ジルマ[東部第三支部第七戦闘部隊隊長]
初めに言っておこう。彼は、周りと比べるとどこか頼りない、けれどいたって普通の人間だ。みんなと変わらない。
だけど、人を思いやる心は誰よりも持ち合わせている。自分よりも仲間を大切にする。だから、みんながついてくる。
誰かのある一面だけを見ても、それだけでその誰かを判断してはいけないよ。
*
『仮眠中。緊急出撃要請以外の用は隣室のセロが対処しますのでそちらへ―――ジルマ』
その部屋の扉には、眠いなか気力を振り絞ったかのような字でそう書かれたボードが掛けられていた。
「……ったくこの馬鹿隊長」
そんな扉の前で。女性が、うんざりしたような表情でそのボードを睨んでいる。
すらりとした肢体の、長身の女性だ。その顔だちもかわいらしいとか綺麗というよりは凛々しいという印象を受ける。茶色からひとつ黒が抜けたような、色素の薄い髪を乱雑に切ったボーイッシュな髪形をしていて、手には紙束の大量に入った段ボール箱。白に細い黒のラインが入った半袖パーカーに七分丈の黒のだぼだぼなズボンと、かなり軽装だ。
「仮眠中なんて問答無用。失礼します」
肩を使って扉を押し開ける。夕陽の差し込む、まだ明るい室内はさっぱりとしていた。置かれている調度品といえば長机に大きめの棚、椅子、それとクローゼットくらい。
そして、部屋の主である男性はその長机の上に仰向けに寝転がっていた。
だらしなく伸びた、細いが鍛え上げられた筋肉質な四肢に、中性的な顔立ち。耳を軽く覆う程度の長さの灰色の髪は所々が跳ねている。外見からして、歳は二十五歳前後だろう。
「ああもう、行儀悪い……。威厳の欠片もないなぁ……」
女性の表情がさらにうんざりとしたものになっていく。仮眠どころか爆睡している男性のもとへつかつかと歩み寄る。
「隊長、起きてください。……ジルマ隊長!」
何度か呼びかけるも、男性――ジルマは起きる気配がない。ものすごい気持ちよさそうに眠っている。
「…………」
女性はしばらくジルマの馬鹿みたいな寝顔を眺めていたが、ふと手元に武器があるのを思い出した。
紙束、というかこの男性宛ての書類で一杯のダンボール箱。これらを押し付けられたせめてもの腹いせに――
「――いい加減にしろジルマァ!」
「――い゛っ」
どしんっという重い音とともに、ダンボール箱が眠っていたジルマの腹にめり込んだ。
「う……な、なに?なんか苦しい……?」
いまだ状況が呑み込めていないジルマに、女性はにっこりと笑顔をつくる。
「おはようございます、ジルマ隊長」
「……目が笑ってないんですがそれは」
「こんなに書類雑務をヒトに押し付けておいて自分はひとり気持ちよさそうに爆睡していたジルマ隊長、おはようございます」
「もうそれ完全に嫌味だよね!?」
「おかげで僕は少しお疲れのようです……。ああ、こんなところにいいものが」
わざとらしく額に手をあててふらふらと頭を振った女性は、いまだにジルマの腹に乗っているダンボール箱に、のしかかるようにもたれかかった。
「重い、重いって……!ちょ、セロ、俺が悪かったからどいてっ……」
「もうしません?」
ダンボール箱の上からの問いかけに、ジルマはぶんぶんと首を縦に振る。と、ようやく女性――セロはダンボール箱から身を引いた。一緒にダンボール箱もジルマの腹から降ろしてあげる。
「あいててて……。セロは怖いなぁ。昔のよしみじゃないか」
ジルマはダンボール箱がなくなっても寝転がったままで腹の辺りをさすっている。
「昔のよしみだからこそです。隊長がこんなにだらしなくては、他の隊員に示しがつきません。僕がしっかり指導をしないと」
ジルマとセロは幼少のころからの幼馴染だ。子供のころはなにをするにも二人一緒で、そのまま二人とも東部第三支部隊員養成アカデミーに入学。いまや若くして東部第三支部戦闘部隊の第七部隊長とその副隊長である。
「そんな乱暴的だから女性らしさが育たないんだよ……。もっと女性っぽくしたらどう?」
ジルマの視線の先は、セロの胸部へとそそがれている。そこには、女性特有であるはずの膨らみがまったくといっていいほど存在していなかった。
「兵士にそんなものいりません。蹴り飛ばしますよ」
いうがはやいか、セロは長机の上のジルマを蹴り飛ばした。ごりっと嫌な音をたててジルマの体が長机からずり落ちる。
「もう蹴り飛ばされてるんだけどね!?」
長机の縁に手を掛け、のそっと起き上がるジルマ。セロはようやく空いた長机の上にダンボール箱を置いた。
「で、なにこれ」
「隊長が寝ている間に僕に回ってきた書類雑務の数々です。そんなこと、見れば分かるでしょう」
「あ、うん。そうだね。でもこれ、全部ハンコとかサインとか、終わってるんだけど、これは」
「僕が全て終わらせました。隊長が押し付けたんですから、そんなこと普通に分かるでしょう」
「あ、はい。なんか、すいませんでした。ありがとうございます」
……なんだろう、心が痛いや。身体も痛いけど。
セロがダンボール箱から紙束を取り出して各宛先毎に分類をはじめたので、せめてもの手伝いをとジルマも紙束を取り出す。
「食糧品の貿易輸入路の検討、倉庫のシャッターの動作不良の改善、難民の受け入れ先の検討……。最後のはともかく、なんでこんな書類が戦闘部隊の元に回ってくるんだ?こういうのは後方支援部隊とか事務の非戦闘員の仕事じゃないの?」
ジルマは手に取った資料を一つ一つ眺めている。作業効率が悪くて仕方がない。セロは書類を分類する手を休めずに、
「いまはどの敵国も主だった行動はしてきていません。いまのところ勢力は均衡していますし、無駄な戦闘は避けるべきでしょう。それに、後方支援部隊は争いが起きていなくても様々な仕事がありますから。だからこうして僕たちが少しでも彼らの負担を軽くしてあげるのです。戦闘部隊がこうして室内にいられるのは素晴らしいことですよ」
話しているうちに書類を分類し終えたようだ。分厚くなった書類の束の尻を長机にとんとんと打ちつけて整える。
「ま、裏の方は騒がしいようですが」
「あー、チャスオの奴らだっけ?この前捕まえたのは。よくもあそこまで入り込めたなーって感心しちゃった、俺」
チャスオというのは、この国の北に隣接している国である。
「感心しないでください。あいつら見逃してたら、ここ東部第三支部は陥落していた可能性が高いです」
「そっか。ま、捕まえたんだからいいでしょ」
「そんな適当な……。そもそも隊長は」
セロがそう言いかけた矢先。
ジルマのズボンのポケットで、携帯電話が振動を繰り返した。
「通信ですか?」
「そうみたい。ええと……あれ、第一オペレーターからだ。なんだろ」
画面に表示されている相手の名前を見て、ジルマは目を細めた。
オペレーターにも序列があり、数字が小さいほど扱う通信の内容が重要なものになっていく。今回の通信相手は第一オペレーター。つまり、これは最も重要だと判断された通信だ。
……なにかが起きた、かな。
「はい、ジルマです」
『東部第三支部戦闘部隊長戦闘班所属ジルマ隊長、ダト参謀より緊急招集がかかりました。至急、第一会議室へ集合してください』
ただの、呼び出し。その呼び出しには、第一オペレーターを使う程の重要性が詰まっている。第一オペレーターが出したダト参謀という名。ダトというのは、ここ東部第三支部の総指揮を執る参謀の名だ。現在、東部第三支部では一番上の席が空いているので、実質的なトップである。
――出撃するのだろうか。
ジルマの体から、だるさというものが抜けていく。
「セロ、俺の部隊この部屋に集めといて。できればちょっとだけ準備運動しとけ」
