321号室の出会い
その後、担当医師がやってきて、俺は親父と一緒に診察室へ連れて行かれた。
レントゲンとか見せられてよくは解らなかったけど、ギプスの交換にまた二週間後来ないといけないらしく、当然のことながらその間左腕は一切洗うことができない。二週間後の左手は果たしてどうなっているのか……あまり想像したくないな。
骨折って、思ったよりも面倒だ。なんか、ギプスを巻いてちょっとワクワクした自分がバカらしくなった。
けど、今も三角巾でぶら下がった左手からは、ほんの少し痛みがあるが、完全に骨折してるわけじゃない。これならなんとかキーボードは叩けるか。
骨が折れたショックよりも、カオス・クロニクルができなくなるほうが怖い。
俺、完全に廃人思考だな。
それから担当医師に、痛み止めやその他の薬をもらって帰るよう言われて、ようやく話が終わると、親父と一緒に診察室を出た。
「骨折程度で済んで本当によかったな……まったく、心配かけやがって!」
「ごめん、親父――」
親父は半泣きで俺に抱きついてきた。診察室の前で、それも、人目がある中で。
「息子よ!」
「やめろ、親父! 人が見てる、恥ずかしいだろ。俺が悪かったから、やめてくれよ、お願いだから!」
本格的に泣き出す親父。奇異の目で俺たち親子は見られている。
この視線、耐えられない。
「あ、親父。ごめん、ちょっと部屋に忘れ物! 代わりに薬、もらっといて!」
「おい、どこへ行くんだ! 翔ーー!」
忘れ物をしたのは本当だ。親父にハンカチを貸そうと思ってポケットに手を突っ込んだら、なかった。ただ、親父から離れたいというのも本音ではあったけど。
心配をかけてしまったという後ろめたさがある。だけど、それと同じくらい心配されているんだという嬉しさもあった。
うちの家族はなんだかんだで、仲がいいのかな。俺は二段飛ばしで階段を駆け上がりながら、そう思った。
確か、俺の病室は3階だったはず。3階のフロアに出ると、まっすぐに病室を目指した。
そういえば、病院なんてほとんど来たことが無い。健康だったこともあって、無縁だった。そのせいか、目に映るものすべてが新鮮に見える。
一番気になるのはやっぱり、ナースさんでしょ。そう、白衣の天使。きょろきょろと周りを見たけど、お兄さんだったり、おばさんばかりだった。
……サービス悪いな、この病院。いや、そういうベクトルのサービスが充実してる病院もどうかと思うけど。
白衣、か。相羽さんに看護されるなら、一生入院でもいいかも……白衣を着た相羽さんか……。やばいな、想像しただけで悶え死ぬ。
「――あの」
「は。はい?」
「そこ、通してもらえませんか?」
「ああ、ごめんなさい!」
妄想中だった俺を現実に引き戻したのは、少女の声。
ふと周りを見渡せば、俺は321号室の前で、通せんぼをするように、ドアを遮っていた。
慌ててそこをどくと、少女と目が合う。
細い体に白い肌。その上にパジャマを着ていて、さらにカーディガンを羽織っている。
年の頃は中学生くらい。彼女はこの321号室で入院生活を送っているのか。
「ごめんね、うっかりしてたよ」
「いいんです。あ、そうだ。もしよかったら、少しお話しませんか?」
「え?」
「退屈してたところなんです。ちょっとだけでいいんで……この病院、同年代の人が他にいないから……美文の話相手になってくると、嬉しいな」
「そうなんだ……うん、いいよ。俺なんかでよければ」
入院生活って、やっぱり暇なんだろうな。
俺は一晩だったから実感は無いけど、友達も知ってる人も来なかったら、どうやって過ごしていけばいいのか……。
彼女の気を紛らわすことができるなら、少しくらい付き合ってあげてもいい。
321号室に足を踏み入れてみて、最初に気が付いたのはそこが個室であった事。
もう一つは、ベッドの横に置かれたノートパソコンだ。冷蔵庫もある。色々そろっていてびっくりした。
俺のイメージでは、病院にパソコンは持ち込めない印象だったけど、持ち込めるらしい。しかも、LANケーブルが接続されているところを見ると、インターネットも可能みたいだ。
これなら、入院中でもカオス・クロニクルができそうだな。
そういえば、ギルメンにリアル医者がいて、宿直中に病院からログインしてきた事もあったっけ。仕事中にゲームするなよと思ったけど。
「どうぞ」
少女は部屋の隅にあったパイプイスを引っ張り出して、ベッドのすぐ横に置いた。
俺はパイプイスに腰掛け、なんとなく窓を見る。
……なんか、簡単にこの子のお誘いに乗っちゃったけど……何を話したらいいんだろう。そもそも、初対面なわけだし。まずは自己紹介から?
