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2.キラルの双子


じゃあな、と片手をあげて友達と別れる。少年は軽い足取りで階段を上った。

所属していた部活はどうにも気乗りしなくなって、二年の後半あたりから行っていない。最近は暇な放課後を、日当りの良い図書室で昼寝をしたり漫画を読んだりしながら過ごしている――黎也は一人、のんびりと図書室に足を踏み入れた。

気付けば冬休みがあけて、中学校生活も残り少なくなっている。黎也の通う所は中高一貫の私立なので、外部を受験する生徒以外は気楽なものだ。


自分が“変人”と呼ばれる件について、黎也はとっくの昔にそれを受け入れてしまっていた。むしろその程度のあだ名で済んでいることを好運に思うべきだと考えている。

三年生になって新しいクラスメイト達と出会ったが、自分のあだ名は自己紹介の段階で広まっていった。黎也からすれば好都合だ。“これ”が見つかった時に、言い訳に苦しまなくて済む。


「変人様万歳、だな。……うっせ。良いの。良いんだってば」


誰もいない図書室で一人、黎也は語りかけるように笑った。

……彼には妙な癖がある。癖だ、と周りには言ってある。これが本当にただの癖ならば直しようもあるが、生憎黎也にやめる気はさらさらなかった。


「お前だってそのほうが、退屈しなくて良いっしょ」


黎也が図書室を気に入ってる理由は三つある。一つ目は人がいなくて静かなこと、二つ目は日当たりが良いこと。そして三つ目は、大きな鏡があることだ。


「うん、そう……卒業までこれで通せるよ」


一番奥の壁に立てかけられたその全身鏡が、何のためにあるのかは知らない。じゃあこれは俺達のためにあるんだな、決めつけた黎也はそれを覗き混み、ニヤリと笑顔を浮かべる。


「俺の癖は……鏡に向かって独り言を言うコト、ってねー」

『――おまえ本当にそれで良いの? 黎也。変人街道まっしぐら』


他の誰にも聞こえない声が黎也の耳には届いている。

彼の見ている鏡には、黎也の姿と並んでもう一人。背格好も顔付きも黎也そっくりな少年が映っていた。


『今まではうまくいってたけどさ。次こそイジメられたりして』

「られねーよ」


“彼”と会話しているとき、黎也はまるで独りで喋っているような状態になる。“彼”を見ることができるのも、その声を聞くことができるのも、黎也だけだったからだ。


「俺が今更お前を切り離せるわけないでしょ、」

『……黎也』

「ずっと一緒だったんだから。そうだろ、レイ」


“レイ”は鏡の中で僅かに目を細めた。黎也が彼の姿を見ることができるのは、こうして鏡を覗いた時だけだ。声はいつでも聞こえるけれど、鏡がなければその表情はわからない。


黎也が生まれて十四年と数ヶ月、レイはずっと側にいる。鏡越しに話をすることはもうずいぶん昔から続けていて、今更やめようとは思わなかった。

小学生の頃こうして一人鏡と喋っているのを友達に見つかり、癖なんだと誤魔化したら、なんと今日までそれで通ってしまっている。楽天家揃いの同級生たちをつくづくありがたいと思った――変人だとは言われるけれど。


「ところで今日の晩飯何が良いと思う? かーちゃん帰り遅いらしくって……って、レイは食べないからなぁ」

『――黎也』


鏡の前に座り込んでのんびり夕飯に思いを馳せていると、レイが固い声を出した。はっと黎也が振り返ると、閉じたはずの図書室のドアが開いている。

さらに視線をずらせば、見覚えのある少女が入り口の側で棒立ちになっているのが見えた。


「アンタ……」


声をかけようとした瞬間、少女はぱっと踵を返して逃げるように部屋から出て行ってしまう。


『聞かれたな』

「それはまァ平気でしょ。逃げられるとは思わなかったけど……」


それよりあいつ誰だっけ。呟くと、レイが窘めるような声を出した。


『同じクラスにいたぞ? お前っていつもそうだ。友達多く見えて、他人の名前とか覚えてない』

「……苦手なんだよ。えーと、確かなんか変な名前なんだよな。あ……ア……」

『――アキミヤ、だろ』

「え」


良く知ってんねお前。黎也は驚いたように鏡中の少年の顔を見た。


「あーそうそう。安芸宮サトコ、だ」


本編のサブタイトルは「ラップトップ」と「キラル」が交互に続きます。どちらかといえば前者がサトコ寄り、後者が黎也寄りの話です。

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