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歴史物や時代劇創作集

空より花の 散りくるは

作者: 開運満足 
掲載日:2026/11/02

「源頼光と四天王 藤原道長の命で清監を討つ (清少納言 絶体絶命)」の続編です。

「日高く睡り足れるも 猶、起くるに慵(ものう)し


 小閣(しょうこう)衾(ふすま)を重ねて、寒きを怕(おそれ)ず


 遺愛寺の鐘は、枕に欹(そばだち)て聴き


 香炉峰の雪は、簾(すだれ)を撥(かかげ)て看る


 匡廬(きょうろ)は、便(すなわ)ち是れ名を逃るるの地


 司馬は、仍(なお)老いを送るの官と為す


 心泰(ゆたか)に身寧(やす)きは、是れ帰処(きしょ)


 故郷独り長安に在あるのみなる可けんや」




 白居易の香炉峰下(こうろほうか)新(あらたに)卜山居(さんきょをぼくす)を声を出しながら読み下しをする姫様の名は紀子(のりこ)という。藤原の一族に繋がる子女の一人だ。

 今年(寛仁二年)の十月十六日に望月を愛でた太閤・藤原道長。その叔父筋にあたる人物の血を引く孫、あるいは曾孫にあたるのが紀子であった。今年十歳になった。



 家庭教師として雇われて姫様を教えているのは、尾羽打ち枯らした出家姿の尼僧である。五十は超えているだろう。名を霽月(せいげつ)という。


 霽月が問う


「意味は分かりますか」


 紀子が答える


「はい。

 もう、お日さまが高く昇っている。良く寝たなと思いながらも、

 起きるのが気だるい。

 小さなお堂のなかで、布団を重ねて寝ているのだから、

 少しも寒くはない。

 近くの遺愛寺の鐘の音は、枕に頭を乗せるだけで聞こえるし、

 香炉峰の雪だって、すだれを上げさえすれば、眺められる。

 匡廬(きょうろ)というのは、隠遁の地なのですし、

 司馬という役職も、また老いた者に与えられる閑職にすぎない。

 心安らかにして身の落ち着けるところこそが、身を置くべき場所、

 ふるさととして住めるのは、長安の都だけだと決めつけることはない」


「良くできました。白楽天の気持ちまで読み取れるようですね」


 尼僧の霽月は教え子の利発さに満足の声を上げる。



 尼僧の名の霽月(せいげつ)、その意味は雨がやんで空が晴れたあとに見える月のことだが、尼僧はその「霽」の字に、「清」の字を重ねているし、尼僧の心に浮かぶ雨後の月とは満月ではなく、最も欠けた部分が多く、辛うじて糸くずのように見える細い三日月、繊月(せんげつ)なのである。


 実は、この老尼僧こそが、かつて宮中で清少納言と呼ばれていた人だ。


 しかし、その名は、世間の人にとってもそうであったが、当の尼僧にとっても、都で清原氏の名を聞かなくなって、たったの一年半だというのに、遠い、遠い過去の亡霊の名のように思えるのであった。


 霽月を、三日に一度ほど、朝夕の賄いつき、ひと月で巻絹二反という条件で、紀子姫の家庭教師として雇えたのは幸運だった、実によくできた教師である。そう満足している姫の両親すら、これが、まさかの清少納言の落ちぶれた姿とは知らない。伝説の才女は遠い昔に鬼籍に入ってしまっているものと思っている。

