真理奈と潤
オレ達は休憩を終えると狩りを再開した。
それにしても。
それにしても、ぴゅあはよくやってくれている。灰色の狼の……いや、椛の指導の賜物なのかもしれない。
リストレインで敵を縛る事はすでに考えていたことだ。ぴゅあ本人からそれを申し出た時は少し感心した。なかなか見所がある。
潤も、もう少しこれくらい積極的な性格になってくれれば……やっぱりあの子には私が付いていないとダメだ。
時たまコーヒーの買出しをさせているのは、潤の体力と積極性を養うためであって、決していじめているわけじゃない。
本当は自分で行きたい。買出し中はいつもハラハラして家で待っている。こっそり後をつけた事も何度かあった……けれど、こういう荒療治が潤には必要だ。
『真理奈~~! 潤~~! どっちか早くお風呂に入りなさいー』
ふと、下からお風呂の催促をする母の声が聞こえてきた。潤に行かせよう。こっちはまだ手が離せない。
「あ、ごめんなさい。少し待っていてください><」
唐突にぴゅあが離席した。何かあったのだろうか? しばらくして、ドアの向こうから潤が叫んだ。
『おねーちゃーん。ぼく、後でいいから先にお風呂入って~!』
何?
「ごめん、ちょっとだけ離席」
そうチャットしてすぐに席を立つと、ドアを開ける。潤の部屋とは向かい合っているので、ドアを開けてすぐ先に、部屋を背にした潤と見つめ合う形になった。
「潤。あんたが先に入りなさい。お姉ちゃんは忙しいの」
「えー。ぼくだって忙しいよ~。今、手が離せないのっ」
潤が反乱を起こした。こしゃくな。
「あんたが先に入りなさいっ。言う事聞かない口はこれか~」
むぎゅむぎゅと、潤のほっぺたをこねくり回す。これでどうだ。
「痛いよ、やめてよ、お姉ちゃんてば!」
潤の柔らかいほっぺたは、触り心地が良い。触っているうちに色々遊んでしまった。
ぷにょぷにょぷにょ……と。
は!? いけないいけない。こんなことしてる場合じゃなかった。
それに潤の目が充血して、今にも泣き出しそうだ。潤を泣かせると母がうるさい。『真理奈はお姉ちゃんでしょ! どうして仲良くしないの!』と、昔からよく言われてきた。
「さ、潤。お風呂へレッツゴーよ。湯船があんたを待ってるわ。ちゃんと肩まで浸かって、50数えてあがるのよ」
「ぼく、小学生じゃないよ……もう、ほんと強引なんだから! しょうがないなあ。じゃあ、ぼくが先に入るね」
「寂しかったら、一緒に入ってあげようか?」
途端に潤が爆発した。まるでボン! と音を立てたように耳の先まで真っ赤になる。
「そんなの恥ずかしいから嫌だよ! じゃあね!」
潤は怒って部屋の中に引っ込んだ。ふふ。私に逆らおうだなんて、10年早い。
私もまた部屋に戻ると、イスに腰掛け、エルトになる。
「ただいま。ごめん、ちょっと弟と遊んでた……あれ、ぴゅあは?」
周りを見ると、ぴゅあの巨体がどこにもない。回線でも切れたのだろうか?
「ぴゅあさん。急な用事で落ちちゃった;; 途端に寂しくなっちゃったね><」
「そっか……しょうがないな。じゃあ今のバフが切れるまで狩りをして、それで今日は終わろう。プンのレベルも、もうすぐ上がるだろ?」
「うん^^ あとちょっとだよー!」
「じゃあ狩り再開だ」
ぴゅあが抜けて狩の効率が少し落ちてしまったが、仕方が無い。狩りを再開し、ものの5分ほどでプンのレベルが上がった。
「やったあ><v これで明日、すぐにデスブレスになれるぅ!」
「ぬを。プンちゃんおめです! 早くデスブレスになったプンちゃんに、ハアハアしたいお(*°д°*)」
「プン、おめでとー」
ふう。やれやれ。ようやく肩の荷が下りたような気がする。あとは明日を待つばかりか。
8thアップデート……サブタイトルは、『希望の光』。このアップが、カオス・クロニクルにとって、希望の光が差すきっかけになれば……という開発側の願いでもあるかもしれない。
久々のアップに合わせて、引退者が続々と復帰しているらしい話もチラホラと聞く。灰色の狼初期メンバーも……もしかしたら……。
シャルレン、ぼんびー、蘇我、ごはんがおさむくん。彼らは今どこでどうしているだろうか……。
次のアップに思いを馳せているうちにバフは切れ、現バージョン最後のギルドハントが終了した。
「お疲れ様ー^▽^」
「おつつ」
