表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界転移にさせるに当たっての注意点。

作者: 異世界の神様

習作その2。

兎に角、書いて晒して学ぶしかない。

粗文ですがどうぞよろしくお願います。

人理廃棄聖領域(アジール・アサイラム)/悪徳座揺籃(ようらん)宮】


『天主様ー!』

『神様ー!』

『お話聞かせて!』

『聞かせて―!!』


 支柱となる大理石に青々とした木の葉を生い茂らせた樹木が絡み付いた建物に、年端も行かない子供達が続々と駆け込んで行く。中は物理的な概念から逸脱しており、部屋の窓辺の向こうには星々が輝き、円環を廻り続けている。幼い子供達は窓を開け放って、天主、天主と呼びかける。

 自身を呼ぶ声に招かれて、一匹の白い蛇が現れた。宇宙空間に長大な身体を漂わせ、銀河を一飲みしてしまえる口を持つ、輝く三対の紅玉眼に喜色を乗せた世界に巻き付く巨大な蛇。


<今日も遊びに来てくれたのだね、子供達。さあ、もっとそばにおいで>


 蛇は穏やかな思念を湯水のようにそっと浴びせて、宇宙の海に誘う。許しを得た小さな小さな命は星の輝きにも似た満面の笑みと歓声をあげながら、思い思いに飛び込んでいく。天主の星海は想いを形にする力があるのだろう。子供達が早く、天主の所へ行きたいと願えば、寸分違わず願いを聞き入れた。

 子供達の身体が想いの力で光の粒子となって姿を流れ星へと変えた。風を超え、音を追い越し、箒星の群は闇夜の空を踏破する。点は世界と結ばれて線になって流れていく。流れていく先には果ても終わりも無い煌めきだけが浮かぶ蒼穹。


<よく集まってくれた、子供達よ。我が愛娘も喜ぶだろう>


『姫様、よろこぶ?』

『祭祀妃様もー?』

『妃殿下喜んだら、天主も喜ぶの~?』


<嗚呼、嗚呼、勿論だとも。我が愛娘も喜ぶよ。目が覚めたら、もっと喜んでくれるに違いない>


 小さな星々は天主の許へ辿り着くと、その蜷局の中心にある水球の周囲を廻り始めた。植物の台座の上に浮かんだ水球がそこにあり、中には一人の少女が眠っている。

 きめ細やかな白銀の砂で作り上げたような白い素肌を持ち、青々と太陽の輝きを浴びて育った木の葉色の髪を短く切り揃えた頭。眉は細筆で線を引いたように上品に目の上に引かれている。瞳は残念ながら薄い瞼に隠れて見えない。それでも儚さと優しさを感じさせる垂れがちの目尻、目元からその人となりを窺い知れるだろう。年の程は、女性として見るにはまだ早く、乙女と言うにもあどけなさが残り、まだ少女と呼んでも良い。それでも、身体ばかりは小柄で、触れればどれ程に柔らかいのは一目で分かる程、悩ましく成熟していた。

 その肢体を星の輝きが失われた闇の帳を衣として纏い、同じ暗黒をヴェール代わりに被っていて、その額に当たる部分には天主の宝玉眼を模した赤い石飾りのみで飾り気は少ない。見る者が見れば、修道服にも映ろう。彼女は天主の愛娘であり、天主の半身、比翼にして恋人なのだ。天主と呼ばれる存在への捧げものとしては、当然の服装だった。


 その彼女がある日、突然として目覚める事を忘れて眠り続けた。大凡の事情を天主は察しているが、自ら動く事はしない。彼女がそれを望まないからだ。天主は愛娘の意思を可能な限り尊重した。"愛娘の悪夢"が彼女を苦しめ心を壊す。そんないざとなれば無断で手出しはするが、それまでは自制する。

 愛しいが故に、恋しさに悶えながらも、静かに耐え忍んで、目覚めの時を焦がれた。

 だから今は、その悪夢が少しでも和らぐように、童達と一緒に懐かしさを感じるだろう話を語りながら、己の声を聴かせるのだ。


 "私はそばにいる。ずっとそばに。目覚めた君の瞳に、一番初めに映るのは私でありたい"。

 エゴともつかない愛情を抱くが故に、ささやかな我儘を謳う。


『天主様ー! 天主様―!』

『神様、お話―!』

『お話するの蛇様ー!』


<お話、お話ね。では、どんな話が聞きたいかな子供達?>


『たのしいおはなしー!』

『面白いお話がいーいー!』

『為になるお話の方がいいよー!』

『神様のお話が聞きたいのー!!』


<これこれ、喧嘩はしないようにね。しかし、そうだね。そのどれも叶えられそうな話は……>


 白い蛇は長い長い首を捻り、一回転しても止まらず、ぐるぐると螺旋を描いて、ああ、と声を発して話題を見つけた。


<楽しいか、面白いかは、まだわからないが、子供達が知る私になる前の私が、異世界に転移させられた事があってね、その時の話で良ければ、聞かせてあげよう>


『神様が神様になる前ー? なにそれー?』

『天主様は生まれた時から天主様じゃなかったのー?』

『変なお話なんだー?』


<そう、変なお話だ。その時の私が、変だったから出来たお話だね。これは、いずれ転生して出会う我が愛娘とも関わりのある話でもあるのだが、それでもいいかな?>


『いいよー!』

『聞くのー!』

『妃殿下のお話聞きたーい!』

『早く、早くー!』


 天主が大事にしている娘の事と聞いて、子供達は面白さ云々の事を忘れ話を急かす。子供達の素直な感情に天主は毒気も無く笑った。寧ろ、快いとばかり大口を開けて、紅玉の目を潤ませて笑う。


<では、聞かせてあげよう。あれは――>




 ――それは、俺が死んでしまった時の話だ。



世界神域管理境界(ボーダーライン)


 俺は科学技術が発展した人の世に生まれ、ある程度年を取った後、交通事故に遭い、即死せずに取り合わせた車の爆発炎上に巻き込まれて死亡した。

 死にゆく身体に引き摺られて意識を失い、そのまま命が終わる。その筈だった。


 "ほう、これはまた極上の念力を持った魂を手に入れたものだ"


 俺の意識は急激に浮上し、何者かに白い空間へ呼び出された。事故の直後でパニックに陥っていた俺は余計に精神を混乱させた。


 "喧しい!!!"


 謎の声が一喝すると、俺の頭の中は真っ白になった。前後不覚になった人間を落ち着かせるのは難しい問題だ。然し、その声の主、恐らく男の声だろうか。男の一声で何もかも止められてしまったのだ。


 "我が声を良く聞くが良い、有象無象の魂よ。貴様は死んだ"


 頭の中は空っぽになっても、その男の声が嫌なまでに刻まれた。耳を塞ごうにも両手が無い。逃げようにも足が無い。そもそも身体が無い。どうしようもない状態で、俺は最後まで男の話を聞く羽目になった。


 "故に、貴様に甦る権利を与えよう、どうだ、良い話であろう? 死んだ筈の常命の者が、再び生きられるのだ喜べ。嗚呼、今は喋れんのだったな、発言を許可する、喜ぶが良い"


 俺の第一声はひとつ。


「ふざけんな死なせろ」


 "そうかそうか、そんなに――は?"


「死んだんだから死なせろ」


 "なんだその口は、我の言う通りに喜べんのか。性根が捩じれておるのか貴様"


「うるさい、テメェにとやかく言われる謂れはねえぞ、さっさと殺せ!」


 "貴様、神に向かって何と不遜な言葉を申すか無礼者め!!"


