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分身・増殖ネタ短編/中編

無尽蔵サンタクロース

「実は俺……サンタクロースなんだ」


 私の彼氏から突然の告白があったのは、クリスマスの夜だった。


 世界を飛び回る仕事をしていると言う彼と私が付き合いだして、もう数年にもなる。最初は毎日どこかで会って一緒に食事をしたり買い物をしたりするだけだった私たちだけど、今は彼の広く大きなマンションで一緒に過ごす間柄にもなっている。

 だけど正直言って、彼がどんな仕事をしているか、私はそこまで把握しきれていなかった。確かに私もアルバイトとかで忙しい時が多いし、こうやって一緒にいる時間を作るのもちょっと大変だけど、私より遥かに忙しいはずの彼は、いつも私の都合に合わせて時間を取ってくれていた。もちろんとても嬉しいんだけど、逆に不自然にも思えてしまっていた。世界中を動き回るはずなのに、どうしてそう言う風に時間を取る事が出来るんだろうか。


 そんな疑問が私の中に渦巻いて、彼に打ち明けようと思った時、この告白を受けてしまったわけである。


「……はぁ?」


 ……当然、信じられるはずはなかった。サンタクロースなんて架空の存在だって、私はずっと思っていたからだ。だいいち、私は子供のころからサンタクロースからプレゼントを貰った記憶が無い。いきなり何の冗談なのか、と私は彼に問いただした。


 それを聞いた彼は、ちょっと困ったような顔をしていた。

 

 彼の格好は、町中のおもちゃ屋や商店街で何度も見かける『サンタクロース』そのままの姿。暖かそうな赤いコートに、同じ色の赤い帽子、そして赤いズボン。一つだけ違うのは、リビングの中なので足は白い靴下で包まれている事。


「ほ、ほら、言っただろ?俺は世界を股にかける……」


「世界を股にかけるビジネスマン、でしょ?」



 もしかして、そのビジネスこそが『サンタクロース』なのか、と言った私に、彼は自信満々に頷いた。

 

 その様子に、つい私は吹き出してしまった。目の前で、私の彼が真剣に自分がサンタクロースだって言っている事が、心地良い冗談のように聞こえてしまったからだ。当然、彼はむすっとした顔になって、信じていないのか、と私に問いただしてきた。


「だってそうでしょ、サンタなんている訳ないじゃん」

「いや、だからこうやって俺が真実を……」



「じゃ、サンタだって言う証拠はあるの?」



 そう私が問いただした時、彼は顎に人差し指を当てた。何かを考える時、特に名案を浮かべる時にいつも彼はあの仕草をする。何年も付きあっている中で何度も見てきた私だけど、今回はちょっとだけ驚いてしまった。サンタなんていない、と信じている私を説き伏せる手段、つまりサンタクロースは実在するなんて言う証拠なんてあるんだろうか、と。


 すると、私の彼の後ろに、突然白い大きな袋が現れた。さっきまで何も無かったはずのカーペットの上に、まるで様々な物が詰まっているようなサンタクロースの袋が出てきて、私が驚かなかった訳が無かった。それが表情に出てしまっていたのか、私を見てにっこり笑った彼は、そのまま袋の中から……


「はい、遅くなったけど、クリスマスプレゼント」



 そう言って、彼は私に、綺麗に梱包された小さな箱を手渡しした。一体何がどうなっているのか分からない私は、そのまま彼の言うままに梱包を解き、箱の中身を見た。

 そこには、私がずっと欲しがっていた、黒い腕時計が入っていた。デジタル表示のブランドもので、ずっと高く手が出せなかったものだ。目を丸くして驚いていた私に、彼はこれで信じてくれたか、と聞いてきた。


 ……でも、まだ私は完全に信じ切る事は出来なかった。確かに、遅くなってもクリスマスプレゼントにこのような物を貰うと言うのは凄い嬉しい。でも、凄い酷い事を言っちゃうと、これくらいサンタさんじゃなくても誰でもできるし、いきなり袋が背後に現れても、何かの手品の一つかもしれない。大好きな彼の目の前なのに、『サンタクロース』と言う言葉一つで私は疑心暗鬼に陥ってしまった。


