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バタースコッチ  作者: 水吉シノ
1/1

人に恋したアリ

ティーカップの影から、いつも見ています。

今日はお髭を剃ったのね。

清潔感があって好きよ。

あら、また朝食に卵。あなたは卵が好物ですものね。

私は何だって知っているのよ。


朝露が、ベランダに植えてあるノースボールにのっている。

冷凍庫の中みたいに冷えた家の中よりも

私はシャリシャリと音を立てる土の上に寝そべっているのが好き。

ネコは、外に出させてもらえないから、抗議の意味をせいいっぱいにこめて

窓をひっかいているけれど、マスダさんはそれに気づかずソファーで眠っている。


私はたとえ窓が閉まっていても、あらゆるすきまから家の中に入ることが出来るので、

今日は台所の小窓のほんのちょっとのすきまから、角砂糖の入っているびんをつたって、

テーブルの脚にもお世話になって、ティーカップまでたどり着いた。

アリというのは、虫だし、人間からしてみれば、家の中にいて欲しくない嫌われ者だと思う。

私の父と母は近所のちびの、ユウタに暗殺されたの。くやしいわ。だから私、ユウタが嫌いなのよね。

だけどマスダさんは違うのよ。彼、紳士だから。

私のこと嫌がりもしないし、むしろ話しかけてくれるわ。


私が家族のことを思い出そうとしていると、マスダさんが起きてきた。

いつも守っている起床時間、6時20分。

マスダさんは言っていた。


「まず、5分で顔を洗うだろ、そして10分で朝食をつくって、のこりのじかんをかけてゆっくり食べるんだ。ちょうどいいペースですべてが進むんだよ。6時20分は僕にとって特別な時間なんだ。」


ねえ、今日はどんな香りの紅茶を飲むの?

おこぼれをちびちびなめる私の気持ちも考えて選んでね。

きのうのアップル・ジンジャーは甘ったるくて大好きだったわよ。

私のちいさな声は、絶対にマスダさんには届かない。

だから好きなだけ好きなことをしゃべるようにしているの。


「お、またお前か。いつもティーカップの影にいるな。

 今日の紅茶は、そうだな、たまにはコーヒーにしようか。」


コーヒー!!!!!私はコーヒーが大好き。

なんでかっていうとね、彼、コーヒーに角砂糖を入れるってこと、知らないの。

台所のびんに入った角砂糖は、友達の奥さんから貰ったけれど、

使い道がわからないから飾ってあるだけ。

ミルクはネコの分しかいつも買わないから、ミルクも入れないの。

つまり、淹れたコーヒーはそのまま飲むのよ。

だからね、毎回コーヒーを飲むときに


「苦いなあ、大人の味だ。コーヒーの良さ、僕にはまだ分かんないや。」


って笑うの。その困ったような、楽しんでいるような、無邪気でやさしい表情が

私は大好き。だからコーヒーも好き。苦くってたまんないけど。


二人で仲良くコーヒーを飲んで、私がテーブルの上にぱらぱら落ちた

朝食の食べかす処理に励んでいると、

マスダさんはいつのまにかスーツに着替えていて、

いってきます。と家を出て行った。


人間は、マスダさん一人しかいないこの家なのに、

彼は毎日いってきます。ただいま。と言うの。

たまに悲しくなっちゃう。

だって、アリの私と人間のマスダさんは、つりあわないじゃない。

アリなんて、人間の指で、ぷちっとつぶされてしまうような小ささだもん。

会話だってしたことない。

だからマスダさんのそのあいさつが、優しさが、心にしみって痛いのよ。

たまにネコのしっぽにのっかって大声で泣くわ。

どうして~~~~!なんで~~~~!ってね。

涙はどんなに泣いても、ネコのしっぽに吸収されちゃうから流し放題。

フリータイムで泣き続けてもじっと私にあたたかいしっぽを貸していてくれるネコ。

たぶん私の気持ちを察しているんでしょうね。

なんだか、こういうのを、親友っていうんじゃないかしら?


でも、今日はコーヒーの日だったから、ちょっとハッピーなの。

そうねお天気もいいし、おとなりのカツヒコに遊びに行こう。


私はちいさいころに母がつくってくれたアリサイズの靴をはいて、外に出た。

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