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Marina Counter Attack

「渡辺さん。何してるんですか? お昼寝ですか?」


 俺のすぐとなりにやってきた潤が小首をかしげた。


「渡辺さん? じゃあ、君が……渡辺 太郎だったの?」


「え? いや、俺は渡辺 翔だけど……何で、相羽さんがここにいるの?」


「私は……潤が心配で付いてきたの。ねえ潤。この人が愛紗ちゃんのお兄さんなの?」


「うん! そうだよ。渡辺さんだよ!」


 何故か潤が誇らしげに胸を張って俺を指差した。


 相羽さんは潤と俺を見比べて大きな溜め息を一つ付く。


 そして、キっと切れ味のいいナイフみたいな視線を俺に向けてきた。怖いぞ、これ。あの天使のような相羽さんがかなり怒っている。


 いや、それもそうだ。俺は彼女の胸を触ってしまったのだ。女性としては相当な屈辱だろう。


「あれ? お姉ちゃん。どうかしたの?」


 潤は能天気に笑顔で俺と相羽さんを見ていた。


「ぼく、お腹空いちゃったなあ。ねえ、まずはどこかで何か食べようよ!」


 相羽さんは怒りのためか、肩を小刻みに震わせている。


 潤は空気を読め。


「渡辺くん。東京都迷惑防止条例って知ってる?」


「え? なにそれ?」


「チカンは『犯罪』だよ」


 突如、怒りに震えていた相羽さんの顔が無表情になった。同時に繰り出された犯罪の一文字が俺の胸を光速で貫いて、一瞬唖然とする。


「ちょ! ちょっと待って! これは誤解だよ!」


「あ。あそこに駅員さんがいるね。あのー! すみませんー」


「ちょ、ちょっとー!?」


 相羽さんは勢い良く手を振ってホームにいた駅員さんを呼んだ。え? 俺、警察に突き出されちゃうの? 俺、犯罪者? チカン?


 それって……まずい、よね。


 このままじゃ、俺。稲田と肩を並べるドヘンタイ野郎にクラスチェンジしちゃう! なんとかしなければ……!


 途端に相羽さんは顔を近づけて、甘く囁いた。甘いのは囁きだけじゃない、彼女の体から漂う香水の匂いもそうだった。


「ねえ。私の言う事聞いてくれるかな?」


「え? いや、俺にもできることとできないことが……」


「クラスに三上さんって子いるよね? ほら、いつも私と一緒に帰ってる子だよ。彼女ね、陸上部に所属していて先輩や後輩とすごく仲がいいの」


「え? 三上さん?」


 三上 葵。陸上部所属のスポーツ少女。三上ネットワークという、恐ろしい武器(情報網というか、連絡網)を持っている。彼女にかかれば噂などあっという間に校内に広がってしまうだろう。


 ちなみに、彼女は俺のクラスの女子グループのリーダーで、相羽さんといつも放課後に帰っている子だ。後輩からも好かれていて、面倒見はかなりいいし、男にも気さくに声を掛けられているという、男女共に人気のある子だ。俺は興味ないけど。


 相羽 真理奈一筋だからな。


「他のクラブとの渉外係もやってて、顔が広いんだよ。この意味、解るよね?」


「ん、うん?」


 次の瞬間、天使が悪魔のように笑った。


「しゃべっちゃおうかな、三上さんに」


「うん。何でも聞く。ぜひ、お願い」


 気が付くと俺は即答していた。


「どうしたんだい、君?」


「あ、駅員さん!」


「ひゃっ!!」


 俺の背後から駅員さんが怪訝な顔をしてやってきて、思わず声が上ずってしまった。


 相羽さんが深刻な顔をして駅員さんに詰め寄る。


「あの、私達、秋葉原初めてで……喫茶店の場所を教えて頂けませんか?」


「ああ、それなら――」


 俺は安堵して大きな溜め息を一つ付いた。どうやら、彼女の胸をもんだ事は、秘密にしてくれるらしい。


「ほら、行こう、潤。渡辺くんも」


 相羽さんが潤の腕をつかむと、もう片方の手で俺に手を差し伸べてくる。


 俺が手をつかむと同時に、相羽さんは笑顔で言った。


「渡辺くん。私、喉が渇いちゃったな」


「え?」


「潤も何か飲みたいよね?」


「うん!」


「え?」


「じゃあ、さっき教えてもらった喫茶店に行こうか。渡辺くんのおごりで」


 相羽さんは教室でも見せたことが無い極上の笑みを浮べ、改札を出て行った。


 その背中を見て俺は気が付く。とんでもない事してしまった上に、俺はもしかすると、悪魔のような天使……いや、天使のような悪魔と契約してしまったのかもしれない、と。


 秋葉原駅から一歩飛び出す。すると、相羽さんは先陣を切り歩き出した。


「こっちだよ、渡辺くん」


「ちょっと、待ってよ!」


 やがてさっきの駅員さんに教えてもらった喫茶店の前にたどり着くと、その入り口で相羽さんは立ち止まる。


 秋葉原で喫茶店。これが意味するところは一つ。メイド。そう、メイドだ。家政婦ではなく、メイド。しつこいようだが、メイドだ。


 この扉の向こうでは、俺の帰りを待ちわびているかわいいメイド達がいるのだ。そう考えただけで、俺はときめいた。


「渡辺くん、お先にどうぞ」


 相羽さんがレディーファーストならぬ、ジェントルファーストしてくれたので、俺はお言葉に甘える。


 喫茶店のドアノブに手を掛ける。汗が俺の背中を濡らし、この聖域の扉を早く開けよと本能の叫び声が頭の中でワイルドシャウトする。


 行くぜ、みんな。俺について来い!


