暁の空 VS ルシエド
世間は狭い。そう、思った。ネットで日本中のユーザーと繋がっているとはいえ、なんだか不思議な気分になる。
もしかしたら、リアルの自分。相羽 真理奈のすぐ近くにも、カインと深く関わっていた人がいるかもしれない。
接点がルシエドというのは何とも言えないが……。
「うぇw」
一瞬背筋が凍った。
一般チャットでルシエドがそう発言したからだ。
見つかった?
凍りついた背筋はみるみると熱を帯び、そこを嫌な汗が一筋滑り落ちる。
嫌。
嫌。
嫌。
嫌だ。
あんな奴に関わったばかりに、カインは自分の居場所を追い出され、積み立ててきた物を崩された。
ギルメンからの信頼も、他人への信頼も、マスターとしての自信も、失くしてしまった。カオス・クロニクルを楽しめなくなったのも、全部……あいつのせい!!
そのあいつにまた、エルトがカインのようにされてしまうんじゃないかと思うと……プンにひどい事をされてしまうんじゃないかと考えると……心が痛い。
「斬魔ちゃんかわゆすwww 俺んとこのギルドと連合組んでくれたら、こんなことしなかったのに、ツンデレっすか?w」
どうやら、こちらに向けられた言葉ではなかったらしい。
ほっと安堵し、一息する。
改めてルシエド達を見ると、7は攻撃を止め、ルシエドの側にいる。
どうやら、ヴァーミリオンに連合を持ちかけていたらしいが、交渉が決裂したのか、GVGに発展したようだ。
今の所、まだみつかってはいない。しかし、早急にこの場を離れた方がいいか。
ルシエドは気になる。……が、ヤマモトが真剣に『離れよう』と言っているのだ。ここはヤマモトの意思を汲むべきだし、ルシエドに何かされた後では……遅い。
今すぐカインにキャラクターチェンジして、ルシエドに詰め寄りたい。けれど、冷静にならなくては。
そう。ルシエドと関わりさえしなければ、今の平和な状態が維持できる。
あんな奴は相手にするだけバカを見る。スルーが一番だ。
「ちくしょう、覚えてろよ、お前ら」
「あ。逃げた。てか、テンプレか、あいつらwww レベルの低い奴は、ボキャブラリーも貧困なのかねえ」
斬魔達は、戦禍の詠唱したリターンで狩り場から最寄りの街へと帰還したらしい。
7がルシエドに振り返る。
「で、さ。ルシエドたん」
「んー?」
「そこの二人。どうする?」
――気付かれていた。さっと血の気が引けていくのが解る。
「殺す^-^」
「おk」
7がこちらに向ってくる。
リターン。リターンをしなきゃ。ショートカットは……リターンのショートカットは、どこ?
指が震えていた。
ルシエドというトラウマ。人生で初めて経験した裏切り。人生で初めて他人に抱いた憎しみ。
忘れる事のできない過去。拭い去れない他人への恐怖。記憶の奥に封印したはずの思い出。
それが今……目の前に、『ある』。
7がこちらに向ってくる。
うまくクリックができず、関係の無いステータス画面や、メール作成画面を開いてしまい、余計に混乱した。
何をやっているんだ。
7がこちらに向ってくる。
相変らず見つからないショートカット。頭の中は真っ白だ。上下の感覚が無いくらい意識が朦朧とする。指の震えは相変らず止まらない。
7がこちらに向ってくる。
7がこちらに向ってくる。
7が――。
「俺、抜けるわ」
突然、楓……エルフの青年がそう言った。
「元々仮入部だったし、カインってのとPVPしたかったんだけど、そいつもうやめてるみたいだし」
7の動きが止まる。
「それにさ、一般まで狩るなんて聞いてねーぞ。GVは好きだけど、こいつら弱そうだし。ってわけで。今まであんがとさん。PK狩りはなかなか面白かったよ」
「ええええええええええええええええええええええ? やめちゃうの? うそおおおお! もっとPKしようよー。楽しいよー。ちびるくらい楽しいよー?」
「ルシエド、お漏らし?w」
「違うわwww ボケw ちょっと残尿感が……うそよ、うそ」
「だから、うるさいって。それにカインの代わりも見つけたし、今度あいつとPVするからな、俺」
「だーめー>< 椛たそは、俺がPKするの! 今度こそ灰色の狼をギルドごと崩壊させて、徹底的に叩き潰すの!」
椛を?
