IN THE WORLD
愛紗はセミロングの髪をふぁさりと揺らし、俺がリビングで妹をランペイジさせたイスをPCラックに戻した。学校から帰ってまだ間もないのだろうか、制服を着たままであった。
「あの……お邪魔してます」
「あん?」
潤がおずおずと一歩ずつ足場を確かめるようにリビングに入ってきた。それを鋭い目で睨んだ愛紗だったが、途端に目が見開かれて硬直した。
「あの……ぼく、相羽 潤です。昨日、渡辺さん……翔さんと知り合って……」
緊張してうつむいた潤。それを見た愛紗の時間は止まったままだ。
「昨日潤と仲良くなってさ。そんで、こいつもカオス・クロニクルに興味があるっていうんで、俺がPCにインストールしてセットアップしてやることになったんだ」
「……」
愛紗は頬を少し赤らめて未だに潤を見つめていた。
「あの……愛紗さんですよね? 翔さんから少しお話は聞いています。同い年みたいだし、仲良くしてくれると……嬉しいです」
今にも消え入りそうな潤のか細い声。そして、潤は愛紗におそるおそる右手を差し出した。愛紗はそれをがっちりとつかんで鼻息を荒くし自己紹介を始める。
「あ! あの、あたし渡辺 愛紗ですす! 好きな食べ物はインスタントラーメンの固めでででで!」
愛紗は顔を真っ赤にして、セリフを噛みまくった。いつもとキャラが違う。
潤はそれを見てくすりと笑い、愛紗は照れ笑いをしながら頭をぽりぽりとかいていた。
「あ! あたしお茶入れてきます! 潤くん、ゆっくりしていってください! 何かあったらそこの役立たずをこき使ってくれて構いませんから!」
そう言って、愛紗は台所に向って歩き出した。なぜか油のきれたロボットのように歩きかたがぎこちない。
「面白い子ですね。渡辺さんの妹さん……えっと、愛紗ちゃん」
あんな愛紗は初めて見た。まさかあいつ……潤に……。
一目惚れ?
俺達渡辺兄妹は、偶然にも相羽姉弟に恋をしてしまったらしい。
まったく、兄妹そろって……。
「さて、と。そうだなあ。まずは俺の部屋に行こうか。クライアントロムでインストールして、それからキャラを作って少し一緒に狩りをしてみよう」
「はい!」
潤は力強く頷く。俺はリビングをでて、玄関横の階段を昇り二階の自室へと向う。自室のドアを開け、潤に入るように促した。
「どうぞ」
「お邪魔します……あ」
潤は俺の部屋に入って少し驚いていた。
「ごめんな。少し散らかってるけど……適当にかけてくれ」
潤は俺のベッドの上に腰をおろして、溜め息を付いて周りを見回す。
「散らかってるだなんてとんでもないです。すごいキレイなお部屋ですね。きちんと整理整頓されて……うちのお姉ちゃんも見習って欲しいくらいです」
「え?」
「年がら年中散らかり放題なんです。ぼくが片付けてあげるって言っても、『余計なことはするな、この散らかり具合がいいんだ』って言って怒り出して……足の踏み場がないんですよね」
相羽さんはもしかして、家事能力0なのでは……外見からは想像がつかないけど、相当がさつなのかもしれない。
「まあ、俺は物が乱雑に置かれてるとイライラして、直しちゃうんだよね。スーパーの売り場とか、店員でもないのに勝手に整理しちゃったりとかさ」
「それ、ぼくもわかります。なんだか放っておけないんですよね」
潤とヘンな共通点が見つかってしまった。
「じゃあえっと……PC出して」
「P子です」
潤は真面目な顔になって、きっぱりとそう言った。
「……P子を出してくれ」
「はい!」
P子と呼ばないとダメらしい。ちょっと面倒くさいな。
ビジネスバッグから出されたP子はまだ買って間もないどころか、ぴかぴかの新品であった。相当大事にしているのだろう。
「お……これって最新機種じゃないか。ブルーレイドライブ内臓、最新のCPUに……4GBのメモリ……うちのボロいデスクトップよりも断然性能がいい……」
P子のスペックに驚愕する。これだけの性能だ。かなり高額なんだろうな……しかも話を聞く限りだと、これは潤専用の物らしいし、相羽さんもフランケンだったか、フランクフルトっていう名前のPCを持っていると潤は言っていた。
相羽家は金持ちか!? 身分違いの恋でなければいいが……。
.「ぼくのP子……ダメですか? カオス・クロニクルできませんか?」
潤は不安な表情でP子を見つめていた。
「いや、大丈夫。むしろ推称環境以上だからキレイに映るし、ラグもほとんど無いと思うよ。うちのボロPCと交換して欲しいくらい」
「そうですか……渡辺さん家のボロPCより上ですか……よかった」
潤はほっと安堵して胸を押さえた。今、ボロPCって言った? 言ったよね? 確かにボロいけど、あれには俺の全てが詰まっているんだぞ!