「了解。書類はただちに提出してきます」
二人の雰囲気が、部屋全体の空気が一瞬にして変わっていた。
クローゼットからくすんだ黄色のコートを取り出し、肩にひっかけるようにして上から羽織る。黒のインナーシャツとカーキ色のパンツは寝ていた時からそのまま。
黄。我が国、クーリ王国の国旗の大半を占める色。つまりは、国色。
東部第三支部戦闘部隊第七部隊長ジルマ。
「っと、その前にトイレ行こう……。お腹痛い……」
頼りない青年である。
*
我が国クーリ王国は、さほど大きくないイーミラ半島の、複数ある国々の中央付近に位置する小国だ。文明が発達し始めたころからずっと、半島の国々は海の向こうの国の植民地となっていた。
しかし、つい二十年ほど前。
イーミラ半島の最南部に位置していた国、モギトスが独立宣言を発布。モギトス独立戦争が勃発した。
当初は無謀に思えたこの独立戦争だが、半島の他の国々も加勢し、陸続きの強豪国の援助も受け、ついにモギトスは独立戦争に勝利した。モギトスに加勢した半島の国々も独立を認められ、イーミラ半島は小国が乱立した。
しかし、物心ついた時から上から垂れている糸にしがみついていた国が、突然独り立ちをしてうまく立てるはずもない。
半島の国々の政治や経済は混乱するばかりだった。議会をつくっては解散し、やがて独裁者が現れては皆がそれを引きずり倒す。それの繰り返し。
その混乱も、ようやく収まってきた。およそ五年ほど前のことだ。
すると今度は国と国との間で争いが起き始めた。半島すべてが一国の植民地だったのだ。国ごとに建てられている工場等の数が平等のわけがない。独立した中でもっとも早く産業が発達してきたのは、モギトス民主国だった。モギトス民主国は海に面している。海岸沿いで製造した方が輸送のコストが安く済むのだ。モギトス民主国に工場が多いのは当たり前だった。
その当たり前を他国は妬んだ。やがて、ある国がモギトス民主国に戦争を仕掛けた。結果はモギトス民主国がその国を返り討ちにしたが、その戦争が火種となって、各地で戦争が多発した。クーリ王国も、チャスオ帝国から幾度となく戦争を仕掛けられた。その度に、クーリ王国はなんとかチャスオ帝国を退けた。チャスオ帝国という共通の敵が現れたおかげで、国内の情勢は歪にだが固まることができた。
今現在、イーミラ半島は国々の勢力が均衡していて、大きな戦争の動きはない。
――その均衡が、崩れる。その火種はここ、クーリ王国だ。
*
東部第三支部。
クーリ王国をバツ印で東西南北に分け、その東の地方をさらに三つに分けた、一番右上。チャスオ帝国との国境であるヤシハ山脈付近に、東部第三支部はある。
その東部第三支部の管理棟、五階。第一会議室には、ジルマを含めた三名が、重厚な円卓を取り囲むように立っていた。
「チャスオの連中が動き出した、ということですかね」
そう発言したのはジルマの左隣、ニット帽の男性――ギワだ。
獲物を狩るような爛々とした猫のような眼をしていて、黄色のラインの入った黒の革ジャンを着ている。ラフな格好だが、後方支援部隊隊長だ。歳は二十八。
「軽武装をしたチャスオの兵士が少数、山脈を越えてきた、と…。進軍の意思、アリでしょうね」
資料を見て呟く。黒髪がニット帽の下からぴょこぴょこ跳ね出ていて、その姿はさながら黒猫のようだ。
「ああ。先日のスパイの件もあるし、クーリ王国への進軍の意思があるとみてほぼ間違いないだろう」
ジルマの右隣、円卓に置かれた古い羊皮紙の地図を睨みながら、齢五十は過ぎているであろうダトが言った。
彫りの深い顔に渋い声。いかにも頑固おやじというような風貌だが、頭に薄汚れた布を巻いているおかげでなんだか親しみやすい雰囲気を醸し出している。
「あの、ちょっといい?」
おずおずと手を上げるジルマ。
「どうした?」
「……なんで三人しかいないの」
「…………」
顔を見合わせて、しばし無言になる二人。
「偵察部隊隊長のセグとか、医療部隊隊長のシロとか他の皆は……?」
ここにはいない部隊の隊長の名を出してみたが、
「……それは、なぁ?」
「……それは、ねぇ?」
察しろよ、とでも言いたげな表情で、お茶をにごす二人。
「第一オペレーターから通信が入ったから大急ぎできたのに……」
……ほんと、気合入れて損した。
室内をぐるりと見渡し、再び人数を確認してがっくりと肩を落とす。
「い、いやいやいやいや!チャスオの奴らが国境越えてきたんだぜ!?けっこう重大じゃない!?」
なんとか取り繕おうとギワがまくしたてるが、
「でも軽装備で、少数なんでしょう?それならその麓付近に駐在している偵察部隊で充分対処できるでしょ?」
「ぐっ……!」
「それにチャスオ側の意図が分からないと動きようがないですよ。少数で進軍してくるわけないじゃないですか。使節かも知れないですし……。無理に重い雰囲気出さなくていいですよ……」
「……す、すまんかった」
不謹慎かも知れないが、久しぶりに戦闘部隊として動けると思っていただけに気分の落差が大きい。
少々不機嫌である。
「……ああ、たしかにそうだ。現地の者だけで対処できるだろう。第一オペレーターを使うまでもなかったかも知れんな、すまない」
「そんな、謝られても困ります」
目を伏せて謝るダト。実質的トップの人に謝られると落ち着かない。
「だがな、ジルマ。お前にはヤシハ山脈麓の偵察部隊駐在所にまで向かってもらう」
「え?」
なぜ。さっきと言っていることが違うじゃないか。
「俺が行かなくてもいいんじゃなかったのですか?」
「そのつもりだったんだがな。……その駐在所からの定時報告が、本日の朝、一度だけ行われていない。昼には再び定時報告が来たのだが、少し気になってな。場所が場所だ、万が一にも事が起こっていたら面倒だ。不安要素はできるだけ排除しておきたい」
ダトの声から、いつの間にかお遊び気分が抜けていた。
「まずは今日中にでもカヤに話をつけて、深夜頃一足先に向かわせるつもりだ。ジルマにはその後を追うようにして……明日の早朝にでも向かってもらいたい」
カヤというのは偵察部隊の副隊長だ。
「……それは俺じゃなくてもいいように思えるんですが」
「書類雑務をサボって寝ていたやつには丁度いいだろう」
……バレていたのか。
これに関しては、頭を掻いてあははと苦笑いするしかない。
「今はまだ情報が少ない。部屋に戻って待機していてくれ、夜には任務詳細をまとめたものをセグが渡しにきてくれるはずだ」
「……了解」
少し苦々しいが承諾する。セグはいま任務詳細をまとめているからここにいないのだろう。シロは分からないが……ここにいないのには、ちゃんと理由がありそうだ。別に集まるほどの必要がないから、というわけではないらしい。
「え、なに、ジルマお前寝てたの?てことは書類雑務は全部セロちゃんに押し付け?なんてことしてんだよセロちゃんかわいそうじゃないか!」
セロを異様に気に掛けるこのウザったいギワには、なにかやることがなかったのだろうか。あってほしかった。
「あれをかわいそうだと言えるんですか……」
脳裏に先ほどの重し責めと蹴りが蘇る。うん、セロにかわいそうとかそういう言葉は当てはまらないし似合わない。
「またそんなこと言っちゃってー。男なんだからしっかりしろよな!」
「……それ、セクハラですよ」
「へっ?」
「最近議会で改正されたそうです。もっと他に話し合うことがあると思うんですけどね」
「あ、それ同感」
面倒なので適当に話を逸らして会話を終わらせる。
……定時報告が一度だけされなかった、だって?