 そんな私を見て困った表情の彼氏の間で、しばらく気まずい時間が流れてしまった。



 そんな時だった。突然、マンションの玄関の呼び鈴を誰かが鳴らす音がした。一体誰かな、とインターホンに向かおうとした私を、彼は大丈夫だ、と止めた。一体どういう事なんだろうか分からなかった私は文句を言っちゃったけど、彼氏は優しい口調で私に言った。


「俺がサンタだって証拠、見せてあげようか」 



 その言葉の後、玄関の鍵が回る音が聞こえた。この部屋の鍵を持っている人は私と彼氏だけ、お父さんやお母さんも知らないはず。じゃあ一体誰が、と思って振り向いた私の視線に入ったのは……


「メリークリスマス♪」


 もう一人の、彼氏だった。


 双子か何かだろうかと思いながら、私は並び立って笑顔を見せる二人の彼氏を見比べた。でも、目の前にいるそっくりな二人には、赤い服や赤い帽子、背中にある袋、そして黒い靴下、あらゆるものが全く同じで、私には区別する事が出来なかった。

 頭が混乱し始めてしまった私の背後から、もう一つ別の声が聞こえてきた。いや、二つに増えている。


「言っただろ?俺は世界中を飛び回る仕事をしてるって」」


 ……気付いた時には、私の周りは四人の彼氏……いや、いつの間にかもう一人増えて五人の彼氏でいっぱいになっていた。五つ子なんて言う物じゃない、どれを見ても全員全く同じ私の彼氏だ。


「い、一体これって……」


 どういう事なの、と驚きながら問いただすと、彼氏たちは一斉に種明かしを始めた。


「サンタクロースが世界中に」「プレゼントを配るって言うのは」「知ってるだろ?」


「え、ま、まぁ……」


「だけど、」「さすがに一人だけじゃ」「どうにもならないって訳さ」「世界は広いからねー」


 赤いサンタの衣装を着たまま私の彼が次々に言葉を繋ぎ続けていた後ろでは、私の家の玄関のドアが開いては閉じ、その度に新しい『彼』が次々に笑顔でこの部屋に入って来ていた。しかも玄関ばかりか、気付けば暗いベランダの外にも、何人ものサンタ服の『彼』が姿を現していた。



「「「「メリークリスマス♪」」」」「「「「メリークリスマス♪」」」」「「「「メリークリスマス♪」」」」「「「「メリークリスマス♪」」」」「「「「メリークリスマス♪」」」」「「「「メリークリスマス♪」」」」……



みんな今年の大仕事を終えたばかり……なのかもしれない。

 さすがの私も、ここまでたくさんの、もう部屋の中や廊下を朝の電車の車内のように埋め尽くしている何十人もの『彼』に圧倒されて、自分がサンタクロースである、と言う話を信じるしかない状況になっていた。

 ただ、考えてみると色々とつじつまは合う。確かにサンタクロースは世界中を飛び回り、様々な玩具を子供たちにあげているけど、一人だけじゃ世界中を一気に飛び回るなんてとてもじゃないけど無理。サンタなんている訳が無いって言う証拠にいつも出ている話だけど、もしサンタが『一人』だけじゃなくて、何人も、いや何十何百人といれば……。


「……今まで隠してたけど」「俺にはこういう力があるんだ」「自分を、幾らでも増やせる力がね」


 ……その言葉に、私ははっとした。

 そう言えば、いつも私の都合を優先してくれる彼だけど、クリスマスの時に限っていつも用事が入り、会えない年がずっと続いていた。てっきりそう言うビジネスか店番か何かだろうか、とずっと思っていたけど、答えはもっと単純なものだった……。


