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第9話 「古都の迷い道と、心繋ぐ雨音 (前編)」

夏休みが終わりを告げ、蝉の声がいつしか秋の虫の音へと変わる頃、2年B組の生徒たちは、待ちに待った修学旅行への期待に胸を膨らませていた。


行き先は、古都・京都。


班別行動の計画を立てる教室は、いつにも増して賑やかな声と笑顔で満ち溢れていた。


道真みち まことは、橘凛たちばな りん一条茜いちじょう あかね、そして中村健太なかむら けんた鈴木遥すずき はるか、さらには少し内気な影山瑠璃かげやま るりも加わった、なんとも個性的なメンバーと同じ班になっていた。


凛は、班長として責任を感じつつも、真や茜と一緒の班であることに、内心複雑なドキドキを覚えていた。


新幹線の中からすでにハイテンションな中村や遥、美しい景色に静かにカメラを向ける影山、そしてその隣で何やら面白そうに人間観察をしている真。


凛はそんなメンバーをまとめようと気を配り、茜は持ち前の明るさで場を盛り上げようとする。


古都の駅に降り立った瞬間、生徒たちの歓声が響き渡った。


初日の午後は班別行動。


真たちの班は、遥が


「SNSで見た、隠れ家的な苔の美しいお寺があるんだって!」


と提案した、少しマイナーだが風情のある寺院を目指すことになっていた。


バスを乗り継ぎ、ガイドブックにも小さくしか載っていない道を、賑やかに喋りながら進んでいく。


最初は順調だった。


しかし、予定していた分かれ道を見落としたのか、気づけば彼らは観光客の姿もまばらな、鬱蒼とした竹林の続く細い山道に迷い込んでいた。


「あれ…? なんか、道、細くなってきたね…」遥が不安そうに呟く。


「大丈夫だって! この先だよ、きっと!」


中村は根拠もなく明るく言うが、その額には汗が滲んでいる。


凛が地図アプリを確認しようとするが、スマホの電波は圏外を示していた。


そして、追い打ちをかけるように、空がみるみる暗くなり、ぽつり、ぽつりと冷たい雨粒が落ちてきた。


「うわっ、雨…!どうしよう、傘持ってないよ!」


茜が焦った声を上げる。


雨脚は徐々に強まり、竹林を濡らす音が周囲を包み込む。


気温もぐっと下がり、生徒たちの間には不安と焦りの色が広がり始めた。


「どうするんだよ、これ…」


「誰だよ、こんなマイナーなとこ行こうって言ったの…」


「早く先生に連絡しないと…でも電波が…」


ネガティブな言葉が飛び交い始め、普段はおとなしい影山も、不安そうに凛の袖を掴んでいる。


凛自身も、班長としての責任を感じ、顔面蒼白になりながらも必死で冷静さを保とうとしていた。


その時、雨に濡れるのも構わず、竹林の奥をじっと見つめていた真が、いつもの飄々とした口調で言った。


「まあ、落ち着けって。こんな時こそ、焦ったもん負けだぜ。


とりあえず、あそこの少し開けたとこまで行って、雨宿りしながら作戦会議と行こうや」


真の落ち着いた声は、不思議とパニックになりかけていた生徒たちの心を少しだけ静めた。


彼らは真に促されるまま、雨を避けれそうな竹の密集した場所へと移動する。


「さてと」真は、リュックからビニールシートを取り出して数人に被せると、自分は雨に濡れたまま続けた。


「道に迷ったのも、雨が降ってきたのも、誰か一人のせいでこうなったわけじゃねえだろ? いろんなタイミングとか、ちょっとした見落としとか、そういうもんが、たまたま重なっちまっただけだ」


誰もが、自分のせいではないか、あるいは誰かのせいではないかと、心のどこかで思っていただけに、真の言葉は意外なものだった。


「こういう時ってのはさ、お互いを責めても、雨が止むわけでも道が見つかるわけでもねえ。むしろ、今、ここにあるもんで、どうにかするしかねえんだ。お互いの持ってるもん、知恵とか、体力とか、ちょっとしたお菓子とか、なけなしの運とかをさ、うまいことパズルのピースみたいに繋ぎ合わせて、この状況を切り抜けるゲームだと思った方が、案外楽しめるかもしんねえぜ」


真の目は、雨の中で一層強く輝いているように見えた。


「一人じゃ心細くて足がすくむような道も、みんなで肩寄せ合って歩けば、案外怖くねえもんだ。それに、こうして迷っちまったからこそ見られる景色ってのも、あるかもしれねえしな。それぞれの足跡が、もしかしたら、次にここを歩く誰かの、小さな道しるべになるかもしれねえぜ」


真の言葉は、魔法のように生徒たちの心を少しずつ解きほぐしていった。


焦りや不安が完全に消えたわけではない。雨は依然として降り続き、日は確実に傾き始めている。


しかし、彼らの瞳には、先ほどまでの絶望感とは違う、かすかな光が灯り始めていた。


「さて、と。まずは、現状把握だな。誰か、何か気づいたこととか、持ってるもんで役立ちそうなもん、あるか?」


真のその一言をきっかけに、彼らの「知恵と勇気を繋ぎ合わせるゲーム」が、静かに始まろうとしていた。


この困難な状況の中で、彼らは何を見つけ、何を感じ、そしてどうやってこの危機を乗り越えていくのだろうか。


そして、この予期せぬハプニングは、真と凛、そして茜の関係に、どんな影響を与えるのだろうか。



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