punpun321
ブルーベリーと豆腐が口の中で混ざり合う。不思議だ。なんて不思議な味なんだろう。
俺はなんとかそれを飲み込んで完食すると、ひっそり溜め息を付いた。
「もう一個。食べちゃおうかなあ」
そう言ったのは、美文。思わず俺は美文を見る。俺にはこれ以上、無理だ。
「あ~。そんなジロジロ見てもあげませんよ。これは美文の物なのです!」
俺の視線を勘違いしたのか、美文はブルベリー豆腐を自分の背中に隠し、いたずらっぽく笑った。
「いや、けっこうだよ。美文ちゃんが食べなよ。俺は、いいから」
「そんなスネないでくださいよ~。冗談ですから! ほら、半分こしましょ! 美文は心が広いのです!」
えっへん。というセリフが似合いそうなポーズで、美文は胸を張った。そして、俺の皿に豆腐を乗せてくる。
げ。本当にけっこうなんだけど……。
「あ! ごめん、美文ちゃん。俺、そろそろ行かないと……下で家族、待たせてるんだ……」
「え」
途端に、美文の笑顔からぼろぼろと幸せが崩れ落ちていく。でも、それでも笑顔で、悲しそうに笑っていた。
「もう、行っちゃうんですか?」
「あ、うん……」
ものすごい罪悪感を感じるな。これだけ後ろ髪を引っ張られるさよならは初めてだ。それだけこの子の感情表現が豊かなんだけど……。
「せっかく、リアルでお友達ができたと思ったのに……」
「わかった。またここに来るよ。俺も、学校があるから毎日とはいかないけど、通院の日は絶対に顔を出すからさ」
「本当? ウソ付いたりしません?」
美文はベッドから腰を上げ、俺の膝元にかかがみこんでやってきた。おまけに上目づかいで俺の顔をのぞきこんでくる。まるで、捨てられそうになった仔猫みたいに。
「付かないよ! 絶対、また来るから! だから、ね」
「よかったあ。美文、捨てられちゃうのかと思いました」
再び美文の笑顔に幸せが舞い降りる。まるで、魔法にかかったように、俺は目が離せなくなった。俺のステータスは今、混乱している。いや、これは魅了?
MPを消費せずに、リアルで使える魔法がこの世にあるとは! だが、俺には相羽さんがいる。しっかりしろ、渡辺 翔! 男なら一度決めた相手に、全てを捧げる覚悟で突っ走れ!
俺は心の中でブンブンと首を振って、自らの意志でステータスを元に戻した。そう、俺は相羽 真理奈一筋。心の中に天使は2人もいらない。
「渡辺さんって……優しくってかっこよくて……なんだか、エルくんみたい」
「エルクン?」
何だそりゃ。
「あ、いえ! ごめんなさい。それじゃ、渡辺さん、また美文に会いに来て下さいね! キリンさんよりも首を長く長~くして、待ってますから!」
「うん。それじゃね、美文ちゃん」
俺は席を立つと、病室から廊下へ出た。
『お土産楽しみにしてま~す』
なんて声が聞こえて来て、思わず振り向く。なんだか面白い子だ。
321号室の文堂 美文、か。
ん?
文堂 美文321号室。ぶんどうみふみ321。
ぶんぶん321。ぷんぷん321。
――punpun321?
いや、まさか。考えすぎだろ、それはさすがに。あの子が仮にpunpun321の中の人だったとしても、俺には関係ない。
俺は忘れ物を取って親父と愛紗の所に戻った。
*****
遅い。
リビングの時計を見れば、すでに短針が1を差していた。
目の前には、私が腕を振るったペスカトーレが4人分。母と、私と、潤と、あの子の分。潤のお友達。そう、お『友達』。
まったく……せっかくの自信作なのに。何を考えているの、渡辺 愛紗という女は!
「潤、お母さん、もう食べよう。あの子は来ないのよ。まったく、連絡も入れてこないなんて……親の顔が……って兄の顔は知ってるか、私」
私はペスカトーレにフォークを突き刺した。多少のいらだちを込めて。
せっかく話ができるいい機会だと思ったのに。渡辺くんの妹とはいえ、時間を守らないような女に、潤は渡せない。この相羽家の敷居はまたがせない。
「お姉ちゃん、落ち着いてよ。もしかしたら、愛紗ちゃんの……渡辺さんのお宅に何かあったかもしれないよ」
潤が私に訴えてくる。私の苛立ちが伝わったのか、多少怯えながら小さな声で。
「何であんたにそんなことがわかるのよ」
「あ……それは……実は昨日、渡辺さんとネットで……だから、その。そんなに睨まないでよ!」
「ネットで? あんた、昨日私のフランソワーズでお勉強したんじゃなかったの?」
「えっと……その。勉強の合間に渡辺さんとチャットの約束してたんだけど、時間通りに来なくって……渡辺さん、そういう約束事は絶対に破らない誠実な人だから、もしかしたら……」
「渡辺くんが誠実な人、ねえ?」
あのヘンテコな挨拶を繰り出す渡辺くんが、誠実な人なのかどうかかなり疑わしい。
「とにかく、来ない人のことなんか考えてても仕方が無いから、食べちゃいましょう」
そう私が口にした時、インターフォンが鳴った。
『ごめんくださ~い』
さらに、女の子の声。
「誰か来たのかしら?」
「あ、きっと愛紗ちゃんだよ! 僕、行ってくる」
潤が席を飛び立ち、リビングを出ようとするのを私は阻止してやった。
「だめよ、潤。私が行って来る。あんたはそこで座ってなさい」
愛紗を潤に会わせるわけには行かない。門前払いしてやる。
「え、そんな……でも……」
「いいの。ここはお姉ちゃんに任せて、ね」
強引に潤をイスに座らせると、私は玄関に向った。
愛紗め。どの面下げてノコノコと私の前にやってきたのか。八つ裂きにしてくれる!
サンダルを履いて、玄関のドアの前に立つと、私は思い切りドアを開け、そこに立っていた人物を睨みつけた。
「あんたなんかに家の敷居はまたがせないわ! さっさと消えなさい!!」
「へ!? マリー、急にどうしたの? 私、なんか悪いことしたかな!?」
「あ、え? 三上、さん?」
そこにいたのは、愛紗ではなく、三上さんだった。




