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サンタクロス・パニック!

作者: 田山歴史

クリスマス的パロディです。夏場とかには読まない方がいいかもしれませんです。

 ホワイトクリスマスは終わらない。


 

 十二月二十四日。本来ならクリスマス・イブ。キリストの生誕祭の前日であり、キリスト教が主流の諸外国では、そこそこ盛大なパレードが開かれる日である。それはキリスト教があんまり流行っていない日本でも同じことであり、異文化を吸収改変するのが得意な日本という国家は、とりあえず経済効果が見込めるものはなんでもやろうという方針らしい。……つーか、生誕祭そのものが三百年くらい前にできたという話なのだから、大騒ぎさえできれば、行事の意味なんざどうでもいいっちゃどうでもいいんだろうと思う。実際、オレはどうでもいい。

 いや、クリスマスは別に嫌いじゃない。カノジョはいないが家に帰ればケーキも食えるし、暖かいコタツがオレを待っている。それはまぁ……ちょいと寂しいがそこそこましなクリスマスなはずだ。少なくとも実家がケーキ屋の親友は『クリスマスなんぞ滅んでしまえ』とまで言っていた。あいつに比べれば……まぁ、ましなはずだ。

 大雪さえ降らなければ。

「あー……こりゃ帰れんな」

 踏み出せば足が膝まで埋まり、歩き出せば吹雪が吹きつけてくる。洒落にならない寒さと、とんでもない積雪。学校に閉じ込められたりはしないが、雪の降りが少しましになるまで帰れそうにない。

 東京より下の地方の皆様、俺達の街は大体こんな感じです。特に雪を見たことがないという沖縄に住んでいる方々、他の地方の雪を見たことがない人たち。一度雪を見に来てください。かなり洒落にならない物体ですから。

 歩きにくくなるわ、地面がぐしょぐしょになるわ、凍ると滑るわ、自転車や原付が使えなくなるなど弊害が多すぎる。雪国に生まれて雪を恨んでいない人間など一人もいない(注1)と確信するくらいに、オレは雪が嫌いだ。

 仕方なく、オレは生徒会室に引き返す。いっそのこと宿直の先生に許可をもらって学校に宿泊してしまおうかなどと考える。こうなったらもう時間割が合わないのは仕方がない。教科書は隣の奴に見せてもらうとしよう。

「ちーっす。出戻りですよー……っと」

 残念なことに、生徒会室には誰もいなかった。

 ほぼ押し付けられる形で生徒会役員をやる羽目になって数ヶ月。既に仕事にも慣れ、面白くない行事を定期的にこなすだけの役割を、オレは淡々とこなしていった。元々オレにやる気などなかったので好都合だったのだが、生徒会長はバリバリ真面目な女子生徒で、なんというか一人だけ空回ってる感じだった。

 眼鏡で地味で、それでいて小うるさい生徒会長。さっきまでオレと一緒に作業をしていたのだが、どうやら根性で帰ったらしい。ご苦労なこった。

 さて、とりあえず雪がやんだら帰ることにして、宿泊するんだったら宿直の先生に許可を取ってこないとまずいよな……。後は食料の確保。これは宿直の先生にカップ麺でも貰えばいいか。

 などと独り言を呟きながら、鞄を生徒会室に置いてオレは宿直室に向かうことにする。宿直室には学校で徹夜をした時に、何回かお世話になったことがある。

 まぁ、夏のプールで無断で泳いだり、食料を無断でパクったりしたのだが。

 それもこれも今となってはいい思い出だ。

 階段を降りて一階へ、別館というか、無理矢理増設したようなプレハブ小屋。そこに宿直室は存在する。

「………から、……じゃな………よ」

 おろ? 誰か宿直室にいるらしい。まぁ、宿直の先生か誰かだろう。宿直室に用がある、オレみたいに帰る機会を逃した人間か。どっちにしても、どうでもいい。オレはオレで、生徒会室で一人寂しく雪見ラーメンとしゃれ込みましょうか。

