スクリーンショット
パーツ関連の支払いを済ませると、俺は相羽姉弟を追跡した。急いで本館を出なければならない。
今もこの空間のどこかで、あのおばちゃんが俺を狙っている。
そう、まるでエルフアーチャーのような狩人の勘と、オークウォーリアのような野生の魂に、ダークエルフローグのような気配の殺し方……生きた心地がしない。
もう二度と買い物に来ることは無いだろうな、ここには。っていうか、ついつい勢いで選んで、成り行きで買ってしまった。他にも、ヨドバシガメラやツクシ電機を回って吟味するべきだったのだが……致し方ないか。
パーツが入った紙袋を左手に、ケースが入っているダンボール箱を右手に抱え、本館を出る。そして、そのままアミューズメントへ向った。
両手に荷物を引っさげて秋葉原を進む。季節は秋だが、俺の背中をじんわりと汗が滴り落ちた。
重い。その一言に尽きる。
潤に半分持たせようと思って呼びつけていたのもあったのに……何で、相羽さんまで来てしまったのか……。まあ、俺の知らない相羽 真理奈を知ることができたし、色々ラッキーな事もあったんだけど。
その分色々アンラッキーもあったが……これからどうなるんだろう、俺。
重い足取りと重い荷物を抱えてアミューズメントに到着すると、相羽姉弟の姿を探してさまよった。
そうしてなんとか探し終えて、ゲームを見たり、ソボマップを出て色々動き回ったりして、2人とも疲れたのか満足したのか、帰宅することになった。
帰りの電車の中で、重い荷物を床に置き、窓の外の景色をぼんやり眺めながら考える。
潤さえいなければ、相羽さんとデートになったんだけどなあ。
けど、タイミングが悪すぎる。元々の予定があったわけだし、そもそも相羽さんが来ることは想定外だった。
俺も寝起きで飛び出してきたので、服も普段通りの物で、髪も軽く整えただけだ。
窓に映る俺の姿を見ると、後悔の溜め息しか出てこない。
ふと、相羽さんを見る。俺と同じように、扉の前に立っていて、窓の外を見ていた。その姿に心、奪われる。
夕日が窓から差し込んで、それが相羽さんを鮮やかに染め上げていた。
白いスカート……確か、ティアードスカート、だったかな。愛紗も同じのを持っていて、『自分の命だと思って大事に洗濯してよね! それ、あたしのお気に入りなんだからっ』と生意気なことを口走っていた。俺の命と同格のスカートに敬意を評し、丁重に洗ってやったのだが、愛紗は次の日それをはいて、金網に裾をひっかけ、おじゃんにして、泣きながら帰ってきた。
その後親父におねだりして、新しい服を何着か買ってもらっていたっけ、あいつ。親父をあの手この手で言葉巧みに誘導する話術には恐れ入る。
まあ、愛紗のことはどうでもいい。
相羽さんのスカートが夕日の赤を受け、幻想的な色合いを醸し出している。さらに上着も、髪も、瞳までもが幻想の色に染まり、俺は一瞬我を忘れてしまうくらい相羽さんに見惚れていた。
――私服もいい。あと夕日、グッジョブ!
「もっとお代わりしていいですか……渡辺さあん」
「……」
潤が俺にもたれかかってきた。立ったまま寝るという、非常に器用なことをしでかしている上に、寝言を呟きながら俺にまとわりついてくるのだ。
「ぼく、これが食べたいです……」
潤が俺の胸に手を回す。……ええい、暑苦しい! ていうか、どこ触ってるんだ! 何を食うつもりだ、お前は!
潤、邪魔!
