表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

月が見つめる雪

作者: 和田梨樹

この小説は企画小説です。『雪小説』で検索すると、他の雪小説を読むことが出来ます。読んでみてください。

読む前に、この小説のジャンルが自分で良くわかっていないので、誰か教えて下されば嬉しいです。

「うわ、雪降ってやがる」

 榊涼太さかきりょうたは、顔をしかめて言った。

 彼はコンビニのバイトが終わり、これから帰るところだった。時刻は19時20分。現在位置、バイト先である駅前大通りのコンビニ。

 車通りも激しく、オレンジ色の街灯も点いていて、非常に明るい。彼は自宅に向け歩きだした。

「はあ…帰ったら、レポートも書かないとな……」

 いかにも面倒くさそうに呟いた榊涼太は、二十歳の大学2年生。成績はそこそこで、『可』を取ったことは一度もなかった。サークルには入っておらず、毎日をバイトしつつ、1人で気楽に生活している。

 家族は彼を養子にした義父と義母の2人しかおらず、彼は本当の両親の顔を知らない。無理もないだろう。施設に預けられたのは、彼がまだ一歳の時のことだった。その頃の記憶がある方が珍しい。

「そういえば…あの日も…雪だったんだよな……」

 涼太がボソッと呟いた。あの日とは、もちろん両親に捨てられた日である。彼はその日のことを義父に聞かされた……


 ……ある雪の降る真夜中、児童擁護施設『ホタルのすみか』の玄関のインターホンが鳴った。

 偶然にも、所長がその日残業で徹夜していた。所長が玄関を開けると誰もおらず、足下から泣き声が聞こえた。下を見ると、そこにはバスケットに入っている小さな赤ん坊がいた。それが涼太だった。 その後、涼太はそのまま『ホタルのすみか』に引き取られた。彼は小学四年までの時間をそこで過ごした。

 彼を引き取ったのは、子供を作ることの出来ない若い夫婦だった。夫婦は涼太を高校まで世話をした。夫婦は大学まで世話をするつもりだったのだが、涼太はそれを丁重に断った。彼は義夫婦にこれ以上、世話になりたくなかったのである。

 話し合った結果、彼は一人暮らしをすることになった。家賃などはバイト代から払い、敷金は義夫婦が払った。敷金も彼が貯金から払う予定だったのだが、夫婦が払うと言ったため、涼太はそれを有り難く受けることにしたのである。そして2年が過ぎ、現在に至るという訳である。


