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俺の妹が……以下略

 相羽さんは少し驚いていた。もみじまんじゅうが珍しいのだろうか? 掌に乗せたそれを、じっと見つめている。


 そして、俺の顔を少し緊張した様子で覗き込んで、こう言った。


「椛……?」


「え」


「なーーーーべーーー!」


 後ろから衝撃を受け、前に倒れそうになる。目の前には相羽さんのセーラー服。事故と見せかけて飛び込んでしまいたくなるが、俺はそんなに下劣な人間じゃない。


 いつかこの胸に相羽さんのほうから飛び込ませてやるんだ。


 俺は上半身を思い切りひねり、相羽さんをよけて地面に倒れた。


「渡辺くん、大丈夫!?」


「いたたた。ごめん、相羽さん。ケガない? 俺は大丈夫。毎日妹に蹴られてるから、体は頑丈なんだ」


「指から血……出てるよ。貸して、私、絆創膏持ってるから貼ってあげる」


「あ、ありがとう」


 俺の右手に相羽さんの手が触れる。カバンからキャラクターモノのかわいらしい絆創膏を取り出し、それを丁寧に俺の指に巻きつけてくれた。


 その動作は優しさに満ちている。俺のHPは全回復した! もう何も怖くない。いまなら一人で魔竜の巣に飛び込んでもいい。まさしく相羽さんは俺のヒーラーだ。


「私……二つ下の弟がいるんだけど。けっこうドジな子なの。だからいつも、転んだ弟を起こして、こんな風に絆創膏貼ってあげてたんだ」


 潤のことだ。確かに昨日も盛大に転んでいたな。潤め。くそう。あいつが羨ましい。俺が潤だったら毎日転んで、絆創膏だらけになってもいい。


 でも、ちょっとこの絆創膏……かわいらしすぎて恥かしいんだけど……。


「痛いの痛いのとんでけー♪」


 相羽さんはそう言って俺の指をさすった。


「へ?」


「あ……」


 相羽さんは顔を真っ赤にして、うつむいている。


「ごめん、弟にもこうしてたから……その……」


 クセになっているのか。潤め、あいつどんだけ転んでるんだ。ドジっ子の領域だな、生きるアニメキャラかあいつは。


「あ、いいよ! ぜんぜん! 俺、もう痛くないし!」


 素早くそう言って立ち上がり、正拳突きを10回目の前で繰り出す。痛みなんかどこにもない。あるもんか。今まで生きてきた中で、一番幸せです。


 もう死んでもいい。いや、指にケガしただけで死んだら、体がもたないけど。


「渡辺くん。ケガ、大事にね。それとこのもみじまんじゅう……ありがとう。コーヒーと一緒にいただくから……それじゃ」


「あ、うん。また教室で」


 相羽さんの姿が昇降口へと消える。石鹸の香りが消えるのと同時、俺は振り返って拳を繰り出した。


 ズドンと音がして、稲田は吹っ飛ぶ。


「ナベ、ごめん。ちょっとした挨拶のつもりだったんだ。そう……これは不器用な愛情表現なんだ! ほら、よく言うだろ、好きな子にはイジワルしたくなるって!」


「そうか。稲田は俺の事が好きか」


「うんうん、大親友だし。同じエロ本を読んだ仲だし!」


 同じ釜の飯を食った仲みたいな使い方をするなと言いたい。


「稲田、俺もお前の事が好きだぜ」


「じゃあ、俺たち相思相愛だな! じゃ、そういうことで!」


「まてい」


 俺は稲田の腹に不器用な愛情表現を叩き込んで、教室へと向った。


 そして、その日の授業が始まり、昼休みになると、相羽さんの周りにまた人垣ができる。


 もみじまんじゅう、食べてくれるだろうか……。


 その日の授業が終わると、俺は足早に教室を去り駅前へと向った。


 駅前はまだ夕方の買い物ラッシュや帰宅ラッシュに巻き込まれておらず、静かに人の波を受け流し、その中に一人の少年をはらんでいた。


「あ、渡辺さん! ここです」


 潤が手を振ってこちらに駆けて来る。子犬のような奴だ。すでに私服に着替えており、ビジネスバッグを小さな体で引きずるようにして抱えていた。


 俺の目の前まで来て、潤は足をつまずけた。やばい。今の状態で転んだらPCが壊れるぞ。


 とっさに潤の体とバッグを受け止めて、元の場所によいしょして戻す。


「危なかったです……ごめんなさい、渡辺さん」


「コーヒーの瓶と違ってPCは精密機器だからな。保証期間中でも、落として壊したら修理費はかかるぞ」


「え! そうなんですか……よかった。まだ買って1月も経ってないから……ごめんなさい渡辺さん、P子の命を助けて頂いて」


 ピー子? このPCはファッションチェックでもできるのだろうか?