「不遜も無礼もテメェ鏡見て言えやジジイ!!? それとも何だ、鏡を見てもわからねえカスだってのか!!? ああ、なら仕方ねえなクズは自分がクズだって分からねえのと一緒だなクソが!!」


 "なんと愚かな物言いか! もう良い! さっさと去ねい!!!"


 瞬間、俺は強烈な圧迫感を受けて意識を失った。恐らく死んだのだろう。ああ、これで死んだ。俺は終われる。そう思った。


『でも天主様、愛娘様出て来てないよー?』

<そうなのだよ。なので、頭の良い子供達ならわかるだろう。彼は結局死ねなかったのだよ>




同世界神域管理境界(ボーダーライン)


 ……。

 …………。

 ………………。


「で、俺ジジイに殺された筈なんだけど、なんで死んでないんだよ?」


 "本来の目的を忘れてしまったでな。蘇らせた。有無を言わさず、我の世界に転移されるが良い"


「いや待って、転生? じゃなくて、何、異世界に俺転移すんのか? どうして?」


 "我の世界を救う為だ。それ以外に何があると言う?"


「待って待った待った待った……なんかテンプレで察してるけど、なにがどうなって俺が転移する事になっちゃってるんすかね?」


 自称神の男は俺の疑問に答えた。なんでも、自称神が作った世界がモンスターや魔族と呼ばれる存在に破壊されつつある。自称神は自分の世界の人間達に助けをしつこく請われて、止む無しに異世界の存在を呼ぶ事にしたらしい。何故、異世界の存在を呼ぶのかと言うと、自分の世界に自分自身が下手に介入できないからと言うのと、異世界技術と知識を持った存在によって世界が救われた後の事を考えた事、そして最後に、これが一番重要なのだが――異世界の存在は自称神の世界では特別強力な存在として転移するから、との事だ。それを聞いて俺の返答はもちろん。


「NO! 絶対にノゥ!! お断りだ!!!」


 "何故だ!"


「死にたいからに決まってんだろがダボが!! 異種族とたたかう勇気も根性もねえから!」


 "ええい! 神たる我に数々の侮辱、許し難し! 強力な加護を与えてやろうと考えたが止めだ! さっさと転移せよ!!!"


「え、ちょ、おま、なにそれ初めからそれを、ぎゃああああああああああ!!!!」


『あれー、でも天主様、転移なら祭祀妃様、でないー?』

『これって転生じゃないのー、だから、姫様、でなーい』

<おお、おお、良く気が付いたね、子供達。どれ、賢いお前たちにはお菓子をあげよう。お茶とジュース、どちらが良いかね。ああ、そうだとも、これは転移。簡単には我が愛娘には出会えなかったのだよ。正確には、愛娘が愛娘になる前の、前世に当たる彼女にね。さあ、話を続けようか>




世界神域管理境界直下(アンダーライン)


 ……。

 …………。

 ………………。


 俺は激しい激痛に苛まれながら、異世界に転移させられた。目覚めた先は、厳粛な雰囲気が漂う何処かの神殿だった。


「おお! 神の祝福を受けた男が現れたぞ!」

「これで世界は救われる!」

「魔物どもを滅ぼし、魔王の侵略から助かる!!」

「勇者様だ! 勇者様が現れた!」


 良くわからない侭、俺は俺の意思に関係なく、どこぞの国の勇者に祭り上げられ、挙句其の儘どこぞの王様の所へ強制連行された。個人の自由などありはしない。


「よくぞやってきた、勇者よ。我はアスタルア王国の国王、ガルシアム・ゾフィーエント・エルム・カーネスクライス六世である。神が遣わした勇者よ、そなたはこれより世界に旅立ち、魔族の脅威に脅かされる我ら人間を救うのだ!」

「……………………はい、国王様。そして、ご……」

「口を慎め、無礼者! 貴様が口を開く権利はない!」


 俺は周りの雰囲気に合わせてそれっぽくTPOに合わせて振舞いつつ、どうしても気になる事があるので問いを投げようとしたら、近衛騎士らしいごっつい鎧に包まれた誰かに叱られたのだ。解せぬ。いや、空気読んでたら黙ってるのが得策なんだが、個人的にどうしても確認をね?


「良い。我らが神曰く、突然異世界から召喚されたと言う。錯乱していても許すが良いとの天啓も頂いておる。して、勇者よ、尋ねたき事があるのだろう? 聞かせてみせよ」

「は……、お許し頂きありがとうございます、偉大なる国王陛下。では、失礼して……」


 俺は簡潔に、魔物と魔族を追っ払う以外の目的はあるか、国王の言う人間を救う方法とは何か、旅には同行者や指導者、装備等あるか、世界を救った時の報酬等等の問いを投げまくった。だって仕方ないよ、俺一般人だもの。分からない事だらけだもの。一応、その事も念頭に置いて尋ねた。


「ず、随分と落ち着いておるのだな。神からは錯乱しておると聞いておったが」

「いえいえ、私は徹頭徹尾、冷静の心算で振舞っております。……何か、私の態度に問題が御座いましたでしょうか?」

「多少の粗相はあろうが、敬おうとする態度は好感を持てるぞ勇者よ。さて、疑問に答えようではないか」


 話がやたらめったら大仰で長ったらしいので割合するとこうだ。目的は世界各地で暴れている魔物と魔族の鎮圧、国民の安全確保。その際に、王国が支援している旨を含めて国民達の妥当魔族の士気を高める演説をする事が小目的。大目的は魔族の長、大魔王を討つ事。尚、可能な限り魔族の国を破壊する事も含まれる。その為ならば国宝級のマジックアイテムや武具を貸し与えてくれるらしい。一応、伝説の武具や魔法が隠された場所は調べがついているが、それを守護するダンジョン、トラップ、そこに巣食う魔物が強すぎて手も足も出ないようなのだ。そして、同行者指導者、そして報酬なのだが……―-。


「同行者は、指導者としても優秀な我の近衛騎士団長であるこの者を宛がう」


 そう言って、さっき俺を叱り付けて来た騎士が一歩前に出た。一言で言うと、体育会系の筋肉マッチョマンの変タ……おっさんである。もう一度言おう。おっさんである。今もおっさんは俺の無礼が許せないのか、鬼の形相で睨みつけて来る。小心者の俺はチビらないだけよくやったと褒められたい。


「軟弱不遜な貴様を指導してやるアスタルア王国近衛騎士団長バルダース・エンディ・クライゼットである!」

「…………光栄です、騎士団長、俺は」

「そして報酬であるが、見事魔王を討ち取り、世界を平和にせしめた暁には、我が娘を嫁に与えてやろうではないか!!」


 おお、とどよめく玉座の間の兵士達。でも間髪入れずバルダースのおっさんが一喝。一瞬で静まり返った。何だ、そんなに美人なのか。と、思ったら答えは目の前にあった。玉座の左右に座る女性二人が目に映る。国王と同じ金髪碧眼だが、片や王冠を被ったご年配の淑女がいらっしゃる。顔に浮かべた微笑みから優しそうなイメージが強い。そして、その反対側に座るのが――嫁にやると言ったのだろう王女様だろう。

 金髪碧眼。顔立ちは非常に整っており、筋の通った鼻梁、品を感じさせる柳眉、少しばかり気の強そうな眼差し、唇は瑞々しくもきゅっと締まっていて、なかなかにグラマラスな体つきをしておられる。正直、ぐっとくる。


