あなたの願いを叶えます
ある夜、青年が自宅であるマンションの一室でくつろいでいると、玄関のチャイムが鳴った。
一階のオートロックをすり抜けてきたのか、はたまた同じマンションの住人かと思って覗き穴を見てみると、見たこともない若い女性が立っていた。女性は白い法衣のようなものをまとい、手にはA4サイズほどの革製のケースを持っていた。
女性が好みのタイプだったこともあり、青年はチェーンロックを外さないまま、ドアを開けてみることにした。
「初めまして。私は、お救い聖女事務所から、あなたの願いを叶えにやって来た者です」
「願いを叶える?」
「はい。1つだけ、どんな願い事でも叶えます」
青年は何かの冗談かと思ったものの、好みのタイプと会話したいこともあって、話にのることにした。
「どんな願い事でもいいんだな?」
「はい、1つだけ叶えます」
「では、叶えられる願い事を100個にしてくれ」
「はい、叶えられる願い事が100個になりました。2つ目の願い事は何になさいますか?」
あっさり増やされたので青年は拍子抜けしたが、これなら無限に叶えてもらえるなと喜んだ。
「次は、そうだなぁ……俺に永遠の命をくれ」
「それを叶えるには必要なものがございます」
「えっ? 何が要るの?」
「永遠の命を持つ者を生贄に捧げる必要があります」
「そんなヤツ、いるわけねぇ~じゃん」
「いるわけない者になろうとしているのは、あなたですが……」
青年は少しムッとしたものの、追い返してしまうのは惜しい気がして、別の願い事を考えた。
「それじゃ別のにする。俺をお金持ちにしてくれ、取り敢えず1億円は欲しい」
「それを叶えるには必要なものがございます」
「今度は何?」
「1億円が必要です」
「だから、それが欲しいんだって! 簡単に手に入ったら苦労はしないし、願ったりもしねぇ~よ」
怒りながらも青年は考えた。願い事を増やすといった、彼女の裁量だけで何とかなるものなら、無茶苦茶な条件を突き付けられずに済むのではないかと。
「よし、次の願い事を決めたぞ」
「何でしょう?」
「俺に永遠の愛を誓ってくれ!」
我ながら恥ずかしいと思いながらも、青年は開き直って声を張り上げた。
「それを叶えるには必要なものがございます」
「誓うだけなら、今すぐ出来るだろ……」
「いえ、永遠の愛をご所望というのでしたら、まずは私たちが永遠の命を手に入れなくてはなりません。基本、生命というのは有限です。有限である者が、どうして永遠など誓えましょうか」
青年は頭を抱えた。好みのタイプとなら、会話するだけでも楽しいと思っていたのに、実際には苛立ちを覚えるだけだったからだ。
これ以上、彼女と会話しても仕方がない。でも、口を開かなければ、好きなタイプには違いない。それならばと、青年は本能の欲求に従うことにした。
「もう願い事は1つでいいから、あんたと1発やらせてくれよ」
低俗な要求に嘲笑されることを覚悟していたが、女性は天使のような笑顔を見せると革製のケースを渡してきた。
「50分16000円からになります。指名料は2000円です」
「売春婦かよ!」
「正確を期すならソープ嬢、もしくは泡姫です。ご来店を、お待ちしております」
手渡された革製のケースを開くと、ソープランド『お救い聖女事務所』のメニューが書かれていた。
余談ですが、玄関のチェーンロックは輪ゴム1本で簡単に開くそうですね。
あと、子供に泡姫[ありえる]と付けた方がいるそうで。