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お土産を乗せたてのひらに

「斬魔乙」


 斬魔以外のPKは、次々とその姿を消して村へと帰還する。しばらくして斬魔もその姿を消した後、唐突に斬魔からウィスがきた。


「覚えてろよ。絶対にオレは忘れねえからな」


「オレはもう忘れたよ」


 そう返してやった。さぞや悔しいだろうな。頭にきただろう。ディスプレイの前で顔を真っ赤にしているかもしれない。だが、それ以上の怒りと辱めを、今までお前達にPKされた連中は味わってきたんだ。


 痛みを知れ。


 さて。ヴァーミリオンの一部とはいえ、マスターとナンバーツーの主戦力を一人で壊滅させた。これで当分やつらも大人しくなるだろう。


 オレもすぐにエルトに戻らないといけない。


 カインが今日ここに現れた事は、いずれこのサーバーの人間に知られるところになる。


 さっき斬魔を煽ったのは、今日エルト達が斬魔をMPKしかけた件よりも、強い屈辱と印象を与えるためでもあった。奴らはたった一人のナイトにやられたのだ。十分すぎるほどオレを憎んでくれるだろう。


 これで全ての憎しみがカインにいく。今日の件で、エルト達もヴァーミリオンの恨みを買ってしまったが、それとは比にならないくらいの屈辱を与えてやった。


 カインは盾なのだ。プン達の……だから、それでいい。カインがエルトであるということも、まだ明かすつもりは無い。


 プンを守るためにカインを使ったが、このままカインに戻ることはできない。カインが抱えている問題は根が深い。けれどいずれ向き合わないといけない時が来るだろう。


 ここに……カオス・クロニクルにログインしている限りは。


 それに、ヴァーミリオンの奴らにエルト=カインであることがバレれば、必ず奴らはオレだけでなくプンやヤマモト、ケルを狙ってくるだろう。


 だから、またしばらくカインでログインすることはない。


 何より……今のプンに必要なのは、カインではなく、エルトだからだ。


 オレ以外にあいつの世話と、HP管理をできるヒーラーはいない。


 さて、灰色の狼のメンバーに見つかると厄介なことになる。早々にリスタートしなければならない。特に、現ギルドマスターには……。


 しばらくお別れだ、カイン……。


 回線の不調で落ちていたということにでもして、戻るとしよう。


 オレは呆然と眺めていたヤマモトに近づいて、神秘の復活薬を二つ放り投げると何も言わずリスタートした。


 キャラクター選択画面でエルトを選択し、エルトとして戻る。


「ぬを。中尉! 精神と時の部屋でスーパーになったとですか!?」


 目の前には、ヤマモトに蘇生されたのだろう。プンとケルが全快の状態でそこに立っていた。神秘の復活薬のおかげで、経験値も下がっていないはず。


「なんだそれは。回線の調子が悪かったから落ちていたんだ。それより、あいつらは?」


「いや、なんか。ものすっごい強いナイトがやってきて……トラ○ザムが発動したみたいな感じで(°д°);」


 おそらくカインのことを言っているのだろう。強さの表現がヤマモトらしい。しかし、何を言っているのかまったくわからない……。


「なんだそれは、意味が解らん。……ごめん、プン。回線の調子がおかしくて、落ちそうになってたんだ。結局、落ちちゃって……すぐに戻れると思ったんだけど……」


「エルくんエルくん、プンなら大丈夫だよ^^v 蒼い鎧のナイトさんがやってきて、PKさんを倒して、神秘の復活薬を置いていってくれたから>< かっこよかったんだよおおおお。あれがカインさんなんだね^^ プン、一目惚れしちゃったかも(//▽//)」


 プンは元気そうだった。特に落ち込んでいる様子は無い。


「アタシも見惚れちゃった♪ けど、ダンナに比べたらまだまだだけどネ」


 ケルも、特に先ほどPKされたことを根には持っていなさそうだ。


 カインの登場と、圧倒的な勝利。それが、彼らの中の暗い感情を吹き飛ばしたのかもしれない。


 カインを操作した意味はちゃんとあった。


「あ! 椛さんだーー。おーい^^ノ」


 カメラを動かし、ウェルド大森林の方向を見ると、椛がこちらに向ってくるのが見えた。PCの調子が戻ったのだろうか?