「承知いたしました。そういう話であれば、喜んでお引き受けします」


『あれー、天主様、転移なのに世界救う勇者様になっちゃったのー?』

<ふふふ、そんな訳がないだろう、子供達。それでは嘗ての私が真っ当じゃないか。そんな筈がないだろう。私は生まれる前から、生まれた後も――変わらないよ。恐らくね?>




世界神域管理境界直下(アンダーライン)/アスタルア王国】


 そうして俺は王国を挙げての勇者任命の式典までを待つ事になる。当然ながら、その間は近衛騎士団長……長いので、おっさんと呼ぶ。おっさんに木刀を持たせられて剣術の扱きと身体作りやらとしこたま仕込まれる事になるのだが、異世界人の補正も手伝って、軽々とこなしてしまったのである。あの時のおっさんの嫉妬に駆られた目はヤバかった。女を寝取られた目に近くて殺されるかと思った。が、それはさておき、世界について全く知識が無いのはまずいだろうと、魔術を初めとして、文字やら国の文化、作法。最後に王宮について根掘り葉掘り勉強して調べまくったのである。


 召喚されてから一カ月後には、剣術と魔術の全ての免許皆伝を頂いた。ありがたい事だ。努力は人を裏切らない。これは何より大事なのである――と、他人は言ったものである。まあ、あの美人さんを嫁に貰えるならいいだろうと思っているので、大した苦労ではない。


 免許皆伝を頂いて数日後、俺は式典に呼び出されたのである。

 王都は花が舞い、勇者の登場に民が歓声を空に響かせる。

 俺はそこで、長々とした宣誓と祝福を歌い上げた国王に跪いている。

 厳かな空気の中で、いよいよクライマックスだ――。


「我、ガルシアム・ゾフィーエント・エルム・カーネスクライス六世が、そなたが勇者である事を認め、この宝剣ヴェルグスレイスを貸し与えよう」


 リハーサル通りの遣り取りで、この後は俺が拝領する旨を口にすれば終わりである。


「は。不肖、■■■■、畏まって拝領申し上げます、我が王」


 両手だけを掲げ、そこに宝剣を置かれる。

 そこで民衆の雄叫びがあがる。


「――我が王の民よ!!!」


 然し、俺があげさせる事はない。予定調和で終わりそうな式典で、予定にはない俺の言葉に国王陣営が何が起こったのか分からず、硬直した。


「聞け! 我が民よ!! 我が宣誓を聞いてくれ、我が王の国民達よ!!」


 続けざま、俺は民に呼びかける。俺の暴走を近衛騎士達が許す訳がないのは予測済みだ。ならば、止められない様に仕上げていく。騎士が動き出す前に、口早に告げる。


「我が王の民たちよ、異世界からの訪問者である私を温かく受け入れてくれたそなたらを、必ず救おう! 私は必ずやそなた達民を、我らが王を、世界を必ずや人間の手に取り戻し、平和を築いてみせよう!」


 国王が待てと手で制する。それもそうだ。俺が今やっているのはプロパガンダとしては最高だろう。民の士気高揚を図っての行動。これを中断させれば、逆に民衆に疑念が広がる。何かあっても勇者様の暴走で国王たちは片付けられる事も彼等の計算の内だろうが。さて、始めようか。異世界転移に関して大事な事。


「嗚呼、私は歓びに満ち溢れている! 正しき事を正しい侭に正しく行える善の行いを! 人を助け、人を守り、人の営みを守る。なんと心躍る大任だろうか!」


 そうそう、正しい事は正しく行われ正しく終わるのが良い。でもそれ、理想論だよね。


「聞いてくれ民たちよ、私にはもっと喜ぶべき事がある! 国王は私に、世界を平和を築いた暁には王女様を私に与えてくださると言うのだ!」


 おお、と国民達は驚きの声を挙げる。国王陣営が焦りを見せる。特に国王一家と、王国の貴族。及び、他国からわざわざお偉い方々が。そりゃそうだろう。


「国王陛下、今一度、どうか民たちにも聞こえる様に宣言して頂けまいか! それを聞けば、私はたちどころに魔王討滅の旅に飛び出そう!! さあ、旅立の祝砲を!! あの時と同じように、見事魔王を討ち取り、世界を平和にせしめた暁には、我が娘を嫁に与えてやろうではないか、と!!!」


「……よかろう。宣言しよう、"見事魔王を討ち取り、世界を平和にせしめた暁には、我が娘を嫁に与えてやろうではないか"!!」


「――――もちろん、国王様の愛娘、エルザレス・ケイロム・エルム・カーネスクライスの事ですよね、国王様?」


 宣言させた後、俺は素に戻って発言する。尚、魔術で俺周辺の声は全て拡張されるようにしている。ついでに映像中継の魔術も、国王陣営には見えない様に空に展開している。見えるのは、国民だけだ。


「……」


「おや、どうなされたのですか国王様、確認をしているだけですよ。貴女の美しい娘、エルザレス・ケイロム・エルム・カーネスクライス様を私の花嫁に下さるのですよね?」


「…………」


 歯噛み、視線で射殺さんばかりに俺を睨む国王の沈黙に、民衆がざわめきだす。


「もしかして、まだ生まれてもない、国王の妾の方のお腹にいるお子さんの事ではありませんよね?」


「………………」


「もしもーし、国王陛下ー? お返事が無いと、私、旅立てないのですが―?」


 近衛兵が動き出そうとする。知らんわ。指パッチンで空間固定は浪漫。指パッチン炎はまたの機会に。まだ無能になりたくないのですよね、俺。慄くが良い近衛兵。俺が何故剣術だけで世界を救える実力を持ち得ているのに魔術を極めたのか。ふははははっ!!


「ああ、お答えになれないと。仕方ありません。では答えられるだろう確認に変えましょう。

 ――魔王を討ち取ったら世界が平和になりますよね、国王様?」


「………………」


「おや、何故ですか国王陛下。何故、お答えいただけないのです?」


 そりゃ答えられる訳がないのである。魔王という人類共通の敵を殺した後は、人類同士による魔族領の取り合いやらの泥沼に発展するからである。なら、それが分かっていて何故、神に勇者を求めたのか。答えは簡単、世界の偉い人達が人間以外に殺されるのはプライドが許さなかったのと、自分達の繁栄を願ったからである――と言うのを知っている。でも、国王やら偉い人たちは口だけは旨いので、何か弁論されないよう国王陛下にも空間固定の魔術で身動き取れない様にしている。ああ、呼吸は出来るよ。鼻の穴は塞いでないからね。


「いい加減口を慎みなさい勇者!!」


「王女殿下……」


 疑心暗鬼に不信感にと心が駆られ出した民衆達に美しい声が届く。容姿端麗、品性公正、文武両道の三点セットが揃った完璧王女エルザレスである。


「では王女殿下にお答え頂けませんか。私は民を救いましょう、魔王を打ち滅ぼしましょう、貴女の為に。貴方の為だけに。全ては美しい貴女を欲するが故、勇者に有るまじき卑賎者では御座いますが、私もまた男なのです。愛しい女を欲して、何がいけないと言うのですか」


「私を女だなんて物の様に述べ」


 何か話が逸らされそうだったので、彼女だけ音声拡張を解除。


「今述べるべきは罵り誹りでは御座いませんよ、王女殿下。私は、国王と、そう約束したのです。私が魔王と討てば、褒美にエルザレス王女殿下を、私の花嫁に与えると――物扱いしてるのって、どっちかというと王様じゃないですかね?」


 き、と美女に睨まれる。ちょっと危ない方向に目覚めそうなんで視線を逸らす。


「何故、王女殿下も私の問いかけに答えて下さらないのですか。――まあ、知ってるんですけどね。理由なんて。だって、貴女、隣国のグランズ帝国の第一王子と秘密裏に婚約関係結んでますもんね。しかも、相思相愛の。俺って、間男にさせられたんですよ国民のみなさーん!」


 なんで知ってるのかって?

