1.ラップトップの神様
サトコの通う中学校には、変人、と呼ばれている少年がいる。
この中学校は生徒数が多く、今までは違うクラスだったので彼のことは知らなかった。サトコがそれを聞いたのはちょうど三年生に進級したばかりの頃だ。
こいつ変人だから。クラス替え直後の自己紹介で、友人からそう横槍を入れられていた彼。
「うるせぇよ、ばーか」
己の不名誉なあだ名を気にする様子もなく、須賀黎也は笑った。
それから何となく、サトコは黎也を目で追うようになった。純粋な興味からである。
黎也は毎朝遅刻ギリギリに登校して、始業のベルが鳴るなり机に突っ伏して居眠りをはじめるような生徒だった。課題の提出を忘れてはよく教員から呼び出しを受け、山ほどペナルティーを受け取って帰ってくる(ただしその課題を提出した例はない)。真面目に掃除をこなしたことは数えるほどしかないし何をするにも無気力だったが、なぜかテストの点だけはそこそこ。性格は外交的で人と打ち解けるのも早く、ユーモアに富んだ発言を多くするため(前述した問題を除けば)教師からの受けも良かった。
そんな黎也は、生徒たちからの人気も高い。黎也の周りにはいつも人が集まった。変人、変人と連呼され続けてはいたが、それが俗にいういじめ行為に発展したことは一度もない。
黎也は瞬く間にクラスの人気者となり、誰もが彼を友と呼んだ。
黎也はほんと、最高だよ。変人だけどな。
* * *
【神様の発言】:それで、理由はわかったのかい?
【トーコの発言】:まだ……
カタカタと音が響く。ディスプレイの向こうにいる相手に送るメッセージ。一文字一文字、キーボードを見ながら入力していたのも今ではだいぶ早くなった。
これは両親にも教えていないサトコの密かな日課だ。コンピューターの画面を通した見えない相手との会話、所謂チャットである。
サトコは《トーコ》というハンドルネームを使って、この《神様》と交流を続けていた。部活を終えて学校から帰宅し、夕食を食べ、自分の部屋に入ったら必ず。毎日毎日繰り返して、もう三年以上の付き合いになる。
【神様の発言】:早くわかったらいいね
《神様》は聞き上手で、サトコは一日に起こったほとんどのことを語ってしまう。
しかし最近サトコが話す内容といえば、専ら黎也のことばかりだった。三年生になってからずっと、サトコは《神様》と二人で黎也を見てきた(と言っても勿論見ているのはサトコだけで、《神様》は逐一その様子を聞いているだけだ)。彼の観察を始めてからずいぶん経つけれど、実は肝心なところがサトコにはまだ分からない。
【神様の発言】:どうしてレイヤは“変人”と呼ばれるのだろう
【トーコの発言】:それなんだよね
《神様》も知りたがっている、その一点。
須賀黎也は、確かに変わり者ではある。けれど人から言われ続けるほど“変”だとは、今まで見た限りでは思えないのだ。
黎也のことが気になって仕方がない理由が、サトコにはあった。本当は直接訪ねたいのだけれど、生憎そんな勇気はない。
いい加減にしないとストーカーみたいになっちゃう。妙な心配をしながらサトコは文字を入力した。
【トーコの発言】:もうちょっと、観察してみるつもり。
【神様の発言】:報告楽しみにしてるよ、トーコ
――サトコには誰にも話したことのない秘密がある。
黎也がどうしてそう呼ばれるのかはわからないけれど、本当は、
「……須賀くんが本当に、変ならいいのに」
自分のほうが確実に“変人”だと思っている。