……皆無事ならいいんだけど。
会議室の窓から外を眺める。いつの間にか、陽が地平線に沈み終えようとしていた。
*
東部第三支部戦闘隊第七部隊長室。
あの後すぐにここに戻ったジルマは、申し訳なかったがセロが集めてくれていた自分の部隊を解散させた。
だがそれ以上これといって特にすることがないので、クローゼットの底からマットレスを引っ張り出し、さらに毛布にくるまっている。決して眠いとかそういうわけではない。
(……いま思うと、不自然なことだらけだ)
チャスオ帝国のスパイが複数クーリ王国の軍に潜り込んでいたこと、そして本日のチャスオ帝国の軍隊による国境越え。
もぞもぞと長机の引き出しから紙とペンを取り出し、乱雑にだが現状で分かっていることを書き出していく。
(これはたしかに、チャスオがクーリに戦争を仕掛けているように見える。けど……)
スパイがバレた直後に進軍?それは、兵法として何のメリットがある?
バレたことに気づいていない?いや、バレたことくらいチャスオ民国も気づいているはずだ。
(そこに図ったように定時報告が一時だけ行われてないときたもんだ)
コツコツと、ペンで無意味に紙を叩く。
これはチャスオの仕業なのだろうか。それにしてはまた復活しているのはなぜ。脅されてか?それも無くはないが、チャスオがこちらの定時報告の時刻を知っているだろうか。知らないのなら、あえてずらすことで異常を察知させることも可能なはずだ。そもそも知っていたのなら一回たりとも定時報告をさせないなんてありえない。
となると、これはチャスオとは関係がない?
(……だめだ。情報が圧倒的に足りない。これではすべて曖昧な予測の域を出ない……)
ペンを放り出して、ごろんと仰向けに寝転がる。開け放した窓からふわりと心地よい風が入り込んできた。
……自ら望んで軍にいるけれど。
……なにも起きて欲しくないって思うのは変なのかな。
お前らが戦場で行う事はすべて正しくなる。
散々アカデミーで言われた言葉。でもそれは、戦争という行為そのものが正しいというわけではなくて。
……戦争なんて、起きなければそれが一番なのに。
戦闘部隊の隊長になってまで、そんなことを考えてしまう。
(あれ、そもそもなんで俺が部隊長に選ばれたんだっけ)
ふと過去を思い返してみる。あれはたしか――
「ジルマ」
「……ん、はい」
唐突に名前を呼ばれた。考え事を止め、もそりと起き上がって扉を開ける。
が、廊下には誰もいなかった。
「……あれ?」
「違う、違う。こっちこっち」
「え」
いま、真後ろから聞こえてきたような。
「やっほー、ジルマ」
振り向くとそこには、ほとんど黒に近い深緑の髪をした小柄な青年が窓の縁に腰掛けていた。
「セグ……どこから入ってるのさ、ここ三階だよ?」
「え、俺の部屋からだとこっちからの方が近いから……」
窓の外を指さしながら、青年――セグがさも当たり前かのように答える。
指の先には、コの字型になっているこの棟の、ジルマの部屋とはちょうど対になっている一室。
「なるほど、そこで作業をしていたから、ぐるりと回って俺の部屋に向かうよりはまっすぐ向かった方が早いのか……ってそれでも常識的におかしいんだけどね……?」
上下の移動は距離に含まれないのだろうか。
「……?えっと、それで、これ。ダトさんに頼まれた資料。国境を越えてきたチャスオの軍の詳細と、その付近の地図。それと、そのすぐ近くにある俺たちの駐在所の詳細。これでいいの?」
「あ、うん。ありがとう」
焦げ緑の作業着のポケットから書類を三束取り出すセグ。ジルマはそれを受け取ると軽く目を通していく。
「えっと、これがチャスオで、こっちが駐在所……あれ、これは?」
三束だと、頼んでいたものよりひとつ多い。
「それは、俺が個人的にジルマに渡しておいた方がいいと思ったやつ。……その地帯は、反国王組織の活動が活発なんだ。それを、まとめておいた」
反国王組織。
その名のとおり、現在の国の政情に不満をもった者達が集まり結成されている組織だ。各地に散らばっており、時には暴徒化することもある。かといって全ての者が犯罪を犯しているわけでもなく、国としても対処に困窮している状態だ。
「半年程前、登山での遭難者を装ってその駐在所に入り自爆テロを起こそうとした反国王組織の男二人組がいた。幸い未遂に防いだけど。それからも軍や王への罵詈雑言が書かれた物が投げ込まれるなんてしょっちゅうだ」
「自爆テロに誹謗中傷か……東部の反国王組織は過激派だとは聞いていたけど、そこまでとはね……。じゃあひょっとするとチャスオと……」
「うん、今回の国境越えは反国王組織が関わっている可能性もある。だから、ジルマには知らせておきたかった」
「……ありがとう。心に留めておくよ」
「それじゃ、俺はこれで。……カヤにも言ったけど、気をつけて」
「……うん」
そう言うと、セグは窓から綱を伝って出ていった。
「……帰るのも窓からなんだ」
すぐにキン、と音がして窓枠に掛かっていた鍵爪が外れた。と感じた時にはすでに向こうの壁を登っている。相変わらず移動が迅速だ。さすが偵察部隊隊長といったところだ。
(にしても、反国王組織か……)
すぐ近くで三つの出来事。これは、ただの偶然?
