初めての日
ぴゅあは、マリアベルの支援と定番育成ルートを経て、30分もしなういちに15レベルになり、ハリの村を卒業するとミロンの村へと拠点を移した。
もちろん師弟関係を結んでいるので、成長は驚くほど早い。それは取得経験値の増加という意味だけでなく、潤の飲み込みの早さも相まって、1時間を過ぎる頃にはレベルが24になっていた。
「だいぶ慣れてきたな、潤。教え甲斐がなくてちょっと残念だよ。愛紗はここまで来るのに倍かかったんだぜ?」
潤にはムダな動きが一切ない。俺のいう事を忠実に守り、俺の指示の一手先を行く行動を取ってみせる。
ちゃんと自分で考えて、最善の選択を取っている。手間のかからない生徒である。学校の成績もかなりいいのではないか。とはいえ、『勉強ができる=頭のイイ奴、という図式は社会に出たら当てはまらない』と親父がよく言っていた。
状況判断。観察力。決断力。応用力。想像力。色んな力が必要だとも。俺にはまだこの言葉の意味は解らないけど、潤にはそういった素養があるのかもしれない。
このおどおどした性格さえ直せば、人の上に立つ立派なリーダーになれるんじゃないか?
カオス・クロニクルを始めとするMMOでは、他人と面と向って話すことは無い。すべてが文字による意思疎通に委ねられる。だから、口下手な奴でもスイスイ発言できるし、口では言えないことだって、文字でなら数回キーボードを叩くだけで簡単に現せる。
だからこそ、言葉の齟齬や、過剰な表現にならないように気をつける必要がある。――とカインが言っていたな。
まったくその通りだった。
潤がチャットになれて、もっとゲームの経験を積んだら……第二のカインになれるかも……。
「潤はすごいな、まるでカインみたいだ」
「カインって誰ですか?」
「陳腐な表現をすると、ヒーローかな。このゲーム、75レベルが最高レベルなんだけど、74~75の区間は1年間狩りをして、ようやくたどり着けるんだ。カインは数少ない75レベルで、装備もゲーム内最強の物をそろえてた。でも、カインがすごいのはそこじゃない。カインは無敵なんだ。どんなに不利な状況でも、覆しちまう。ギルド間戦争で灰色の狼が全滅寸前だったのを、とっさの機転と奇策でひっくり返したこともある」
あれは今も忘れない。あのギルド戦争で灰色の狼はサーバー最強の戦力と規模を誇示するようになった。
そのこともあって、俺はカインに男惚れした。この人になら全部賭けてもいい。それだけの価値のある人だと思ったんだ。けれど、カインが去ってからギルドは大きく変わった。だから、俺もそこに用は無い。
カインがいる所が俺の場所なんだ。俺はカインの指示で動く。カインの剣で盾だ。
「すごい人なんですね、カインさんって……どんな人なんだろう」
「案外、女の子だったりしてな。俺や潤とそう変わらない年かもしれない」
「じゃあ、家のお姉ちゃんかもしれませんね」
「はははは。そうだったらすごいな。もしそうなら、俺びっくりして学校を半裸で逆立ちして爆走するよ」
そんな事、あるわけないさ。カインは男だ。一人称は『オレ』だし。相羽さんがカインだなんて、ありえない。
「そういえばさっき、愛紗ちゃんの名前が出ましたけど、愛紗ちゃんもやっているんですか?」
「ああ。ていうか、このマリアベルは愛紗のキャラなんだ。俺と愛紗で一つのアカウントを共有しているからな。俺のキャラは一人だよ。ちなみに愛紗の奴、生意気にもギルドマスターなんかやってんだよな~。ほら、さっき黒いダークエルフいたろ? あれが愛紗のメインキャラなんだ」
「へえ、いいな……兄妹でゲームしてるんですね」
「まあ、数少ない共通の話題だな。兄妹って言っても、男と女だから、昔は話す話題もいっぱいあったけど、今はそうはいかないだろ? カオス・クロニクルが今や唯一の兄妹の繋がり……ってちょっと悲しいか」
「いえ、羨ましいです。ぼくもお姉ちゃんとお話したいけど、何を話せばいいか解らなくて……でも、カオス・クロニクルの話題は禁止だし……」
「そうか……潤のねーちゃんの趣味って他にないのか?」
さりげに相羽 真理奈情報をゲットできるチャンスが到来した。
「お料理ですね……。インターネットで見たレシピを試して色々作ってくれます。この前は鶏レバーの甘辛煮を作ってくれたんです。臭みが無くておいしかったな」
料理! 俺と同じだ。実は渡辺家の食事は俺が担当している。
母親はいないので、親父がインスタントや冷凍食品、スーパーの惣菜しか用意できない。そこで、俺が料理を覚えて腕を振舞っているのだ。
カオス・クロニクル以外の共通点……ようやく見つけた! これで相羽 真理奈攻略計画は第二段階に進むぞ。
「っと。そろそろ休憩してミロンに戻ろうか。クエストも一回清算しとかないと」
ぴゅあは俺と一緒にゴブリン前線基地の最奥で、エリートゴブリンを狩っていた。20代はここが一番効率がいいのだ。
「はい! ……あれ? なんか、黒い物が落ちていませんか? なんだろう」
潤の言う通り、目の前には黒い物体が落ちていた。あれは……。
――ダメだ! あれに近づいたらダメだ!
