デュアルサマナー
しばらく落ちこんでいた俺だったが、隣に天使が舞い降りて、途端に気分は急上昇する。
「おはよう、渡辺くん」
「おはよう、相羽さん」
相羽 真理奈は天使のような笑顔で俺に手を振ってくれた。そして、イスを引いて席に付く。
本当は、こう言いたかった。
『今日もかわいい君に見とれていたよ。君は俺のハートを万引きしていった。万引きは立派な犯罪だ。ちょっと事務所まで来てもらおうか。初犯? 違うだろう! 君はいつでも俺の心をつかんだきり離そうとしない! 言い訳なら家庭裁判所で聞いてやる』とな。
って、途中からワケ解らんことになってるな。
しかし、ここで相羽 真理奈専用挨拶は使えない。教室ではダメなのだ。シチュエーションと言うのは、非常に重要なファクターである。
あくまで偶然。運命。そう、デスティニーを装わなければならない! これは俺のこだわりである。
相羽さんはスカートのすそを直し、イスに深く座り込んだ。
ああ……俺、来世はイスがいいな。って俺はアホか。イスになっても、必ず相羽さんが座ってくれるわけじゃないんだし、ヘタをこくと稲田のようなドヘンタイの尻を支えることになるかもしれないんだぞ。
そういえば、稲田の奴、この前の生徒会選挙に立候補して、獲得できたのは一票のみだったな。哀れなヤツ。
冷静になった俺は、稲田に入れずに別の奴に入れた。まあ俺が一票入れたところで結果は変わらなかっただろうけど。
「おいお前ら席に着けよー」
色々と考えていたらいつの間にかチャイムがなり、一時間目が始まっていた。
今日の一時間目はホームルームだ。来月、11月に行われる文化祭の打ち合わせをやることになっている。
うちのクラスはメイド喫茶をやることになった。かなり楽しみである。
何せ、相羽さんのメイド姿を拝めるのだから。今年の文化祭は否が応でも胸が高鳴る。
ホームルームは、滞りなく進行していった。メニューの種類や、材料の買い付け、役割分担など、中身を詰めていく。
基本的に男子は、買出しや力仕事に回される。しかし、俺はそこそこ料理が出来るので、厨房に回されることになった。
そして、ホール係……要するにメイドのかっこうをするのは誰か。1人目は、満場一致で相羽さんが決まった。
相羽さんは笑顔でそれに答えて、席を立った。お? 以外にノってるなあ。恥ずかしがって、辞退するんじゃないかとヒヤヒヤしたけど……。
「よーし、じゃあ先生も立候補しちゃうかあ」
ジャージ姿の我が担任の性別は、まぎれもなくオスだ。♂であり、漢である。
何の冗談だ。
教室は一気にどっと笑いに包まれた。滑らなくてよかったな、先生。
そして、その日も授業は順調に進み、一日が終わった。
「じゃあ、また明日ね。渡辺くん」
相羽さんが席を立ち、手を振る。そして、数名の女子と一緒に廊下に出た。
この一ヶ月……俺と相羽さんの距離は何も変わっていない。こんなんじゃダメだ。
愛紗に先を越されてしまう。愛紗の奴、なんだかんだと潤と会う約束をして、潤の好感度を順調に上げている。
この前も、潤が父親の誕生日プレゼントを俺に相談しに来たのに、愛紗が横から割って入ってきて、潤を強引にデパートへ連れて行った。
しかも、買ってきたのはブランドもののネクタイだとかいう。潤はよほど父親を尊敬しているらしい。
うちの親父のイメージでネクタイというと、裸にネクタイとか、頭にくくりつけてリビングで転がっているイメージしかない。
愛紗め、潤の家族にもポイントを稼ぐ気だな。その前にもっと料理の腕をなんとかしろよ。今度潤にあれを食わせたら、潤の命は……。
ああ、思い出しただけでも恐ろしい。愛紗は俺の手に負える逸材では無いかもしれない。
潤は今や、俺の弟子だ。灰色の狼に加入し、レベルも上がってもうすぐ60になる。
初めは消極的だった潤も、少しづつギルドメンバーと打ち解け、今やすっかりかわいがられている。