 何しろ、この時代の人はすぐ死んでしまう。毎年のように疫病が流行る。人々の噂から消えてしまえば亡くなってしまったも同然。そう思われてもしかたがない。




 尼僧霽月が、説明を付け加える。


「匡廬(きょうろ)とも呼ばれる廬山は、多くの景勝地を持つ大変美しい山なのです。

 たくさんの峰をもつ山ですが、

 香炉峰と呼ばれる峰は香炉に似た美しい峰なのでしょう。

 日光を浴びると、漂う霞が紫色に見えるそうです。

 白楽天は、その廬山の遺愛寺の隣りに

 小さな階(きざはし)を持つ二階建ての草堂を建てたのです。

 山ですから冬は特に寒いのです。布団から出たくないのは当然です。

 どうせ、司馬という役職には、仕事もないに等しいのです。

 布団の中でも御寺の鐘の音が、陶器製の枕(・)に(・)共(・)鳴(・)し(・)て(・)聞(・)こ(・)え(・)て(・)く(・)る(・)し、

 簾を上げるだけで香炉峰の雪景色も見られる。

 こんないい所はない。終の棲家の候補は都だけではないよと、

 そんなふうに白楽天は詩に詠んでいるのです。

 香炉峰には天の川から流れ落ちているように思える美しい滝もあるのですよ」


 そう説明しながら、尼僧霽月は、かつて中宮定子と過ごした雪景色の宮中に思いを馳せる。


   ☆   ☆   ☆


 長徳元年(995年)の正月の頃だ。

 

「少納言よ、香炉峰の雪とは、どのようなものなのでしょうね」


 そう問いかけた中宮定子の言葉に、まず、清少納言は黙って女房たちに格子を上げさせる。そのうえで、みずから御簾を高く巻き上げて、中宮さまに「このような」と外の雪景色をお見せする。


 すると、宮さまは、そうそう、そのような風情でしたね、と頷かれ、微笑みを返してくれた。


 このような機会をとらえて、即座に宮さまに馳走できる小(・)憎(・)ら(・)し(・)い(・)ほ(・)ど(・)の(・)機(・)知(・)の(・)働(・)き(・)は、他の女房衆の追随を許さず、皆、舌を巻いていたものでした。


   ☆   ☆   ☆


 そんな絶頂の日々が暗転し始めたのは、思えば、関白の藤原道隆さまの飲水病(糖尿病)が悪化してからだ。長徳と改元してすぐに、道隆さまは、自分の命が長くないと悟ったのでしょう。一条天皇におすがりして息子の内大臣伊周さまに関白職を継がせようと、いろいろ手を尽くしたのです。

 しかし、一条天皇はそれを頑として拒んだので、関白道隆さまは、実の息子に関白の座を継がせ、娘の中宮定子さまのご後見をさせるという悲願を果たせずに、お亡くなりになった。その後、弟の道兼さまが関白になられたのもつかの間、道隆さまの後を追うようにお亡くなりになり、次こそは伊周さまがと思っていたら、伊周さまが弟の隆家さまと一緒に院(花山法王)に不敬(長徳の変)を…。

 中関白家はそのせいで没落した…。



 そうして、道長さまの天下が始まってしまう。道長さまの血筋だけが栄えて行く時代が‥‥。


   ☆   ☆   ☆


 やがて、尼僧霽月は、紀子に対する白居易の講義を終え、紀子宅で夕餉を戴く。

「明日も同じ刻限で」と挨拶して館を辞する。

 京の東南方面に帰って行くのだ。


 紀子の館の門を出ると、すぐそこ、左方の奥に、曽祖父から兄までの清原氏四代が住み、尼僧霽月が生まれた御殿の跡が見える。


 大通りに面する塀は、ここ、あちらと剥がれ落ちている。ある場所などは、狐狸の類が通り道にしているのだろう、通り抜けられそうな穴さえ開いている。



 霽月は、その通りに面している南門の前の道を避け、すぐ手前の角を右に折れ、南へと、下って行く。



 兄の致信(むねのぶ)がその御殿で殺されたのは、1年半ほど前の春のことだ。下手人、暗殺集団の主要人物を尼僧霽月は、知っている。

 なぜなら、その時、そこに方(・)違(・)え(・)の一時滞在をしていて、偶然、居合わせたからだ。そこに居て、時の権力者に代わって血塗れの汚い仕事を引き受ける闇の掃除屋の面々と、言葉を交わしている。