「潤、ぴゅあをすぐにそいつから放せ! それで、すぐにここを離れるぞ!」
「え?」
しかし、潤はすぐに動くことが出来ず、ぴゅあは黒い物体……そいつに取り込まれた。
「なんですか? これ? ぼくのぴゅあがごつごつしたヘンな奴に変身しちゃいました!」
「潤。そいつは魔剣だ。魔剣はワールド内を徘徊して、近くにいるプレイヤーに寄生する。そいつに寄生されたプレイヤーは魔剣に呪われて姿を変えられる。でも、安心しろ。時間が経てば元に戻るし、魔剣装備中はステータスが飛躍的に上昇するんだ。その状態なら、レベルが10以上上の相手でも狩れるぜ?」
「ほんとですか? じゃあ喜んでいいのかな。でも、ぴゅあの愛らしさがどにもないです……こんな黒くてごつごつしたの、ぼく、好きじゃありません……」
魔剣に取り込まれると、強制的に『魔剣士シャドウナイト』へと変貌させられる。シャドウナイトは、全身から黒い蒸気を噴出し、漆黒の鎧に身を包んだ禍々しい存在であるが、ビジュアルには人気がある。
少なくとも、10人が見たら10人ともぴゅあよりシャドウナイトの方が断然いいと言うだろうが……。
「あれ? 何だろう、魔法が飛んできた?」
シャドウナイトが、一瞬氷の槍に貫かれた。
「ん? このあたりにMOBはいないだろ……見間違えじゃ……」
見えた。見間違いじゃない。いる。
エルフウィザードだ。今のはあいつのスキル、『アイスグレイブ』だな。名前は……加齢の王子様。なんだこいつ、ネタキャラか?
加齢の王子様はエルフの少年で、青いローブに身を包み、魔法書を広げて俺たちから少し離れたところに立っていた。
「HAHAHA! シャドウナイトよ! 覚悟しろ、今宵こそは我が魔剣を貰い受ける!」
うざ……。
「潤。逃げようか、たぶんこいつ魔剣ハンターだ。さっきもいったけど、魔剣士ってステータスが飛躍的に上がるから、それを目当てに魔剣を追ってる連中もいるんだよね」
魔剣ハンターの目的は、魔剣を所有者から奪ってそれで狩りをすることだ。魔剣士は戦闘不能になると魔剣から解放され、それを倒したのがプレイヤーならそいつが次の魔剣の所有者になる。
だから、わざとこいつにやられて魔剣を譲ったほうがいい。こういう輩は何時間でもへばりついて、空気を読んでくれない。
「潤。しょうがないから、わざとこいつにやられるんだ。大丈夫、戦闘不能になったら俺が神秘の復活薬で蘇生してやるから気にするな。こういう連中は――」
俺が言う前に、すでに加齢の王子様は地面に横たわり、戦闘不能になっていた。
「あれ?」
後ろからやってきたエリートゴブリンが、加齢の王子様を一撃で瞬殺してしまった。とりあえず、ターゲットをこちらに移したゴブリンに向けて魔法を放ち掃除しておく。
「HAHAHA! やるな、シャドウナイトよ! だが我は決して諦めん! また会おう! その時までその魔剣預けるぞ!」
最後はシャウトでそう叫んで消えて行った。一体なんなんだあいつは……もしかして、キラ・ヤマモトの別キャラだろうか?