 そりゃ俺が王宮内のメイドさんやらから魂やらを弄る魔術を使って全部聞いたんだよ。俺、異世界人だから制限なく魔術を神様と同レベルで作ったりできるっぽいし。んまー、そんくらいできないと、勇者やれないよね。あと、なんで相思相愛か知ってるのかと言うと、俺が魔術を駆使して城を抜け出して王女様をストー…ごほんごほん、影ながら護衛していたのだよ。そしたら砂糖吐くくらいの甘々空間作ってんだよその王子と! やってられるか!


 話は戻して、俺の暴露に反応したのは民衆だけではない。今回の式典に出席した他の国々だ。何故かって? この王国と隣国の帝国は表面上は険悪な関係を装っているんだ。しかも世界屈指の二大列強国が。順を追えばわかるよね。魔王倒れると、人間同士の戦いになる、人間同士の戦いになったら強い国と手を組むよね、普通。利害の一致とかなんでも取りつけてさ。でも、表面的に敵対してても、裏で繋がった列強国だよ。そんな状態で手を組んだらさ。味方と思って引き入れた兵隊が実は帝国兵が化けましたー! ってなったら、恐ろしくね? 帝国側でも同じ。そして襲われた側にはこう言い切るんだ。"それは相手列強国の仕業だ! 己、許さん! 心配するな、俺が敵を取ってやる!"ってね。


 間違いなく不審に思う国は出て来るだろうけど、強国について行かないと滅びるから離れられない。既に味方になってるから情報やらは大体共有されてて逃げ道がなく、何かあったとしても小国は最低強国二つを一度に相手取らなければならない。たぶん勝てないよね。そもそも気がつけるくらいになったら、既に詰んでるよ間違いなく。ガキの思考だと思う? でも既に証拠も揃ってるのだよ。この場に。


「な、な、なんて痴れ事を!!!」


「はい、王女様黙って」


「!!!?」


 俺が指パッチンした瞬間、再び空間固定。動けなくなる王女様御一行。異世界チート設定最高!

 うんうん、国民達も貴族達も動揺してるね。そうだよね。勇者の式典に来て人類助かる、さあ次の商売に備えて頑張るぞおってなってる時に、勇者がこれだもんね、仕方ないよね。


「証拠は、こちらに、はい、どうぞ。皆さま、上空をご覧くださーい」


 そこには、動けない王女様から抜き取った記憶を映像化して上映中。逢瀬の合間に政治事情をペラペラと話しちゃうのは政治と私生活が密接に絡んでるからかしらねえ。それはもう国家機密もなんもその、全部白状して貰ってます。あ、CEROなんて倫理規定なんてないのでエロい所も放映されてます。でも画面に映るのは、彼女の愛しい王子の顔だけである。なるほど、貴方は相手の顔を見て致したい方なのですね。いやはや、随分と初心な事で。そんな彼女と相手の王子、ついでに強国の両国王と女王は、うん、まずいね。鼻だけじゃ呼吸困難で死んじゃうよね。それがわかったんで映像を取り消して、空間固定からも解放。ああ、年甲斐も無く憤慨した物だから、立ち眩みしちゃってるね。


「き、き、きさ、ま、何を…したの、か、わか、わかって……!?」


 憤慨は勿論あるだろうさ。世界の平和を望んだ事は嘘じゃないだろう。欠片でもなければ、国民達があんなに喜ぶわけも無かろうさ。それに別段、策略を練る事は悪い事じゃない。自分は幸せになりたい。家族を幸せにしたい。良い目に遭いたい。そんなのは人間誰しも抱く本能だろうさ。正直、愛し合う王女と王子が結ばれるのなら、それはそれでいいんじゃないか、とは他人事のように思っている。


 ――でもよ、俺も腹が立ってるんだぜ?


「わかっていますとも、ええ、ええ、とても十分に。国を混乱に陥れているのは、ああ、国家反逆罪ですかね。死罪ですよね、これって?」


「当然であろう!!! 魔王を倒して我が国と盟友国を救って死ねい!!!」


 化けの皮剥がれちゃってるねー。ダメだなこりゃ。んでも、俺も言う事言って置こう。


「おい、国王。別に死ねと言わなくても死んでやるけどさ。遺言聞けよ」


 言って、俺は自分の首に貰ったままの宝剣を首に当てる。自分の首にだ。

 何を、と周囲が驚く。だが、そんなの構ってやるほど、俺、お人よしじゃないんだよ。


「俺ね、嘘つかれるの大嫌いなんだ。国王、初めからこういや良かったんだよ。お前の望む事を、可能な限り叶えてやろうって。俺の意思や感情をガン無視して、話し合う余地無く戦わせようとする。俺の大嫌いな人間そのものじゃないか。俺はただの一般人。この国で言うと、俺は普通の農民なんだぞ。それが行き成りどっかの大将軍殺せと言われて、言われて、やれるわけねえだろおがああああああ!!!!

 挨拶もまともにさせないとかどういう神経してんのお前ー!!

 ――つーわけで、死罪言い渡されたので、今ここで死んで償いまーす。後は皆さんで裏切り者をお好きなようにぶち殺しちゃってください、んでは、さような、ら”ぁ!!!」


 そして、俺は自分の首を、自分で跳ね飛ばした。

 俺は三度目の死を迎えたのである。ああ、終われる。やっと、終われるんだ……。







 ……。

 …………。

 ………………。


『天主様ー、前の天主様って、ジサツシガンシャなのー?』

<そうだね、正確には、生きる理由がないから死にたがったのだよ>

『でもでも、前の天主様も、すごいパワーがあったんでしょう? 好きな事出来たんじゃないの?』

<そうだろうね、だが、あの時の私は、好きな事に興味を失くしていた。だから、頼まれたからやろうとした、のだよ>

『なんだか、変なの。生きたいから生きるんじゃないのですか、神様ー?』

<そうだとも、生き物は皆、生きたいから生きるのだ。だが、生き方がわからなければ、生きていけないのも生き物なんだよ>

『どういうことー?』

<つまりだね。その時の私は、生きる理由を失くしていたから死にたがっていて。助けを求められたから、誠実に答えようとしたんだよ。とんでもなく人間嫌いで、度し難い人間不信であったのに、だ>





世界神域管理境界(ボーダーライン)


 "貴様、なんて事をしてくれたんだ貴様あああああ!!!!"


「うん、なんとなくわかってたけど、どーもー、俺帰ってきちゃいましたー?」


 "戯言申す出ないわ戯け者が!! どうしてくれる!! 人間同士が争いを起して我への信仰心が、我の力が失われてしまったではないかあああ!!"


「いやだって、勝手に転移させたのアンタじゃん。んでもって、俺を騙そうとした人間を正したんじゃないか。俺を騙すって事は、転移させたアンタへ一物抱えてたからじゃないのか? それを粛清したんだぜ? 何かおかしなことでも? 正しい事をしようとしたら力が失われるのはあったりまえじゃん。バカなの?」


 "何度も、何度も何度も我を愚弄しおって! 異世界の住人はこれだから困るのだ!! 力ばかり持て余して神をなんだと思ってるのだ貴様らは!!"


