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異常者と正常者  作者:
PR
4/4

4

 PM10:00


 今日もまた一人で甘えという病気に浸る。甘てしまうこと自体が病気なんじゃないだろうかと考えて、また自分に免罪符を与え続ける。いつまでたっても子供のままだ。高校生の方がよっぽどちゃんと自分の人生を生きていると思う。僕はいつまでたっても、今の人生はまだ練習だと思っている節がある。そして本当に死んだときに実感するんだろうな。リセットボタンなんてものはなくて、この一秒一秒が大切だったのだと。死んでしまいたいと泣いて、死ねない自分に泣いて、明日を生きてしまう自分に泣いた。


 正直なぜみんなそこまでして生きたいのか本当に分からない。大事故から生き残れてなぜ泣くほど喜ぶのか分からない。僕は早く死にたくて事故を期待し原付を購入するほどだ。それでも未だに事故は来てくれない。死んだ人を羨ましく思う。そうして脳をストレスで圧迫する。ズキズキと痛むことが何よりも気持ちよくて安心させてくれる。手首に刃を当てることで自分を正当化させる。自分が生存してしまっているという罪を自傷行為で精算しているのだ。そうすることでようやく精神のバランスを保てるのだ。


 みんなが言うだろう。

「昔自分の友達にヤバいメンヘラがいて、そいつがいつも死にたいと言っていた」

と笑い話になるだろう。その程度の人生。その程度の命。


 それが僕です。

 命は平等なんかじゃない。みんな初めから知ってたのか。知らないのは僕だけだったみたい。だから、いじめもあるし、好きな人もできるのだろう。平等じゃないから。

 この世界には確実にいらない命はある。望まれない命はある。綺麗事は綺麗な人間にしか似合わないから。


 少なくともここに一人。周りに迷惑をかけることしか出来ない異常者が今も人の陰に隠れて、自分の殻の中で傷つかないように捻じれながら、見つからないように生きているのです。



***




 さて、本来ならこの物語はもう終わりなのですが、後日談でもしましょう。

 生きている幸せは心臓のようにみんなに配られるものではなくて、もらえない人もいます。ただ日々の暇を潰すための消耗品を得ることで何かを手にした気分になっている姿はもう利用されるしか能のない何か変な生き物のようだと思います。

 不幸な話はエンタメです。誰かが生きている話よりも誰かが死んだときの方がニュースになるし関心は高いのです。病気になった有名人の健康を心から祈れる人は一体どのくらいいるのでしょう。

 死にたい死にたいと言っても、死ねなくて、殺されるのは怖くてでも生きることも怖くて、でもこれは医師に言わせればただの甘えでしかないようです。僕の得意の自己正当化も自己防衛も現代の医学の前では裸にされます。自分がうまく生きれない理由を探し続ける人生は楽しくないです。楽しみを見つけないから当たり前だろうなんて言われても、僕はみんなのように上手く笑えないし、幸せもかんじにくいのです。自己正当化を使わせてもらえば、脳内物質の分泌度の違い、ということにでもしておきましょう。

 一日一日は積み重ねるものだそうで、積み重なるものではないようです。それに自分で気付けなかった時点で僕はもうこの社会で生きていけることはきっとないでしょう。生きている間、なにが出来るかは知りません。なにも出来ないと思います。人を不幸にする人はいます。でもそれが自分だと自覚している人はどれくらいいるのかな。優しい人じゃないよ。勘違いしないで。それはただの嫌な人です。優しい人は優しい。嫌われる奴は嫌われるだけです。


 それではみなさん。これで僕の話は終わりにします。さようなら。

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