俺の家族
「やったな、椛。今日からお前がこのギルドのマスターだ。連子を倒したのはお前だ、連子を乗り越えたお前なら、きっとできるよ、それこそカインよりもうまく」
スレイんが椛にソーシャル『握手』を求めてきた。
「いえ、確かに倒したのは俺だけど、ギルドのみんなが背中を押してくれたから、助けてくれたからですよ」
椛とスレイんはがっしりと固い握手を交わす。
「そうか。けれど椛。解っているとは思うが、たいへんなのはこれからだぞ。ギルドを導くのもそうだが、連子が抜けて体勢が整っていない今、敵対ギルドから攻撃を受けるかもしれない。そうなった時、ここにいる100人はお前の言葉一つで動く。勝つか負けるか、それはお前の判断で左右される。今までみたいに、都合よくはいかないだろうな」
「そうですね、でも負けませんよ。団結した俺達のギルドは最強だ。スレイんさんもいるんだし」
「お前! 嬉しいこと言ってくるじゃないか!」
『パーティーメンバー7が離脱しました』。突然そんなシステムメッセージが表示された。
俺は、それを特に気に止めることはなかった。しかし……。
「これが灰色の狼か。なるほど、よくわかったよ。もうここにいる意味は無いな」
今までまともにしゃべらなかった7が突然はっきりとそう言った。そして、次のシステムメッセージが俺の視線を釘付けにする。
『ギルドメンバー7がギルドを脱退しました』
「7……?」
「あいつ、勝手なことを……前から無口で無愛想な奴だったけど、ついに抜けちまったか……けど、せめて前もって言ってくれてもよかったのに」
唐突に抜けた7。ギルドがまとまって新しいリーダーが誕生した瞬間に……何だ? 俺、何か悪いことをしただろうか?
「あいつさ、一週間くらい前、突然うちにやってきて、『昔カインの世話になったことがある、だから入れてくれ』ってしつこかったんだよ。ギルドがこんな状態だったから、断るつもりだったんだ。けど、根負けしちゃってさ……それで入れてはみたものの、誰とも話さないし、扱いに困っていたんだ。カイン派に分かれたときは、腕も立つから俺が引き入れたんだけど……たまにいるよな、ああいう奴」
『いいか、ルシエドに気を付けろ。あいつは狡猾で残忍な奴だ。今もどこかでこのサーバーの状況を窺っていて、次の機会を狙っているかもしれん』
連子の言葉が俺の頭を突き抜けた。
唐突に抜けた7とルシエド……何故かその二つが俺の中で引っ付いて離れようとしない。
まさか。7は……。
――ルシエド?
いや、考えすぎか。もともと人付き合いが下手なタイプだったらしいし、ギルドの雰囲気が自分に合わないと思って、抜けただけかもしれない。さっきのセリフはそういう風にも受け取れる。
きっと、考えすぎだ。
「椛。アジトに行こうぜ、みんな待ってる」
「ああ、すぐに行きますよ。スレイんさん」
とにかく今は、一日でも早くマスターらしくならなきゃ。
俺はスレイん達の後姿を追って、駆け出した。
その後、30分ほどアジトで俺の所信表明をしたり、メンバーの自己紹介なりをしていると、晩飯の時間になっていたので、とりあえずその場は解散することになった。
俺も一旦ログアウトして、壁の時計に目をやった。
「げ! もう7時!? やべー。晩飯の準備してなかった……」
まずいな。食欲に目覚めた愛紗は一段と強暴だ。噛み付かれるかもしれない……。
どういいわけするか考えていると、台所からエプロン姿の愛紗が、二つの皿を持ってやってきた。
「ご飯……できたよ」
「え?」
愛紗はリビングのテーブルに皿を並べ、茶碗を二つ用意すると、炊飯器を開けてそこにご飯をよそっていく。
「なにぼーっと立ってんの? いらないならバカ翔の分も食べちゃうよ」
「いや……本当にお前がやったのか?」
「うん。だって……お料理うまくなりたいもん」
ふと、愛紗の指に目がいった。絆創膏だらけだ。あんなになってまで……。
見ていて痛々しい。俺はそっとその指を優しくさすってやった。
「お前、大丈夫か? 指が……そんな無茶して……」
「いいんだよ。ねえ、それより、もう怒ってない? 原因あたしだよね……服焦がしたり、洗面器壊したり……ごめんね」
愛紗はさっき俺がリビングで怒鳴ったのを、家事で失敗したのをずっと怒っていると思ったらしい。
「そんなもん、どうでもいいんだよ。それより俺が悪かったよ、あんなに怒鳴って……ごめんな。よし! それじゃあ愛紗の初料理だ。さっそくいただくとするか!」
愛紗の頭をそっと撫でた後、俺はテーブルに着いて箸を握り、皿の上の物体に驚愕した。
――何だコレは?