チャスオ民国と反国王組織、そして駐在所。
頭の中が混乱していく。
……難しく考えるのはよそう。
……いまは、自分に課せられた件を最優先しないと。
ひとつ息をついて。
ジルマは資料と睨み合う。
*
朝特有の白んだ陽光が空一面の曇天に遮られ、それでもかすかにシャッターの隙間から格納庫へと入り込む。
重厚感のある油と鉄の匂いが、建て付けの悪い換気扇を通して朝の靄の中へと溶け込んでいく。
東部第三支部、二輪駆動車格納庫。
ジルマは格納庫の壁にもたれかかり、自らが運転する二輪ヴィークルの点検が終わるのを待っていた。
「眠……」
思わず、くあっと口を開いて大きなあくびが出てしまう。
午前五時前。まだ夜も完全には明けていない時間帯だ。まだ民衆の大半は寝ているだろう。
(おまけにこの天候だもんなぁ……)
空模様はあまり芳しくない。いまにも雨を降らせてしまいそうな黒い雲が広がっている。
さらにここら一帯では濃い靄が発生していた。湿気を大いに含んだ空気が辺り一面に停滞している。
(視界悪すぎ……。これなら夜の方がまだマシだったかも)
これから向かうヤシハ山脈麓の一帯は多種多様な草木が群生している。駐在所への連絡路のようなものはあるにはあるが、それでもヴィークルで速度を保ったまま走行するのはかなり難しい。
靄がかかっているとなればなおさらだ。これは森に入る前にヴィークルを降りた方が得策かもしれない。
「ジルマ隊長、点検が一通り終わりました」
声をかけられ顔をあげる。見ると、若い整備士が直立不動の体勢で敬礼していた。
「うん、ありがとう。それと、そんなにぴしっとしなくてもいいよ。隊長とかいっても俺、こんなだし」
そう言ってにへらと笑ってみせる。自分で言うのもなんだけど、相当頼りない顔をしていると思う。
「い、いえ!ジルマ隊長は自分の憧れですからっ!」
「えっ、あ、うん……。君がそういうならそれでもいいんだけど」
直接そんな事を言われると、こう、なんというか落ち着かない。
「あ、じゃあ俺のヴィークル、近くで見てもいい?」
そわそわするので話を戻す。
「あ、はい!どうぞどうぞ!もうエンジンもあったまってますので!」
許可もいただいたので近くに寄る。点検を終えたばかりのヴィークルは傷一つなく、重厚なメタリックカラーに塗装された流線型の車体は鋭い光沢に輝いていた。
「おぉ……」
思わず口から感嘆が漏れる。今までの擦った跡などが綺麗に払拭されている。
「この天候と向かう先が先ですから、タイヤをオフロードに。後は中の部品を少し組み替えました。ですが走り心地などはたいして変わってないと思いますよ」
「ありがとう。これならいけるかもしれない」
あちこちを触り、素直な感想を述べる。と、若い整備士ははにかんだように笑ってみせた。
「それにしても珍しいですね。隊長が単独で任務ですか?」
近くにいた別の整備士が声をかけてくる。
「……うん。急に入った任務だし、戦闘っていうよりは偵察っていう感じだからさ」
「偵察ですか。それなら偵察部隊の人の方が向いているのでは」
整備士の疑問はもっともだったが、
「あー……それは、ほら、万が一戦闘になった場合とかさ」
……憧れだなんて言ってくれた若い整備士の手前、雑務サボって寝てたからだなんて言えない。
「そうですか……健闘を祈ります」
罪悪感が胸の奥で燻ってるけど、ここは蓋をしておく。
腕時計を確認すると、予定の午前五時までまだ少し時間があった。だが、いつ降り出すか分からないこの空模様だ、早く出発するに越したことはない。
「……よし、もうそろそろ出発しないと。点検ありがとう」
「いえ!自分もジルマ隊長の健闘を祈ります!」
若い整備士は再び綺麗な敬礼をしてみせた。
ヴィークルに跨り数回ふかして、腹に響くような重低音を鳴らす。装備を確認し、ヘルメットとゴーグルをつける。軽く身の回りを整えて深呼吸。胸に軽く手を当て、目を瞑る。
出撃する前はいつも必ず緊張する。二度とこの場所には戻れなくなるかもしれない。
それでも。俺は戦い続けるしかないんだ。
――――行こう。
「行ってきます」
一台のヴィークルが駆動の嘶きと共に東部第三支部を弾丸のように飛び出した。
*
走る。走る。
だだっ広い荒野を、アクセルをできる限り開けて、コートをたなびかせて、一台の二輪ヴィークルが疾走していく。
曇天と濃い靄の影響で前方数メートルでさえ視認するのが困難な世界の中を、爆音とともに駆け抜けていく。
(思ったよりも神経使うな……。集中しないと方角すら見失いそうだ……!)
ヴィークルのメーター脇に取り付けられた方位磁針を頼りに、前だけを見てひた走る。
「っ!」
突然、ガッ!っという音と共に車体が大きく揺れる。唐突に視界に飛び込んできた岩にタイヤが引っかかったのだ。
「くっ……!」
体重移動でなんとか体勢を立て直す。一瞬たりとも油断のできない悪路走行が続く。
ちらりと腕時計を確認する。長針と短針は、午前五時半を指していた。
……第三支部を出て三十分と弱ってところか。
駐在所までは晴れた状態なら一時間かかるかどうかという具合で到着することができる。いくら神経をすり減らし速度を上げていても普段の状態よりは遅くなる。こればかりは仕方がない。原生林の手前で降りる可能性も考えると、到着は六時半、いや、七時を回るかもしれない。
……いまのコンディションで、少しでも速く。
およそ三分の一を過ぎた頃から徐々に木々が見えはじめ、やがて原生林に入ることになる。
肺に溜まった澱んだ空気を押し出して、短く息を吸う。吐く。心を落ち着かせる。
しばらくそのまま一心に走り続ける。やがて地面が、薄茶色の乾燥した固い土から、軟らかい湿気を含んだ黒褐色の土へと変化していった。
(そろそろか……)
ゆっくりと速度を落として上体を起こし、辺りをよく観察する。ちらほらと緑が確認できた。
ヴィークルが走行するのが困難なところに突き当たるまで走らせる。どこからか、思わず聞き惚れてしまうような小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「おっと」
唐突に大樹の群生が現れた。根が地面から隆起するほどに張り巡らされていて、とてもじゃないがヴィークルを走らせることは不可能だ。
「これ以上は無理だな」
連絡路を探すよりは歩いて向かう方が早いだろう。
エンジンを切り、ゴーグルとヘルメットを外す。軍の所有物であり盗まれることはないと思うがヴィークルのキーも抜いておく。外したキーは腰につけているポーチの一つに滑り込ませた。
ふと、視界が晴れてきていることに気づいた。靄は出発時に比べると少し引いたみたいだ。
しかし、自然はそう易しいものではない。
「……あ」
ぽつり。ヴィークルの車体に当たって弾けた一滴の雫。空を見上げる。その量は加速度的に増えていく。雫の集まりはすぐに、さほど激しくはないが傘をささねばならないほどの雨へと変化した。
「……降ってきたか」
装備していた革製のグローブを外し、手の甲で顔に降りかかる水滴を拭う。
腕時計では午前六時を少し回ったところだ。
ヴィークルをその場に残し、ジルマは原生林の中へと足を踏み入れた。
*
「もう……そろそろっ、か……!」
雨でぬかるんだ地面、網目のように複雑に地面から突き出ている大樹の根、うっそうと生い茂る木の枝葉。
足元と頭上を同時に警戒しながら道無き道を進むこと半刻と少し。
ようやく、建物を建設するために木々を切り開いたような痕跡が見えはじめてきた。
一度止まり、荒くなった息を整えて一気に進む。
「……これは」
ようやく木々の隙間から鼠色の建物が姿をみせた。しかし。
「……どうなっているんだ?」
そこに建物はある。手入れもよくされていて、大樹の隙間から雑草が好き放題に生えていたり壁一面を苔が覆っていたりしているわけでもない。傍に停めてあるバギーやヴィークルはいつでも動かせるように準備がされてある。窓もひとつも割れていない。だが。
人の気配が一切感じられない。
まるでつい先程までいた人々が忽然と姿を消したかのよう。
建物だけが時に忘れ去られている。
ここは、この場所はあまりにも人の手が加えられている。
だが、その手を加えた人間がどこにもいない。
眼前の風景はあまりにも平凡で。
眼前の空気はあまりにも非凡だった。
(誰もいない……?そんなことがあるのか……?)