 そして、躊躇なくオレは、当たり前のように宿直室の扉を開けた。

「ちーっす。すみません、ちょっとカップ麺分けて………………」

 空間が凍結する。

 時間が停滞する。

 ついでに、オレの思考回路が停止する。


 宿直室には、トナカイ姿の男性教師とサンタ姿の生徒会長がいた(眼鏡なし)。

 

 即座に扉を閉めた。

「あー……」

 思考回路を復帰させて、オレはなんとか論理的に今の状況を理解する。

 なるほど、あれが噂のサンタプレイか。

 そうかそうか、生徒会長殿はウチの担任(二十七歳独身)と付き合っていたのか。

 確かに学校は少々寒い。しかもこのくそ面倒な時期に宿直を任されてやさぐれていた教師。その心を温める生徒会長とかいう今時ありえない状況なわけよ。分かりやすく言うと『せんせい、クリスマスプレゼントは……わ・た・し』ってな具合なわけだ。そりゃなんつーか、全ての男子が憧れるシチュエーションだよ。

 あっはっは………他人の幸せを邪魔しちゃ悪いな。

 まるで仙人のように達観しながら、オレは不意に思いついた。

「うん、そうだな……コンビニでにくまんと暖かいコーヒーでも買おう」

 ビバ、コンビニエンスストア。二十四時間営業で心はともかく体は温まる素敵空間。少々割高になってはいるが、必要なものはなんでも手に入る。今日はおでんにしようか、それとも唐揚げ君か、いっそのこと一個五百円を軽く越える高級アイスに手を出しちゃおうかな? わぁ、とっても楽しい!

 ………ンわきゃあねぇ。

 ああ……阿呆な自分への言い訳でココロもカラダも寒い。気分的には空虚に伽藍だ。今だかつてここまで寒すぎる展開がオレの人生の中で一つでもあっただろうか? いや、ない(反語表現)。なるほど、クリスマスの度にイチゴたっぷりのそこそこ美味いケーキを作るお袋やら、こういう時に限って早く帰ってくる親父やら、やたらはりきって母親の手伝いをする姉貴やら、『カノジョとデートだひゃっほー』とバナナを与えられた猿のように喜び勇んで、事故って車を大破させた兄貴やらの気持ちが今ならよく分かる。

 聖夜にたった一人ってのは、そりゃ寂しいわな。

 この空虚な寂しさを反省とし、来年は絶対にカノジョを作ってやろうと決意しながら、オレは歩き出そうと一歩を踏み出して、


 ドゴッ!


 背後から殴られて、意識を失った。



 Q:はい、先生。僕はなんで縛られているんでしょうか?

 A:それはね、君が逢引きの現場を目撃してしまったからだヨ。

 Q:それってそんなに悪いことなんですか?

 A:そりゃそうだヨ。最近の教育委員会っておっかないからネ。

 わぁ、なるほど。そりゃとっても分かりやすいやぁ。ありがとう、脳内神先生(別名、冷静で客観的なもう一人の自分)。でも、今回ばっかりはなんかあんたのアドバイスも役に立ちそうにありません。

「まったく、あんたがモタモタしてるからこんなことになったのよっ! このクズっ! クズトナカイっ!」

「いたっ! ちょっ、やめてっ! 角が取れちゃうっ!」

 サンタのコスチュームプレイをしている生徒会長が、トナカイのコスプレをしている二十七歳独身教師をどつきまくっているという、シュールを通り越して理解不能な絵面が、目の前で展開されていた。

 なにこれ? SM? かの有名なSMプレイですか?

 そしてオレは放置プレイですか?