 その闇の掃除屋の主要人物たちは、今をときめく有名人、英雄と持て囃されているありさまだ。

 その理不尽ささえ、飲み込んで生きて行かねばならぬ世であることも、霽月は、悲しみと諦めの感情と共に、知っている。



   ☆   ☆   ☆


 兄、致信の遺体は、家隸郎党(いえのこ ろうとう)が暮らす宿舎である北雑舎付近から、神殿の東対の前までの長い距離を、うつ伏せのまま、二人の兵がそれぞれ片足を持ち、上半身を地面に引きずられて、霽月の目前に運ばれた。

 背中に2本の矢が刺さり、右手に大太刀をギュッと握りしめたままの兄致信の亡骸は、源頼光とその四天王の見分に付されるのだ。

 その見分の場で、遺骸は、運んで来た兵に背中の矢を抜かれて、よいしょと、仰向けにされた。

 顔を確かめるためである。


 土と砂で汚れ、擦り傷だらけの顔は、造作なく致信のものとわかった。

 首実検の後は、残酷な悪党どもの興味は、忽ち致信の持っていた大太刀に移った。


 死んでも大太刀を離さず手にしたまま硬直していたので、渡辺綱が自分の刀で、ふんっ、と気合とともに、その右腕を切り落とす。そして落とした腕ごと、同僚内で一番の怪力の持ち主、坂田金時に渡して言う、


「指を一本づつ開いて、その大太刀を、頼光さまの手に!」


 金時が、致信の強張った指から、大太刀を無理やりもぎり取って、両手でうやうやしく頼光に渡す。

 その前に、腕はポイッと、無造作に主殿前の池のほうに抛り投げられている。


 頼光が、大太刀の刃の、鈍い光の曇りを確かめた頃、致信の腕がポチャリと池に飛び込んだ。その音を満足そうに聞いた頼光が、四天王らに大声で言う、


「さすがは都に長年巣食う大怪異、清監(せいげん)である。

 この業物は、宝物殿に入れるにふさわしい。

 大相国(藤原道長)さまに鬼の宝物として、献上しよう。

 この鬼(こやつ)がどこかに、打ち捨てた鞘と共にな。

 まだまだ、分捕り品は、多くあろう、

 二度と清監とその仲間の鬼らが、この国とこの都に害をなさぬために

 鬼が、民から絞って、絞って、絞り取りたるものを、

 鬼の命とともに、根こそぎ、奪い去るのだぞ!

 それが、この祓の、怪異退治の目的ぞ!」



   ☆   ☆   ☆


『思えば、あの日、寛仁元年の弥生のその日。あの大虐殺と大略奪が、細々と命脈を保ってきた清原氏の没落に、最後の止めを刺す一日となってしまった。清原氏の財という財は、あの御殿に集められてあったのだから』


 尼僧霽月は、兄の致信の死骸が襤褸の様に扱われ、御殿が打ち壊され、清原氏の目ぼしい財物が、金銀サンゴや真珠に形を変えた代々の宝物や絹の反物すべてと…、屋敷に付属していた几帳や壁代までもが、持ち出される情景を、頼光とその郎党の祓の詞、剣戟の音、叫び声――突然の耳鳴りのような反響音――と共に、まざまざと思い出す。


 幸いにも尼僧霽月は、娘が上東門院さまに仕える仔馬命婦であることが判明し、中宮のお気に入りの命婦の母を殺してはならぬということで、命は助かったのだが…。


   ☆   ☆   ☆


「ああ、また悔やんでも、詮無きことを……」


 と長い物思いから覚めた霽月は、気を取り直して、今度は左に曲がり、東へと歩いてゆく。



 中宮定子が第二子を出産後に亡くなったのを機に宮仕えをやめた清少納言は、東山月輪に住んでいる。定子の亡骸は、東山の鳥辺野(とりべの)に埋葬された。その近くには父清原元輔(きよはらのもとすけ)の別館があった。清少納言は、その南東の一隅に庵を構え、尼僧霽月として、定子の菩提を弔って一生を終えようと決心したのだった。