ここで立ち尽くしていても、仕方が無い。
……とにかく、中を確認しよう。
地面を蹴るように強く踏み出し、ジルマは建物の正面まで歩き出した。
古いが丁寧に錆の落とされた正面扉をゆっくりと開き、建物内へと踏み入る。明かりすらついていない。
「…誰かいないのか?いたら返事してくれ!」
雨音が響くなか声を張り上げてみたが、返事はない。
電気のスイッチを入れたが、明かりはつかなかった。どうやら送電線が切られているようだ。
薄暗いなか慎重に、辺りを警戒しながら廊下を歩いて一階の各部屋を見てまわる――待機部屋、通信部屋、シャワー室、食料庫、台所。誰もいない。生活をしていた痕跡はあるのに、人がどこにもいない。
(……一階はあらかた見終えた。あとは二階の隊員の寝室だけ……。まさか皆寝ているとかいうオチじゃないだろうな……)
階段を上がり二階へ。顔だけ覗かせて左右を確認し、廊下に足を踏み入れる。と、その時。
唐突に。なんの前触れもなく。後方から細い腕が首に巻き付いた。
(なっ……!?)
この細い左腕のどこにそんな力があるのか、と疑いたくなるほどに凶悪な力で締めあげられる。雨のせいで足音に気づけなかったのか。
このままではやばい!
「っあ……らぁ!」
力を振り絞って全力で背中を壁にぶつける。
「ぅ……!」
壁とジルマとで板挟みになった相手の、肺から空気が押し出されるような呻き声が聞こえた。
しかし腕の力は緩まない。
(くそっ……!もっと強くじゃないとダメだ!)
視界が霞んでくる。まずい。
残る力で自分の左足でなんとか相手の左足を刈り上げる。
そして右足で――とん。後方へと仰向けに倒れ込むように跳躍した。
すぐ後ろは階段だ。だが途中の段に落ちてもさほどダメージは与えられない。
狙うはもっと下――階段の踊り場!
空中で無理矢理にでも自分と相手の間に右肘をねじ込む。
体勢を変えようとする相手を、左腕を使って押さえ込んだ。
「ぉ、ぁあああああああああああ!」
ズガンッ!!という衝撃音とともに、ジルマの重力と落下速度を利用した渾身の一撃が相手の鳩尾に喰 い込んだ。
「かっ……は」
相手が声にならない悲鳴をあげる。ようやく相手の腕が緩まる。すかさず拳で相手の左肘と右肩を強打。相手の握力を無くす。
やっとで拘束を振りほどくと、転がるように距離をとった。
意識して呼吸をする。震える意識を頭を振って無理にでも覚醒させた。
「あ……ぐ」
相手がゆっくりと起き上がった。足がふらついている。これならまだ戦えるかもしれない。
「か……よ」
「え?」
相手がなにか呟いたが、よく聞き取れなかった。思わず聞き返してしまう。
「かえせよ……みんなをかえせよこの野郎……!」
「は?」
なにを言っているんだろう?
というよりも、この声。聞き覚えがあるような。
「ていうかその声……君、もしかしてカヤじゃ……?」
「……その声、ジルマ隊長?」
なにやら、おかしなことになりはじめた。
*
駐在所、一階。待機部屋にて。
「誠に申し訳ございません!まさかジルマ隊長だとは知らずにあんな御無礼を……!」
偵察部隊副隊長のカヤは、ひたすら謝りたおしていた。
「い、いやさ、大丈夫だって……。ほら、こうして誤解は解けてるんだし、二人とも生きてるんだから……」
ずっと平身低頭のカヤをなだめるジルマ。しかし、カヤは聞く耳を持たずに、
「ジルマ隊長が早朝にこちらに向かわれるということはダト参謀から聞いておりました!それなのに!ああ、早とちりせずにもっとよく確認をしておけば!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて……!いまはそんな場合じゃないだろ……!」
カヤには、そんなことよりも聞きたいことがある。
「すみません、すみません……。後一歩で隊長を気絶させてしまうところでした」
「ああもう、それはもういいから頭上げて……!それより、この駐在所の状況だよ、一体どうなってるのさ?カヤが到着したときはすでにこうだったの?」
「あ……い、いえ……。俺が到着したのは夜中だったんですが、見張り櫓に人はいましたし、通信所には誰かしらがが詰めていました」
「じゃあ、なにがあったのさ…?それに」
――みんなをかえせよ、ってどういう意味。
カヤにそう質問しようとした刹那。
――――カツン。
「っ!」
問いかけ、まばたき、息。すべての行動を中断し、ジルマは待機部屋の入口へと振り返った。
「え、あの」
「静かにして」
入口から意識を逸らさずにカヤを制す。
――いま、足音がしたような。
聞き間違いではない。確かに、人の足音がした。
「…………」
ゆっくりと腰の鞘からナイフを抜く。
じわりじわりと迫ってくる、氷柱に閉じ込められたような圧迫感と寒気。
無限にも思えるような一瞬の時間が過ぎる。
――――来る。
「あーれぇ?こんなところにまだ人がいるなぁ」
間延びした声と共に現れたのは、両手に西洋剣を携えた若い男。
「!」
ジルマはすぐさま突撃しようとしたが、
「おっと動くなよ?ここにいたお前らの仲間がどうなっても知らねーぞ?」
男に切っ先を向けて釘をさされ、踏みとどまざるを得なかった。
「ていうかここにいた奴らはみんなとっ捕まえたと思ったんだけどなぁ。なに、お前らついさっきここにきたって感じ?いやぁ忘れもんしちまって俺だけ戻ってきたのは正解だったなぁ。こりゃお手柄だぁ」
にやにやと下卑た笑みを浮かべる男。
……こいつは何者なんだ。
俺だけ戻ってきたということは、他に仲間がいるのか。
「教えて欲しい。ここにいた者たちは無事なのか?」
慎重に、相手を刺激しないよう言葉を選んで問いかけるジルマ。
「あー、いまはまだ無事なんじゃね?ま、もうすぐ俺たちが殺っちまうけどなぁ」
……性根が腐ってやがる。
震える悔しさと憎悪を押し殺して、努めて冷淡な口調で再び問いかける。
「…そうか。君たちは、何者なんだ。なにが望みでこんなことをする?」
「なんだ?仲間が殺されるってのにずいぶん冷てぇんだなぁ!俺たちは誇り高き正義の革命団さ!下準備が終わったんでな、これから本格的に動き出すんだ!」
両腕を広げ、恍惚とした表情で叫ぶ男。正義どうこう以前に、自分が人間として間違っているなどと微塵も感じていない。
……これが反国王組織の連中か。
