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第30話 「巡りゆく季節と、心に灯る道しるべ (後編・最終話)」

澄み渡る早春の空の下、厳粛な中にも温かい感動に満ちた卒業式が執り行われた。


体育館に響き渡る先輩たちの歌声、そして、かつて絶望の淵から立ち上がり新たな道を見つけた田中誠たなか まこと先輩が、答辞で語った


「失敗を恐れず、自分の心を信じて進んでほしい。そして、周りの人との繋がりを大切にしてほしい」


という言葉は、2年B組の生徒たち一人ひとりの胸に深く刻まれた。


式が終わり、校庭が卒業生と在校生の別れを惜しむ声で賑わう中、橘凛たちばな りんは、道真みち まことの姿を探していた。


前日、真がふと漏らした


「お前も、随分と頼もしい顔つきになったじゃねえか」


という言葉が、凛の心の中で温かい余韻を残していたのだ。


一方、一条茜いちじょう あかねもまた、自分の夢に向かって力強く歩み出す決意を胸に、晴れやかな表情で友人たちと談笑していた。


彼女の笑顔には、もう以前のような無理な明るさも、見えない鎖に縛られたような影もない。


夕暮れが迫る頃、いつものように少し離れた場所からその喧騒を眺めていた真のもとへ、凛と茜が、まるで示し合わせたかのようにやってきた。


「道君」凛が、少し頬を赤らめながらも、真っ直ぐに真の目を見て言った。


「今まで、本当にありがとう。あなたがいなかったら、私、きっと今も昔のままだったと思う。道君のおかげで、私は変われた。そして…これからも、あなたのそばで、もっと色々なこと、一緒に見ていきたいな」


それは、凛の精一杯の、そして心からの告白だった。


続いて茜も、悪戯っぽく微笑みながら口を開いた。


「道君、私も感謝してるわ。あなたのおかげで、私、本当の自分を見つける勇気をもらえた。私の心の羅針盤は、まだ少しグラグラしてるけど、それでも、ちゃんと自分の行きたい場所を指し示してくれてる。…まあ、道君のことは、これからも気になる存在だけどね!」


茜の言葉には、真への変わらぬ好意と、そして凛への友情が、心地よく響いていた。


真は、そんな二人の言葉を、いつものように少し照れくさそうに、しかし真摯な眼差しで受け止めた。


そして、ゆっくりと口を開いた。


「俺はさ、別に何も特別なことはしてねえよ。じっちゃんが言ってたことを、思いつくままに話してただけだ。みんなが、元々自分の心の中にちゃんと持ってるコンパスの曇りを、自分で拭って、自分の力で正しい方角を見つけたんだろ?」


そして、夕焼け空を見上げながら、まるでクラス全体に語りかけるように続けた。


「俺が話してきた『八つのカギ』みてえなもんは、別に人生の攻略本でも、魔法の呪文でもなんでもねえ。それは、みんなが元々心の中に持ってる、自分を幸せにするための、そして誰かと一緒に幸せになるための、ごく当たり前の道しるべみてえなもんだ。時には見失ったり、埃をかぶって見えにくくなったりすることもあるかもしれねえけど、そんな時は、ちょっと立ち止まって、自分の心の声にじっくり耳を澄ませてみればいい。そしたら、そのコンパスは、いつだってちゃんと、進むべき方角を指し示してくれるはずだからな」


真の言葉は、まるで温かい光のように、その場にいた生徒たちの心に染み込んでいく。


「これから先、もっといろんな分厚い扉が、お前たちの目の前に現れるだろう。その度に、迷ったり、悩んだり、時には立ち止まって動けなくなっちまったりすることもあるかもしんねえ。でもな、もう大丈夫だ。お前たちはもう、自分だけの力で、そしてここにいる最高の仲間たちと力を合わせて、その扉を開けるための『カギ』を見つけ出す方法を、ちゃんと知ってるはずだからな」


真は、凛、茜、そして集まってきた他のクラスメイトたちの顔を一人ひとり見回すと、最後にニカッと笑って言った。


「一番大事なのは、どんな時も、自分自身と、そして周りにいる大切な人たちとの『繋がり』を信じることだ。そしたら、どんな道だって、きっと笑いながら、面白おかしく歩いていけるぜ。俺が保証する」


春休みが明け、彼らは3年生になった。


教室の顔ぶれは少し変わったかもしれないが、そこには、この一年間で数えきれないほどの経験を共有し、共に成長してきた確かな絆があった。


凛は、生徒会長として、以前にも増して堂々とした姿で学校全体をまとめ、茜は、自分の夢であるデザインの道に進むため、専門学校のパンフレットを熱心に眺めている。


内田は、後輩たちの指導に情熱を燃やし、桜井葉月は、動物に関わるボランティア活動に積極的に参加している。


そして、他の生徒たちもまた、それぞれの目標に向かって、力強く新たな一歩を踏み出していた。


ある晴れた日の放課後、凛は、校門のそばで真と並んで空を見上げていた。


「ねえ、道君。私たち、これからどんな扉を開けていくんだろうね」


「さあな。でも、どんな扉だって、お前となら、きっとワクワクしながら開けられる気がするぜ」


真は、凛の目を真っ直ぐに見つめて、悪戯っぽく笑った。


その笑顔は、いつもの飄々としたものでありながら、どこか今までとは違う、確かな温もりと優しさに満ち溢れていた。凛もまた、そんな真の笑顔に応えるように、心からの、そして最高の笑顔を返した。


彼らの人生という名の旅は、まだ始まったばかりだ。目の前には、数えきれないほどの道と、無数の扉が広がっている。


しかし、彼らの心の中には、道真が教えてくれた「八つのカギ」と、仲間たちと育んだ「見えない絆」という、何よりも確かな道しるべが、いつまでも明るく灯り続けているだろう。


そして、その灯火を頼りに、彼らはこれからも、自分だけの物語を、勇気と希望をもって紡いでいくのだ。



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