『お可哀そうな中宮さま』



   ☆   ☆   ☆


 あの時…。長保二年の師走。

 そう、18年前の今頃の話だ。


 部屋が急に静かになったと、異常を感じた中宮の兄の伊周さまが、


「何かがおかしい、灯りを持て!」


 緊張した声で、


「灯りを…、早く、早く!」


 その灯りの下で、妹の中宮さまを見て、


「……、息が、息が止まって…、息をしていらっしゃらないぞ」


 と驚きの声をあげられ、


「さだ!さだ!」と声をかけ、

「行くな、さだ、戻ってこい、行くな!」


 と呼びかけながら、身体を抱き上げようと、背に触れてみると、もうすっかり冷たくなっている。


 「さだ…、もう逝ってしまったのか、早すぎるぞー。さだ…」


 伊周さまは中宮定子さまのなきがらをお抱きになったまま、声も惜しまず、それこそ悲しみで息絶えてしまいそうなくらい、泣き崩れていらっしゃった。


 わたくしは、ただただ、目の前で起きていることが信じられなかった。


「ああ、とんでもない事になった。とんでもないことに…」


 と呟きながら、伊周さまの腕に抱かれた中宮さまが、灯の明かりのなかで、兄さまが悲痛に身じろぎするたびに、魂のない腕や首が、力なく揺れるのを眺めていた。宮さまがいない、もう行かれてしまったのだという事実を認められずにいたのだ。



   ☆   ☆   ☆


 夜もすがら契りしことを忘れずは 恋ひむ涙の色ぞゆかしき

 知る人もなき別れ路に今はとて 心ぼそくも急ぎたつかな

 煙とも雲ともならぬ身なれども 草葉の露をそれとながめよ



 歩いている霽月の脳裏を、中宮さまの一条天皇への思いを告げる歌と共に、その最後の光景が何度も駆け巡った後も、哀しい絶望の連想は止まらず、今度は、さらに十数日後に営まれた、大雪の降る中での、葬送の情景が浮かんでくるのであった。


   ☆   ☆   ☆


 辺り一面を真っ白に染める雪、雪、雪。

 都の大きな通りも、藤原一族の巨大な屋敷群も、大雪の中に埋もれている。

 目にするもので、白く染まってないものはない。

 それでも情け容赦なく降る白い雪片。

 滅多にない大雪だ。

 その中を静々と進む、中宮さまの亡骸を乗せた黄金づくりの糸毛車(絹の染め糸で屋形を覆った牛車)。

 それに続く、御兄弟の牛車。さらにそれに続く牛車、牛車、牛車。

 牛の轡をとる者たちも雪をかぶっている。


 都全体が悲しんでいる。その悲しみが白く積み重なった雪の中に、ズンと沁み込んでいる。


 わけても、御兄弟の悲しみが………。


 伊周 誰もみな 消え残るべき 身ならねど ゆき隠れぬる 君ぞ悲しき

 隆家 白雪の 降りつむ野辺は 跡絶えて いづくをはかと 君をたづねむ

 隆円 ふるさとにゆきも帰らで君ともに 同じ野辺にてやがて消えなむ



   ☆   ☆   ☆


 霽月が、今、歩いて帰って行く道は、月の輪に向かう道。

 あの朝、雪の中を黄金づくりの糸毛車が通って行った道と重なる。


 今は、夕方で、風は冷たく、雲がびっしりと多く、日はまだ沈んでいないのに薄暗い。


 月の輪の庵に近づくと香の匂いが濃くなってくる。

 その香りが、月の輪に住み始めのころのことを、霽月に思い出させる。



   ☆   ☆   ☆


 藤原公任 ありつつも雲間にすめる月の輪をいくよ眺めて行き帰るらむ

 霽月 ・・・ ・・・

 霽月 うれふることあり、そのこといかに?