「愚弄って、そりゃアンタが俺を馬鹿にした扱いにするから馬鹿にするんだろうが。しかも、俺は死にたいのにアンタの都合で死ねないんだぜ。どうしてくれる。これじゃあの世の家族に会えねえじゃん? 俺は家族に会いたいんだ。それだけが望みなんだ、だから死なせろよいい加減!! 神様ってんなら人の願い叶えてこそ神様だろうがクソが!!! 人を助け、人を導き、人を愛するのが神様だろうがよ!! 何不幸にしてんだ! 何不幸を見過ごしてんだ!! 何が神様がクソビッチが!!! 神なら神らしく人を守って救って幸せにしろってんだろが!!!! 人間は神様のガキだろうが! テメェのガキを世話できねえなら初めから泥で作ったり女孕ませたりするんじゃねえよ×××が!!」


 "き、き、きさま…もう許さん! 貴様はこれから永遠に我の傀儡となって生きるが良い!! 手始めに、無駄に高い異世界適性の才を持って、魔王の許に送りつけて魔族を血祭りに上げるが良い!!"


「イヤダアアアアアアアアアアァァアアアア!!!!?」




『天主様、また転移させられちゃったの?』

<そうだよ、子供達。その相手の神は同じ過ちをまたやってしまったんだよ>

『(はむはむ、クッキーおいしい)』

『人の話や都合を聞かない事、だよね?』

<正解だよ、子供達。良い子には、今度は飴玉をあげよう。どれがいいかね?>

『お話聞いたら、もっとおいしいものくれるの、天主様』

<ああ、いいとも。私の話はつまらなくとも、お菓子はおいしいだろう? 続きを聞いてくれるのなら、新しいお菓子をあげよう。ああ、そうだ。子供達にも飲める、お酒をあげようか。>

『聞く―!!』

<はっはっはっはっ。いい子だ。素直だね。可愛い子供達。では、話を再開しようか。おいしい子供のお酒はその後に必ず、あげよう>

『はーい!』





世界神域管理境界直下(アンダーライン)/魔族領の入口】


 ……。

 …………。

 ………………。


 頽廃した荒野に聳え立つ城を見上げ、俺は俺として機能した。異世界転移二度目は、傀儡となった。死にたい。なのに身体は言う事を聞かない。全くでは無いが、恐らくは俺の意志力が足りないせいで思うように動かない。俺の身体は、自称神様の意思で勝手に動き出す。


「■■■、■■?」

「■■?」

「■■ーー!!?」


 一度目の転移で習得した魔術が勝手に行使されていく。視線の先に、魔物らしきものが蠢く。そういえば、一度として魔物を見た事が無かった。どんなものなのだろう。そうして見えたのは、獣の頭を持った人間だ。あれはたぶん、獣人だ。何故獣人がこんな所にいる。特に猪や兎、鹿に馬の頭を持った草食動物系の獣人達。彼等の主食である草は荒野には生えないだろうに。一度目の転生は、人間側の知識ばかりを探して、国王達の穴を突くために奮闘したばかりに、俺は彼等を想像以上に知らない。勿体ない事をしたな。


 ガシャン。


 何だ今の音。何故か、俺の両手に剣を持っていた。全身は鎧に覆われている。輝く金属に覆われた俺は、一息に駆け出した。何をするのか分かってしまう。ダメだろう。俺は俺ならそれだけはしてはいけない。ダメだろう、いかんだろう。やめろ。身体が動かない。止まらない。眼前の獣人を。よせ。止めろ。俺は違う。そうじゃない。俺は、俺は、俺は、俺はオレれれれれれレれレれれははははははははは――。


 俺は見た。振り下ろされる両手の剣。今から剣の錆となる魔物、獣人の顔を。兎だった。動物の顔だと言うのに怯えているのだけは分かった。腕には薄汚い布。中身は、小さな兎の赤ん坊だった。


 走る太刀筋が、逸れた。周囲の獣人達には理解できなかっただろう。今し方、全力の殺意を放つ鎧の剣鬼が、獲物を前にしてわざと剣を外したのだ。呆然とするのも無理はない。仔を抱えた兎の獣人は恐怖のあまり、腰が抜けて尻もちをついた。身体が揺すられて、眠っていた仔兎が鳴き声を上げた。力なく、でも確かに、生きている命が、泣いた。母親か父親か、その腕の中で泣いたのだ。


 ああ、お母さんかな。怖がらせてごめんよ。今すぐ居なくなるから。怖いお兄さんはいなくなるから、泣かないでおくれ。


 動かない俺を見て、戦士達がこれ幸いと包囲を始める。だが、俺の足元に力の無い獣人がいるので動けずにいる。膠着状態だ。あまり長引かせてはいけない。だが、動くと、間違いなく俺は獣人に攻撃を初めてしまうだろう。殺戮だ。一方的な虐殺を開始して自己嫌悪に囚われる未来が見える。魔術でどうにかしようにも、これ以上は動け――。


「■■■■■! ■■■■■!」


 声がする。何を喋っているのかわからない。首が廻る、見た先には、小さな兎の獣人だ。傍にいた獣人戦士が必死で引き留めている。手を伸ばしている。必死に俺に、俺の足元に向かって。何を喋っているのかは分からない。だが、俺の耳には、お母さん、お母さん、と呼ぶ声が聞こえる。目を腫らして、片腕に人形を抱いて、短い手を親に向かって手を伸ばしている。


 俺は動いた。両手の剣は地面に突き刺し、鉄籠手に包まれた両手で腰の抜けた親獣人を捕まえる。鳴いていた赤子の声が一際大きく聞こえた。まだ目も鼻も耳も効かないだろうに。咽喉だって未発達なのに、まるで母親を守ろうと威嚇しているように聞こえたのは、俺だけだろうか。


 持ち上げた途端、戦士達に緊張が走る。子供を抑えていた戦士の気が逸れた瞬間、その子は一目散に俺の許に駆け寄ってきた。そして、叩くのだ。叩く手が痛いだろうに、我武者羅に俺の鎧を叩くのだ。泣き叫びながら、返せ。返せ。返せ、と――"見覚えのある光景"を見て、俺の両手は、子供の願いを叶えた。


 そっと失せ物を差し出す様に、子供に親を返した。子供もそうだが、戦士達も呆然としていた。自分達に危害を加えようとした鎧の化け物が労わりの挙措を見せたのだ。俺の手は親獣人から離れ際、子供獣人の頭を撫でた。籠手越しにだが、十分柔らかい体毛を堪能させて貰った。良し、対価は貰った。命の代わりに、今のもふもふで許してやろう。


 何故、神の意思に逆らえたのかはわからないが、分かった事は、たぶん、神の意思に背かない限り、俺は自由だ。ならば、俺はひとつの事に執着する事にした。魔王だけを殺す。それで全ては事も無し。故に、故に――俺は、荒地を駆け抜けていった。


『ねえ、ねえ、天主様。何故、殺さなかったの?』

<そこは言わなくてもわかってほしいのだがね>

『教えて、教えて?』

<いや、その、しかしだね、私にも面映ゆい事はあるのだよ>

『おーしーえーてー!』

<……全く、しょうがない子供達だ。それはね、私がお前たち人ならざる者を、心から愛しているからだよ。我が愛娘と同じように。嘗ての私と同じように>

『あと、マザコンでシスコンかブラコンだったんだね、天主様ー?』

<正解だ。私の恥ずかしい過去を掘り返した子供達には、私に可愛がられる罰を与えよう。さあ、もふらせたまえ>

『キャー♪』




世界神域管理境界直下(アンダーライン)/魔族領の荒野】


 獣人を斬るなど正義に悖る。ケモ耳、ケモ尻尾、ケモ体毛、ケモ爪、一片に至るまで! 何人たりとも傷つけさせはしない。例え、俺自身であろうとも! だから魔王だ! 魔族だ! いや、魔王だ!! きっとイケメンでハンサムで二枚目で俺の嫉妬心を燃え上がらせてくれる最強の敵に違いない! ならばこそ、イケメン死すべし! 間違いなくハーレム作ってる! そうだ、そうに違いない! 