「あの、俺の名前、渡辺 翔っていうんだけど、君は?」
ベッドに座り、俺と向い合う少女。儚い。吹けば飛んでしまうような、そんな危うさがある。
「文堂 美文です。誕生日は、1994年5月3日。17歳。A型です! ふつつか者ですが、何卒よろしくお願いしますね、渡辺さん!」
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
「あはは。そんなに緊張しないでくださいよ~。美文は堅苦しいの、嫌いですから!」
最初の印象では、気弱そうなイメージがあったけど、そうでもないようだ。儚いっていう言葉も、海王星あたりまでふっ飛んでしまった。ていうか、同い年だったのか。
「ノートパソコンがあるんだね。それに、冷蔵庫とか、なんかすごいな」
「パソコンが持ち込み可能な病室を選んだんです。これがあれば、インターネットもできるし……でも、やっぱりリアルでおしゃべりしたいですよね。それでも、これがあるおかげでだいぶ助かってますけど」
「そうなんだ?」
「はい。顔も知らない人とお友達になれるし、ゲームの中なら、自由に動き回れるから……」
ゲーム。美文も何かMMOをやっているのかな。
「俺もMMOやってるから、それ、解るかも。色んな人と友達になれて、楽しいよね」
「うんうん! ギルドとか作って一緒に冒険したりね。美文、これでもギルドマスターなんですよ? すごいでしょ?」
「へえ。そうなんだ」
「でも、まだまだ人数が少なくって……今の雰囲気も好きなんですけど、いつか要塞持ってみたいなあ。それで、ギルドメンバー100人作って富士山の上でおにぎりをぱっくんするの!」
「それは賑やかそうでいいね」
彼女がプレイしているMMOがカオス・クロニクルだったら、すごい偶然だな。聞いてみようかな?
「あ、そうだ!」
美文は明るく笑うと、急に立ち上がって冷蔵庫の扉を開けた。
「渡辺さん、これからおやつだったんですけど、一緒にどうですか? 甘くて、フワフワして、おいしいですよ~」
最初は断ろうと思った。だけど、俺の胃袋がそれを拒否しようとしない。
そういえば、かなり腹が減ってる。お言葉に甘えるかな。
「じゃあ、いただきます」
「はい!」
冷蔵庫から取り出されたのは、4個パックの木綿豆腐と、ブルーベリージャム。あれをどうするつもりだ?
戸惑っていると、美文は紙皿に豆腐を乗せ、その上にこともあろうかジャムをがっつりかけた。
「さあ、召し上がれ♪」
言葉が出ない。白い豆腐の上に、紫色のブルーベリージャム。白と紫のコントラストに視線が釘付けになる。
しかし、もらうと言った手前、今更断るのは失礼になるな。
俺は美文から紙皿とプラスチックのスプーンを受け取ると、恐る恐る口へ運んでみた。
――!!
表現に困る、複雑怪奇な味だった。例えるなら……カスタードプリン? いや、ちょっと違うか?
「おいしいでしょ~?」
幸せを笑顔いっぱいにデコレーションした美文は、がつがつとあっという間に平らげてしまう。好みは人それぞれ……だよな。
俺は観念して、ブルーベリー豆腐にトドメをさした。
8月は多忙につき、
次回更新は9月1日になります。
二話分投稿しますので、どうかお待ちください。