 しかもご丁寧に、オレの手首にはおそろしく重厚な造りの手錠をかけられていたりする。こんなものを破壊することは不可能だし、開錠するのはもっと不可能だ。

 ……リアルな話として、雪山にでも埋められるのかもしれないなぁ。

 などとまるで死刑囚のような心境でいると、生徒会長と教師の口論は確実かつ着実にヒートアップしていくようだった。

「ったく……これからが仕事だっつうのに、本当にどうすんのよっ!? これが本部にバレたら私たちクビよ? ただでさえ他の連中と比べて実績が上がってないっつうのにっ!」

「えっと……怒ってるところ悪いけど、もう出発の時間で……」

「分かってるっ!」

 トナカイの格好をしている教師を問答無用に蹴りつけて、生徒会長は大股でオレに近づいてきた。

 がしっ、と頭を掴まれる。

「書記。ここで見たことは忘れなさい。いいわね?」

「会長、それ無理。忘れさせたかったらMIB(注2)が持ってるピカッと光って記憶改ざんする装置くらい持ってきてくれねぇと」

「あいにく、そういう装置はサンタには支給されないのよ」

「ほう……っておい」

 なんか今……ものすごくまずいことを聞いたような気が。

 会長サンタは、腕組をしてなにやら考えていた。

「書記。アンタ確か……潜水は得意だったわよね?」

「あー……まァ、30メートルくらいならなんとか」

「スポーツもそこそこ?」

「まぁ、得意じゃないけど苦手でもねーな」

「………よし」

 なにやら頷きながら、会長サンタはオレの襟首を掴んで、

 軽々と、オレの体を持ち上げた。

「え? あの? ちょっと……なに、この剛力? 本当に女?」

「やまかしい。ガキどものプレゼントはあんたの百倍重いわよ」

 不機嫌そうに顔をしかめて、会長は歩き出す。

 やばい。

 オレは今やばいことに首を突っ込もうとしている。 

 これはアレだ。G〇美神(注3)とかであった……あの展開だヨ。

 いや、もしかしたら本当に雪山に埋められるのかもしれない。

 むしろそっちのほうがいい。オレは自分にとって不相応なものなんぞ見たくもない。

「言っておくけど、アンタに拒否権はないからね?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ会長。このことは口外しないから……」

「………口外するしないの問題じゃないのよ。ちょうど男手も欲しかったし、せっかくだから手伝ってもらうわ」

「いや……でもさ」

「拒否権はないって、言ったわよね?」

 生徒会長はにやりと邪悪に笑う。

 オレはその笑顔を見て、ゆっくりと脱力していった。

 どうやら……最悪の事態に巻き込まれてしまったようだった。



 みんな、なんで山が寒いのか知ってるかな?

 オレも詳しくは知らないけど、気圧とかそのへんに関係しているらしいから、気になったマニアな人は自分で調べてみよう。まぁ、実は中学の理科で習うけど、オレは当然の如く全て忘却した。便利だね、人間の忘却能力って。

 時間が経たないと発揮されないのが難点だけど。

「あー……死ぬ」

 サムい。

 寒すぎる。

 というか、空気が薄い。

 死ぬ。

 確実に死ぬ。

 家族に外泊の電話してきて本当によかった。

 ついでに、宿直室から毛布とお茶と大量のホッカイロを持ってきて本当によかった。

「オレは絶対に富士山には登らん。山を愛する奴は死ねばいい」

「うるさいわよ。ちょっと黙ってなさい」

「誰かと話してないと窒息しそうなんだけど……」

 上空三千メートル。

 雲を突き抜けて、富士の霊峰がうっかり見えてしまう高さ。

 この高さから飛び降りれば即死は間違いなく、うっかり空気抵抗に逆らえそうな物でも落とそうものなら、重力加速度が付加されたとびっきりの一撃が地上を襲う。

 その高さを、オレたちが乗ったソリは疾走していた。

 馬は完全なトナカイに化けた教師。御者はサンタのコスプレをした生徒会長。後ろの席にはなんだか腹いっぱい夢を詰め込まれたでっかい白い袋が一つ。

 問題なのは、そのソリになぜか場違いのオレが乗っているという事実である。

 ……なんでこんなことになったんだろう?

