月が見つめる雪
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読む前に、この小説のジャンルが自分で良くわかっていないので、誰か教えて下されば嬉しいです。
「うわ、雪降ってやがる」
榊涼太は、顔をしかめて言った。
彼はコンビニのバイトが終わり、これから帰るところだった。時刻は19時20分。現在位置、バイト先である駅前大通りのコンビニ。
車通りも激しく、オレンジ色の街灯も点いていて、非常に明るい。彼は自宅に向け歩きだした。
「はあ…帰ったら、レポートも書かないとな……」
いかにも面倒くさそうに呟いた榊涼太は、二十歳の大学2年生。成績はそこそこで、『可』を取ったことは一度もなかった。サークルには入っておらず、毎日をバイトしつつ、1人で気楽に生活している。
家族は彼を養子にした義父と義母の2人しかおらず、彼は本当の両親の顔を知らない。無理もないだろう。施設に預けられたのは、彼がまだ一歳の時のことだった。その頃の記憶がある方が珍しい。
「そういえば…あの日も…雪だったんだよな……」
涼太がボソッと呟いた。あの日とは、もちろん両親に捨てられた日である。彼はその日のことを義父に聞かされた……
……ある雪の降る真夜中、児童擁護施設『ホタルのすみか』の玄関のインターホンが鳴った。
偶然にも、所長がその日残業で徹夜していた。所長が玄関を開けると誰もおらず、足下から泣き声が聞こえた。下を見ると、そこにはバスケットに入っている小さな赤ん坊がいた。それが涼太だった。 その後、涼太はそのまま『ホタルのすみか』に引き取られた。彼は小学四年までの時間をそこで過ごした。
彼を引き取ったのは、子供を作ることの出来ない若い夫婦だった。夫婦は涼太を高校まで世話をした。夫婦は大学まで世話をするつもりだったのだが、涼太はそれを丁重に断った。彼は義夫婦にこれ以上、世話になりたくなかったのである。
話し合った結果、彼は一人暮らしをすることになった。家賃などはバイト代から払い、敷金は義夫婦が払った。敷金も彼が貯金から払う予定だったのだが、夫婦が払うと言ったため、涼太はそれを有り難く受けることにしたのである。そして2年が過ぎ、現在に至るという訳である。
「っと、メールだ」
涼太は義母に無理やり持たされた携帯を、ポケットから取り出しメールを確認する。
「優子からか…」
優子とは、涼太が現在付き合っている女性で、本名は鳴原優子といい、彼の同級生でもある。
優子と付き合い始めたのは、高校一年の時で、涼太がまだ義夫婦の元で暮らしていた頃のことだった。
そして現在、優子は親元から涼太の家へ、毎日通っている。同棲を許して貰えなかった優子が、通い妻という形で、涼太を支えているのである。
ちなみに二人は大学を卒業したら、結婚する約束をしている。お互いの親も認証しており、後は大学を卒業するだけだった。
そんな優子が送ってきたメールの内容はいつも通り、今から家に来るというものだった。
「んじゃま、さっさと帰りますかね」
そう言いつつも、涼太は歩き出した。ここまで来たら、家はもうすぐなので走る必要はない。途中、公園を通りがかった。ここを抜けていくと、少し早く家に着く。
「公園、通ってくか」
涼太はただなんとなく公園を通ることにし、中に入っていった。
枯れた並木道を通る涼太。電灯は点いてはいるが、昼並みの明るさはもちろんない。まあ女性ならば、一人歩きは遠慮したい場所だった。
だからだろう。榊涼太がその少女のことが気になったのは。
彼女は並木道にあるベンチに一人座り、俯いていた。涼太はなんとなく気になり、足を止める。
「子供が出歩くような時間じゃないのに…何してんだ?」
そう呟いた涼太は少女に近寄り、なんとなく話しかける。
「おい、こんな時間に何してんだよ?」
少女は顔を上げる。見た目は小学生で、これで大人だということは、漫画ぐらいしかありえないだろう。
「子供がうろつく時間じゃないぞ。さっさとお家に帰りな」
涼太は少女に優しく言った。しかし少女は立ち上がる気配がない。
「おい、お前。こんなところにいたら、変なおじさんに襲われるぜ? 早く帰れよ」
涼太は少し厳しい声で言い、少女の腕をつかみ立たせようとした。
しかしつかんだ瞬間、異常なほど冷たい肌に驚き、手を離す。少女が口を開く。
「あなたを、待っていました」
「俺を…待っていたって……?」
涼太は再び驚く。しかし、彼女は涼太の言葉を無視して、さらに続ける。
「あなたは今、叶えてほしい願いはありますか?」
涼太は絶句した。この少女は何を言っているのか、と言うような表情で。
「ああ、私は変な宗教団体の人じゃありませんからね」
「…………」
