転職クエスト
それから一通りの家事を終えると、俺はリビングに戻り、再びカオス・クロニクルに接続しようとした。
が、すでにイスには愛紗が座っていて、ヴェルカでログインしていた。熱心に狩りをしていて、俺には気付いていない。
「おい、愛紗」
愛紗の肩にそっと手を乗せる。このままイスごと引っ張ってやってもよかったが、もう午後8時。ご近所迷惑にならない程度に兄妹ゲンカしなければならない。
「んー? うっざいなー。今あたしがプレイしてんのっ! 後にしてよ」
愛紗は振り返ろうともせず、ディスプレイの向こうにいるヴェルカを見つめていた。ヴェルカはダークエルフのローグで、レベルは68。職業はダークエルフローグの上級職『シャドウダイバー』。
PKKギルド三散花のギルドマスターで、それなりにプレイヤースキルはあるらしい。
「お前のプレイ時間は0時~3時だろう。さっさとそこをどけ」
「やだ。アップデート楽しみだったんだもん。それにもう、すぺりおるたんのパーティー入ったし」
「お前、今年受験生だろ、勉強しろよ。出ないと俺と同じ高校入れないぞ。それなりに偏差値高いしな、うちの高校」
「一夜漬けでなんとかなるーって! 男がそんな細かいこと気にしたら負けるよ」
何に負けるんだ。
愛紗は今年、高校受験を控えている。家から近いと言う理由だけで、俺と同じ高校に進学するつもりらしい。しかし、前述の通り俺の高校はそれなりにレベルが高い。
愛紗の学力は中2まではそこそこよかったのだが、カオス・クロニクルにはまりだしてから下降し始めた。ネトゲにはまりすぎて、勉強がおろそかになっているのだ。
だから、愛紗は二学期に入ってからカオス・クロニクルを控えていたのだが、気分転換やなんやらで結局プレイするので、0時以降で起きていたらプレイするという決まりごとを作った。その代わり、日中はちゃんと勉強するというのが俺との約束だ。
「あー。ヴェルカかっこいいー。やっぱダークエルフのお兄さんは渋くてステキ~。こんな兄貴が欲しいな~。うちのはゴブリンとウェアウルフを足して割ったような感じだし」
「俺をバケモノみたく言うな」
ディスプレイの向こうのヴェルカが、静かに姿を消すと、MOBの背後から現れ、デュアルダガーによる一撃で命を奪った。襲い掛かるMOBに高速でダガーを振るい、いかなる巨体の敵に対しても怯むことのない、冷徹な瞳を宿したクールガイである。
俺にはとても真似できない。包丁を扱うのは慣れているが、デュアルダガーは無理だ。
「ねーねー、バカ翔。どうして家はダークエルフじゃないの?」
「アホか、このゲーム脳が。親父がダークエルフじゃないからに決まってるだろーが。それより、お前には大好きな潤くんがいるだろ、浮気だぞ、これ」
「わ~かっていないなあ、バカ翔は。それはそれ。これはこれなんだから。二次元と三次元をごちゃまぜにしないでよ。潤くんLoveだけど、ヴェルカもLoveなの!」
「はいはい」
「おー、すぺりおるたん、引きうまいなー。エルトってヒラもなかなかやるー。後で狩り友なっちゃおっと。ちょっと無愛想だけど、ヒラいない時呼びつけたら頭数にはなりそ」
「ああ、エルトか。何度かその人に会ってるけど、確かにあんまり愛想は良くないよな。けど、ヒールの腕は悪くないぞ。ちゃんとパーティーメンバーのこと見てるし、面倒見のいい奴だと思う」
「ふーん。バカ翔が言うなら問題なさそう」
「それよりお前、さっさとそこをどけ。あ、そうそう。潤が言ってたぞ」
困った時の潤くん登場だ。
「『ぼく、渡辺さんと同じ高校に進学したいです。だから、毎日いっぱい勉強してます。やっぱり、頭のいい人って憧れますよね』ってな。いいのか、勉強しなくて? もし受験に失敗したら、潤とクラスメイトになれる可能性も潰れちゃうぞ?」
愛紗の体がびくんと飛び跳ねた。
――かかった。潤のおかげで愛紗の操縦方法が確立されたのだ。ほんと潤さまさまだな。ちなみにこれはでまかせではない。実際に潤も俺と同じ高校を志望していて、ちゃんと受験勉強もしている。
「やだ! あたし勉強する! 潤くんとクラスメイトになりたい。潤くんにお弁当作ってあげて、二人で昼休みに屋上でお弁当食べるのが、あたしの夢なの、野望なの!」
「なら、勉強しろ。それと、弁当はお前が作るな、潤が死ぬ。どうしてもと言うなら俺が作ってやるから、お前はヘタなことをするな」
「潤くんとクラスメイト……フフ。隣の席になって……わざと教科書忘れて……席くっつけて、潤くんに超超接近……ウフフ。2人の鼓動と鼓動が近づいて、目と目が合って、唇が近づいて……『潤くん、だめ、まだ早いよ!』、『愛紗ちゃん、ぼく、もう我慢できない』、きゃーーー!」
愛紗は1人で自分の体を抱きしめ、イスの上で悶絶していた。