 こんなことならガン〇ムWIN〇(注4)かえっちぃDVDでも借りて家でのんびりしていれば良かった。どうしてオレはあそこで学校に残るなどというとんでもねー選択肢を選んでしまったんだろうか? 本当に……どうしようもない。

 ああ……ケーキが食べたい。それか七面鳥の焼いたやつ。

 などと、曖昧な現実逃避をしていると、会長はまじめくさった顔で言った。

「いい? このことは他言無用よ?」

「……他言できねーよ。こんな突飛なこと」

 空から天使が降ってきた(注5)、くらいには突飛な体験だろうと思う。

 それか、女子高に転入する男(注6)くらい。

 サンタに拉致されましたなんて口が裂けても言えやしない。

 生徒会長は苦笑しながら、それでも真面目くさった口調で言う。

「サンタの歴史は千七百年。聖誕祭が始まった頃からなの。で、あたしは第43代世界正式認定サンタってわけよ」

「……オレの記憶が確かなら、千七百年前にサンタという概念はなかったと思うが」

「表向きはね。数百年前に姿を見られた阿呆なサンタがいたから、あたしたちは表舞台に引っ張り出されたってわけ」

 や、表舞台って……忍者じゃねーんだから。

 あと、一応突っ込んでおく。

「阿呆なサンタって、会長みたいな?」

「うるさい」

 蹴りを入れられた。かなり理不尽だと思う。

 オレは溜息をついて……とりあえず、諦めることにした。

「で、オレはなにをすりゃいいんだ?」

「まぁ、基本的にはあたしの補助ね。子供が起きないように見張ってるとか、プレゼントを取り出したりとか、とりあえずやることはいっぱいあるわ」

「プレゼントって、この白い袋か?」

 中身をちょこっと覗いてみるが、なにも入っていないように見える。

 生徒会長は少しだけ口許を緩めた。

「まぁ、四次元ポケットみたいなもんよ。その人が欲しがってるものが出てくる仕組みになっているの。ちなみに『永遠の命』とか『とりあえず十兆円』とか『なんでもいうこときくおねえさん』とかは出てこないから」

「……へぇ」

「仕事が終わったら、プレゼントもらってもいいわよ」

「へ?」

 なんというか、それは意外な申し出だった。

「いいのか? なんつーか、こう、女の子には直視できないもんが出てくるかもしれないぞ? 主にエロス的なものが」

「まぁ、それはそれでいいんじゃない? 男の子ってそういうもんでしょ?」

「そうだけどよ……」

 顔を逸らしながら、なんとなく腑に落ちないものを感じる。

 よく分からないが……とりあえず、サンタの袋からそういうヨコシマなものが出てきてはいけない気がするのだ。

 それに……なんつうか、アレだ。

 なんとなくだが、理不尽なものを感じてしまう。

「どしたの? なんか変な顔してるけど」

「んにゃ、なんでもねぇよ」

 オレは、持ってきておいた毛布を体に巻きつける。

 寒さは厳しく、これからさらにきつい仕事になるだろう。

 つまんねークリスマスも悪くはないが、こういうクリスマスだって悪くない。

 あまりに突飛で人に自慢できるようなことじゃなく、それでも秘密でいっぱいで、自分の胸に秘めてにやにやするしかないような、そんなクリスマス。

 たまには……そういうのも悪くはない。

 そんなことを呟いていると、ソリはあっという間に目的地へ急降下していった。



 そして、二十四時間経過。

 子供が起きたので当身をくらわせて気絶させたり、親に気づかれて手刀をくらわせて気絶させたり、食べ残したであろうケーキをつまみ食いしたり、冷蔵庫を勝手に開けたり、うっかり靴下を燃やしてしまったり、これまたうっかりプレゼントを届ける場所を間違ってしまったり……そんな、とんでもない二十四時間が終わった。

 どうやら日付変更線(分からなければ『昨日』と『今日』を隔てる線だと思ってくれればいい)を追いかけていたらしく、学校に戻って来た時には翌日の夜だった。

 時間は午後の6時。世界を一周してきたので、ココロもカラダも消耗し尽くしている。っていうか……本当に疲れた。漫画の世界の話を現実でやると、本気で死にかけるというのを実感させてくれる出来事だった。

 もしもGS〇神(注3)の知識がなかったら、凍えて死んでいただろう。ありがとう……本当にありがとうっ! 毛布とお茶とホッカイロがなかったらオレは死んでいましたっ! 冗談抜きで泣きそうですっ!