 ――と、俺は自分の身体に言い聞かせて矛先を一つに向ける。一目散に荒野を超えて、毒沼、洞窟、暗い森、火山、氷山全てを踏破頻り、魔王場へ肉の砲弾になって突撃。正面の巨大な扉は木端微塵に大、喝、采ッ!って感じで破壊しておいた。悔いはない。これから俺が行う蛮行を飾る第一歩だ。ふはははは!


「マァァァアアォオオオォォゥォォォゥゥォ!!!!?」


 俺の雄叫びはどうやら魔族にも恐ろしく聞こえたらしい。進撃を阻まんと俺の前に飛び出した歴戦の魔族騎士や獣人騎士が次々と失神していく。あかん。これ俺の心折れる。魔王戦突入の前に俺の精神が死ぬ。ゴメンネー! なんかゴメンネー! 悪気はないんだよ身体が殺気立ってるだけで!?


『天主様、昔の天主様って……』

<皆まで言わないでおくれ、子供達。私にも自覚出来るとも。とんでもない阿呆だという事だけは>

『よしよし、よしよし』

<…………話を続けるよ、子供達>


 進行方向の一番奥に見える巨大な扉を見つけると、即座に接近してバァーン、と開け放った。と言うより突進で打ち抜くように飛び込んだ。扉は狙い通り玉座の間に違いない。それが証拠に玉座があり、鎮座する存在が唯一つ。


「……とうとう来てしまったか、勇者……」


 鈴を転がすとは正にこれ。揺れる金髪も擦れる度に美しい音色が聞こえるようだ。両目は腕利きの職人が誂た様に美しい鮮血色の瞳。血が通う事を忘れて停滞してしまったのか、生気の感じられない青白い肌に、それでも損なわれない繊細なが描く蠱惑的な肉体。顔は正しく、憂いを孕んだ麗しい容貌。身に纏うのは、薄手のドレスに、陽射し避けの役割がありそうな全身すっぽりと納める大きさの黒い外套。人間となんら変わらない容姿には、然し――口許で光る尖った牙。


「……然し、勇者というには、余りに禍々しい成りよな。それも致し方ないか。人を捨てねば、妾に敵う筈もない。さあ、参れ兵よ、妾は逃げも隠れもせぬぞ。力の限り、最期まで、この命、いや、魂尽きるまで抵抗してみせよう」

「女王陛下!!」

「魔王様!」

「我ら騎士もご助力致します故!」

「お前たち……我らが神は、お前たちの幸せを望んでおるのだ、ここで死すなど許さぬぞ」

「お断り申し上げる! 我らは貴女の――」


 ははは、分かる、分かるよ。そんなに美しいとチャームされてしまうよな。さて、あの自称神とやらはただ嬲り殺すのでは気が済まないご様子。じっくりと舐める様に傷口を優しく抉りながら犯して滅ぼす事をお考えのようだ。さて、心を読もうかね。記憶と心を読めば…………。


 あかん。あれ、あかんやつや。女王陛下、マジで配下の安否を案じてるわコレ。あ、しかもこれ、自分を拾ってくれた前魔王に恩返ししてる系のヴァンパイアだ。近衛達も死霊とか骸骨とか多いけど、どいつもこいつも心から女王に信を預けてる。打算なしの関係って美しいな。そこに混ざってる獣人も、魔王がいる土地に向かって頑張ってあの地獄みたいな道を踏破して来たのな。俺はほぼ一瞬で踏破しちゃったけど。じゃなくて、そこで奴隷にでもいいから生きる術を求めたら、温かく迎えられたらしい。


 あかん。これはあかんで。完全に俺、悪役じゃん。いや、いいけどさ。でも、ちょっと無理。これむりっすわ。自称神。


「神よ、我ら眷属を守護せし神よ! 我らの足掻きを御照覧あれ!」

 "……さらば愛しい子よ、さればこそお前に闇の衣を与えよう……"


 あ、アッチの神様、頑張って出張って来たのね。しかも手向けの衣がやっばい性能。て、オイ、そっちの神様、力遣い過ぎてね? あかんよ、ダメよ、そこで死んだら後戻りできなくなるー!!


「……美シイ……」


 でも、美しいわー。あかん。もうあかんばっかり言ってるけど、あかーん。人間が汚らしくてたまらんのに、こんなの見せられたら余計に何も出来んわー。あ、ヤッバ、身体が勝手に。




<その後の戦闘は碌な記憶が残されていないのだがね、派手にやらかしたらしいのだ>

『例えば―?』

<剣一振りで魔王城ごと山ひとつ消し炭に変えた光の剣と、蒼穹ばかりか次元空間を断つ鉤爪との衝突戟。あれはまずかったね。世界崩壊がはじまりかけたよ>

『天主様、それって一撃目?』

<一撃目。次にヴァンパイアクイーンの月落としがまずかったね。異次元空間に引き込んでからの、月落とし。重力が数百倍に高められた上で真空状態だったものだから、無限に加速するのだよ>

『それで終わりー?』

<いいや、暴走した勇者の私は、別の惑星を召喚して月と相討ちさせたらしいのだ。酷い花火だったよ>

『神様、神様~。それって巻き込まれた人、大変じゃないかー?』

<そこはそれ、異空間バトルというものでね。被害は最小限に抑えられたよ。半日は続いただろうか。ああ、そうだ、死人はいなかったよ。元の私が人外を傷つける訳がないのだよ。彼の自称神は、そこを見誤ったのだよ――人間を愛さない人間もいるのだという事に、何故気が付かなかったのだろうか>

『普通わからなーい』

『わっかんなーいのー』

<ははははっ、そうだね、それもそうだ。さあ、約束の子供のお酒だ。バタービールを召し上がれ>



『それでそれで、前の天主様と、ヴァンパイアクイーンはどうなったのー?』

<ああ、それはだね……――>





世界神域管理境界直下(アンダーライン)/魔王城崩壊跡】


 ……。

 …………。

 ………………。


「……、……ァ、……ハ、グッ!」

「……陛下、陛下ァ!」

「お気を確かにッ! 我らが殿を務めますれば、お逃げあれ!」

「…………!」

「誰か手を貸せ! 我らが女王を運ぶのだ!?」


「…………」


 勝敗は決した。俺は常にヴァンパイアクイーンを圧倒して、彼女は追い縋ろうと身を削って戦った。結果、削れる物を削り過ぎて鋭さは増したが、脆く散ってしまったのだ。鋼の刃のように。

 彼女は倒れ伏したが、今だ俺を殺さんと立ちあがる。配下の心遣いを無下にする事に心痛めながら、俺の前に立つ。


「何ゆえ、何故じゃ。何ゆえに、我らは滅ぼされねばならぬ――! 魔族だからか! 人ではないからか!」

「如何ニモ」


「ならば何故、貴様らの神は我らを生んだのだ!」

「人間ノ敵ヲ欲シタカラ。人間ノ憎シミヲ、人間ニ向ケヌタメニ」


「ならば、ならば、ならばなぜ、なぜ、どうして、お主、……一人足りとて、殺しておらんのだ!! 意味が分からぬ、妾達が憎いのだろう!? お主、何が望みだ!?」


「…………オ、オォオ、レ……」


 ああ、やっとまともに聞かれた気がする。

 そうだ。神様で、異世界の存在だからって、そこだけは間違っちゃいけないんだよね。

 俺は人間だ。現代に生きる、神とも縁も所縁もない、ただの人間なのだ。


「……オレ、レレ、オォレ、俺ノ、願イハ……」


 なのに、いきなり神様面されても、そのなんだ、困る。

 今まで人が苦しんでも助けなかった存在が、異世界の存在とは言え、いきなり助けてくれだって?