「うむ。中尉は今日もご苦労であった! 生まれ変わったカオス・クロニクルでまた会おうぞ!」
「ああ。明日……楽しみだな。みんな、今日と同じ時間にまた会おう」
オレ達は、現バージョンのカオス・クロニクルに別れを告げる。変わってしまうカオス・クロニクル。けれど、きっとまた新しいバージョンでも楽しい思い出が作れるはず。
過去の嫌な思い出を塗りつぶせるくらいの楽しい思い出を、みんなで作ろう。
ログアウトして、部屋を出る。すると、風呂上りの潤が湯気を引き連れて階段を昇ってきた。
「あ、お姉ちゃん。お風呂空いたよー」
「うん。今から入るね」
潤が部屋に戻ろうとしたとき。
「あ!」
「何、宿題でも忘れたの?」
「来週の火曜日って何の日か覚えてるよね?」
「なんだっけ……?」
「忘れてるよ、もう! お父さんの誕生日じゃないか、ちゃんとプレゼント用意したの? ぼくはもう用意してあるよ」
そうだった。確かその日は父の誕生日だ。潤はこういう細かいことは、よく覚えていたりする。
「あーー! そうだった。そうだったね! すっかり忘れてた。で、潤は何を買ったの?」
「ネクタイだよ、待ってて」
潤は部屋に入ると、すぐに出てきて丁寧に包装された長方形の箱を持ってきた。
「ネクタイってベタだね。これ、いくらしたの?」
「5000円」
「高!!」
「うん。ほとんどお小遣い使っちゃった……」
「百均のでもいいような気が……お父さん、何をあげても喜びそうじゃない? 去年だって、スーパーで買った高めのボールペンで涙流してたし」
「ダメだよ! お姉ちゃん、お父さんに感謝してるの? 誕生日は一年に一回なんだよ。ちゃんとしたのを選ばなきゃ」
「うーん。そうよね……でも、潤がネクタイをねえ……大丈夫かなあ」
「大丈夫だよ。友達の女の子に選んでもらったから!」
友達の女の子……まさか。
「その子って……例の愛紗ちゃん?」
「うん。あ、そうだ。さっきは言いそびれちゃったけど、今度の日曜、家に遊びに来るんだ。お姉ちゃんに会いたいって言ってたよ」
「え、私に?」
面白い。
愛紗め、正面から私に挑んでくるのか。いい機会だ、渡辺 愛紗という女を見極めてやる。
「潤。大歓迎よ。私も愛紗ちゃんに会いたかったの。ぜひ来て下さいと伝えて」
「ほんと? わかった。けど、お部屋……片付けてね?」
「それは無理」
それだけは譲れない。
「あ、そうそう。それとね」
「まだ何かあるの?」
「ぼく、ちゃんと肩までお湯に浸かって50数えたよ」
それだけ言って潤は今度こそ部屋に戻った。
*****
――ついにこの時が来た。
ずっと待ち望んでいたこの時が。
俺はすっと目を閉じ、精神を集中させる。
10月の上旬……少し肌寒い朝の風に身をさらし、通学路の真ん中で足を止める。
来い。俺はここだ。逃げも隠れもしない。
今日こそは仕留めてやるぞ。
相羽 真理奈!
生まれ変わった俺の対相羽 真理奈専用挨拶EXCELLENTが、今日、君のハートにクリティカルヒットする。
前回の対相羽 真理奈専用挨拶GALAXYは、小学生の集団登校によって遮られた。
さらに前々回の対相羽 真理奈専用挨拶BURSTは、目の前を通り過ぎた原付のおばちゃんに誤って炸裂してしまった。……勘違いされてタイヘンだったな(涙目)。
だがしかし! 今日こそは……。
「お? この気配は」
決意を新たにした俺のレーダーに反応があった。7時の方向だ。この石鹸の香り、間違いない。
俺の全てをこの瞬間に賭ける!
「おはよう、相羽さん!」
「あらあ~。この前の坊やじゃないの!! 奇遇ねえ。またそんなキザったらしいポーズ取っちゃってまあ。でもおばさん……そういうの好きよ。んふ」
この前の原付のおばちゃんだ。
50手前ぐらいで、赤い原付にまたがり、ピンクのヘルメットをかぶっている姿は、悪の秘密結社と日夜戦う正義のライダーかもしれない。
変身とかしそうだ。
いや、そんなことはどうでもいい。その正義のライダーの瞳がギラリと輝いたのだ。唇の端が吊り上がり、舌なめずりをした。
やばい。俺は直感的にそう判断した。
俺は学校の校舎目掛けて一目散に逃げ出した。
「ちくしょう! 何故だ……何故こうもリアルはうまくいかないんだ!」
教室に入り、自席に着くと俺は頭を抱えてうずくまった。