「そのために7っちに潜入してもらってたんだもん。プンプン! 楓なんて死んじゃえ、クソボケハナクソ!」
ギルド崩壊。徹底的に潰す。
「とにかく、そういうワケだから。じゃあな、飯の時間だ」
楓はそれだけ言って、ログアウトして消えた。
「ルシエドたん。帰るか。俺も腹へったわ。そろそろ塾の時間だし」
「おkー7っち。帰ろ帰ろ。それじゃエルトたそ、キラ・ヤマモトたそ。ぐっばい! 今度狩り場で会ったら、ちゃんとPKしてあげるから、期待してまっててね^-^」
ルシエドと7は一瞬で姿を消した。
ログアウトしたか……?
後に残されたオレ達は、ただただそこに立ち尽くすしかできなかった……。
途端、体中にどっと疲れが押し寄せて、危うくキーボードに激突しそうになる。
とにかく、狩りどころではなくなってしまった。もうそんな気分じゃない。とりあえずヤマモトと一緒に帰還しよう。
そう考えて、リターンを詠唱しようとショートカットアイコンにカーソルを合わせ、詠唱を開始した時。
突如、何かが猛スピードでエルトの眼前に迫った。
そして、耳をつんざくかのような金属を金属で穿つようなSE。
7から1623のダメージを受けました。
エルトのHPゲージが赤く点滅する。当然、詠唱もキャンセルされてしまった。
「え?」
「ち。まだ生きてた」
「ただいま~^~^ おや、また会ったねえ~。じゃあ約束通りPKしてあげるね^-^」
なんだ?
何で、7が?
「油断した? したかな? したよね!? 俺の言った事真に受けてんじゃねーヨwww 逃がすわけねーだろ、ヴォケw」
そうか。ログアウトはふりだけで、本当はすぐにリスタートしたのか。
たぶん、7とルシエドはウィスパーでそう指し示していたんだろう。
「もしお前らが帰ってたら、その時は本当に御飯の時間だったんだけど、よかった。まだいてくれた^-^」
「ヤマモト! 逃げろ! リターンの再使用時間が終わるまで生き延びろ!」
「ぬを。わかったお! (°д°;)」
すぐにエルトのHPをヒールライトを連発して安全圏まで引き上げる。
ヤマモトは一目散に駆けて行った。
「逃がすかよ」
7の足元に光の渦が巻き起こる。短い掛け声と共に7は一陣の風となって駆けた。
ヒューマンローグ上級職『ナイトスタッバー』の強化スキル。『エアライド』。瞬間的に移動速度を最大化するスキルで、爆発的なスピードでヤマモトにおいすがった。
「ばいばい、キラ・ヤマモト^-^ そういうオタッキーな名前けっこう好きよ。結婚して欲しいくらいwww でも俺、フリーダムよりジャスティスがいいかな」
ルシエドはまったく手を出さず、高みから見学している。何気に趣味が一致しているのもまた気に入らない。でも、今はそんなこと問題じゃない。
――やらせない。
大事なギルメンを傷付けさせは……しない!
ソウルアレストを詠唱。瞬間的に7を移動不可能状態にし、動きを封じる。これで数秒は持つだろう。
しかし、あくまで数秒。
リターンの再使用にはまだ間がある。どうする……。
背後にはルシエド。目の前には7。再使用時間はまだ1分以上ある。このまま逃げ続けるのは厳しい。
「やっぱお前から殺す。ヒラは厄介すぎる」
ソウルアレストの自動解除と同時、7のターゲットがこちらに移った。そして、7がエアライドで加速する。
眼前に迫る7。
即座にスキルが発動する。このモーションは……デュアルスタッブか。
しかし、7はスキルモーションの途中でスキルを中断し、スタン状態になっていた。
7の背中には矢が突き刺さっている。
「エルトの敵は私の敵。エルト、いますぐ助ける。ギルメンは私にとって大切な家族」
グラムだった。
グラムが放ったフラッシュショットが、7をスタン状態にして、スキルカットしてくれたようだ。
「ぬを。さすが勝利の女神、グラムたんだお。胸は無いけど、足がステキ(°д°)b」
「ヤマモトの敵は私の味方。ヤマモトは知らない」
「ひどす! (°д°|||)」
「かw ぞw くw わろすw」
ルシエドがシャウトで高々に笑う。
「7。ルシエド。お前達は、ぶっ殺したい奴リストに追加する、絶対に許さない」