「……それは立派だな。俺も参加したいくらいだ。是非とも内容を聞かせて欲しいね」
「なんだお前?軍の奴のくせにそんなこと言っちまっていいのか?ここにいた奴らも惨めに命乞いするしよぉ!軍なんてのにはロクなやつがいねぇなぁ!」
怒りでグツグツと煮え滾る心をなんとか蓋をして押し留める。
「捕まった直後はすっげぇ顔して睨んできやがったくせに、数箇所斬るだけでもう泣き叫びやガンの!いつ思い出しても笑いが止まらねぇぜ!」
蓋をする。押し留める。
「まーいくら命乞いしようが殺すけどなぁ!腐った国への見せしめだ!」
蓋を押さえつける。耐える。耐える。
「軍志望なんて腐るほどいるしなぁ!所詮代用品だろ?あ、おめーも殺すからな?まさか戦おうなんて思っちゃいねぇだろうな、そんなちゃちなナイフとこいつとじゃリーチが違いすぎる!」
耐える。耐えろ。タエロ。
「軍の奴らなんて皆殺しだよ!あんな王に尻尾振ってるやつなんざウジムシ以下だ!俺らの正義を分かろうともしない!」
タエロタエロタエロタエロタエロタエロタエロタエロタエロタエロタエロタエロタエロタエロタエロタエ――
「軍ほど無能の集まりはねぇよ。なぁウジムシ代表?」
「……ふざけるな」
「あ?」
無理だ。耐えられる訳が無い。ここまで仲間を馬鹿にされて、冷静でいられたらそれこそウジムシ野郎だ。
「お前みたいなやつに無能呼ばわりされるような軍はどこにもない!正義の為の悪なんかクソくらえだ、正義の為の正義が一番の正義に決まっている!」
ずっと押さえ込んでいた感情が、すべて言葉に乗って飛び出していく。
「人間っていうもんを分かってないよ、お前。胎児からやり直せ」
ナイフの切っ先を男の喉に向け、構え直す。
「うっぜぇなぁお前。お前は一番苦ませて殺してやるよ。ほらこいよ」
男も両手の剣を構えた。この閉塞的空間で、このリーチの差は決定的だ。男は下卑た笑みを崩さない。
――その油断が命取りだ。
構えたまま、ジルマがグリップ脇の突起を親指で引く。ただそれだけ。
――――トッ。
そう小さく音がしたかと思うと、ナイフの刃先のみ突き刺さった男の左首筋から、噴水のように鮮血が吹き出した。
「え……あ?」
なにが起きたか分からない、といった顔の男。しかし瞬く間に痛覚は鮮明になっていく。
「うぎゃあ!があっ!ぐがっ!ごぼっ!」
数秒もがき苦しんだ後、男はうつぶせに倒れて動かなくなった。
「……スペツナズ・ナイフだ。暗闇で相手の武器の種類も分からないのに油断をするからだ」
動かなくなった相手に言い聞かせるように呟くと、ジルマは男から刃先を回収した。血を男の衣服で拭う。
「なにも殺すことはなかったんじゃ……」
背後で、カヤがぽつりと呟いた。
「……悪かったと思っているよ。でも、そうでもしなければこの状況は打破できなかったし、……なに より気がたっていて自分に歯止めがきかなかった。ごめん」
「いえ、そんな謝らないでください……。俺は……」
カヤはなにか言おうとしたが、言いよどんでしまった。
「じゃあ早くここを出よう。誰かがまた戻ってきたら面倒なことになる。それにこの男が言っていたことをみんなに伝えないと」
下準備は終えたと言っていた。本格的に動き出す、とも。
「……はい。隊長は、ここまでどうやってきたのですか?」
「俺のヴィークルが原生林の入口付近に停めてある。そこまで歩いて戻って、そこからは乗って帰るよ。カヤは?」
「自分も二輪ヴィークルですが、ここまで乗ってきちゃいましたので。一足先に戻っていますね」
「うん。じゃあ」
「それでは失礼します」
一度敬礼をすると、カヤは小走りで出ていった。すぐにエンジン音がする。ジルマの相棒とは違い、軽い音を響かせる。できる限り軽量化された、速度重視の車体なのだろう。
エンジン音が遠ざかっていったのを確認する。と、
「ぅ……ぁ……」
ジルマはその場に座り込んだ。呼吸が荒い。深呼吸をする。気分を落ち着かせる。
――実のところ、かなりギリギリだった。首を絞められたことが尾を引いていて、指先が若干震えていたのだ。
喉の中心を狙ったのにずれたのがその証拠だ。もう少しずれていれば、スペツナズ・ナイフは後方の壁に刺さるだけとなりジルマは殺されていただろう。
「……戻らなきゃ」
ふらつく足を奮い立たせ、重い腰を持ち続ける。
急がなければ、反国王組織の連中がなにか行動を起こしてしまうかもしれない。
灰髪の青年の後ろ姿が朝靄と雨の中へ溶け込んでいった。
*
午前九時。東部第三支部。
時間はかかったがやっとの思いで帰還したジルマは、格納庫へ二輪ヴィークルを預けた。ダトへ内部回線を使い報告するため、一階のオペレーション室に入る。
「ご用件はなんでしょうか」
「第一でお願い。宛先はダト参謀。用件は……いや、俺から話すことにするよ」
一度逡巡して、繋ぐことだけを頼む。
『……ジルマか。よく戻ってきた』
数回のコール音の後、ダトが出る。
「あ、うん……。だいぶへろへろだけどね。駐在所、俺が着いた時には隊員は誰も……。どうやら反国王組織の奴らが隊員を連れ去ったらしい」
『反国王組織の連中か』
「そう。だけど、まだ殺してはいないみたい。反国王組織の一人と戦った。そのときに、相手がいろいろと喋ってくれたんだ。それについては先に帰ったカヤが報告していると思うけど……」
『待て、ジルマお前、いまなんて言った』
「え?っと、先に帰ったカヤが報告していると思う、って」
『カヤはまだ帰還していない。てっきりお前と一緒だと思っていたのだが』
「は?」
場が凍りつく。
「そ、そんなわけないだろ?カヤは俺よりも先に二輪ヴィークルに乗って駐在所を出たんだから」
『二輪ヴィークル?カヤが乗っていったのは四輪バギーだが』
「でもたしかにっ……!」
なんなんだ。なにがどうなっているんだ。
カヤはたしかに自分で二輪ヴィークルでここにきたと言った。間違いない。
そして俺よりも先に二輪ヴィークルに乗って駐在所を出た。これも間違いない。
……わけがわからない。
『――。―――』
ダトがなにか話していたが、それももう耳に入らない。
頭の中が、深海の渦のように重くぐるぐると廻っていく。
と、その時。なにやら廊下が騒がしいことに気づいた。 人の怒号、車輪の軋む音、慌ただしい複数の足音。そして、人の呻き声。
(次から次へと……。なにが起こったんだ?)