結局潤は駅に着くまで俺から放れず、俺は潤の体重を1時間近く支え続けた。
「なんか、疲れちゃいました」
高校の最寄り駅の改札に降り立つと、開口一番潤がそんな事を言った。なので、俺は潤のおでこに思いっきり、デコピンをかましてやった。ちなみに俺が降りる駅はもう一つ先だったが、相羽姉弟を見送るため一緒に降りたのだ。
「痛いです! なんですか、もう」
「俺は重かったんだよ……」
そしてまた、この重い荷物を持って自分の家へと帰らなければならない。それに比べてこいつと来たら、手ぶらで丸腰だ。
デコピン一発では収まりそうにない。
「それじゃ帰ろうか、潤。渡辺くん、また月曜日に学校でね。あと……これからもよろしく」
笑顔の相羽さん。これから『も』とその部分だけ強調して背を向ける。
……俺は相羽さんの言いなりになるしかないのか。
相羽さんはさっさと改札を出て行ってしまったが、潤はその場に止まり俺をじっと見ていた。
「あの、渡辺さん……」
「ん、どした? お姉ちゃん行っちゃうぞ、早く行けよ」
「あの……その荷物、片方持ちますよ? ぼく、お家までお供します」
「そうか! 助かるぞ、潤!」
俺はケースが入ったダンボール箱を潤に手渡した。CPUやグラボはデリケートなので、何かあったら困る。潤はかなりおっちょこちょいなので、そっちを落としたりしたら俺は泣く。道のど真ん中でも泣く。
ていうか、もうちょっと早い段階で言って欲しかった。それでも片方持ってくれるのは、ものすごくありがたい。
「あれ、お姉ちゃんはいいのか?」
周りを見回すと、もうすでに相羽さんの背中は見当たらなかった。歩くの早いな、相羽姉弟は。
「帰ってから話しておきます。それより、行きましょうよ!」
潤は意気揚々とケースを抱えて、電車に乗り込んだ。
俺も乗り込んで空いていた席に座る。ぎりぎり俺と潤のスペースがあって助かった。たった一駅とはいえ、今の内に休んで英気を養わなければ。
俺が席に座ると、突然右肩に何かがのしかかってきた。
何だと思ってそれを見ると、それは潤の頭で、またしてもグースカ寝てしまっているようだ。
またか! また寝るのかお前は!
そう思っていたら、今度は左肩に何かがのしかかってくるので、俺はうんざりして左を見た。
今度はどこのどいつだこの野郎。と思って隣を見た俺は驚く。
俺の左肩によりかかってきたのは、大学生くらいのキレイなお姉さんだったからだ。
メガネをかけた知的な雰囲気を持つ美人。ロングの茶髪が俺の頬に触れてこそばゆい。
相当疲れているのか、完全に俺によりかかってきている。左利きらしく、携帯を操作中に寝入ってしまったらしい。
他人の携帯の画面を見るつもりは無かったのだが、俺は思わずその画面を数秒見てしまった。
「エルト……?」
カオス・クロニクルには、ゲーム画面をスクリーンショットにして保存する機能があるのだ。その保存したスクリーンショットには様々な使い道がある。主にブログなんかがそうだ。
けれど、中にはそのスクリーンショットを巧みに加工して、外部掲示板にさらされ、冤罪を背負わされたプレイヤーもいるらしい。
お姉さんが見ていたのは、ブログだった。そのブログに貼り付けられたスクリーンショットには、エルトが写っている。
このお姉さんもカオス・クロニクルをやっているのか……へえ。
エルトが立ち上げたギルドのメンバーだったりして……でも、誰だろうな。
一応俺も『暁の空』の面々は知っているけど、ちょっと見当が付かない。もしかしたら、punpun321かも? いや、彼女は俺と同じ高校生らしいし、違うか。じゃあ、ケルさんか? まさか……キラ・ヤマモト!? いやいやいや! それはないな、断じて。
そんなことを考えていたら、電車が減速して駅のホームに停車するところだった。
「おい、潤! 起きろ、着いたぞ!」
「はい?」
潤を起こし、お姉さんの体を垂直にして、壁にもたれかけさせてあげると、急いで電車を降りた。
