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迫る光

 三上さんは瞳を超新星の如く輝かせ、冷凍炒飯の袋を俺に見せびらかす。


 そんなにうまいのか。ていうか、こんな三上さんを見るのは初めてだ。


「今なら、2つ買えば500円! どう、渡辺くんも買わない? 一緒にこれ食べて、勝負に勝とう!」


「勝負はどうでもいいんだけど、2つで500円はいいね。一応買っとくかな」


 冷凍食品の棚からピリ辛直火炒め高菜炒飯を2つ取り出し、自分のカゴに入れる。冷気が右手にからみついて、一瞬寒気を覚えたが、すぐに三上さんが俺の手を握ってきてあったかくなった。


「これで私と渡辺くんは同士だね! 一心同体! マリーにも今度勧めてみようかなー」


 マリー? 外人の友達でもいるのかな。三上さんは顔が広いから、いても不思議じゃないけど。


 すると、突然カゴを後に引っ張られた。


「ようやく見つけた! ったく、どこほっつき歩いてたのよ! もうちょっとで、迷子のお知らせするとこだったんだからね!」


 愛紗だった。愛紗がむすっとしながら俺の後ろに立っていて、ポテトチップスの袋と板チョコをカゴに押し込んでくる。ちなみに金額はきっちり200円だった。際どいな。1円でもオーバーしていたら、却下してやるつもりだったのに。


「さ、レジレジ! 早く帰って飯作ってよ! 明日は決戦なんだから!」


「渡辺くん、その子誰?」


「あー。こいつ、俺の妹。うるさくてごめんね」


 買い物カゴにからみついていた愛紗に三上さんが気付いて問いかけてくる。


 愛紗は三上さんに気が付くと、むすっとした顔が瞬時に朗らかな笑顔になって、ぴんと背筋を伸ばした。


 いわゆる『よそ行きの顔』だ。


「兄のお友達ですか? いつも兄がお世話になっております。私、妹の愛紗と申します」


 深々と頭を下げる愛紗。声も普段より1オクターブ高い。


 三上さんも愛紗につられて頭を下げた。


「驚愕! 渡辺くんに、こんなかわいい妹さんがいただなんて! それにすっごく礼儀正しい……うーん。渡辺くんって、実は橋の下で拾われたりしてるんじゃないの?」


 失礼な。


 俺が否定しようとしたら、愛紗が前に出て、頬をピンク色に染めて、かぶりを振った。


「あは。そんな! 私なんて、兄に比べたら……全然です。兄を見習って毎日勉強ですから!」


「謙虚! う~ん。ますますもって、いい妹だあ。いいなあ、渡辺くん。いいなあ。私一人っ子だから、妹うらやましー!」


「こんなんでも欲しかったら、いくらでもあげるよ。エサ代いっぱいかかるし、肉しか食わないけどね」


「え!? どうしようかなあ。愛紗ちゃん、いいなあ」


 迷っちゃうの!?