「潤、ピー子って?」


「この子の名前です。PCのP子。かわいいでしょ??」


 潤は満面の笑みでビジネスバッグの中身を俺に見せた。いや、かわいいと言われても……。


「お姉ちゃんも自分のPCに名前付けてるんですよ。めったに呼ばないけど」


「なに? な、なんて名前なんだ?」


「フランソワーズです」


 なんて微妙なネーミングセンスだ! ちょっと相羽さんのセンスがわからない。


 ……とりあえず気を取り直して、家に帰るか。


「いや、それより行こうか。もうすぐ電車が来る時間だし……切符は二駅先のを買うんだぞ」


「はい!」


 俺は潤を伴い、駅の発券機の前に立った。俺には定期があるので買わない。潤の分が必要だ。


 潤に譲り、必要な金額を指示する。しかし、潤は発券機の前で止まったまま虚空を見つめていた。


「潤?」


「あ、あの……ぼく、切符買ったことなくて……いつもお姉ちゃんが買ってくれるから、使い方が……」


 潤は……まさか、恐るべきシスコンなのではないか? いや、逆か? 相羽さんがブラコンなのか?


 とにかく俺は潤に発券機の使い方を教えて、やってきた電車にぎりぎりで滑り込むと空いている席に座った。


「お家、近いんですね」


「うん。本当はチャリで行ける距離なんだけどさ……電車通学って憧れないか?」


「そうですか?」


「憧れるだろ! 電車の中でステキな出会いがあるかもしれないし、それにキレイなお姉さんが居眠りして、自分の肩によりかかってきたらお前はどう思う!?」


「肩が懲りますね」


「そうだろう、肩が凝るだろう! って違うわ!」


 俺は潤に電車の中でノリ突っ込みをしてしまった。まあ、実際にキレイなお姉さんが肩によりかかってきたことは無い。


 ハゲたおっさんが肩によりかかったことはある……それも、左右から。肩に残った感触は今も忘れない。悲しい記憶だ。


 やがて目的地に着くと、俺と潤は電車を降り、駅の改札から人ごみと一緒に吐き出される。


「こっちだよ、潤。迷子になるなよ」


 背中に潤の気配があることを確認しながら、帰路を辿る。ものの数分で我が家へと帰り着き、玄関のドアを開けて中に入った。


「おじゃまします……」


「ただいま」


 玄関で靴を脱ぎ、リビングの家族共用パソコンへと向う。


 俺専用のPCがないので、親父と妹と俺が共有して使っているのだ。


 リビングのドアを開けると、PCラックの前に我が最愛の妹がいた。ヘッドホンを付けて、ニンマリ動画という動画投稿サイトで何かを見ている。


 俺は妹の背後に立つと、肩を優しく揺すって、そこをどくように頼もうと思った。


「おい」


 返事がない。どうやらただの屍のようだ。


 屍にPCは必要ないので、PCラックのイスを引いて、そのままテーブルへランペイジさせた。ヘッドホンが差込口から抜けて、大音量のアニソンが渡辺家を貫く。


 ご近所迷惑である。


「愛紗。優しくてかっこいい、お前の大好きなお兄ちゃんが帰ってきたぞ」


 最愛の妹はヘッドホンを着けたままイスを倒して、俺に向って走ってきた。きっと、感動のあまり俺の胸めがけて、飛び膝蹴りでも見舞ってくれるのだろう。恐るべき照れ隠しである。


 ――そうだったらいいのだが。


 最愛の妹は、跳躍するとカカトをめいっぱい振り上げて、俺の頭上に直撃させた。スカートはいてるのに、こんなはしたない事をするなんて信じられない。ていうか、これは新技だ。


 俺はこんな子に育てた覚えはないんだが。


 しかも頭部にクリティカルヒットだ。スタンだ。ものすごく痛い。


「キモイんだよ、バカ翔。『誰が優しくてかっこいい、お前の大好きなお兄ちゃん』だ? 神様にクリーングオフできるならしたいんですけど?」


「それは無理だ。お前はすでに14年と7ヶ月生きている。クーリングオフの期限はとっくに過ぎているのさ、妹よ」


 これが俺の妹。渡辺 愛紗14歳中学3年生である。

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