 やがて椛はこちらにたどり着くと、早々に質問を繰り出してきた。


「ここにカインさんが来たって、掲示板で噂になっているのを見たんですが……知りませんか?」


 早くも話題になったか……斬魔か、そのサブキャラあたりが情報収集目的で書き込んだのだろう。それを見た椛がここにやってきた……といったところか。


「はい^^ すっごく強くてかっこよかったです! エルくんには負けるけど>w<」


 カインはオレなんだけどな。けど、それをまだ明かすわけにはいかない。


「そうですか……やっぱり。カインさんが戻ってきた……戻ってきたんだ」


 悪いな、椛。まだカインは戻れない。少なくとも、ヴァーミリオンとのいざこざのほとぼりが冷めるまでは……。


 それに、今のオレはエルトとして、プンを育てなくちゃいけない。プンは……大切な友達だ。


 いつか時期が来たらこいつらに話せるだろうか? 1年前の事……リアルのオレの事を。


 椛。ごめんね。


 でも、いつかまた……エルトとしてではなく、カインとして……あなたの前に立ちたい。



 *****



 今日はものすごく気分がいい。


 また、会えるかもしれない。あの人に。


 学校までの足取りは非常に軽かった。


 俺はいつもの通学路を少し足早に歩いている。そういえば、今日は潤を家に連れて行くんだった。まあ、そんなに部屋は散らかっていないから大丈夫だろう。


 潤か……。あいつ、相羽さんの弟なんだよな。相羽さんって、家じゃどう過ごしてるんだろうか? ちょっと気になる。


 それに……何でカオス・クロニクルをやめちゃったのかも。


 彼女の事を考えていたら偶然、石鹸の匂いがした。俺は振り向く。


「相羽さん! おはよう」


 振り返って昨日の夜一生懸命練習した、対相羽 真理奈専用挨拶(改)を爽やかなポーズで決めて、白い歯をキラリと輝かせ、セクシーに指をアゴに添えて見せた。――はず。


「あ、ちょっと待ってよ!」


 また無視されてしまった。


 さては、今度こそ照れているな相羽 真理奈!? ふはは。そうだろうそうだろう。5時間かけて編み出した俺のファイナルウェポンである。これが直撃して無事な女子はいないはず! ……いないと思いたい。


「ちょ……相羽さん!」


 この展開、昨日と同じ!? ってことはまさか? また俺の名前忘れられてる?


 不意に相羽さんが立ち止まる。そして、こちらに振り返って微笑んだ。


 天使です。翼はありませんが、まさしく天使です。


「おはよう! 渡辺くん」


「あ。う、うん。おはよう、相羽さん」


 なんだろう、すごく機嫌がいいぞ。何かいい事があったんだろうか。


 そうか。俺のファイナルウェポンが炸裂したのだ。心血をそそぎ、ラブコメを見て、主人公の恋敵の動きを一生懸命5時間もトレースした努力が実ったのだ……!


「渡辺くん、なんだか嬉しそう。何かあったの?」


 逆に聞かれてしまい、焦ってしまう。相羽さんにオレのファイナルウェポンが炸裂したからだなんてストレートに言ったら、周りの女子に勘違いされて、俺は稲田2号の烙印を押されかねない。


 ここは……。


「あ、うん。そうそう。昨日カオス・クロニクルでさ、ちょっといい事があったんだ」


「何があったの?」


「昨日話したカインがさ……戻ってきたんだ。俺、もう会えないと思ってた。けど戻ってきてくれたんだ、カイン……」


「渡辺くん……」


 しまった。潤の言うとおり、カオス・クロニクルの話題はNGだったか。


 相羽さんが少し気まずそうな顔をしている。仕方がない。秘密兵器の投入だ。


 俺は胸ポケットに入れておいた和菓子を取り出して、相羽さんの柔らかい掌にそっと乗せた。このまま握っていたい気持ちをぐっと抑えて、手を離す。


 かすかに残った体温を忘れないように、自分の掌を握り締める。……3日はこの手を洗わない。


「これ、相羽さんにあげるよ! 親父が出張で広島に行っててさ、お土産のお裾分け」


「ありがとう……これって……?」


「うん。もみじまんじゅうだよ。コーヒーと合うのかな? 試したことがないから解らないけど……俺の大好物なんだ」

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