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第21話 「風に乗る種と、心の棘 (前編)」

地域ボランティア活動での温かい心の交流は、2年B組の生徒たちに、人と人との繋がりの尊さと、誰かのために行動することの喜びを教えてくれた。


教室には以前にも増して穏やかで、互いを思いやるような空気が流れていた。


道真みち まことの「じっちゃんの知恵」も、特別なものではなく、日常の中に息づく大切な気づきとして、少しずつ彼らの心に根付き始めているようだった。


しかし、そんな平穏な日々に、ある時、小さな影が差し始めた。


それは、些細な誤解と、ほんの少しの好奇心から生まれた、根も葉もない噂話だった。


発端は、クラスの中でも特に大人しく、真面目な性格の男子生徒、高橋 B君(仮名)が、放課後に担任の山田先生と二人きりで深刻そうな顔で話し込んでいるのを、おしゃべり好きで、少し目立ちたがり屋なA子さん(仮名)が偶然目撃したことだった。


A子さんは、その光景を特に悪気もなく、しかし少しだけドラマチックな脚色を加えて、親しい友人グループに話してしまったのだ。


「ねえ、聞いた? B君、なんか先生にヤバいこと呼び出されてたみたいだよ。顔、真っ青だったし」


その一言は、まるで風に乗った軽い綿毛のように、あっという間にクラスの中に広まっていった。


「B君が何か問題を起こしたらしい」


「先生にすごい怒られてたって」


「もしかして、カンニングとか…?」。


話は尾ひれをつけ、憶測が憶測を呼び、いつしかB君は「何か良からぬことをした要注意人物」というレッテルを貼られてしまっていた。


SNSのグループチャットなどでは、さらに無責任な憶測が飛び交い、噂は瞬く間に他のクラスや学年にまで広がっていった。


B君は、その身に覚えのない噂に酷く戸惑い、そして深く傷ついた。


周囲からの好奇の視線、ひそひそと交わされる自分の名前、そして、今まで普通に話していた友人たちが、どこかよそよそしくなったような態度…。


彼は、噂を否定しようとしたが、一度広まってしまった悪意のない(あるいは悪意のある)憶測の波は、彼の小さな声をいとも簡単に飲み込んでしまった。


むしろ、否定すればするほど、「やっぱり何かあるんだ」と面白がられる始末だった。


精神的に追い詰められたB君は、次第に学校を休みがちになり、その表情からは笑顔が消え、人間不信の影が色濃く浮かんでいた。


橘凛たちばな りん一条茜いちじょう あかねも、B君の変わりように心を痛めていた。


噂の真偽も分からず、どう彼に接すればいいのか戸惑うばかりだった。


クラスの中には、噂を鵜呑みにしてB君を遠巻きにする生徒もいれば、逆に「きっと何かの間違いだ」とB君を信じようとする生徒もいたが、教室全体にはどこかギスギスとした、不確かな空気が漂っていた。


噂の発端となったA子さんは、事態がここまで大きくなってしまったことに、言いようのない罪悪感と後悔に苛まれていた。


最初は、ほんの少しの優越感や、仲間内での話題作りのつもりだった。


しかし、自分の軽率な一言が、一人のクラスメイトをここまで追い詰めてしまったという事実に、彼女は夜も眠れないほど苦しんでいた。


だが、今更自分が言い出したとは誰にも告白できず、どうすればこの状況を止められるのかも分からず、ただ怯えることしかできなかった。


道真は、この一連の出来事を、静かに、しかし鋭い観察眼で見つめていた。


噂というものが、いかに簡単に生まれ、いかに無責任に広がり、そしていかに深く人の心を傷つけるか。


そして、その根底にある、言葉が持つ「因果の力」が、今まさに負の連鎖を生み出している様を。


ある日の放課後、A子さんが一人、教室の隅で思い悩んでいるところに、真がいつものように飄々と声をかけた。


「よお、A子。なんか、とんでもねえ秘密でも抱え込んじまったスパイみてえな顔してんな」


A子さんは、びくりと肩を揺らし、真の顔をまともに見ることができない。


「前にさ、『言葉ってのはブーメランみてえなもんだ』って話、したことあったよな?」


真は、A子の隣の席に腰を下ろすと、静かに続けた。


「投げたもんは、それが良いもんでも悪いもんでも、必ず自分に返ってくる。しかも、時にはとんでもねえ勢いつけて、思わぬ方向からな」


A子さんの顔が、みるみるうちに青ざめていく。


「噂話ってのはさ、まるで風に乗ってどこまでも飛んでいく、小さな花の種みてえなもんだ。どこに落ちて、どんな芽を出すかなんて、最初に種を飛ばした本人にも、もう分かんねえ。でもな、一度芽が出ちまって、根を張っちまったら、それを引っこ抜くのは、そりゃもう、とんでもなく大変なんだぜ。そして、もしその種が、綺麗な花じゃなくて、周りの土壌まで全部ダメにしちまうような、毒のある草だったら…どうなると思う?」


真の言葉は、決してA子さんを糾弾するものではなかった。


しかし、その一つ一つが、まるで鋭い棘のように、彼女の心に深く突き刺さった。


A子さんの罪悪感は、もう限界に達していた。


真の言葉は、彼女がずっと目を背けてきた自分の過ちと、その結果の重大さを、容赦なく突きつけていた。


しかし、今、彼女に何ができるというのだろうか。


B君の苦しみは、深まるばかりだった。


そして、2年B組の教室には、見えない棘が、じわじわと広がっていくような不穏な空気が漂い続けていた。


この負の連鎖を断ち切るための「カギ」は、一体どこにあるのだろうか。





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