 うっかり古本屋に全部売ってしまったけど、今度は新品で全部そろえますともっ!

 と、いうわけで変なクリスマスイブはとっくに終わり、今日はクリスマス。

 ガチガチと震えながら、オレはストーブの前でお湯が沸くのを待っていた。

「……つーかさ、よく考えなくても会長……お前無能サンタだろ」

「な、なによ……仕方ないじゃない。生徒会がドタバタしてたんだから。事前準備とか、そういうのを怠ったって仕方ないと思わない?」

「本業の方優先しろよ。サンタ」

「……いーじゃない、別に」

 会長はむくれながら、ぬるめのお茶を飲んでいた。

 ちなみに、トナカイこと先生はオレたちのためにコンビニにおでんを買いに行っている。真っ赤な鼻でも真っ青な鼻でもなかったが、トナカイというのは意外に気が利く生き物なのかもしれない。

 などと益体もないことを考えて、オレは会長と同じようにぬるめのお茶を啜る。

 美味い。冷たくなった体と、凍えた心には最高の一杯である。

 少し余裕が出てきたところで、思いついた事を聞いてみる。

「なぁ、サンタってなんかもらえんのか?」

「は?」

「いや、一日っつっても結構キツい仕事だしさ、時給に換算すると二千円くらいで、2000×24で……48000円くらいはもらえてもおかしくないと思うんだけどよ?」

「なに言ってるのよ。サンタは完全無料奉仕。ぶっちゃけボランティアよ」

「……さいですか」

 ってことはアレだ。

 サンタは一日頑張りまくって世界の子供にプレゼント配っても、

 後には満足感しか残らんと、そういうわけだ。

 ……なんか、やっぱりアレだ。

 納得いかん。

「ってそんなことより。アンタ、早めに袋の中から欲しいもの取り出しておかないともらえなくっちゃうわよ? あの袋、今夜の十二時に返却なんだから」

 会長が急かして、ずるずると袋を引きずってきた。

 この袋に手を突っ込めば、欲しいものが手に入るってわけだ。

 いや、欲しい物はたくさんあるさ。最近新しいパソコンが欲しいと思ってたし、MP3プレイヤーだって欲しい。新作のアルバムとか、買い逃したDVDBOXとか、暖房器具とか、いっそのこと土地の権利書とか。

 たくさんある。欲しいものは、たくさんある。

 でも………………。

「なァ、会長サンタ」

「なによ?」

「お前さ、この袋から自分のプレゼント取り出したことあるか?」

「あるわけないじゃない。当然でしょ?」

「まぁそうだな」

 オレは苦笑しながら、ゆっくりと溜息をついた。

 ちょっとした執着を振り切って、オレは首を振った。

「……いらね」

「へ?」

「いや、やっぱオレはいい。変な偶然で、変なことに付き合わされて、それで二十四時間みっちり働かされて……結構楽しかったしな」

 そう、昨日と今日で、変な事を体験した。

 それは……結構楽しかったと思う。

 誰にもできない貴重な体験ってやつだったろうさ。

 会長は、なんだか唖然とした顔をしていた。

「……あんた、アホでしょ?」

「かもな。それより、会長が引いてみろよ。今日一番の功労者なんだから」

「あのね、サンタが私利私欲に使わないようにリミッターかかってんのよ、その袋には。あんまり無茶な願い事は無理でも、最新のDVDレコーダーくらいなら出せるようになってるんだからね」