「っと、メールだ」

 涼太は義母に無理やり持たされた携帯を、ポケットから取り出しメールを確認する。

「優子からか…」

 優子とは、涼太が現在付き合っている女性で、本名は鳴原優子なるはらゆうこといい、彼の同級生でもある。

 優子と付き合い始めたのは、高校一年の時で、涼太がまだ義夫婦の元で暮らしていた頃のことだった。


 そして現在、優子は親元から涼太の家へ、毎日通っている。同棲を許して貰えなかった優子が、通い妻という形で、涼太を支えているのである。

 ちなみに二人は大学を卒業したら、結婚する約束をしている。お互いの親も認証しており、後は大学を卒業するだけだった。

 そんな優子が送ってきたメールの内容はいつも通り、今から家に来るというものだった。

「んじゃま、さっさと帰りますかね」

 そう言いつつも、涼太は歩き出した。ここまで来たら、家はもうすぐなので走る必要はない。途中、公園を通りがかった。ここを抜けていくと、少し早く家に着く。

「公園、通ってくか」

涼太はただなんとなく公園を通ることにし、中に入っていった。


 枯れた並木道を通る涼太。電灯は点いてはいるが、昼並みの明るさはもちろんない。まあ女性ならば、一人歩きは遠慮したい場所だった。

 だからだろう。榊涼太がその少女のことが気になったのは。


 彼女は並木道にあるベンチに一人座り、俯いていた。涼太はなんとなく気になり、足を止める。

「子供が出歩くような時間じゃないのに…何してんだ?」

 そう呟いた涼太は少女に近寄り、なんとなく話しかける。

「おい、こんな時間に何してんだよ?」

 少女は顔を上げる。見た目は小学生で、これで大人だということは、漫画ぐらいしかありえないだろう。

「子供がうろつく時間じゃないぞ。さっさとお家に帰りな」

 涼太は少女に優しく言った。しかし少女は立ち上がる気配がない。

「おい、お前。こんなところにいたら、変なおじさんに襲われるぜ? 早く帰れよ」

 涼太は少し厳しい声で言い、少女の腕をつかみ立たせようとした。

 しかしつかんだ瞬間、異常なほど冷たい肌に驚き、手を離す。少女が口を開く。

「あなたを、待っていました」

「俺を…待っていたって……?」

涼太は再び驚く。しかし、彼女は涼太の言葉を無視して、さらに続ける。

「あなたは今、叶えてほしい願いはありますか?」

 涼太は絶句した。この少女は何を言っているのか、と言うような表情で。

「ああ、私は変な宗教団体の人じゃありませんからね」

「…………」

どうでもいいことを言った少女に、呆然とする涼太。

 そんな中でも、雪はしんしんと降り続いていた。


「で、連れて帰ってきちゃったんだ」

「ああ」

 涼太は優子に、少女を自分の家に連れてくるまでの経緯を話した。

 あの後、優子のことを思い出し、一人で家に帰ろうとした涼太だったが、少女をその場に残して行くのは忍びないと思い、一緒に連れていったのである。

 ちなみに少女は現在、床に座ってヒーターの近くで暖まっていた。

「というか、涼ちゃん、犯罪者に見えたよね」

 確かに、小学生ほどにしか見えない少女を、部屋に連れ込むという行為は、犯罪にしか見えない。

「自分でも軽く犯罪っぽいと、思ってたさ」

「軽くどころか、完璧に犯罪者だよ」

 優子は断定するように言う。涼太も流石に黙っていなかった。

「おいおい、一応彼氏を信用してくれよ。悲しくて涙が……」

「ああ、よしよし。泣かないの」

 涼太は優子の膝枕で寝っ転がっていた。そんな涼太の頭を優子の手が優しく撫でる。……彼らは俗に言う、バカップルだった。

 そんな様子を冷ややかな目で見つめる少女。2人はその目線に気づき、慌てて姿勢を正す。そして涼太は少女に話しかける。

「暖まったか?」

コクリと頷く少女。涼太はそれを聞いて、再び口を開く。

「名前、教えろ。このままじゃ、語り部が語りづらいだろうが」

 語り部の気持ちを代弁した涼太に感謝しよう。…っと、個人的な感情が…

 まあ、そういうわけで少女は名を名乗った。

「…私は、三上紗耶みかみさやといいます」

「紗耶か…、よし、じゃあ住所は?」

「…………」

 涼太はそう訊いたが、紗耶はそれには答えない。優子が涼太の耳元で小声で言う。

「たぶん、言いたくないんだよ。とりあえず、紗耶ちゃんが言う気になるまで待とうよ」

 涼太は頷き、紗耶とさらに会話を続ける。

「何で紗耶は公園に居たんだ?」

「あなたを…待っていたんです」

「願いを叶えるために?」

「ええ、そうです」

 涼太と優子は訝しげに紗耶を見た。紗耶はそんな二人を見ると、おもむろに立ち上がり言った。

「じゃあ証拠を見せましょう。優子さん、あなたの願いを、何でも言ってみてください。私が叶えますから」

「願いって、そんな簡単に叶えてもいいのか?」

 涼太は疑問を口にした。紗耶は、

「ルールを守ってるので、大丈夫です」

と疑問に答える。…ルールとは何なのか……ただ涼太はそのことが気になった。

 すると、実験台となる優子が涼太を見ていた。

「付き合ってやれよ」

涼太は優しく言ってやった。

 それを聞いた優子は少し考えてから、紗耶に願いを告げた。


「私は死んだおばあちゃんに、逢いたい」

 死んだおばあちゃんって……

「鳴原今日子、享年72歳。一昨年の夏に、脳梗塞で亡くなっていますね」

 二人は驚いていた。高校三年の夏、確かに優子の祖母は脳梗塞で亡くなっていたからである。

 だからといって、紗耶の言っていることを信用したわけではなかった。

「では、逢わせてあげましょう」

 不意に、周りの空気が変わった。ピンと張りつめた空気。何か起こりそうだと、涼太が思った瞬間だった。

 涼太と優子はベッドの傍らに、誰か立っていることに気がついた。その人物の顔を見た時、二人は背筋が凍った。

「あら、二人とも。久しぶりね」

 それは、死んだはずの今日子だった。


 涼太が今日子と初めて会ったのは、高二の時だった。涼太は優子に招待され、彼女の家に行った時に、二人を出迎えたのが今日子だった。涼太は出会った時のことを、今でも覚えている。今日子は初対面の涼太に、