「だけど、どうして?」


 それでも、私には最後に残った疑問があった。

 こんなに大事な秘密を、どうして今日……サンタクロースが一番忙しかったはずの日に、私にこの非常に重大な事実を告白したんだろうか。そして、どうして私の目の前で、何百人もの彼氏が一斉に現れているのだろうか……。

 もう部屋は足の踏み場もないくらい、大量のサンタクロース、私の彼氏で埋め尽くされてしまっていた。見渡せば、あらゆる方向から彼の微笑みが私の方に注がれているのが分かる。だけど、私の心からは怖い、恐ろしい、と言う感情は湧きあがらなかった。むしろ、どこかこの状況を嬉しいと感じてしまうような心地がしていた。


 ……その理由を、彼氏は教えてくれた。


「「「覚えてるか?」」」「「「ま、忘れていると思うけどな」」」


 ……でも、私は何故かはっきりと覚えていた。


 ずっと前、何の気なしに私自身の口からでた、あの言葉を。



――彼氏君がいっぱいいたら、いいなって思う。


――へえ、俺がいっぱいか……どうして?


――そしたらとっても楽しい気がするんだもん。



 ……そして、私の周りにいる、たくさんのサンタクロースは、一斉に言った。

 これが、私への『クリスマスプレゼント』だ、と。



=============================================


 また今年も、あの告白の日が巡って来た。


「ただいまー」


 玄関のドアが開く音がすると、そこには決まってサンタ衣装の彼……いや、今は違う。今の『彼氏』は、私の大事な夫、そして子供たちの味方のサンタクロースだ。

 一年で一番忙しい一日を乗り越えた私の夫は、額に汗を流しながらも嬉しそうな笑顔で私たちの家に帰って来ている。そして、そんな彼に声をかけるのは、妻である私だけではない。


「おかえりー」「おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」……


 アメリカやヨーロッパ、アジア、アフリカ……色々な所から仕事を終えて戻ってきた私の『夫』が、玄関から列を成して帰ってくる新しい自分を次々に笑顔で出迎えている。勿論、全員とも真っ先に声をかけ、ウインクやキスで私の心配を解いてくれるのも忘れていない。


 そして、帰って来た私の夫が向かうのは……


「お帰り、俺!」お疲れ、俺!」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」お帰りー」お疲れー」……


 世界中から戻ってきた、何千人もの私の夫が待つ、大きな大きなリビングルーム。『サンタクロース』である彼が、魔法のようにどこまでも広がる巨大な部屋を用意してくれたのを利用して、私がたっぷり今日の疲れをねぎらうために『彼』に料理を作っておいたと言う訳。夏場や秋の間は、いつも色々なプレゼントの材料や、様々な会社の契約書類などがいっぱいちりばめられて少々汚くなっている場所だけど、この季節になると毎回私の自慢の豪華な食事、結婚祝いにプレゼントしてくれた大きな机、そして赤と白の衣装に身を包み、お揃いの笑顔を見せる何千、いやもう何万人もいるかもしれない、私の大事な、とても大事な夫が彩りを見せている。


「たっだいまー」

「お帰り」

「あ、俺で最後……かな?」


「遅いよー、俺」「待ちくたびれちゃったぜ」「みんな揃って食べるんだろ?」「腹減ったよー」


「駄目、まだ食べちゃ」


 クリスマスは恋人の季節、なんて言う言葉もあるけど、やっぱり一番はこうやって大事な人と一緒に過ごす事。

 私たちの場合は、普通の人たちよりちょっと遅いけど、だからこそ普通じゃない事をたっぷりと味わう事が出来る。だって、一番大好きな人が、ひとりだけじゃなくて、何十何百何千人も世界中にいるなんて、こんな楽しい事って無いんじゃないかな、って私は考えている。


 ま、色々とあるけど、やっぱりこの日で一番大事なのは……


「じゃ、みんな準備は大丈夫?」


「オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」オッケー!」……


 クリスマスを、楽しむ事なのかもしれない。


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「メリー・クリスマス!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

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