野良にもどんどん行かせている。その度に狩り友が増えて、潤も嬉しそうだった。
おっと……相羽さんのことで頭がいっぱいだったけど、今日はアップデート初日だ。
アップデートは定期メンテナンスの最中に行われる。今の時間は3時半。こうしていられないな。
俺も早く帰ってカオス・クロニクルをやろう。今日は、ギルドメンバー何人かで新規狩り場でギルドハントをして、新スキルなどの意見交換をする予定だった。
それまで、俺も少しでも1人で色々見て回りたい。
自宅に帰り着き、リビングに向うと電源を入れる。立ち上がるまで時間がかかるので、その間に部屋に戻り、着替えを済ませ掃除機で床をキレイにする。
リビングに戻ると、完全に起動が完了していて、いつでもカオス・クロニクルができる状態だった。
しかし、今日に限ってはまだこれから少し時間がかかる。カオス・クロニクルを起動すると、自動アップデートが始まり、また少しヒマを持て余すことになった。
とりあえず、晩飯の準備でもその間にしておこう。……愛紗に任せるとトンデモないことになる。俺も命が惜しい。
毒見と言うか、味見は親父に任せてしまえばいいのだが、食材が産業廃棄物に変わるのを横で見るのは忍びない。
今日は少しヘルシーに行こう。冷蔵庫に入っていた豆腐を取り出し、キッチンペーパーで水気を切り、それをレンジにかける。
水気を極力切らしておき、これに片栗個をかけて焼けば、豆腐ステーキの出来上がりだ。
俺は下ごしらえを終えると、再びリビングに戻った。
アップデートは完了している。後は、ログインするだけだ。
さあ。始まる。8thアップデートが。希望の光が。
アップデートによる変化はログイン画面にも及んでいた。BGMが重々しい雰囲気の物に変わっており、背景も雲の間から日差しが差す、清々しい風景になっている。
いよいよだ。
IDとパスワードを入力し、椛を選択すると、ゲームにログインする。
直前にログアウトしたのはアジトの中だった。アジトにはすでに何人かギルメンがいて、俺に気が付くと挨拶を一斉に投げかけてくる。
その挨拶だけですぐにチャットは埋まってしまった。
「みんな、こんにちは!」
ギルドのウィンドウを開いて、眺めてみる。
カオス・クロニクルのギルドは、6つのギルドで連合を形成することができる。
俺がギルドマスターになって、まず初めにしたのが灰色の狼の解体だった。
一度解体し、ギルドを5つに分けた。それぞれを第一分隊。第二分隊、第三分隊……と、20名弱のギルドにして、そこにギルドマスターである分隊長を配置。さらにそれを連合化して、より細かい組織化図ったのだ。
第一分隊は俺がマスターを務め、第二分隊はスレイんがギルドマスター。ぴゅあは俺が面倒を見ているので、俺の第一分隊にいる。左 翔太朗は第二分隊に、パックンは第三分隊で切り込み隊長だ。
その5つの分隊で連合を組み、分隊ごとにギルドハントを行う。ただし、一定の間隔でメンバーをシャッフルし、メンバーの固定化を防止する。
いわゆるクラス替えと同じだ。一度メンバーが固まると、なかなか他のメンバーと組む機会がなくなる。これによって、今まで話した事が無いギルメン同士が仲良くなり、ギルドの結束をより深いものにするのだ。
そして、月に二度、分隊長ミーティングをして意見交換をする。PKギルドの動向や、自分の分隊で起こった問題など、色々話し合うことがあるものだ。
これらは、スレイんのアドバイスと、みんなが意見を出し合って決めたことである。
俺はみんなの様子を確認すると、一人外に出た。
確か、今回のアップデートでは、既存の狩り場もリニューアルされているのだ。とりわけ気になっているのが、初期村……ハリの村の近くにあった、試練の洞窟がリニューアルされ、最高レベルの狩り場になっているという。