どうでもいいことを言った少女に、呆然とする涼太。
そんな中でも、雪はしんしんと降り続いていた。
「で、連れて帰ってきちゃったんだ」
「ああ」
涼太は優子に、少女を自分の家に連れてくるまでの経緯を話した。
あの後、優子のことを思い出し、一人で家に帰ろうとした涼太だったが、少女をその場に残して行くのは忍びないと思い、一緒に連れていったのである。
ちなみに少女は現在、床に座ってヒーターの近くで暖まっていた。
「というか、涼ちゃん、犯罪者に見えたよね」
確かに、小学生ほどにしか見えない少女を、部屋に連れ込むという行為は、犯罪にしか見えない。
「自分でも軽く犯罪っぽいと、思ってたさ」
「軽くどころか、完璧に犯罪者だよ」
優子は断定するように言う。涼太も流石に黙っていなかった。
「おいおい、一応彼氏を信用してくれよ。悲しくて涙が……」
「ああ、よしよし。泣かないの」
涼太は優子の膝枕で寝っ転がっていた。そんな涼太の頭を優子の手が優しく撫でる。……彼らは俗に言う、バカップルだった。
そんな様子を冷ややかな目で見つめる少女。2人はその目線に気づき、慌てて姿勢を正す。そして涼太は少女に話しかける。
「暖まったか?」
コクリと頷く少女。涼太はそれを聞いて、再び口を開く。
「名前、教えろ。このままじゃ、語り部が語りづらいだろうが」
語り部の気持ちを代弁した涼太に感謝しよう。…っと、個人的な感情が…
まあ、そういうわけで少女は名を名乗った。
「…私は、三上紗耶といいます」
「紗耶か…、よし、じゃあ住所は?」
「…………」
涼太はそう訊いたが、紗耶はそれには答えない。優子が涼太の耳元で小声で言う。
「たぶん、言いたくないんだよ。とりあえず、紗耶ちゃんが言う気になるまで待とうよ」
涼太は頷き、紗耶とさらに会話を続ける。
「何で紗耶は公園に居たんだ?」
「あなたを…待っていたんです」
「願いを叶えるために?」
「ええ、そうです」
涼太と優子は訝しげに紗耶を見た。紗耶はそんな二人を見ると、おもむろに立ち上がり言った。
「じゃあ証拠を見せましょう。優子さん、あなたの願いを、何でも言ってみてください。私が叶えますから」
「願いって、そんな簡単に叶えてもいいのか?」
涼太は疑問を口にした。紗耶は、
「ルールを守ってるので、大丈夫です」
と疑問に答える。…ルールとは何なのか……ただ涼太はそのことが気になった。
すると、実験台となる優子が涼太を見ていた。
「付き合ってやれよ」
涼太は優しく言ってやった。
それを聞いた優子は少し考えてから、紗耶に願いを告げた。
「私は死んだおばあちゃんに、逢いたい」
死んだおばあちゃんって……
「鳴原今日子、享年72歳。一昨年の夏に、脳梗塞で亡くなっていますね」
二人は驚いていた。高校三年の夏、確かに優子の祖母は脳梗塞で亡くなっていたからである。
だからといって、紗耶の言っていることを信用したわけではなかった。
「では、逢わせてあげましょう」
不意に、周りの空気が変わった。ピンと張りつめた空気。何か起こりそうだと、涼太が思った瞬間だった。
涼太と優子はベッドの傍らに、誰か立っていることに気がついた。その人物の顔を見た時、二人は背筋が凍った。
「あら、二人とも。久しぶりね」
それは、死んだはずの今日子だった。
涼太が今日子と初めて会ったのは、高二の時だった。涼太は優子に招待され、彼女の家に行った時に、二人を出迎えたのが今日子だった。涼太は出会った時のことを、今でも覚えている。今日子は初対面の涼太に、
「あら、優子の彼氏さんかしら。優子もなかなか男を見る目が高いわね。ああ、そうそう。今日、優子の部屋に泊まってってもいいからね。早く孫の顔が見たいからねえ」
こう言ったのである。涼太は赤面して、同じく顔の赤くなった優子とともに、優子の部屋に向かったのだった。
まあ…ちなみにだが、涼太はその日、自宅に戻らなかったそうな。
その後、涼太と今日子は、本当の孫と祖母のように話したりしていた。涼太も今日子のことを、本当の祖母のように思っていた。
しかし、今日子は呆気なく亡くなってしまった。最後に聞いた言葉も、涼太は覚えていた。
「…私は…逝くけど、ね。優子の…ことを…幸せに、して…おくれよ……」
涼太はその言葉を聞いた時、泣いた。ただ悲しかったのだ。優子も泣いていた。そして30分後、今日子は息を引き取ったのだった。
しかし現在。今日子は涼太の部屋にいる。高校2年の頃と同じ、元気な今日子が、そこにいた。
「なんだい、二人とも。私の顔を忘れたの?」
今日子は残念がる。涼太は確認するように訊く。
「今日子…婆ちゃんなのか…?」
「当たり前さ、涼太。アンタも元気そうだねえ」