 なるほど。確かにそれもそうだ。

 となれば……ありがちな方法だが。

「じゃ、オレが引いてやるさ。なにが欲しいか言ってみろよ」

「……いいの?」

「いいってば。サンタがプレゼントもらってもいいだろ、たまには」

 オレの言葉に、会長の顔がこれ以上ないほど輝いた。

「じゃ、じゃあ……えっと、えっと……テディベア(注7)!」

「へ?」

「わ、悪い!? ほ、欲しいんだからいいじゃないのよっ! なんか悪いのっ!?」

「いや、悪くない。っつうか、照れ隠しにそこで逆ギレすんなよ……」

 照れ隠しにオレを叩きまくる生徒会長は、なんとなく……そう、本当になんとなくだが、少しだけ……ほんの少しだけ、可愛かった。

 顔が赤くなる前に、オレは袋に手を突っ込んで、なにかを引っ張り出す。

 引っ張り出したものは、やたら軽い感触だった。

 それは、紙切れだった。

 温泉宿泊券だった。

 しかも、ペアチケット。

「………………」

「………………」

 静かな、どこまでも静寂でありながら気まずい沈黙が、宿直室を支配した。

 オレはゆっくりと息を吸って、陳謝の言葉を吐き出す。

「……いや、その、すまん」

「ああ、えっと……今日は寒かったし、仕方ないよ。あはは……」

 会長の空笑いと気遣いが、なんとなく心に痛かったり。

 つーか、激痛だった。

「いや、これはこれとして。今度、ちゃんとしたものを買って……」

「あ、いや、いいのよ。サンタがクリスマスにプレゼントもらおうなんてのがちょっとした……まぁ、贅沢な夢だったわけだし。うん、アンタには感謝してる」

 その笑顔は、無理が見え見えで……とても痛々しい。

 オレは思わず、テディベアを出さなかった白い袋を睨みつけた。

 サンタは、気まずい空気を誤魔化すように、笑う。

「やっぱりその旅行券はアンタへのプレゼントなのよ。ほら、大晦日も近いし、なんか気になる女の子と一緒に行ってくればいいじゃない。……ね?」

「気になる女子……ね」

 少し考えて、考えるまでもなく思いつく。

 まぁ……なんだ。ありきたりなことだが、普段真面目一直線な女の、本当の姿サンタという意外なギャップに思わずときめいたりする男子が一人いてもおかしくはないと思うんだ。サンタの衣装も似合ってたし、可愛かったし。

 オレが変なだけかもしれんけど。

 そしてオレは、言葉を必死で選びながら、ゆっくりと口を開く。

 決意と共に。

「なぁ……会長。大晦日、暇か?」

「へ? ひ……暇っちゃ、暇、だけど……」

「それじゃあ、お詫びって言っちゃなんだけど………」

 かくてオレは、今年最大限の勇気を振り絞ることにした。



 実は、その袋には年齢制限があることはあまり知られていない。

 ある年齢の少年少女にしか、プレゼントを渡すことはできない仕組みなのだ。

 彼はリミッターと言って誤魔化していたが、なんのことはない。サンタが本当に欲しい物は、サンタの袋からは手に入らない。そういうわけだ。

 潔癖なサンタなら手を入れようともしないので気づかない。しかし、テキトーなサンタはその仕組みにいともあっさり気づいてしまう。そして、気づいた時にはもう遅い。誓約と制約により、サンタはトナカイになってしまう。

 そして、新しいサンタが引退するかトナカイになるまで、その役目を果たすのだ。

 かつてサンタだったトナカイは、口許を緩めて笑っていた。

 今夜は本当に愉快な一日だったので、ご褒美に単純なトリックを仕掛けてみた。

 本当に単純なトリックだ。サンタが袋に手を入れればトナカイになる。しかし、トナカイやある一定上の年齢の人間が手を入れてもなにも起こらない。

 なにも起こらないのに、その袋にはチケットが入っていた。

 ならば答えは至って単純。『誰かがあらかじめ入れておいた』以外には考えられず、それ以外の解答など存在しない。

 少し考えれば分かってしまうような仕掛けだったが、ちょっと調べればその旅館の近くには『テディベア博物館』なるものも存在している。観光地としてはそこそこ有名な場所だ。サンタも納得してくれるだろうとトナカイは思う。