回線通信の受話器を持ったままオペレーション室の扉を押し開ける。その直後に。
「廊下あけて!通るよ!」「輸血急いで!」「肩と背中に裂傷!右胸を弾丸が貫通していますっ!」「助かりますよ!気をもってください!」「緊急治療室の準備!今すぐだ!」
数多の医療隊員に囲まれて、黒の革ジャンに黄色のラインの、ニット帽の男がタンカーで運ばれていった。
「……え」
一瞬、目の前の光景を理解する事ができなかった。だが、どう思い返そうとも、脳裏には激痛に歪む男の顔がこびりついていて。
それは、他の誰でもない。東部第三支部後方支援部隊隊長、ギワだった。
「おいうそだろ!?おいっ!ギワ!?」
つんのめるようにしてタンカーに追いつき、手すりにしがみつく。
「ちょっとジルマ隊長!危険ですどいてください!」
すぐに周りの医療隊員に引きはがされた。それでも何度もしがみついて。
「なぁ!なにが起こったんだよ!?ギワ、返事してくれよ!」
ジルマの悲痛の叫びが廊下に響く。だがそれもすぐに喧騒にかき消された。
「ジルマっ!」
肩を掴まれ、無理矢理後ろを向かされる。そこには、医療部隊隊長のシロがいた。
「なに感情剥き出しで吠えてるんだっ!迷惑をかけるな!いつもの頼りないお前はどこにいったんだよ!」
シロの、決して大きくはない、けれども凛と張った強い声が浸透していく。
「らしくないっ、お前らしくないよ!取り乱すなっ!」
シロの力強い目で見つめられる。
「っ…………」
ジルマはいたたまれなくなり、顔を俯かせた。
「……シロ」
俯いたまま、ジルマがシロを呼ぶ。
「なんだい」
「……ギワを助けてやってくれよ」
「頼み事をするなら相手の眼を見ろ!」
「~~~っ!」
小刻みに肩を震わせ、ジルマはがばっと顔を上げた。
「ギワを助けてくれよっ!」
「当たり前だっ!」
こつ。ジルマの胸に、シロの拳が添えられる。
「僕を誰だと思ってる!僕の目の前で人は死なせない!生きたいと願うやつに死を与えるなんて他でもないこの自分が許さない!」
ひとつ息を整えて。
「僕は自分に出来ることをやる。だから、ジルマも自分に出来ることだけは必ず成し遂げるんだ」
すっ。ジルマの胸から拳を離すと、シロはタンカーを追いかけていった。やがて、小さな音と共に廊下の奥の緊急治療室の扉が閉まる。扉の上に、手術中のランプが点灯した。
『……つい先程報告があった。本日の朝、食糧の貿易輸入路にて、襲撃を受けたらしい。後方支援部隊は商人団体の警護に早朝向かわせていた。……ギワは仲間を庇って攻撃を受けたようだ。』
……手に握り締めたままの受話器から、重いダトの声が耳に届く。ジルマは受話器を再び耳につけた。
『襲撃した奴らは……チャスオの国章の入った鎧を身に付け、[我らは正義の革命団だ]と名乗ったそうだ』
……そうか。反国王組織は、チャスオと手を組んだのか。
……俺がもっと早く帰還してダトに報告をしていれば、後方支援部隊は警戒を強めてこんな事態にはならなかったかもしれないのに。
……俺がのろのろと戻ってきたからっ!
『……それでな、ジルマ。その貿易輸入路は、昨日打診して、今日変更したばかりだ。襲撃を受ける事自体、本来なら有り得無いことだ』
……なんだ?この男が遠回りになにか言おうとするなんて。
『それで、その打診は第七戦闘部隊に一任したんだ』
そういえば昨日ダンボール箱から仕分けた書類のなかにそのようなものがあったなと思い返す。
『先日はスパイの件もあったろう』
……これは。
俺を疑っているのか?
いや、ダトは俺が書類雑務をしなかったことを知っていた。それじゃあ。
ダトはセロがスパイだと疑っている。
「なっ、ちょっと待ってくれよ!セロがスパイとか、そんなわけ」
『貿易輸入路の案を出したのはセロだ。それをセロはギワに直接渡した。ギワは私が第一会議室に呼んだ際、部屋を出てすぐセロに会い、手渡されたそうだ。そう、お前も呼んだあの時だ。そしてジルマが第一会議室に到着する前に、私がその書類を受け取り、翌日からの貿易輸入路の変更を決定した。――他に容疑者がいないんだ』
「俺も書類を仕分けの際にその書類を見ました!俺だって容疑者だ!」
『……セロを呼んでこい』
「ダト参謀っ!」
必死にダトの過ちを正そうとするジルマ。そこに。
「僕ならここにいる」
セロが何処からともなく現れ、ジルマの手からひょいと受話器を取り上げた。
「変わりました。第七戦闘部隊副隊長、セロです」
「セロ?お前、なにを」
『……セロか。君にはチャスオ民国のスパイの容疑がかけられている』
「僕はスパイではない。それは事実です」
『……身柄を拘束し、連行させてもらうよ』
「ダト参謀」
『……なんだ』
「その部屋に、他に誰かいますよね」
「え?」
頓狂な声をあげたのはジルマだ。
『……ああ。本部の人がお見えになっている』
……本部?本部の人だって?