今日子はカラカラと笑いながら言った。涼太は紗耶の方へ振り向く。彼女はしてやったりといった表情でこっちを見ていた。
涼太はこの少女が、嘘を言っていなかったことを理解した。願いが…叶ったのだ。
「おばあちゃ〜ん!」
優子は、死んだ祖母に泣きながら抱きついていた。
「おやおや、優子はこんなに甘えん坊だったかね?」
今日子は懐かしげに言う。優子は、おばあちゃん、おばあちゃん、と何度も涙ながらに呟いている。そんな優子を今日子は優しくあやしていた。
「話さなくていいんですか?」
紗耶が横に来て言う。涼太は首を振り、紗耶に言う。
「俺は…いいんだ。婆ちゃんが死ぬ前に、色々話したからな」
「でも…彼女は、後少しで消えてしまいますよ」
「それはなんとなくわかってた。…ああ、それでもいい。話すとさ、なんか泣いちまいそうだから」
「そうですか…」
紗耶は、今日子と優子に目を向ける。二人はもはや、二人だけの世界に浸っていた。
「つーかさ。あれは邪魔出来ないだろ」
「まあ…そうですね」
そういう訳で、涼太と紗耶は、外に出ることにした。
外に出ると、雪はまだ降り続けつけている。地面に少しだけ積もっていた。明日は、雪かきをしよう、と涼太は思った。
涼太と紗耶は歩き出す。庭に行こうと思ったのだ。
「寒い…ですね」
紗耶は手を擦り合わせて言う。すると涼太はポケットから、手袋を取り出し、紗耶に渡す。
「……? これは?」
「使っていいぞ。俺は寒くないからさ」
「ありがとうございます」
紗耶は笑顔で言い、手袋をはいた。涼太はそれを見て、良いことをした気分になっていた。
やがて庭に着く。そして、紗耶が口を開いた。
「それで…願いは決まりましたか?」
「…………」
涼太は無言で答えた。紗耶はふう、と息をついた後に言った。
「一応、願いは何でも叶いますから、迷うのも無理ないです。決まったら、教えてください」
涼太は願いを真剣に考えることにした。
まず、涼太は自分の欲しい物を考えた。しかし、すぐに止めた。物は金を貯めれば、手に入るのに気づいたのだ。
次に優子のように、逢いたい人に逢うのはどうか考える。涼太は本当の両親を思い浮かべた。
「ああ、そうそう。あなたの本当の両親に逢うことも、もちろん可能ですよ」
涼太の考えが解るかのように言う紗耶。
「そうか、逢えるのか……」
涼太は嬉しげに呟く。しかし、すぐにその表情は変わり、また、真剣に考え始めた。
10分後、涼太は紗耶を呼んだ。
「決まったんですか?」
「ああ、決まった」
「では、改めて訊きます。あなたの願いは何ですか?」
涼太は自分の願いを告げる。
「俺の願いは……」
「ただいま〜」
「お帰りなさい、涼太」
涼太が部屋に戻ると、そこには優子だけしかいなかった。
「今日子婆ちゃん、帰ったんだな」
「うん」
優子は明るく頷いた。涼太はホッとする。今日子が帰っていったため、暗い気持ちになっていないかが心配だったのである。
「ん? 紗耶ちゃんは?」
「願い叶えて、帰りやがった」
涼太の願いを叶えた後、紗耶はこう言い、涼太の手袋をはいたまま、その場で姿を消した。
「私はそろそろ、空に帰らないと行けないのです」
涼太は、紗耶は天使だったのでは、と考えた。しかし、天使であろうと、なかろうと、良太はどちらでもよかった。
「願い、何にしたの?」
「……教えねえよ」
涼太はそっぽを向く。優子は不服そうに言う。「ねえ、教えてよ〜。何でもしてあげるからさ〜」
それを聞いた涼太は、ちょいちょいと手で優子を呼ぶ。優子が寄っていくと、涼太は優子にキスをし、驚いている優子に言った。
「これからも、一緒でいような」
「……うん!」
元気良く、優子は応えた。
そして二人は、寝室に入っていった。……まあ、愛でも確かめ合うんでしょう、たぶん。
ああ、そういえば涼太の願いは、このようなものだった。
「俺の願いは、俺の大切な人や、周りにいる人が、いつも幸せでいてくれることだ」
紗耶は不思議そうな顔で訊く。
「…自分のことじゃないんですね」
「ああ。俺が努力すれば、金も手に入るし、本当の両親にも逢える。でもよ…周りにいる人達、全員を幸せにすることは、俺には出来ないからさ」
「…わかりました。では、あなたの願いを叶えましょう」
紗耶の周りが光り出し、周囲が暖かい光に包まれ、光があちこちに散っていった。
「…これで、あなたの願いは叶いました」
紗耶は笑顔で言った。涼太も笑顔になる。
雪は既に止み、代わりに雲の切れ間から、満月が顔を出した。その光が、涼太を照らしていた。
本当の両親に逢えなくても、金持ちではなくても、彼はこれからも生きていけるだろう。
彼は一人ではないのだから。
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