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言えない

「どうして……死んだはずじゃ……」


「ええ? 勝手に殺さないでよ。俺、生きてるよ。ほら、ちゃんと足も付いてるし」


「ウソ……」


「いや、ウソって言われても……俺は死なないさ、相羽さんに再び出会うまで!」


 ビシ! っと私に指を差す渡辺くん。あの、ヘンテコな挨拶だ。


 瞳はどこか自信に満ちていて、それでいて優しい。私を見つめている彼は、どこまでも真っ直ぐで……。


 正直、カッコ悪い。けど……カッコいい……気がしなくもなかった。


「あは」


 たったその姿を見ただけで、私の中で凝り固まったモノが氷解していく。よかった。なんでか解らないけど、とにかく、よかった。


「よかった」


 思わず心の声が口から出た。無意識に。


 途端に渡辺くんの自信に満ちた顔は、明るく晴れ渡って行く。曇天の空を振り払いそうなくらいの笑顔が、私を照らした。


 本当に無邪気に笑う姿は、子供みたいだ。


「え? 今の挨拶そんなによかった!? よっしゃあ! ついに、ついに相羽 真理奈専用挨拶が! バージョンΩにしてようやく……ようやく、発動した! 相羽さん、ありがとう!!」


「え」


「やったあ! やったあ! やったあ!」


 骨折にしているにもかかわらず、飛び跳ねる渡辺くんに少々呆れる。本当に骨折してるの? そう思うくらいに元気すぎて、数分前の私にムダな苦労はするなと伝えたい。


「ちょっと、渡辺くん、やめて恥ずかしい! 人が見てる!」


「え?」


 いつの間にか、私達の周りには人だかりができていた。みんなニヤニヤと物珍しそうにこちらを見ている。それもそうだ。ここは病院の入り口。入る人も出る人も、皆が皆こちらを見ていた。


 は、恥ずかしい。


「渡辺くん、ちょっとこっちに来て!」


「君のためなら、どこへでも!」


「そういうの、いいからっ! さっさと来る!」


 首根っこをつかんで、病院の奥まったところまで行くと、ようやく安心することができた。


 私は渡辺くんを解放すると、一息つく。


「ふう。まったく! もう、何考えてるのよ。恥ずかしいでしょ!」


「そんな……怒らなくっても……」


 さっきまでの元気はどこへやら。渡辺くんは急に縮こまってしょんぼりした。


 う。ちょっと言い過ぎた? 仮にもケガ人なんだし、もうちょっと、いたわってあげたほうがよかったかも。


「あれ? そういえば相羽さん、何でここにいるの? それに、雨でぐっしょりだよ?」


 どうしよう。なんて答えよう。言えない。渡辺くんの事が気になったからだなんて。


 ――あ、そうだ。


「え。あ……これは……そう! ランニング! 私、最近走るのが趣味なの! 雨に打たれる中走るのって、気持ちいいじゃない?」


「へえ。そうなんだ。なんか、三上さんみたいだね」


「そうそう! 三上さんの影響でね! 根性ー! 気合ー! とか、あはは」


 とっさに三上さんのモノマネをして、その場をやり過ごす。我ながらヘタなモノマネだ。


「んー。でも、そのままじゃまずいよね。あ、そうだ! イイコト考えた! 行こう、相羽さん!」


「え?」


 今度は私が渡辺くんに手首をつかまれて引っ張られる。階段を駆け上がり、廊下を少し行くと321号室の前まで連れて来られた。一体、ここに何があるんだろう。


「ごめん、美文ちゃん。俺、渡辺だけど入っていい?」


 美文ちゃん……女の子? 渡辺くん……入院先で女の子のお知り合いができたんだ。ふうん。


 思ったよりナンパな子なのかな、渡辺くんって……。美文ちゃんって、どんな子だろう。何故か、無性に気になる。


『はあい。入ってくださーい! 美文はいつでもウェルカムです!』


「失礼するね」


 渡辺くんは扉を開けると、遠慮なく中へ入っていった。部屋の主とは、どういう関係?


「相羽さん、ほら。こっちこっち」


「あ、うん……」


 渡辺くんに手招きされて、病室へ。すると、そこにいたのは。


「あれ? その子、どうしたんですかあ?」


 女の子だった。小首を傾げ、儚げな笑顔を私に向けてくる。


「紹介するよ。俺のクラスメイトで、隣の席の相羽 真理奈さん。で、こっちが」


「文堂 美文です! 美文って呼んでください!」


「あ、よろしく」


 明るい笑顔に無邪気な挨拶。どこか……プンを彷彿(ほうふつ)とさせる、そんな女の子だった。


「美文ちゃん。あのさ、タオルとか、持ってる?」


「ありますよー。美文のポケットからは、何でも出てくるのです!」


 そう言って、美文はごそごそと近くにあった旅行カバンからタオルを取り出した。


 それポケットじゃなくて、カバンじゃない。……まあ、いいけど。


「それ、ちょっと貸してくれない?」


「あ! まさか、匂いを嗅ぐ気ですね? 渡辺さんってヘンタイだあ」


「ち、違うよ! 俺じゃなくて、こっちの相羽さんに」


 いたずらっぽく笑う美文に、渡辺くんはいいように遊ばれていた。


「なあんだ。それならそうと言ってくださいよ~。はい、どうぞ。真理奈ちゃん!」


「ありがとう、えっと、美文、さん?」


「どういたしまして」


 えへへ。と、美文は可愛らしく笑うと、私にタオルを渡してくれた。


「あ。上着、かわかさなきゃ。下はなんとか大丈夫だけど……」


「だめですよー。風邪引いちゃいますよ? 美文のお着替えあるから、使ってください、真理奈ちゃん」


「え? それじゃ、ありがたく……」


 私は、上着を脱ぐと、シャツを脱ごうとして、視線に気が付いた。


「出て行ってくれない? わ・た・な・べくん!!」


「え? あ。えっと。ごめん! じゃあ、俺家族待たせてるから、もう行くよ! 明日また学校でね!」


 渡辺くんは顔を真っ赤にして、退散していった。


 まったく。油断もスキも無い。

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