8thアップデート
俺は決意を固めると、カバンを持って教室を出た。
おっと、いけない。今日の晩飯の買出しに行かないと……俺は駅前のスーパーで豚肉とレタスを買って電車に飛び乗る。
高校生男子がスーパーの袋持って電車に乗るのはちょっと勇気がいる。……が、これも家計のためだ。一時の恥は耐えよう。あの店の肉は、家の近くのスーパーよりも安いから、肉はいつもあそこで買う。
今日は豚の生姜焼きでいいか。焼くだけで済むから、調理に時間がかからなくて楽だ。肉食の愛紗も喜んでがっつくから、文句を言われることもない。
けれど、バランスのいい食生活ってのも大変だな。同じメニューが続いたら文句言われるし、食費の節約もしなくちゃいけない。その上、栄養が偏らないように摂取しなければならない三重苦。
加えて愛紗は好き嫌いが多いし、アレルギーもある。食材も真剣に吟味しなければならない。そうなると、実現できるレシピが狭まる。
世の中の主婦にとって厳しい時代だ。
俺は自宅に帰り着いて、スーパーの袋を玄関の床に置いた。
「あーおかえりー。バカ翔~。お、買い物かね、ご苦労ご苦労。……ん! 肉だ!」
「今日は豚の生姜焼きな。解ったらスーパーの袋に首突っ込むのやめて、洗濯物でも取り込んでくれないか、愛紗よ」
愛紗がどたどた走ってきて、スーパーの袋の中の肉の臭いをかぎつけ、袋に顔を突っ込んで中身を確認していた。ハイエナか、お前は。
「おい、それが恋する乙女のやることか? 潤がこんなお前の姿見たら、きっと引くぞ。『あの可愛い愛紗ちゃんが、こんな子だったなんて……』ってな」
潤の声色と、しゃべり方を真似てみた。
すると、愛紗の体がビクンと跳ね上がって、顔がこちらに向き、大きく目が見開かれた。少し瞳がうるんでいる。
「そんなのいやだ! いやだよぉ!」
おや?
「ああーそういえば、潤の奴、家庭的な女の子が好きだって言ってたな~。特に、『洗濯物取り込んだり、風呂掃除を頑張る女の子は健気でいいですね』とも言っていたような、言っていなかったような」
「あたし、洗濯物取り込んでくる! 風呂掃除、勝手にやらないでよ! 勝手なことしたら、あんたの頭でバスタブこすってやるんだから!!」
愛紗はものすごい勢いで庭へと消えた。
……毎日少しずつでもいいから、家事をこなしてくれると俺も助かるんだけどな。
女性は恋をすると変わるか……愛紗もあれでいて、意外と純真なところがあるじゃないか。これで蹴りが出なければ、なおいいんだけど。
俺はとりあえず食材を台所に置いて、自分の部屋に戻った。制服を脱いで、上着をハンガーにかけるとズボンを脱ぐ。脱いだズボンは、シワができないよう丁寧にたたんでハンガーにかける。
着替えをタンスから取り出し、手早く着替えると掃除機で部屋を一掃した。
一日一回、これをやらないと気が済まない。さて、洗濯物が気になる。愛紗はちゃんとやっているだろうか?
「くおら! 愛紗! 何だコレは!」
リビングで俺は、目の前の光景に愕然とした。
「えー? ちゃんと取り込んだじゃんー。何その今にもキレそうな顔。血管ブチ切れて死ぬよ?」
「死んだらお前のせいだ。保険金はお前にやらん。それより! 何故こんなくちゃくちゃにしやがった! アイロンかけるの誰だと思ってんだ!」
「バカ翔」
「そう、俺だ。俺に手間をかけさせるな、潤も言ってたぞ『洗濯物をキレイに取り込んで、アイロンがけもできる女の子は素敵です』ってな!」
「アイロンどこ!? 早く出して! 出さないと、側頭部をナナメ45度から蹴るわよ!」
俺は昭和のポンコツテレビか。しかし、潤には悪いがこれは使えるな。これを機会に、愛紗を少しづつ家事が大好きな妹にクラスチェンジさせてやろう。
……いつまでも兄妹仲良く、一つ屋根の下ってわけにもいかないだろうしな。
その後、愛紗は俺の服をアイロンで焦がし、風呂場の洗面器をぶっ壊し、台所で指を切って、大泣きして『お前の血をよこせ』と夜の眷属になりかけタイヘンだった。
もろもろの家事を終えて、午後5時。
俺はボロPCの前に立つ。
起動した俺の相棒。HDDの駆動音。ケース内でファンが回って、POWERランプが点灯し、目覚めの時を向かえる。
カオス・クロニクルを起動。
「ん? 何……これ、マジなのか?」
自動アップデート画面には、カオス・クロニクルの最新ニュースなどが表示される。イベント情報や、臨時メンテナンスなどのお知らせがほとんどなのだが……。
「8thアップデート……それも、一ヵ月後……」
二年ぶりにアップデートされる……カオス・クロニクルが……?
すぐに情報サイトを巡回して、最新情報を確認してみる。
最大レベルの上限解放。新スキル。新狩り場。新アイテム。フェイブ種族の上向き修正。
そして、大きな目玉は新職業の追加とあった。
「フェイブ専用職業『デスブレス』……かっこいいな。もう椛は転職してるし、だめだけど……セカンド、サードでフェイブやる奴が増えるかも」
そう思ったが、その先の記事を読んで、これはナナメ上のアップのようだと解った。
デスブレス転職に必要な条件は、レベル60。かつ、上位職に転職していないフェイブ種族。とある。
40レベルでプレイヤーは、下位職業から上位職業に転職できる。
椛もフェイブナイトではあるが、フェイブナイトは下位職業名だ。上位職の『ブラッドナイト』と呼ばれてしかるべきなのだが、すでにプレイヤーの間では、下位職名で呼ぶのが通例になっているので、上位職の名前はなじみがない。
だから、俺も椛の職業をフェイブナイトと呼んでいる。
さて、話がそれたが上位職に転職しないと、40レベル以降のスキルを学ぶことが出来ない。これ即ち、60までの20レベルをずっと下位職のスキルを駆使して戦え、ということだ。
無理だ。誰がやるんだよ、そんなの。
装備とプレイヤースキルである程度は補えるが、モチベーションが続くかどうか……。このデスブレスという職業が、それほどのレアスキルを有しているなら話は大きく変わる。
しかし。
スキルリストを見て、唸ってしまう。
『デストロイ・ブレス』パーティーメンバーの攻撃力を3倍にして、クリティカル率を100%にする。
エンチャントスキルらしい。ものすごいスキルだと思う。効果時間がたったの15秒でさえなければ。
しかも、5分に一回しか使えない。タイミングをミスすれば、後の5分は待ちぼうけだ。
他にも3つほどスキルがあったが、読むのを途中でやめた。
違う記事があったので、そちらに目を向ける。
「キャラクターのサーバー移動……か。アップに合わせて行われるんだな。でも、俺には関係ないや。……そういや、1年前にもあったっけ、サーバー移動。悪質で有名なプレイヤーが1人、サーバー移動したって話があったな。確か……ルシ……なんだっけ、エドルシ? まあ、どうでもいいか。今回のサーバー移動で、そいつが戻ってこなきゃいいけど」