 1人心の中でリーダーシップを取ると、俺はヘブンズドアを開いた。


「いっらしゃいませ」


 ン?


 店に入って応対したのは普通のおじさんだった。あれ。なんだこれ。メイドさんどこ?


「3人です。ほら、渡辺くん、行くよ」


「え? あ、ええ、行きますとも」


 相羽さんの背中を追いつつ、店内をぐるりと見渡すが、どこにもメイドなんかいやしない。


 窓際の席に通され、相羽姉弟とテーブルを挟む形で席に着いた。すぐにお冷が運ばれてきて、それに一口つけていると相羽さんが何かぼそりと呟く。


「爆乳メイド祭り4」


 ブフォ!!


 俺は一瞬で口に含んだお冷をウォーターカッターのごとく発射した。それが運悪く潤の顔にかかってしまい、相羽さんに睨まれた。


「冷たいです、渡辺さん……」


「潤、大丈夫? 何するのよ、渡辺くん。私達姉弟に何か恨みでもあるの?」


「いや、わざとじゃ……それに相羽さんがヘンなこと言うから……でも、かっこいいじゃない、潤。まさに水も滴るいい男。いや、さすが相羽さんの弟だ、うん」


「渡辺くん」


 また睨まれた。


「ぼく、おトイレいって顔拭いてくるよ」


 潤はそう言って、早足でトイレに駆け込んでいった。


 途端に2人きりになり、気まずくなる。さっきの事はまだ怒っているみたいだし、そもそも学校でもあまり話したことはなかった。どうしよう。


「メイドがいなくて残念だったね」


「え? ああ。俺、てっきりメイド喫茶かと……」


「それもよかったんだけどね。秋葉原であえてメイドがいない喫茶店っていうのも、趣があっていいと思うけどな。それに、本格的なおいしいコーヒーが飲みたいじゃない? なんといっても、『ただ』だし。コーヒー……ふふ。楽しみだなあ」


 相羽さんが無邪気に笑った。そう、『無』邪気。さっきみたいに含んだ笑いではなく、心から笑っている。


 その笑顔に俺はときめく。やっぱ、相羽さんっていいな。


「でも、驚いたよ? 渡辺くんが潤とこんなに仲良しだったなんて……」


「ああ、偶然駅前で会ってさ、なんか放って置けなくて……潤ってなんか保護欲をかき立てられると言うか、危なっかしいっていうか」


「へえ。渡辺くん優しいんだね、赤の他人に、それも初対面の人間に」


「俺、ある人に助けられたんだよね。その人は……他人に興味がなくて、自分のことしか考えてなかった当時の俺にとって、本当に衝撃な人だった。誰かの為に自分を投げ打って……漢字の漢と書いて、(おとこ)と呼べるような人だったんだ……その人のおかげかな」


「それって、もしかして、カイ――」


「お待たせいたしました」


 相羽さんが何か言いかけたが、注文していたコーヒーがやってきて遮られる。俺も頼んだサンドウィッチがやってきたので、それに襲い掛かった。


 テーブルに置かれた一杯のコーヒー……エスプレッソだ。それを相羽さんが優雅な手付きで口に運ぶ。


 苦そう。


 そんな印象しかないのだが、相羽さんはそれを幸せそうに飲んでいた。


「あ!」


「な、なに!?」


 まずい。見とれていたのが、ばれてしまったのか。胸を触ったことに続き、嫌らしい目で相羽さんの肢体をなめるように見ていた(そんなことしてないけど)。……となると、俺はいよいよ三上ネットワークでヘンタイ人間確定か。


 週明けが(うつ)だ。


 すると、相羽さんは俺のほっぺたにくっ付いていたタマゴのかけらを指ですくい、それを……ぱくっ。口の中に入れた。


「付いてたよ」


「!!」


 しかし、一瞬相羽さんの動きがぴたりと止まって、顔をうつむけ小さくうなった。


「あ……やば。潤だと思ってやっちゃった……」


 お? おおおおおおおお!?


 なんだこれは!? なんなんだこれは!?


 やばい、幸せすぎる! 地味に間接キスだ! 飛び跳ねたい。偶然とはいえ、間違いとはいえ、幸せすぎる。


 もう、爆乳メイド祭り4を初めてインストールしたときよりも、幸せ指数が未知数だ!


 ああ、時間止まらないかな。猫型ロボットでもそのへんに転がってないかな。ポケットだけでもいいから。


「ただいまー!」


「お帰り、潤」


 しかし、幸せな時間は潤の帰還によってブチ壊された。くそう、潤め。空気を読め!


「お帰り、潤。……チ」


「どうしたんですか? 渡辺さん。なんだか、気分が悪そうですね」


「……普通だよ……チ」


「????」


 潤の周りに?マークがいっぱい浮かび上がる。


「あ、パンくずがほっぺたにくっ付いてますよ、ぼくがとってあげますね」


「余計な事をするなああああ!」


「????」


 俺は潤の指をかわすと、相羽さんに向けて頬を差し出した。


 しかし、相羽さんは俺を無視すると、メニューを広げて潤に見せた。


「ほら、潤。お腹空いてるでしょ? いっぱい食べていいんだよ。優しい優しい渡辺くんがおごってくれるんだから、遠慮なんかしたら、失礼だよ」


「本当? ありがとう、お姉ちゃん。ぼく、いっぱい食べるよ!」


 違うだろ、潤! お礼は俺に言え!


「じゃー、これと、これと、あ、これもいい! お姉ちゃんもどう?」


 潤。頼むから、空気と俺の懐事情も読んでやってくれ……。

次回は5月9日水曜0時更新です。

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