 冗談じゃない。バカなのか。バカなんだな神とか自称する位だから間違いない。


「ネギャイ、ハ……死、死、死ニ……」


 真実に神様だと言うのなら人間を救って助けて幸福にして見せろ。

 でなければそれは神ではない。神の名を騙った畜生以下の幻想思考をしたお子ちゃまだ。

 神は全人類の父だと言う。ならば、育児放棄してんじゃないよ。舐めてるの?


「ガゾォゥクの、家族ノ、かぞ、かぞぞおくぅの、トコろぉ、に」


 それにそもそも、自分より性能が低い生き物ばかりを作る時点で底が知れてるんだよ。

 器がちっさいねえ。自分より優れたものを作ってこその造物主だろうが。

 何を全能感を堪能する為に低スペックで作るかな。

 マスターベーションなら一人でやれ。子供に見せるんじゃないよ教育に悪い。


「死んだ家族のところに還りたい」


 だから、俺を今すぐ殺せ。それが叶わないと言うのならば――。


「……左様か、お主の望みは、家に帰る事……ただひとつなのか」


「帰ル。かかかぇーる、カエル、蛙。返り、おかえり。かえ、カえーェェええ、ええ、え、え」


「では、殺してやろう。その代わり、妾の願いを、聞いてくれぬか」


「え、ええ、えぇ、えナニぃえ、かカカっか」


「お前の神を、殺しておくれ」


「分かった」




 俺は振り返る。踏破して来た道の果てを。全て一瞬だった。ならば全て夢の様に刹那に消えてしまえばいい。

 跳躍する。地面が陥没して酷い事になっているだろうが、構わない。後は任せよう。


 "何をしておる! 魔王はそこだ! 死にたいのならば我が殺してやろう!!"


 空に広がる雲を突き抜け、太陽と月のいる世界を目指して飛ぶ。


 "殺せ、殺すのだ! 魔族を殺すのだ! 待て、やめろ、何をしておるのだ!?"


 両手の剣に魔術の許になる魔力を、身体を生かす生命エネルギーを、魂を形作るエーテルを、込めて凝縮させて、崩壊しそうになるエネルギー体を無理やり収束させる。ついでとばかりに、身体に宿った神の莫大なエネルギーも全て注ぎ込んだ。


 "貴様わかっておるのか!? 同族殺しだぞ! 人間を殺すのか!? 我を殺す為に手を汚すのか貴様?!"


「そうだ」


 "止めろ! お前の望む物を与えてやる!! 金か、権力か、女か!? どれも全て好きなように与えてやる! だからやめてくれ! やめてくれ頼む! 我はまだ死にたくない!!?"


「"どうでもいい"」


 "た、たのむぅうう!! 我はまだ世界を完全に作れておらんのだ!! 完成すれば理想郷が!!?"


「お前に忠告しといてやる」


 "な、ななんだ! 貴様の言う事ならば何でも聞こう!"


「ひとつだけ徹底的にお前がミスった事がある、それはな――話し合おうって意思が徹頭徹尾なかったことだよ、クソファアアアアアアアアアアアアァァァアアァアアァァッック!!!」


 "ヤメ"


 それは一瞬だ。俺の投げつけた二本の剣が隕石となって、人間が生きていただろう大陸を一瞬で灰燼にした。ああ、なんて清々しい。


 "ア、ギャ、グガ、ナゼ、ワレ、ガ"


「ああ、それと。俺、"人間の皮被った人間"がマジ嫌いなんだわ。端から話し合う余地無し。それにさえ気が付けばこんな事にならなかったのになー? おばかだねチミィ?」


 "フザ、ゲ…キエル、ワレ、キエ"


「んじゃあ、神様と言うなら最期の一仕事してよ。人間に不要と言われて死ぬ神様役を、さあああ!!!」


 ぶんなぐる。よし。消えた。断末魔の叫びなんてさせるかタコが。ああ、これで死ねる。俺はシネルのだー。





人理廃棄聖領域(アジール・アサイラム)/悪徳座揺籃(ようらん)宮の星海】


『天主様、異世界転移は、難しいね』

『甦るのがそんなに嫌な人間も、変だね』

『ねー?』

<ああ、そうだとも。異世界転移は、本当は難しい事なんだ。私が思いつく限りでは、世界の理が違いから、生存の仕方が違うかもしれない。同じ種類同じ環境にあっても、同じ価値観を持つとは限らない。人間の私なら、空気や水、食料が必要だ。それも身体が栄養として認識できる食べ物である事が前提だよ。考えてもごらんよ。転移した先の人類は光合成するだけで栄養を得られるから食事を必要としない生態だったのならば……>

『食べ物がないねー』

『お腹すいちゃうのー』

『ガシ、ガシ、しちゃう』

<食べ物や生態については、転移させる際に体を造りかえてやればいいが……。ああ、言語もそうだね。出来れば会話出来るだけじゃなく、文字も使える様にしてやれねば不便だろう。今は私が翻訳をしてあげているが、いずれは子供達だけで出来る様にならねばならないよ。言葉が通じない事は、何よりも悲しく、物寂しい事だからね>

『はーい!』

<そして価値観だが、それこそこれだと言う答えが無い。ある者は転移する事自体が望みで、報酬を求めないかもしれない。ある者は転移など望んでおらず、元いた世界の、元いた場所の、元いた時間に帰りたがっている場合もあるだろう。ある者は偶然巻き込まれ、ある者は神の呼ばれ、状況も事態も違うだろう。人だった私が、死を望みながら、助けを求められたら断れない人間だったように>

『それで神様、その自称神をやっつけた後、どうなっちゃったのー?』




<それはだね>





世界神域管理境界直下(アンダーライン)/魔王城崩壊跡、仮設玉座】


 ――。

 ――――。

 ――――――。




「……で、何故、俺は生きてるのですかね?」


「真に残念ながら、貴方様は死んでおります。アンデッドです」


「…………で、それはつまりどういう事なのですかね?」


「はいアンデッド様! 我らが女王と我らが闇の神が貴方様にお話があるとの事でしたので、こちらの都合で魔物化させてしまいました! 誠に申し訳ございません!」


「………………で、何か申し開きはございませんかねクイーンアンドゴッド? 俺、死にたいって言ったよね?」


「その、それは、だな……妾から説明を……」


 "是成る汝の親族、既に異界にて旅立てり。つまり、家族の許に還れず。死すれば永遠に彷徨える幽鬼に成り果てるが故に、引き留めたり"


「…………ああ、なんだ、家族はもう先に逝っちまったのか」


 "然りに然り。故に言伝を得たり。掠め取ったり"


「神様が盗人の真似しちゃダメでしょ。ダメでしょ?」


 "兄貴―! 私達さきに逝ってるから、後で来いよー!"

 "ハゲー! ちょっと社会勉強してから真人間になってから死ねー!"

 "お金持ちになって貴方の所に転生させてねー! 楽な暮らしさせるのよー!"


