~石の都 ドラセナ~
今回はまだまだ説明パート? 的な感じで個人的にはさっさと冒険やドラマ、戦闘と言ったものに入りたい! けどこういう下地作りがないのも嫌なので、読んでくださる皆々様には悪いと思いつつご了承を願う次第でございます。どうかよろしくお願いします<m(_ _)m>
私の声が戻ったのはそれから四日が過ぎてのことだ。
「ありがとうございます、デュランタさん」
私は食事を運んでくれた彼女にお礼を言った。ここ数日で声は戻ったが、体は思うように動かず生活のほとんどを彼女に手伝ってもらい暮らしている。いくら感謝しても足りないほどである。
「いえいえ、困った時はお互い様です。それとデュランタと呼び捨てで構いません。せっかく声が戻ったのですから、そんなに畏まらないでください」
彼女は食器を並べるとベッド脇にある椅子に腰を下ろした。中世を彷彿させる白いシャツに赤いスカーフを首に巻いた出で立ちはよく似合っていたし、腰まで伸びた乳白色の髪が陽光に当たり反射すると、まるで真珠のような光沢を放ちそれが綺麗だった。またゆったりとした口調はそのまま彼女の性格を表すようで、事実デュランタはやさしかった。
私はゆっくりながらも上体を起こすと、彼女の並べてくれた料理にいただきますをした。食器には透明で甘みのあるスープと、モチモチとした食感のするパンのようなものが盛られており、私はそれらをあっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさま」
「人間の方にもそういう風習があるのですね」
ごちそうさまのことを言っているのか、私が食事を終えて手を合わせるとデュランタは不思議そうにこちらを見ていた。
「ええ、その、デュランタもこういうことをするの?」
「はい、食事の直前と終わりに祈りを捧げます」
「なるほど、わたしのは祈りとは違う気がするけど、人によってはデュランタみたいに祈りを捧げる人もいるかな」
「そうなのですか……。人間の方と接する機会は初めてなので知りませんでした。書物にも書いてありませんでしたし」
「…………」
私にはいくつかの疑問があった。またそれを聞き出す機会も伺っていた。もしかしたらとんでもないことを知るかもしれなかった。しかし……。
私は意を決すると疑問を口にした。
「前々から思っていたことなんだ。あのフィラーって言う目玉は別だけど、わたしには君たちがわたしと変わらない人間に見える。けれど君たちはわたしを人間と呼ぶ。確かにわたしは自分の名前が思い出せない。しかし君たちの物言いはどこか自分達とは違うことを前提にして、わたしを人間と呼んでいるように聞こえる」
私は思っていた一つの疑問をぶつけた。言われたデュランタはうまく質問の意味が呑み込めないような表情をしている。実際のところ見た目で変わっているのは髪の色程度であり、それも人種の差といえばそれまでである。デュランタはしばらく一頻り考え込んでいたが、やがて合点が行った様子で口を開いた。
「まず初めに、人間さんのおっしゃる通り私や子供たち、フィラー様も含めて人間ではございません。もっと正確に申しますと、人間という種族から派生した人ではありますが純粋種とは違います。また人間のオリジナルについては既に滅んでいるか、または今現在その存在を確認されていません」
「滅んだ!?」
「はい、記録では最後に確認されたのが千年程むかしになります。このころ人間と妖精、悪魔の戦争があったと記録されていますが、その際人間側は敗北してしまいそれ以降の歴史に登場したことはありません」
デュランタの言葉は想像以上に私を困惑させた。千年も前に人間は滅びたという荒唐無稽なことに衝撃を受けただけではない、目玉が宙を浮き喋っていた時点で予感はしていたことだが、実際に妖精やら悪魔やらの単語が飛び出す世界に私はいるのだと認識した今、ようやく自分が見知らぬ世界にいるのだと実感を得た。そして心の隅にあった他人事に感じていたものは、実体を帯びて私の心を震わした。
「日本っていう国を知ってる?」
「さぁ、初めて聞く名前ですね」
「じゃあアメリカは? フランスにドイツや中国、インドとか」
「ごめんなさい。聞いたことも書物で読んだこともありません。それに、いま国家と呼べるのは三ヶ国のみです。ここドラセナも自由自治都市ではありますが、帝国に属します」
