼女から思いを告げられてしまった。
今日は僕が頑張らなきゃいけない日。ハラハラと雪が美しく舞うこの日に僕たちはイルミネーションを見にきた。とあることをするために。
彼女を幸せにできる様になる様に、頑張ってきた。が、しかしあまり自信がない。
僕はそんなことを考えていたが、やがて当たって砕ける気になったのか、彼女に話しかけた。
「あの、優奈。言いたいことがあるんだ。」
彼女は首を傾げ、本当に不思議に思う様な仕草をする。彼女が鋭いのか、鈍いのかよくわからない。そのタイミングに合わせ、僕は片膝をつき、箱に入った婚約指輪を差しだし、精一杯の気持ちを詰めて、彼女に言った。
「優奈、僕と結婚してください。僕じゃ頼りないかもしれないけど、きっと君を幸せにします!あなたとなら、喜びも、苦しみも、はんぶんこしたらきっと幸せになれる。こっぱずかしいけど、これが僕の精一杯の気持ちです。」
僕は、言い終える頃には息が切れていた。そして、彼女は俯いて…
〜現在〜
ゴーンゴーンゴーンと鐘がなる。独特の響きを持ち、会場の雰囲気を一瞬で変えてしまう。
僕がぼーっと立っていると、会場がざわざわし始め、視線が一箇所集められる。
そこには、美しく成長した"女性"が立って居た。
今日の主役は、その"女性"。あの時よりも、緊張した面持ちで、ゆっくりと、彼女の父親に連れられながら、真っ白なドレスとベールを引きずり、歩いてくる。そんな、可愛らしい彼女に僕は見惚れてしまった。
お察しの通り、今日はその"女性"の結婚式だ。
そんなことを考えていたら、いつの間にか愛を誓う儀式は終わっていた。
ここで、終わったのだ。いや、実を言うときっともう、あの時に終わっていたのだ。僕が彼女に恋心を抱き、彼女も僕に恋心を抱いてくれる期間は。少しいやかなり寂しい気がする。そんなことを考えながら、僕は友人たちと話していた
そんなことを考えていると、友達と話していたはずの彼女がやってきて、微笑みかけてくれた。
「これからだね、蛍くん。幸せになろうね。」
そう、とても幸せそうな顔で。その表情は、彼女が身にまとっている、純白のドレスによくあっていた。
「そうだね、優奈。改めて、僕と一緒になってくれてありがとう。幸せになろうね」
そう言いながら、僕は微笑み返し、会場は幸せに包まれていた。
もし、あの時であっていなかったら、この幸せはなかっただろう。もちろん、別の幸せがあったかもしれない。少なくとも、この世界の僕達は、とても幸せだ。
そして、僕は、優奈がそばにいて一緒に前を向いてくれている限り、これからも幸せでいれると思う。
あの、哀しくも暖かい音色は、ずっと僕たちに寄り添ってくれるだろう。
閲覧、ありがとうございました。
ちなみに、作者はまだ心に残る音色に出会ったことはないです…。
是非出会いたいものですね!