「ふふ。お兄ちゃん、相変らず冗談きついね。でも、私も優しいお姉ちゃんが欲しいです。そうだ。じゃあ、逆に兄ちゃんを差し上げますよ。ふふ、もちろん、冗談ですけど」


「え!? 渡辺くんを……え、ええと。じゃあ、いただきます! じゃなくて、ごちそうさま! でもなくて……お代わり! ああ、これも違うよお。あーうー」


 なんか、いきなり三上さんがショートした。何だ、何が起こってるんだ? ていうか、軽くキャラ崩壊してるぞ。


 俺が戸惑っていると、三上さんはハッと表情を曇らせ、拳を握った。


「そうだよ。勝負しなきゃ! 欲しい物は勝ち取る! うん、そう。こんな邪道は許されないよ、葵!」


「あの、三上さん?」


「へ? ああああ! 気にしないで! ちょっと混乱してただけ! 大丈夫、私、勝負するから! 根性、気合、熱血、魂! やってみせる!!」


 いきなり三上さんが精神コマンドを多用しだした。付け加えるなら、閃きと必中も欲しいところだな。


「あ、ああ。そう。なんだかよく解らないけど……まあ、頑張って」


「おう!」


 元気よく返事する三上さん。あまりの元気のよさに、周りの客が驚いて振り向いた。


 ……ちょっと恥ずかしい。


「こんな兄ですけど、よければこれからも仲良くしてやってくださいね」


 愛紗はまたまた深々と頭を下げた。こいつめ、いい子ちゃんぶりやがって。


 三上さんもつられて再び頭を下げる。


「だまされないほうがいいよ。これ、化けの皮だから」


 その瞬間つま先に衝撃。愛紗のかかとが直撃していた。


「うを!?」


 ……やってくれる。


「お兄ちゃん。そろそろ行きましょう。お友達を長い間引き止めちゃ、悪いよ」


「あ、ああ」


「渡辺くん、またね! 愛紗ちゃんも、ばいばい!」


「はい、失礼します!」


 元気よく三上さんは手を振ってくる。やがてその姿がコーナーの影に消えたのを見届けると、愛紗は通常営業に戻って、だるそうに肩を落とした。


「あー。お腹空いたぁ! 早く帰ろう! そんで、お風呂入って、お肌のお手入れして、潤くんの写真見つめて……フフフ」


 朗らかな笑顔はとたんに妄想いっぱいのでれでれした顔になり、ちょっとおつゆがこぼれそうになっている。


「あ、三上さん」


 瞬時に朗らかな笑顔になって、ぴんと背筋を伸ばす愛紗。


「ウソだよ」


「くう……バカ翔のクセに! 先に外で待ってる! 早くレジ済ませてよね!」


「はいはい」


 愛紗はそれだけ行って、ずかずかと不機嫌そうに歩いて行った。


 それから悩んだ挙句、肉売り場で半額の国産豚肉肩ロース薄切りを買うことにした。


 困ったときの豚の生姜焼き。焼くだけで済むし、半額で消費期限が今日までだったけど、日本酒で臭みを消せば大丈夫。


 さて。外で愛紗も待ってる。


 さっさと帰って飯作って、風呂入ってギルドハントだ。


 今日は、潤を紅蓮の砦へ連れて行ってやる予定だった。リニューアル狩り場を全部制覇して、要塞戦に備えて、それからそれから――。


 やりたいことは山ほどある。


 明日には俺のPCも完成させて、新しい環境でプレイするんだ。


 そう考えただけで、胸の奥が熱い。早く帰らないと!


 俺はレジに並んで精算を済ませると、入り口で携帯をいじくっていた愛紗を拾って家への帰り道をたどった。


「ねーねー。さっきの人。クラスメイト?」


 帰り道の途中。信号待ちしていると唐突に愛紗が語りかけてきた。


「ああ。そうだよ。三上さんっていうんだ」


「ふうん。なーるほどお。あたしの乙女センサーがビンビンに反応してるよ。あの人、恋してる!」


「へえ、誰に?」


 あの、三上さんが? 恋愛より、根性や気合が好きそうなのに。


 すると、愛紗は俺の顔をじーっと見つめた。


「心当たり無いの?」


「ぜんぜん」


「本当に?」


「ああ」


「うわあ、三上さんかわいそう」


「何で?」


「何でかなー」


 愛紗は半笑いで俺を見る。くそ、なんだ?


「それより、お前。明日、潤の家に行くんだろ? お姉さんに粗相のないようにしろよ」


「言われなくても解ってるよー! うるさいなー。バカ翔のクセに」


 カチンときた。さっきまでのやりとりもあって、少々イラついていたのかもしれない。少し語気を荒げて愛紗の肩つかんだ。


「わかってねえよ。だいたいお前、手ぶらで行くつもりか? 確か、クッキーの詰め合わせがあったから、それでも持って行け。あと、ちゃんと挨拶して――」


「うるさいって! 何様よ、バカ翔のクセに! 生意気だよ! あたしに指図しないで! あたしにはあたしのやり方があるんだから!!」


「生意気って……お前な! 自分ひとりじゃ何もできないクセに、いい顔ばっかりするんじゃねえ! 俺はお前の為を思って言ってるんだぞ!」


「むかつく!! バカ翔なんて、死んじゃえばいいんだ! この世界から消えて無くなればいいのに!」


「おい! 愛紗!」


 気が付くと、愛紗は駆け出していた。赤信号の道路を。


 そう、今信号は赤。


 赤なんだ。


 だから。


 愛紗はバカだ。


 怒ると周りが見えなくなる。


 だから。


 愛紗は俺の家族だ。


 生意気だけど、かわいい大事な妹なんだ。


 だから。


 だから。


 俺は迫り来る光に向って。まったく状況が飲めずに、その光を見つめるしかない愛紗に向って。


 ――駆け出した。


「愛紗!!!!」


 車のクラクションと俺の叫び声と愛紗の悲鳴。


 そして、全身に伝わる衝撃。


 何が起こったのか、理解ができないまま……俺の意識は途絶えた。

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