試練の洞窟は地下二階まであるダンジョンで、20レベルまでのパーティー狩り場である。今回、さらに地下へとつづく通路が発見され、そこから先が75から78までの狩場となった。
ちなみに、今回のアップでレベルの上限も、75から78まで引き上げられているのだ。これはうかうかしていると、あっという間に78レベルのカンストプレイヤーが現れて、トーナメントでの俺の立場が危うくなる。
先日までなんとか頑張って、75レベルのカンスト状態……つまり、すぐに76になれる状態にまでしている。
新しいスキルや、狩り場の情報を早く集める必要があるな。
俺はテレポーターで一気にハリの村まで飛び、そこからさらにテレポーターで試練の洞窟へと飛ぶ。
岩山がくりぬかれたような内部は、通路が一本道になっていて、そこを進むと大きな広場に出る。頭上からは光が差し込み、泉が湧き出ていて、神秘的だ。
俺はさらに進み、地下を目指す。二階のさらに奥へと歩いていくと、行き止まりになっていた壁がぽっかりと空いていて、その先には階段があった。
ここから先は、新狩り場というわけだ。
気を引き締め直し、階段を下りるとそれまでの様相とは打って変り、凶悪そうなMOBがうろちょろいていた。黒い霧に包まれたグロテスクなクモ。体が半透明に透けたアンデッド。黒い皮膚と巨大な角。背中には4枚の羽が生えており、いかにも上級悪魔という感じのアークデーモン。
面白い。やってやる。一歩進むと、俺の周りのMOBが全て近寄ってきた。くそ。こいつら全部アクティブか。ちょっと迂闊すぎたな。
ヴァンガード2を発動しつつ、歩くスピードの早いMOBをおびき出し、一匹づつ慎重に狩る。
大丈夫。まだこのフロアは75くらいでもソロができる強さだ。椛でもまだ余裕はある。
最初の一匹目を倒すと、椛が光の柱に包まれた。
レベルアップしたのだ。これで76レベルになった。76で覚えれるスキルは、能力が上昇するパッシブスキルだったかな?
スキルリストから、スキル習得を選び、『ガーディアンソウル』を習得する。
一応、習得前のステータスと比較すると、防御力がぐんと上昇しているのがわかった。77、78にも覚えれるスキルが存在するので、今から楽しみだ。
さて、76になったことでより椛は強くなった。もうちょっと先に進んでもよさそうだ。
そう思ってダンジョンの奥へ進むと、別のプレイヤーがいた。
エルフの男だ。エルフの男の周りには、アークデーモンが二匹いて、それがクモ型のMOBを攻撃していた。
サマナーだ。エルフサマナーの上級職『ミスティックテイマー』だろう。あのアークデーモン二体は……あいつの召喚獣……か?
そうか。サマナーは76レベルでデュアルサモンを習得できるんだったな。
デュアルサモンは、名前の通り、召喚獣が同時に二匹召喚できるパッシブスキルだ。これまで一体だけだった召喚獣が二体になるんだ……操作も難しくなるだろう。
それにしても、もうこの狩り場のMOBと召喚契約したのか。すごいな。
名前を確認してみる。楓……か。聞いたことが無いプレイヤーだ。まさか、サーバー移動してきた奴だろうか?
椛と同じように、漢字一文字のところに親近感を覚えた。まだどこのギルドにも入ってみたいだし、うちに誘ってみよう。
そう思って、前に出た。すると、二体のアークデーモンが椛に攻撃を仕掛けてきた。
ヴァンガード2を展開して、防御する。そして、素早くキーボードを叩く。
「いきなり何するんだ!」
すると、アークデーモン達は、動きを止めてエルフの側に戻っていった。
「平和ボケしてるんだな。このサーバーの住人は」
「は?」
「俺のいたサーバーじゃ、狩り場は力づくで奪い合う物なのに。ここのサーバーの連中ときたら、少し攻撃しただけで腰を抜かしてリターンしやがる。この分じゃ、このサーバー最強のナイトも大したことなさそうだな? え、椛さんよ?」