私はさらに質問を続ける。
「わたしはここに来るまでの記憶と自分に関することを覚えていない。年齢すらも思い出せない。そして目が覚めたらここにいた。、わたしはどうやってここに来たのか、今さらながら聞かせてくれないか?」
「ええ、もちろん。というのも、いつか聞かれると思いその時のことを整理しておきましたから」デュランタは少し得意げにそう言うと胸を張った。「まず最初に人間さんを見つけたのはネムと子どもたちです。場所はここより東にナナという、私達がよく出かける森林地帯があるのですが、そこでネムは気を失った人間さんが泉の畔で横たわっているのを見つけました。そしてここに運び込まれた人間さんをフィラー様がお調べになり、その過程で純粋種の人間であるとわかりました。それから二週間ほど寝込まれたままでしたが四日前に覚醒、その後はご存じの通りです」彼女は言い終わると息をついた。
「そうか、じゃあデュランタ達はわたしがなぜそこにいたのか知らないんだね」
「ええ、残念ながら、ごめんなさい」
「いやいいんだ。デュランタの所為じゃないし、むしろこんなに良くしてくれて感謝してるくらいだ」
「困っている人に手を差し伸べるのは当たり前です」
デュランタはそう言って微笑んだ、彼女の笑顔は明るくまっすぐでこちらも元気になった気がした。
その後、私は色々なことをデュランタから聞いた。
ドラセナは石の都と呼ばれ、全体が一つの学校のようなものであること。
またここで生活するほとんどの人々が生徒であり、毎年帝国中から選抜され集まってくること。
デュランタは十一人いる教師の一人であり、以外にも剣術を教えていること。
またあのフィラーという目玉はここドラセナの学園長であること。
そしてこの部屋は元々教師用の空き部屋で今後も好きに使っていいということ。
「まさかあの目玉がそんなに偉いとは思わなかったよ」
「ふふふ、そうですね普段はひょうきんな方です。けど前大戦時は帝国魔導隊の司令官を務めるほどの実力者であったと聞きます。ただその戦争の際に体を失われて、今のお姿になったと……。今から百年は昔の話になりますけど」
「能ある鷹はなんとやらってことかな……ってそしたらあの目玉いったいいくつなんだ!?」
「当時すでに瞳の賢者と呼ばれ別格だったらしいので、詳しいところは私も聞いたことがありませんね」
「その、デュランタ、さんも結構長寿? な方なのですか?」
「ふふふ、内緒です」
彼女はそう言ってニッコリと笑みを浮かべた。
私は余計な事を聞いたと後悔した。
「そういえば、人間さんは目を覚まされてからまだ一度もここから出たことがありませんね。私と一緒に外の様子を見てみませんか? もしかしたら何か思い出せるかもしれませんし」
「ええっと、まだ体が言うこと聞かなくて、あと二日もあれば出歩くことも出来そうなんだけど」
「問題ありません、そこまで回復したのなら私の魔法で動き回るくらいに出来そうです」
「魔法!?」
「ええ、正直あまり得意ではないですけど、身体強化系ならある程度は使えるんですよ」
彼女は言って人差し指と中指をこちらに差し向けた。
「すぐ終わります」
それは本当にすぐであった。二本の指の先に赤い光が煌いた瞬間、私の体を温かい何かが血管を伝って体の隅々に通り抜けていくのを感じた。そして驚くべきことはあんなに言うことを聞かなかった体は嘘のように軽くなり、私は実に数週間ぶりに自分の足で立つことが出来たのだ。
「すごい」
「初歩的な魔法です。ここの生徒ならだれでも出来るくらいの、教師である私よりも上手い子がいっぱいいますからね」
「でもすごい、わたしには到底こんな芸当はできない」
私は内心ドキドキした。魔法というものを目の当たりにしたから当然と言えば当然だが、そこにはある種の感動すらあったかもしれない。
「魔法が使えないのは人間の人間たる証明でもあるんですよ」
彼女はひとり興奮する私にそういった。しかしその声はどこか悲しげに聞こえた。
「では外へ、ドラセナを案内しましょう。服装もそれだと目立つので、まずは服屋にでも行きましょうか」
そして彼女は私の手を取り外へと連れ出す。
結局、私は彼女の言った人間たる証明について聞く機会を逃してしまった。