 公任 何事も答へぬこととならひにし 人と知る知る問ふや誰ぞも

 霽月 答なきは苦しきものと聞きなして 人の上をば思ひ知らなむ

 公任 梔子の色(くちなしのいろ)にならひて人言を きくとも何か見えむとぞ思ふ(黄色の菊に和歌を結んで)

 霽月 おしなべてきくとしもこそ見えざらめ こはいとはしき方に咲けかし

――――――――

 公任 あの頃、私は宮中から月の輪に、幾夜通ったことだろう、 

    きっと数え切れないほど通ったに違いない。

 霽月 ・・・ ・・・

 霽月 悩み事があります。この事をどう思いますか?

 公任 貴女(あなた)は返事をくれなかったから、私も返事をしないことにした、

    そう決めた私に、物を尋ねる貴方は、いったいどういう人なんでしょう?

 霽月 貴方(あなた)に返事がもらえない苦しさを教えてあげたのです。

    返事がないと困る人の身の上になって、考えてみれば、わかりますでしょう。

 公任 梔子(くちなし)の色染めを見習って、

    黄支子(きくちなし=返事をする気が無い)人と思われよう。

    本当は聞く(菊)だけどね。

 霽月 貴方が私のいうことを、そのまま素直に聞く(菊)などという、

    素直な人とは思っていませんよ。

    この梔子は、黄支子(きくちなし)と咲くくせに、

    菊(聞く)とは、相当なひねくれものですね。

――――――――


『藤原公任さまは、わたくしの和漢の才を、折りに触れて試しては、ひとり面白がることが多うございました。本当に気障で変わったお方』


 まだ細々ながら、霽月が貴族社会とつながる世間があるころの良き思い出である。


   ☆   ☆   ☆


 物思いに耽りながら歩く、霽月の目の前に、一片、二片、白いものが舞い、頬に冷たいものが当たる。

 霽月は、思わず、足を止めて頬を触る。


 手に触れたのは小さな氷片であった。それはすぐに融けて水滴に変わった。

 空を仰ぐと、灰色の雲の下より、白いものが、ひらひら、ひらひらと次々と舞い降りている。


「雪……」


 そう、呟いた霽月の中では、宮廷で定子と見た香炉峰の雪が、雪の中を行く黄金づくりの糸毛車と、重なって見えるのだった。それは、懐かしく、悲しくも、美しく、遠く、遠く、はるかむこう側にあるまぼろしのようだ。