それはあまりにも早すぎないだろうか。
――ああ。ようやく理解した。ダトだって、セロを信じていないわけではないのだ。ダトは、セロはスパイだと言わざるを得ない状況なのか。
「そうですか。……では」
セロがそういうや否や、突如スーツ姿の男が二名、セロの両脇に現れた。
「あなたがセロさんですね。第一会議室まで連行させていただきます」
「…………」
言葉こそ丁寧だが、どこか角のある言い方だ。はなからセロがスパイだと決めつけているような。
根回しがよすぎる。
……セロは嵌められたんだ。
スパイは他にいて、おそらく本部にも潜り込んでいる。
「ジルマ」
名前を呼ばれて、ジルマはセロの方を振り向いた。
そこで気づいた。先ほどの名前を呼ぶ声が震えていた事に。
向き合ったセロの顔は、今にも泣きだしそうなほどに歪んでいた。
「俺は信じてる。セロはスパイなんかじゃない。俺だけじゃない、みんな分かっているさ」
「……ジルマ」
「だから必ず、お前が無実の証拠を見つけ出す。クソみたいな脅しに屈するんじゃないぞ」
眼を、逸らさない。今度はジルマの番だ。
「絶対、戻ってこい!必ず俺にもう一度その顔を見せてくれ!」
ぐっ。セロの前に突き出される握り拳。
「……はいっ!」
こつん。と、小気味いい音を立てて、お互いの拳がくっついた。
*
目の前でセロが連行されていく。
……いつまでも気落ちしていられない。もうおおよその検討はついているんだ。
「あの、ダト参謀。さっき、第一会議室で貿易輸入路の書類を受け取ったって言ってましたよね」
受話器に話しかける。まだ通信は繋がっていた。
『……ああ。そうだが』
本部の人がいる手前、多くのことは喋れないのだろう。声が遠慮がちだ。
「そのあと、書類はどうしてました?」
『そのあとはずっと第一会議室にいたから、机の上に置いていた。それがどうかしたのか』
「いえ、ひっかかることがあって。――ダトさん。俺が任務の説明を受けたとき、こういいましたよね?」
――まずは今日中にでもカヤに話をつけて、深夜頃一足先に向かわせるつもりだ。
「てことは、俺が出ていった後に、カヤを呼んで任務の説明をしたってことですよね」
『そうだが――まさか』
「ええ。カヤがその書類を見る機会はいくらでもあったんじゃないですか?それに、夜のうちに出発してる。反国王組織と会う時間もあった。そして未だに帰還していない。判断材料は十分です」
受話器の向こうで小さな話し声が聞こえる。少し経ち、ダトの声が戻ってきた。
『駄目だ、いくら説明しても聞く耳を持たねぇ!おいジルマ、第七戦闘部隊を全員動かせ!試す価値は十分だ、反国王組織の本部を探し出せ!あいつには話を聞かなきゃならん!』
「了解!」
――今思えば最初から不自然だった。
駐在所に入る時、俺は声を張り上げた。それだけで十分、入ってきたやつが味方だと判断できたはずだ。そのあと俺に襲いかかってきたんだ、気づいていないわけがない。
カヤは最初から俺をジルマだと認識して首を締めてきた。
首を絞めたということは、少なくとも殺すつもりはなかったのだろう。奇襲に失敗したら敵と間違えたふりをし、仲間を演じてそそくさと本部に逃げ帰ったというわけだ。
……カヤ、お前だけは絶対に許さない。
ジルマは走って自室へと向かう。疲れはどこかへ消え失せていた。
「隊長!もう全員出撃準備できてますよ!」
自室の扉を開けると、そこには人、人、人。
ジルマの部屋は、武器を手にした人で溢れかえっていた。
呆然とするジルマに、近くにいたあの若い整備士が声をかける。
「自分あの場に居合わせてて。セロ副隊長との話を聞いちゃったんです。これはジルマ隊長ならなにがなんでも飛び出していくなと思い、第七戦闘部隊の方々を集めておきました!……迷惑でしたか?」
申し訳なさそうな表情をする整備士。ジルマはぶんぶんと首を横に振って、
「いや、まさにいまから集めるところだった……。ありがとう。でもなんで俺がそうするって思ったの?」
突然の質問に整備士はきょとんとして。さも当たり前のように答えた。
「え、ジルマ隊長は普段は頼りないですけど、仲間のこととなると自分のことのように怒ってくれるじゃないですか。それくらいここにいる全員が知っていますよ。俺はそんなジルマ隊長に憧れているんです」
……そう、なのか。
部屋中を見渡す。どいつもこいつも、なにをいまさらという顔をしてこっちを見てきやがる。
自然と笑みがこぼれた。
「よしっ!全員、心の準備も出来上がってるんだろうな!?第七戦闘部隊、出撃するぞ!」
ジルマの号令にその場の全員の声が乗る。
その勇ましい声は、東部第三支部一帯を揺らしてみせた。
窓から空を見上げる。曇天はいつの間にかどこかへ行き、太陽が煌々と世界を照らしていた。
二週間後。反国王組織の本部を突き止めたジルマら第七戦闘部隊は、数日間にも及ぶ全面抗争の末に指導者、カヤを逮捕した。
これにより反国王組織は壊滅状態へと陥った。
クーリ王国は、反国王組織の者が所有していたチャスオ帝国の国章が彫られた武具のことをチャスオ帝国へ申告、明確な干渉意志があるとして抗議したが、チャスオ帝国はその武具は盗まれたものであるとし、反国王組織との関わりを一切否定した。だが各国の抗争は表面化。イーミラ半島に再び不安定な空気がたちこめた。
そして、逮捕された翌週、カヤは獄中で自殺を遂げた。
有益な情報は引き出せたのかは、未だ公表されていない。
半年後。
「隊長、ジルマ隊長。なに寝てんですか」
「……ん」
ぺしっと、書類で頭をたたかれた。顔を上げると、書類をひらひらと振る元整備士の青年が目の前にいて、覆い被さるようにしてこちらを見下ろしている。
「あれ、俺寝てた?」
「頭がぐらぐらしてましたよ、思いっきり」
手元を見ると、なるほど、重要と書かれた書類にゲルインク製のミミズが這っている。
「書類、昼までに終わりそうですか」
「無理っぽい。……ケダ、手伝って」
「はいはい」
ミミズに修正液を塗りながらそう頼むと、青年――ケダはジルマの机の横にある棚から、無造作に半分ほど引っ張り出して自分の机へと持っていった。
「……そんなにやってもらわなくてもいいんだけど。一応、俺に回ってきた書類だし」
「こんくらい手伝わないと終わらないでしょう」
「いや、でもお前の分の書類もあるし」
「そちらはもう終わりました」
……なんだろう、心が痛いや。
「あ、そうそう。本日付けで新しい隊員がうちらの部隊に配属されるそうですよ」
ケダが書類に目を落としながら言う。
「へー、新人かぁ。どんなだろうなぁ」
「それがあまり個人情報が送られてきてないんですよね……。ただ、女性だとしか」
「え、まじで?」
思わずケダの方へ身を乗り出すジルマ。
「なんでそういうとこだけ食いつくんですか……。でも、ほんとにそれだけなんですよね、顔写真もなし、名前すら記載されていません。まもなくダト支部長とギワ隊長がその方を連れてここに来るという予定にはなってますけど」
と、その時。扉をノックする音が響いた。
「噂をすればなんとやら、ってね。あ、俺が出るよ、ケダは書類やってて」
「ただ単に早く顔が見たいだけでしょう……?」
少し小走りで扉へ向かい、気前良く扉を開ける。
「はい、どちらさまでしょう、か―」
扉を開けた格好のまま、ジルマが固まった。
「どうです?良さげですか?」
書類から目を離さずに、ケダ。
「――――」
ジルマは未だに固まっている。
「ちょっと、ジルマ隊長?」
返事がないので、ケダがようやく顔を上げた。と同時に。
「失礼します。僕、この部屋入るの久しぶりだなぁ」
件の女性が固まったジルマを押しのけて入ってきた。
「え、あ、あれ?えっ!?」
その女性を見て、ケダが慌てふためく。
「僕は君にも会ったことあるよね。久しぶり」
話しかけられて、結果ケダも固まってしまった。
「なに固まってんだ、しゃきっとしろ、しゃきっと!」
「一途な子がいて羨ましいなぁおい!」
「うわっとっと!」
ダトとギワに背中を押し出され、ジルマがふらふらと女性の前に躍り出る。
「え、と」
なにを言ったらいいか、口ごもるジルマ。
それを見て、茶色からひとつ黒が抜けたような、色素の薄い髪を乱雑に切ったボーイッシュな髪形をした女性は、こう話しかけた。
「ただいま!ジルマ!」
「うん。――おかえり」
(終)