今度こそ帰ろうと思ったのに、また他の魔剣ハンターがやってきた。今度は加齢の王子様のような低レベルのプレイヤーではない。
灰色の狼の現ギルドメンバーだ。しかもあいつは、俺と同じ時期に入って、カインに色々教えてもらっていた……左 翔太朗。
あいつとはあまり仲がよくない。基本的に無口で何を考えているか解らないからだ。狩りに没頭すると、ギルドチャットでは何も発言しないどころか、挨拶すらしない。いるのかいないのか、はっきりしないなんとも無愛想な奴なのである。
思ったとおりに、あいつは何も告げずにぴゅあの魔剣を奪おうと攻撃を繰り出してきた。
シャドウナイトになっているとはいえ、ぴゅあはまだ24レベルだ。
左 翔太朗のレベルは68だったはず……しかもダークエルフエンチャンターで、遠近数種類の武器を持っていて、それを状況に分けて使いこなす。
本人曰く、フォームチェンジらしい。ただ武器を装備し直すだけなのに。
左 翔太朗は弓でシャドウナイトを狙い撃つ。強力なバフがかけられているため、本職のそれと同程度の威力の矢がシャドウナイトに突き刺さる。
矢を発射したのと同時に左 翔太朗は一気に距離を詰め、デュアルソードに装備を持ち変えると、それでシャドウナイトを十文字に切り裂く。その全てがクリティカルヒットして、ぴゅあは魔剣から解放された。
「ああ……ぼくのぴゅあが……」
「大丈夫、すぐに俺が蘇生するよ。だからそこで待っていてくれ」
「せっかく、育てたのに……」
魔剣を奪うためとはいえ、これはPKと同じだ。魔剣システムは、奪い合うことが前提のため、魔剣所持者がプレイヤーに倒されても経験値が減ることはない。
だが……始めたばかりの潤にはそんな事がわかるはずもないし、関係ないだろう。しゅんと落ち込んだ潤の横顔……口の中に苦い味が広がる。潤がかわいそうだ。すぐに蘇生してやろう。そして、もっといっぱい狩りをして、今の沈んだ気持ちを吹き飛ばしてやるんだ。
俺は、そう決めて前を見た。
左 翔太朗の足元に落ちた魔剣……それは、左 翔太朗を新しい主と認め、魔剣士へとその姿を変えさせる。
さあ。さっさと行け。お前の目的は達成しただろう?
俺たちはまだここで狩りの続きをするんだ。
早く行ってくれよ。
左 翔太朗は帰るそぶりを見せず、俺に……マリアベルに向って歩いてくる。黒い蒸気を引き連れて、漆黒の鎧が魔剣を振りかざし、それを振り下ろした。
野郎。試し切りか。
マリアベルのHPは即座に0になる。
こいつ……カインに何を教わった? 自分よりレベルの低いキャラの相手をするなんて……。
「渡辺さん……ぼくが渡辺さんのいう事を聞かなかったばっかりに……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
「別にお前のせいじゃないよ。相手が悪かったんだ、気にするな」
俺はまだいい。しかし……。
「ごめんなさい……」
潤は涙目になっていた。相当責任を感じているらしい。
魔剣なんて興味は無い。けれど……潤の仇をとってやりたい。
好きな子の弟だから、親切にしてるわけじゃない。潤はいい子なんだ。泣き虫だけど、正直で今一つはっきりしない所もあるけど、いい子なんだ。
俺は……潤にとってのカインになる。
あの日、俺を助けてくれたカインのように、俺が潤を助ける。
左 翔太朗は魔剣士状態だ。今ならば、魔剣を奪うという立派な名目がある。灰色の狼にケンカを売りに行くワケじゃない。
魔剣士になった左 翔太朗のステータスがいかほどのモノかは知らない。
けれど、やってやる!
正々堂々と、真っ向勝負だ!
「潤。ちょっとそのままで待ってろよ。あいつには前から色々と借りがあるんだ。お前のカタキをとるついでに、ここで一気に返してやる」
「え?」
俺はリスタートする。
愛紗のキャラは2人。俺のキャラは1人。唯一の俺の分身を選択する。
長い銀髪と、白い素肌。赤い瞳。フェイブの証だ。
「行こうぜ、椛。あいつを正々堂々真正面から倒す!」