駅から重い荷物と疲れた体を引きずり、歩く事数分。ようやく我が家が見えてきた。
「あの……渡辺さん。今日は愛紗ちゃん、いますか?」
急に潤がもじもじして、うつむいたまま小さな声で呟いた。
「ああ、いるんじゃないか? 『今日は一日勉強少女になる!』って言ってたから、とっくの昔に飽きて、ゲームでもして遊んでる頃だろ」
「そうですか……愛紗ちゃん、いるんですね」
うつむいていた潤が顔を上げると、満面の笑みを浮べ頬を桜色に染めていた。
「お前……まさか、愛紗に会いに来たのが本命か?」
「え? いえ、そんなっ」
「隠すなよ。顔に書いてるぜ、愛紗ちゃんに早く会いたいですってな」
潤が爆発する。もちろんこれは比喩だが。
顔が桜色から、大噴火した火山のごとく真っ赤になる。
「お前、もしかして愛紗の事……好きなのか?」
聞いてみた。
数秒沈黙した後、小さな声で『はい』と肯定する潤。
マジか。あれのどこがいいのやら。まだフライドチキンのチェーン店に置いてある、ヒゲのおじさん人形を嫁にもらったほうが断然マシだろうに。
「ぼく、ずっと……迷ってるんです。愛紗ちゃんにこの想いを伝えたいって……でも、勇気が無くて……」
「ふうん。大丈夫だと思うぜ、潤なら」
「そう、ですか?」
「ああ。俺から見ても愛紗も潤の事、悪く思ってなんかいないからな。思い切って言ってみろよ。男には勝負しなきゃいけない時があるんだ。今がその時だぜ! そうだ。俺がとっておきの専用挨拶を教えてやろう。これで、愛紗のハートはお前の物だぜ!?」
「けっこうです」
真剣な表情できっぱりと潤は言った。
……ショックだ。ショックすぎる。
「あ、そうだ! その、渡辺さん……少し、練習していいですか?」
「何を?」
何だ? やはり、やる気になったか? 専用挨拶を!
「愛紗ちゃんにプロポーズの練習です」
「プロポーズ!?」
「はい」
「あの、プロポーズってあのプロポーズ? 切れてるチーズとかじゃなくて? 犬種とかじゃなくて?」
「渡辺さん、それはプロセスチーズです、犬種はマルチーズですね」
「冷静なご意見ありがとう」
「どう致しまして」
一瞬俺たちの間に静寂が訪れる。
「ああ、いや、そうじゃなくて! 普通、告白だろ!? なんで一気に飛躍して結婚までいっちゃうんだよ!」
「だって、好きになったんですよ!? ぼく、こんな気持初めてなんです。ずっと一緒になりたいと思うじゃありませんか! ぼくが、絶対に愛紗ちゃんを幸せにしてみますから! だから、愛紗ちゃんをぼくにください!」
乙女か、お前は。
「ああ、いや、まあ……なんて言うか……まずはお友達からでどうだ?」
「もうお友達です」
「ああ、そっか……ていうか、潤。法律で男は18、女は16になるまで結婚はできないんだぞ?」
「そ、そうだったんですか……知りませんでした。じゃあぼく、国会議員になって憲法を改正します」
「いやいやいや。とにかくまあ、落ち着け。論点がずれ始めてる。まずはお前の想いを伝えなくちゃ、どうにもならないだろ」
「そうですね……先走りすぎました」
まったくだ。
「でも、ぼく、気が弱いから……中々言い出せなくて……」
「しょうがねえな。未来の義理の弟を助けてやるか。じゃあ、俺を愛紗だと思って言ってみろ。聞いてやるからさ」
「解りました!」
俺たちは家の前に荷物を置くと、互いに向かい合った。
潤が深呼吸をする。途端になんだか俺も緊張してきた。
「いいぜ、来い潤」
「は、はい! 行きます!」
潤が一歩踏み出す。
「ぼく、ぼくは……ずっと前から君の事が――す、すきききききき!」
「バカ翔おかえり~早く飯にしてよ~腹減っ……た?」
固まる。俺も潤も。愛紗も玄関のドアも。塀の上であくびをしていた野良猫も動きを止めた。
全てが一瞬時を刻むのを忘れ、静止する。
潤は勢い余って俺の手を握っている。そしてそれを愛紗が凝視している。
「……2人とも何やってんの?」