「あら、優子の彼氏さんかしら。優子もなかなか男を見る目が高いわね。ああ、そうそう。今日、優子の部屋に泊まってってもいいからね。早く孫の顔が見たいからねえ」

こう言ったのである。涼太は赤面して、同じく顔の赤くなった優子とともに、優子の部屋に向かったのだった。

 まあ…ちなみにだが、涼太はその日、自宅に戻らなかったそうな。


 その後、涼太と今日子は、本当の孫と祖母のように話したりしていた。涼太も今日子のことを、本当の祖母のように思っていた。

 しかし、今日子は呆気なく亡くなってしまった。最後に聞いた言葉も、涼太は覚えていた。

「…私は…逝くけど、ね。優子の…ことを…幸せに、して…おくれよ……」

 涼太はその言葉を聞いた時、泣いた。ただ悲しかったのだ。優子も泣いていた。そして30分後、今日子は息を引き取ったのだった。


 しかし現在。今日子は涼太の部屋にいる。高校2年の頃と同じ、元気な今日子が、そこにいた。

「なんだい、二人とも。私の顔を忘れたの?」

 今日子は残念がる。涼太は確認するように訊く。

「今日子…婆ちゃんなのか…?」

「当たり前さ、涼太。アンタも元気そうだねえ」

 今日子はカラカラと笑いながら言った。涼太は紗耶の方へ振り向く。彼女はしてやったりといった表情でこっちを見ていた。

 涼太はこの少女が、嘘を言っていなかったことを理解した。願いが…叶ったのだ。

「おばあちゃ〜ん!」

 優子は、死んだ祖母に泣きながら抱きついていた。

「おやおや、優子はこんなに甘えん坊だったかね?」

 今日子は懐かしげに言う。優子は、おばあちゃん、おばあちゃん、と何度も涙ながらに呟いている。そんな優子を今日子は優しくあやしていた。

「話さなくていいんですか?」

 紗耶が横に来て言う。涼太は首を振り、紗耶に言う。

「俺は…いいんだ。婆ちゃんが死ぬ前に、色々話したからな」

「でも…彼女は、後少しで消えてしまいますよ」

「それはなんとなくわかってた。…ああ、それでもいい。話すとさ、なんか泣いちまいそうだから」

「そうですか…」

 紗耶は、今日子と優子に目を向ける。二人はもはや、二人だけの世界に浸っていた。

「つーかさ。あれは邪魔出来ないだろ」

「まあ…そうですね」

 そういう訳で、涼太と紗耶は、外に出ることにした。


 外に出ると、雪はまだ降り続けつけている。地面に少しだけ積もっていた。明日は、雪かきをしよう、と涼太は思った。

 涼太と紗耶は歩き出す。庭に行こうと思ったのだ。

「寒い…ですね」

 紗耶は手を擦り合わせて言う。すると涼太はポケットから、手袋を取り出し、紗耶に渡す。

「……? これは?」

「使っていいぞ。俺は寒くないからさ」

「ありがとうございます」

 紗耶は笑顔で言い、手袋をはいた。涼太はそれを見て、良いことをした気分になっていた。

 やがて庭に着く。そして、紗耶が口を開いた。

「それで…願いは決まりましたか?」

「…………」

涼太は無言で答えた。紗耶はふう、と息をついた後に言った。

「一応、願いは何でも叶いますから、迷うのも無理ないです。決まったら、教えてください」

 涼太は願いを真剣に考えることにした。


 まず、涼太は自分の欲しい物を考えた。しかし、すぐに止めた。物は金を貯めれば、手に入るのに気づいたのだ。

 次に優子のように、逢いたい人に逢うのはどうか考える。涼太は本当の両親を思い浮かべた。