くそう……セレブめ。
潤が目を離してる間に、メモリを引っこ抜いてやろうかな。などと考えているうちにP子は起動して、デスクトップ画面が表示された。
画面には、ゴミ箱と、ウイルスソフトとワードなどのビジネスソフトのショートカットくらいしかなく、なんとも寂しい状態だ。
エロ画像やエロゲーくらい入っててもいいものだが、ハードディスクの容量は数百GB以上が空いている。
まあ、これだけ容量が余っているならカオス・クロニクルのアプリケーションは十分に入るだろう。
俺は机の引き出しからロムを取り出して、それをドライブに挿入した。しばらくしてセットアップが始まり、ドライブからはロムの回転音がぶんぶんと聞こえる。
「さて……少し時間がかかるな。そのへんの本でも適当に読んで待っていてくれ。30分はかかるはず……」
「はい。それじゃあ……」
潤は立ち上がり本棚へと向う。
「すごいですね……渡辺さん、プログラム関係の本がいっぱい……プログラマー目指してるんですか?」
本棚の半分以上を独占しているのはプログラム関係の専門書だ。それを見た潤が感嘆の声を上げた。
「ああ。それ、親父からもらったのがほとんどなんだよ。家の親父、プログラマーだから」
「なんだか、かっこいいですね」
潤はうるうると瞳をうるわせて感動していた。いや、そんなたいしたもんでもないぞ、あのおっさん。
プログラマーになった理由だって、自分で理想のエロゲーをプログラミングできるようになりたいだとかいう、不純なものだし。
でも、男手一つで俺と愛紗を育ててくれたのにはすごい感謝してるけど……。
「俺も時間が空いてヒマなときは、たまに簡単なプログラム組んでるよ。最近はObjective-Cで遊んでるんだけどね」
「なんの話だかさっぱりです……」
ちなみに、Objective-Cはプログラム言語の一種で、アイフォンやアイパッドのアプリケーションはこの言語で開発されている。親父の趣味に少し付き合った程度の知識しかないけど。
「おっと、ごめん。まあ興味があるならいつか俺がプログラムを教えてあげるよ。けっこう楽しいぜ? バグが出ずに無事コンパイルできた時は」
と、俺が雄弁に語っているとP子が軽快な効果音を鳴らして、インストールが完了したことを告げた。
「え? 早すぎだろ! うちのボロPCなんか一時間近くかかったのに……」
「ぼくのP子。すごいでしょ?」
P子おそるべし。
「じゃあ、さっそくゲームに接続してみるか。ちょっと待ってろよ、親父の部屋からLAN取ってくるから」
俺はそう言って自分の部屋を出ると、向かいにある親父の部屋に入った。
家には家族共用のPCが一台あるが、それとは別に親父が一台持っている。仕事用ということと入っているOSがMACであることもあって、親父もリビングのPCを使っているのだ。
俺は、親父の机の上にあったMACからLANを抜いて、それを持って部屋に戻り、P子に差した。
「さて、インストールは終わったけど、アップデートがまだだからな。またこれから少し時間が……」
かかると思ったが、すんなりと自動アップデートが終了し、瞬く間にP子はゲーム画面を映し出した。
P子すげえ。
「それじゃあまずはキャラを作らないとな。名前はもう決めてるのか?」
「はい。ぼくの名前で」
「えー。つまらないな。アニメのキャラとかは? この前、キラ・ヤマモトって奴がいたっけ。あいつ、なかなか面白い奴だったなあ。punpun321はちょっと名前の意味がわからないけど」
「ぼく、アニメ知らないから……潤でいいです」
潤はそう言って、名前の欄に潤と入力したが、受け付けられなかった。すでに同じ名前が存在したのだ。
その後、じゅんもダメだったので、ぴゅあと入力したら今度はうまくいった。
ぴゅあって……何か、すごいかわいらしい女の子を想像する名前だ。
「じゃあ、次……種族だな。ヒューマン、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、オーク、フェイブ……どれにする?」
「一番男らしいのがいいです! ぼく、ゲームの中ではせめて男らしくなりたいから」
「……じゃあ、オークか……」
「はい! うわあ。かっこいい! ぼくこんな風になりたいなあ」
潤は、むきむきマッチョな緑の巨人をすっかり気に入ってしまったようだ。ていうか、ぴゅあっていう名前とこのビジュアルは見事にミスマッチだ。
体型ももちろん、ボディービルダーのような体つきで、背も2メートル以上ありそうなくらいバカでかい。
これの中身がこんな美少年だと知ったら、みんな驚くだろうな……。
すべての設定を終え、潤はカオス・クロニクルの世界に降り立った。
いや、ここでは、ぴゅあと言おう。
ぴゅあは、初心者村……ハリの村に降り立ち、周りを走り回っていた。見るもの触れるもの、その全てが新鮮なのだろう。
俺も、一年前はそうだったな。そして、装備も何もつけずに狩りをして死に掛けたんだっけ。そこをカインが助けてくれて色々教えてくれた。
俺もカインになろう。潤にとってのカインに。
「潤、P子を持って下に行こう。俺もレベルの近いキャラで狩りをして色々教えてあげるよ」
「はい、お願いします!」
リビングに入り、カオス・クロニクルを起動し、ゲームへ。
キャラクター画面には3人のキャラが佇んでいた。二つの短剣を装備したダークエルフの男……全身を黒いレザーアーマーに身を包んでいる。
こいつではレベル差がありすぎるので、隣のヒューマンウィザードを選択する。下着同然の派手な格好をした若い女で名前はマリアベル……。
これが一番、ぴゅあとレベルが近い。よし、これにしよう。
「潤。俺が狩りの基本を教えてやる、しっかりついてこいよ」