「お前、すごい想像力だな。しかもそれ授業中だろ。何やってんだ」
「バカ翔には、夢見る乙女の気持ちなんか解らないんだよっ!」
お前のは、夢と言うよりも妄想だろ。そう言いたかったが、俺はぐっとこらえた。
*****
「つーことで、サーセン。リアル急用なんで落ちますわ」
「急用じゃしゃーねーな」
急にヴェルカは用があると言って、パーティーを抜けてしまった。そこそこ使えるアタッカーだったし、火力もそれなりにあったので少し残念だ。
無愛想なのが玉にきずだが、狩り友登録しておいてもいいかもしれない。アタッカーの数が足りない時に呼びつければ、頭数にはなるだろうし。
「エルト、2人で狩るのもちっときついし、とりあえず帰るか」
「うん。そうだな、プン達がインしたら、リニューアルされた他の狩り場に行ってみよう」
食事が終わってログインしてみたが、すぺりおる以外のギルメンはインしていなかった。しかたがないので、誰かもう1人くらい野良で募集して、リニューアル狩り場に行ってみようという話になり、メンバーを募ったところヴェルカがやってきたのだ。
「ぬを。ヤマちゃん参上! 今日のヤマちゃんは一味違うぜいm9(°д°)」
「おーヤマモトだ。相変らずうざいな、お前」
ヤマモトがログインした。相変らずのテンションで少し安心する。なんだかんだで、こいつは暁の空にとって、貴重なムードメーカーになっていて、みんなのいじられ役だ。
「今日、試練の洞窟に友達と言ってきたお! 高レベル狩り場だったけど、そこはぼくちん! 狩り友の加齢たんと友情パワーで全部けちらしてやったおv(`ω´)v」
「MPKしたのか、このドアホウは」
すぺりおるが冷たく指摘した。
「ぬを。な、ななななにを言ってるか理解不能だお(°д°;)」
「お前のレベルであの狩り場のMOB倒せるわけねーだろ。しかも加齢の王子様っつーと、ネタキャラで有名な奴じゃないか。どこから沸いたその友情パワーw」
「ぬを。ごめんなさい、ウソ付きました。椛氏に助けて頂きました、どうか、どうか命だけはお助けを、ガクブル((°д°;))」
「ヤマモト。バカなことやってもいいけど、椛に迷惑かけるな。しょうがない、後で椛にオレから謝っとくか」
まったく、仕方がない奴だな、ヤマモトは。まあ、そこが可愛いといえば可愛いのかもしれないが。
「こん」
「ぬを。グラムたん、ハ――」
「死ね」
「ぬ、ぬを!? いきなり何を言うんだお(°д°;)」
「どうせその後、ハアハアって言うに決まってる。だから先に言っておいた」
「グラム、こんばんは」
「エルト、こんばんは。エルト、この前ソロしていたら、MOBからヒーラー用の装備ドロップした。エルトにあげる」
「ありがとう、グラム」
「これぐらい、いい」
グラムのトレードに合意し、アイテムを受け取った。なかなかグレードの高い、いい物だ。何かお返しを考えたほうがいいかもしれない。
「中尉ばっかりズルイお! ぼくちんにも愛をくださいσ(°q°)」
「ヤマモト、とりあえず死ね」
「ひどす! (;д;)」
少し元気をなくしたヤマモトだったが、ケルとプンがログインして、ハアハアしたらすっかり元気になった。
「アップおめでとーございまーすヽ≧▽≦人≧д≦/ イエーイ」
「おめでとう、プン」
「ああー、早く76になって、デュアルサモン覚えて、デュアルダンナしたーい>q<」
「そっか、76でデュアルサモンだっけ。サマナーは目標があっていいな」
「エルト、アーチャーも76で即死系のスキル覚えるよ。サマナーばっかりひいきしないで、アーチャーも強い」
グラムは少し不満そうにしている。何故?
「そういえば、プン。デスブレスってどうやってなるんだ?」
デスブレス転職に必要な要件はすべて目を通したが、肝心の転職方法についてはアナウンスされていなかった。何か特殊なクエストでもあるのだろうか?
「んとね。今、確認したんだけど、ラグリアの神殿で大神官さんから専用の転職クエスト受ければいいんだって^^」
転職クエスト……マゾいのだったら今日一日でというのは無理かもしれないな。内容によっては、クエストアイテムを数百個単位で集めたり、数十人規模で討伐するエリアボスの討伐が含まれている可能性もある。
「ぬを。ぼくちんもリアル転クエしたいお。。 やっぱり、今の仕事しんどいお(;д;) 掃除のおばちゃんにもバカにされるし、近くのコンビニで成人誌立ち読みしてたら、セミロングのセーラー服着た美少女JKに鼻で笑われたお」
「とりあえず、プン。転クエを受けて来い。内容をまず確認しなきゃだし、とりあえずみんなで30分後にラグリアに集合しよう」
「あい^▽^ヽ」
「ぬを。流された(°д°;)」