「ああ、そうそう。あなたの本当の両親に逢うことも、もちろん可能ですよ」

 涼太の考えが解るかのように言う紗耶。

「そうか、逢えるのか……」

 涼太は嬉しげに呟く。しかし、すぐにその表情は変わり、また、真剣に考え始めた。


 10分後、涼太は紗耶を呼んだ。

「決まったんですか?」

「ああ、決まった」

「では、改めて訊きます。あなたの願いは何ですか?」

涼太は自分の願いを告げる。

「俺の願いは……」


「ただいま〜」

「お帰りなさい、涼太」

 涼太が部屋に戻ると、そこには優子だけしかいなかった。

「今日子婆ちゃん、帰ったんだな」

「うん」

優子は明るく頷いた。涼太はホッとする。今日子が帰っていったため、暗い気持ちになっていないかが心配だったのである。

「ん? 紗耶ちゃんは?」

「願い叶えて、帰りやがった」

 涼太の願いを叶えた後、紗耶はこう言い、涼太の手袋をはいたまま、その場で姿を消した。

「私はそろそろ、空に帰らないと行けないのです」

 涼太は、紗耶は天使だったのでは、と考えた。しかし、天使であろうと、なかろうと、良太はどちらでもよかった。

「願い、何にしたの?」

「……教えねえよ」

 涼太はそっぽを向く。優子は不服そうに言う。「ねえ、教えてよ〜。何でもしてあげるからさ〜」

 それを聞いた涼太は、ちょいちょいと手で優子を呼ぶ。優子が寄っていくと、涼太は優子にキスをし、驚いている優子に言った。

「これからも、一緒でいような」

「……うん!」

元気良く、優子は応えた。

 そして二人は、寝室に入っていった。……まあ、愛でも確かめ合うんでしょう、たぶん。


 ああ、そういえば涼太の願いは、このようなものだった。

「俺の願いは、俺の大切な人や、周りにいる人が、いつも幸せでいてくれることだ」

紗耶は不思議そうな顔で訊く。

「…自分のことじゃないんですね」

「ああ。俺が努力すれば、金も手に入るし、本当の両親にも逢える。でもよ…周りにいる人達、全員を幸せにすることは、俺には出来ないからさ」

「…わかりました。では、あなたの願いを叶えましょう」

 紗耶の周りが光り出し、周囲が暖かい光に包まれ、光があちこちに散っていった。

「…これで、あなたの願いは叶いました」

 紗耶は笑顔で言った。涼太も笑顔になる。

 雪は既に止み、代わりに雲の切れ間から、満月が顔を出した。その光が、涼太を照らしていた。


 本当の両親に逢えなくても、金持ちではなくても、彼はこれからも生きていけるだろう。

 彼は一人ではないのだから。

読み終えた方へ、ありがとうございます。今後とも、頑張りたいと思います。

一応、ジャンルは恋愛ですが、これは違う、といったような意見があれば、遠慮なく作者まで申しつけ下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] これはファンタジーまたはラブコメではないでしょうか?あまり恋愛の要素は強くない気がします。
[一言] 私も亡くなった祖母に会えるなら会いたいです☆ 久々に祖母を思い出し、じわっと来てしまいましたf^_^;
[一言] finoと申します。読ませて頂きました(^^ 語り部的語りが、いい具合に入れられていて文章として面白かったと思います。ああいうのは、失敗すると、寒い感じになりますけど(汗 この温かい物語にと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