『あれも、これも、まことにあったことなのだろうか』



   ☆   ☆   ☆


 翌日の朝、牛車が月の輪の庵の前に止まった。

 紀子がやって来たのだ。


「今日これから参上するところでしたのに」


 牛車の簾から顔を出した紀子に、慌てて庵を出て来た霽月が言う。


「昨日教わった『香炉峰の雪』です。それが頭から離れなくて」


 紀子が、あどけない笑顔で答えて、降りてくる。


「寒いですから、庵にお入りなさい。お付きの方々もご一緒に」


 子供らしく、庵のむさくるしさにも、遠慮なく庵に入って来て、あらためて霽月に向き合って挨拶を交わした紀子が、霽月を見て、もう一度言う。


「尼さま、『香炉峰の雪』です!」


 霽月は、微笑んだ。


 霽月は、黙って立ち上がると、自ら格子戸をあける。


 それから、紀子に一度視点を向けてから、

 簾(・)を(・)、(・)高(・)く(・)、(・)高(・)く(・)、(・)巻(・)い(・)て(・)上(・)げ(・)て(・)みせた。


 京の雪景色だ。

 また、ちらほらと、雪片が舞うように降り始めている。


「白楽天の香炉峰下(こうろほうか)新(あらたに)卜山居(さんきょをぼくす)の漢詩と同じように、

 簾を上げたのですね。

 それが、香炉峰の雪を見るということなのですね」


 紀子は喜びを顔いっぱいにして、感激の声を上げる。


 霽月は、紀子以上に感動して、胸が震え、手も震えている。


『まさか、このような感動を得られる日が再来しようとは…』


 涙がにじみ出てくるのを堪えながら、微笑む。


 紀子が外を眺めながら言う。


「『いと、おかし』とは、このような雪景色のこと?」


 紀子の質問に霽月は、震える声で、


「どうして、そう思ったのですか」


「昔、宮中で働いていたという清少納言が


 『雪のいと高うはあらで、うすらかに降りたるなどは、いとこそをかしけれ』


 と書いています。


 とっても共感できる文でしたので」



 こんなに若い子がと軽く驚きながら、自分の書が読まれていると知り、嬉しくなった霽月は、あふれ出て来た涙を袂で拭くと、うんうんと頷き、その微笑みをもってその答えとする。

 

 例として、もう一つ自分の挿話を提供することにした。


 涙で、声がこもって聞こえないように、「えへん」とひとつ咳払いをしてから、


「昔、このような寒くて雪の降るような日に、


 歌の名手である藤原公任さまが


 『少し春ある心地こそすれ』


 と下の句を題として出されて、上の句を求めたことがありました。


 その枕草子の作者、清少納言は、こう答えました


 『空寒み 花にまがへて 散る雪に』と」



「空寒み 花にまがへて 散る雪に 少し春ある心地こそすれ…ですか?尼さま」



 霽月が微笑みながら頷く。紀子が滲んで見える。


 紀子が呟く。


「花びらのような雪が…、雪を花にたとえていますね。

 

 そして、降るのではなく、舞い散って来るのですね。


 雪が花になって、冬のもの…雪が、春のもの…花のように…」


 紀子は、外を向いて、上空から降って来る雪を見ながら、


「雲の上の方から、高い高い、雲の上にある天上の桜から、


 花が散って、地面に落ちてくる…。


 きれいですね。とってもきれいです。尼さま。


 空気が冷たい中、まるで春の花が散るように舞い散る雪をみると


 冬の寒さの真っただ中でさえ、春の兆しが感じられる

 

 そういうことですね。尼さま」




 霽月は、感動を隠さない紀子の横に立って、同じように雲を見ながら、


「雲の上の、天上の桜の木。そこに咲く花はとってもきれいなのでしょうね。


 きっと、天上に住んでいる皆さまは、いまごろ花見をしているのでしょう」


 と言いながら、


 心の湖に浮かぶ雲の船に乗った人々が、


 大きな桜の木の下で花見をする光景を見ていた。


『一条天皇陛下、中宮さま、致信兄さま、父上さまたちも…みんないらっしゃる』


 桜の木を離れた花は雲の湖に散り、やがて雪となって地上へ降ってゆく。



 紀子は言う。


「そのとおりですね。


 尼さま。今、紀子はこう思ったのです。


 きっと、遠い昔からの人々の願いという願いが、


 いつも春のような天上では、必ず花を咲かせるんだって。


 その花を咲かせた願いが、積もり積もって、


 それで、時々、天上から溢れて、雪として地上に降って来るんだって。


 地上で咲けなくても、必ず花は咲くから、


 全ては無駄にはならないよ、頑張れって」


 


 枕草子の若い読者が、未来を夢見る姿を前に、微笑みを隠せない霽月であった。


 



空より花の 散りくるは  (了)

 





「冬ながら空より花の散りくるは雲のあなたは春にやあるらむ」清原深養父の歌を題材に小説化しました。


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蛇足です。清少納言の本名に付いて調べてみると、下の「記」のように書いてあります。

私見ですが、「諾」という名は、「ゴンベンに若いと書くから少納言」という言葉遊びとして考えるとなかなか味があって良いのではないかと思います。


===== 「記」 =====


清少納言の本名:江戸時代の国学者・多田義俊は『枕草紙抄』において清原諾子(きよはら の なぎこ)としているが、根拠は示されていない。義俊については「偽を好む癖あり。豪傑なる者なれども其偽大瑕なる可惜哉。彼が著述の書、引書疑しき者多し」と述べるものもおり、また『枕草紙抄』以外の書物に諾子という名前は確認されていない。

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