「…………うん、ありがと。まだ死ねないわ、これ。あ、でも死んでんのか。ヤッベ、どうしよ」


「すまない、その私の眷属にする他、手立てがなかったのだ。でも、そうしなければお主は、家族の……」


「あ、うん、いいよ別に。でもどうするべー。どうしたらいいんだコレー! オレ、異世界適性値が云々が高いってだけで取り柄ねえぞーっ!? 転移先で一生独り身とか、まじかあああっ!!」


 "悩める死人、提案しよう。この世界に転生せぬか?"


「え。人間に転生やだ」


 "…………人ならざる者なら?"


「喜んでー!」


 "魔に属する者が良いのか? 魔に属したとしても、人間と然程変わらぬと思うが"


「当然。俺は人間性や人間の作る物には関心はあっても、形だけの助け合いの人間社会が大嫌いなんだ。それにそこはそれ、魔族にはそれぞれにあった出来る出来ないがはっきりしてる。自分の役割が分かっているのは何より素晴らしい。即戦力って奴だね。人間と変わらないとは言うがね、闇の神様。少なくとも、人間と比べたら不便さが目立つかもしれないけど、毎日生きてるって充実感はあるだろう? 不便でも自然と共に生きようって感じが好きでね。それが良い。空虚な平和なんてまっぴらごめんだね、心が死ぬ。何より、魔族って格好良い奴とか綺麗だったり可愛い子たくさんいるじゃない。例えばそこの獣戦士!」


「おいら!?」


「そうオイラさん。何その殺意バリッバリの鋭い目は、勇ましすぎて眩しいわ。その鉤爪なんて武器要らねえだろってくらい強そうじゃん。野太い首に手足は筋肉質で力強そうじゃん、マジ最高! そこな鳥女!」


「あたし!?」


「そうアタシさん。さっきの蜥蜴戦士に負けず劣らずの鋭い脚の爪。だけどそれだけじゃあない。皆見ろよあの爪の艶やかな輝きから太腿まで続くすらりとなだらかに伸びる鳥の足。獲物を捉える為に進化した機能美が窺えるね。人間部分の蠱惑的なボディも正直男としては堪らんですが、俺としてはその両翼! その柔らかそうな羽一枚一枚が輝いて見えるね! そして何より見掛けに寄らずしっかりとしなやか筋肉がついてて羽ばたくだけで見てるコッチが飛び立ちそうな力強さが堪らん! 辛抱堪らん!」


 "………………"


「………………」


「あっれるぇ? どうして黙るのお兄さん達。俺、すっごく友好的なのに」


 "産まれる時代と世界を間違えたら、こうなるのかと言う命題を見た、矯正せねば"


「ら、乱暴なのはやめてよねホント!? あ、乱暴ってゆーたらさー、俺、たぶん、人間皆殺しにしたから……クイーンの食糧、無くね? どうしよマジで。マズくね?」


「お主、人格が不安定よな……全く、こんなのに絆されるとは」


「女王様、全て、聞こえております、で、大丈夫なの?」


「は! 別大陸に人間がいるので問題は御座いません! それに人間の捕虜もおります!」


「あ。そいつらは一人残らず殺して。後々に禍根を残しちゃだめだよ」


「……お主、妾より冷徹ではあるまいか?」


「えー、俺、甘々だよー?」


「妾には、何も言わぬのか?」


「うん?」


「妾には、何も、褒めの言葉はないのか!」


「美しい」


「それだけなのかっ!?」


「本当に素晴らしい物は言葉に語りつくせないから、陳腐な言葉になるんだよ。何、それでも言葉を尽くした方がいいなら、延々と喋り続けても怒らないと誓ってくれ。そしたら――」


 "話が進まぬ。汝は転生に何を望む"


「……そだね、元の家族を転生させてほしい。まだ親孝行も出来てないんだ」


 "望みは承った。では、何に生まれ出るを望む"


「その前に、女王様。お名前をお伺いしたいのですが、よろしいか?」


「妾と渡り合った勇士ならば良かろう。心して聞くが良い、妾の名はルクス・ヴァーミリオンである。鮮血と死世界の……」


「ルクス、俺、転生したらカッコよくて金持ちになって来るから結婚してくれない? 親と姉妹に子供の顔見せてやりたいんだ」


「のぉのぉぉぉおおあぁぁぁ?!!!」


「振られた。良し、闇の神様、転生の話は神様の空間かどっかでしよう、そうしよう!」


「振っておらんわ! 考えてやっても良いから落ち込むでない!」


「マジで!?」


「嘘だと思うならこの話は」


「ありがとう、マジで!!」


「お主もう少し言葉の使い方を学ぼうな!? 勘違いされる事間違いないぞ!?」


 "では、跳ぶぞ。人間、吸血鬼の女王への婚約の品は薔薇の指輪が良い"


「純銀はダメだよねソレ! オッケー、宝石にするわ!」


「もう少しなんとかならんのかお主ら、適当が過ぎるのだああああああ!!!」





『天主様の、ウワキモノー』

『スケコマシー』

『オンナタラシー』

<子供達、あれは私ではない私の話だよ。それも世界軸の違う別の私だ>

『でも、結婚したんでしょう?』

<そうだね、確か、人狼に転生していたような気がするね。大層、子宝に恵まれたらしい>

『いやらしいー』

<子供達、いつどこでそんな言葉を覚えたのか、私に教えたまえ。少し叱りつけて来るのでね>

『いわなーい。でも、いわないとテゴメにされるのー。きゃー♪』

<ほんとうにどこで覚えて来たのかね。困った子供達だ>

『……この話は、異世界転移をさせる神様は、しっかりと相手とその後先を考えないといけない、そういうお話でいいんだよね、天主様?』

<そうだよ。その通りだ。兎に角、話し合う事。相手や話題に好き嫌い、無知者や知恵者の違いがあろうと、言葉や意見を求められたら、真摯に答えてあげる事が重要だと言うお話だよ>



『天主様、天主様ー! 愛娘様がでてきてなーい!』

『そういえばそうだー!』

『お話、お話ー!』

『次こそ愛娘様のお話―!』

<ああ、いいとも、けれども、そろそろ時間だ。子供達、お家へ帰る時間だよ>

『えー!?』

<お家に帰れた良い子には、母君と父君から、私から届けられたお菓子が届くだろう>

『やったー! それじゃ天主様、また明日―!』

『明日きくの、明日―!』


<ああ、さようなら、さようなら、子供達。また明日においで――我が愛娘も待っているよ>


 静まる星の海の中心で、私は蜷局を巻く。その内に愛娘の眠る揺り籠を抱いて。私は待ち続ける。君は知っているだろうが、私は本来無数にいるのだ。その内の一人や一匹、そういう経験もある。前に君は言っていたね。私の事を少しずつで良いから知りたいと。ああ、覚えているとも。その唇が私を呼ぶ度、鱗が震えた物だ。懐かしいよ、愛娘よ。なあ、娘よ、私の儚き花嫁よ、まだ暫く目覚める事が難しいかね。そうか、難しいのか。いずれ、君の悪夢が晴れる時が来るだろう。その時は、君のご兄弟に宜しく伝えねばなるまいよ。理解のある義兄殿であれば嬉しいのだが、何、君が自慢する兄なのだ。私とも気が合うだろう。だからこそ、なあ、愛しい花嫁よ、早く目覚めておくれ。可愛い可愛い私の……――。


『天主様ー!』


 嗚呼、もうそんな時間かね。では、話をしようではないか。今度は一体何の話を――――。


 私は語り続ける。小さき童達に聞かせながら、愛しい君が安らかに眠れるように、私の声で。

 君の望んだ日常のひとつを描きながら、ずっと、ずっと。

読破、ありがとうございます!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