皿の上には、黒一色の分度器みたいなのと、緑色のネバネバしたかけら……。それらは、油の上にプカプカ浮いていて異臭と異彩を放っていた。
「おいしそうでしょー? えへへ。初めてだけどうまくいったんだぁ。お肉はちょっと焦げてるけど、レタスはちゃんと炒めたんだからね」
レタスを炒めたものがこの緑色の物らしく、豚肉は無残にも炭と成り果てていた。
「あ、ああ。そうだな。うまくいったみたいだな」
うまくできたようだな、殺人料理が……。
「これで潤くんのハート、GETだよね! 今度潤くんが来たら、ごちそうしちゃうんだー、へへ~~。『愛紗ちゃん料理がうまいんだね、ぼく、料理が得意な女の子、好きなんだ』って言ったりしてさあ~」
愛紗は1人で照れると、1人で自分の体を抱きしめ違う世界に旅立った。
潤の命は、俺の指導にかかっているわけか……今日からしごかんといかんな。
『おーい、帰ったぞー』
「あ、お父さんだ! お帰りなさいー」
愛紗は玄関から聞こえてきた親父の声を聞くと、嬉しそうにはしゃいで迎えに行った。
愛紗は親父のことが好きだ。あの年頃ってもっと親父のことなんか、うざいとか臭いとか思ってそうなんだけど、愛紗はそうでもない。
息子の俺が言うのもなんだけど、家の親父は渋くてかっこいいし、家族思いのいい親父だ。たまに家族専用挨拶を繰り出してくるので、俺はスルーしているけど……俺は親父に似なくてよかったと思っている。だって、あんなかっこ悪い挨拶を自分も同じようにしていたらと思うと、顔から火を吹きそうになる。
「お前たちの愛しいお父様のお帰りだ」
親父……渡辺 明人はスーツ姿でビジネス鞄を抱え、リビングのドアを開けて入ってきた。
そして、右の人差し指を額に当て、ムダに気取っていた。やめろ、恥ずかしい。絶対によそでやるなよ。
「おー翔。元気にしてたか? お父さんが恋しかったろう、さあおいでー高い高いしてやろう」
「うるせー親父。それより早く帰ってくるなら、メールくらいよこせよ。飯の準備もあるんだから」
親父はソファに上着と鞄を置いて、ケーキの入った紙箱を、リビングに戻ってきた愛紗に手渡した。
「あーすまんすまん。ようやく抱えてた案件が片付いてな。当分楽できそうだ。ほら、愛紗。お土産だぞー」
「わあ。ありがとうお父さん!」
「うんうん。愛紗は相変らずいい子だなー」
「へへー♪」
親父は愛紗の頭を優しく撫でて、愛紗は嬉しそうだった。
親父は愛紗にめちゃくちゃ甘い。愛紗に対して過保護すぎる。まあ、男親なんて娘に対してそんなものかもしれないけど……。
家は母親がいないから、愛紗に対して父親母親二人分の愛情を注いでやろうと思って、そうしているのもあるんだろう。
「にしても、翔は無愛想でムスっとしててむっつりだなあ。そんなんじゃ、もてんぞ」
「ほっとけや」
「ん。これは! くおら、翔! お前、料理をなんと心得る! この産業廃棄物供は一体全体何なんだ!?」
「それ、愛紗が作った豚の生姜焼きだよ」
「何、愛紗の!?」
「食べて、お父さん。あたし、頑張ったの!」
「娘の手料理! 翔、お前にはやらん! 愛紗の料理も、愛紗も!」
「いらねーよ」
親父は風のように軽やかに舞うと、テーブルに着いて俺の分の豚の生姜焼きに食らいついた。
「おおおおおお!? 愛紗! うまいぞ! うますぎて涙が止まらんぞ!」
かき込んで真っ青になりながら親父は、賛美の言葉を口にして、ガタガタ震えながら涙をこぼした。父親ってタイヘンだな。
てか、そんなにまずかったのか……食わなくて良かった……。
「まだまだあるからね。お父さん、あたしの分も食べていいよ」
「な、なに!? 本当か!」
親父の額には脂汗すらにじんでいる。しかし、親父スマイルは崩さず、青くなりながらも黒い分度器を懸命に咀嚼しようと必死だ。
そして、首が45度傾いて、隣に座っていた俺と目が合った。
「翔。家族とは助け合うものだ」
「そうだな」
「翔。家族とは喜びも悲しみも分かち合うものだ」
「あ?」
「翔。お父さんはお前にもこの幸せを分け与えたい。お前に少しわけてやろう」
今まで見た事が無いくらいの笑顔で、親父は自分の皿を水平に移動させた。俺はそれを元の場所に押し戻す。
「愛紗ー。お父さんがお代わり欲しいってー。愛紗の腕をもっと見せてやってくれ」
「わかった! お父さん、今日はいっぱい食べてね!」
「ちょ! おま!」
親父は口をあんぐり開けて俺を見た。俺は目を逸らして前を見る。そして、少し笑った。
リビングは陽気に満ちていて、笑い声が耐えない。
これが俺の家族なんだ。
そして、ゲームにも俺の家族がいる。
見ていてくれカイン。俺が絶対に灰色の狼を今以上の家族にしてみせる。
そして、俺はあんたを迎えに行く。
あんたの居場所は俺が守り続ける。いつまでも待ってるから、だから、いつか戻ってきてくれ。
俺はPCの前に戻ると、カオス・クロニクルを起動してログインした。
To be continued Version2.0