「メリークリスマス、サンタクロース。たまにはこんなのも神様は許してくれるさ」

 笑いながら、コンビニの袋を持って、トナカイは空を見上げる。

 空は曇り。天気は雪。風のせいで吹雪に近い。

 それでも……美しいものがあるのを知っている。

 満天の月、輝く星、地面はまるで綿菓子のような雲。

 子供たちのきらきらした笑顔。

「やれやれ、これだからサンタ稼業はやめられないなぁ……」

 笑いながら、トナカイは楽しそうに呟いたのだった。


 

 かくて、世界で一番楽しい仕事は、今年もその業務を無事に終えたのだった。



 『サンタクロス・パニック!』……END。





 注釈説明。っていうか作者が説明したいだけ。


 注1:消雪パイプ。聞いたことがない人の方が多いだろうが、地面からお湯が出て、落ちてきた雪を溶かしてくれるという画期的なシステムである。これのせいで車道はともかく歩道がぐちゃぐちゃになった雪でとんでもないことになるので、冬場は長靴か、かなり防水性に優れたブーツが必須となる。よって雪国では、雪の事を『白い悪魔』と呼ぶ人間がいたりいなかったり。

 注2:メンインブラッ〇の略。反動がきつすぎて使うと軽く十メートル吹き飛ばされるレーザー銃や、ピカッと光って人の記憶を改ざんする装置が有名。

 注3:『実力で劣っていても、経験と卑劣さと度胸と金があればなんでもできるんだよ』ということを思い知らせてくれた漫画。ちなみに、サンタクロースのエピソードで主人公が願ったものは『全世界がひれ伏すほどの巨万の富』、その相方が願ったのは『なんでもいうこときくはだかのねーちゃん』だった。……大人も子供も自分の欲望に率直であると思い知らされたものである。ちなみに、本当にもらったものは……とここまで言うとネタバレになってしまうので、割愛。是非とも読んで欲しい漫画の一つである。

 注4:五十メートルの高さから落ちても死なず、骨折を自分で直した主人公で有名な、ガンダ〇シリーズの一つ。三つ編みの不幸が板についてるアメリカ系美少年やら、骨川くんもびっくりな前髪をもつイタリア系美少年やら、なんか怪しげな電波を受信してるアラブ系の美少年やら、正義マニアの中華系美少年やらが、ガンダ〇に乗り込んで戦う。彼らの苦難やら戦いやら成長を描く作品。『ガンダ〇なんて見るもんじゃない』と思ってる人も是非見て欲しい。ちなみに、この作品を引き合いに出したのは『OVAの舞台がクリスマスだし、作者が大好きだから』という以外に理由などない。

 注5:やってはいけない『お約束』シリーズ、その1。空から降ってくるのは雨か雪くらいなもので、人が降ってきてはいけない。このネタはかなり使い古されているので使う場合には細心の注意と覚悟を持って挑もう。

 注6:やってはいけない『お約束』シリーズ、その2。どんな権力があれば女子高なんつー魔の巣窟っていうか天国に黒一点(男)が紛れ込めるのか。これもかなり使い古されたネタなので、取り扱いにご用心。使うのならば己の羞恥心を最大まで捨て去り、『こんなことありえねーよ』的な展開にするのがおすすめ。

 注7:ご存知、世界でいちばん有名な熊のぬいぐるみ。その愛らしい姿は、全世界のご婦人方や娘さんを魅了してやまない存在である。作者もテディベアは大好きだ。ちなみに、『テディベア館』なるものが栃木県に存在しているのは有名な話。他にもオルゴール館や恐竜館などがあったりするので栃木を訪れた方は是非行ってみよう。


 ではみなさん、安らかなる聖夜を、お過ごしください。 

というわけで、好き放題書いてみました短編、いかがでしょうか。サンタはクリスマスは大忙しですが、こんなクリスマスがあってもいいんじゃないかと思います(^^)

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― 新着の感想 ―
[一言] トナカイかっけー!!!!!! トナカイで締めたよ^^
[一言]  トナカイ最高でした!  寒空の下で口のはしにニヒルな笑みを浮かべる、コンビニおでんをぶら下げたトナカイがリアルに想像できました!
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