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第15話 「揺れる天秤と、万華鏡の恋心 (前編)」

佐藤美咲さとう みさき伊藤彩華いとう あやかの間に、雨上がりの虹のような新しい友情が架かってから数週間。


2年B組の教室には、文化祭や体育祭といった秋の学校行事に向けて、少しずつ活気と期待感が満ち始めていた。


一条茜いちじょう あかねは、その持ち前の明るさと行動力で、すっかりクラスの中心人物の一人となっていた。


完璧な仮面を少しずつ外し、時折見せるドジな一面や素直な感情表現は、むしろ彼女の魅力を増し、男女問わず多くの友人から慕われるようになっていた。


しかし、そんな茜の自然な変化の中で、一つだけ変わらないものがあった。


それは、道真みち まことに対する、彼女の真っ直ぐで積極的な好意だった。


「道君、今日の昼休み、一緒に中庭でご飯食べない?」


「この前の数学の課題、難しかったんだけど、道君はどうやって解いたの? よかったら教えてほしいな」


「週末、駅前に新しいカフェができるんだけど、一緒に行ってみない?」


茜は、以前にも増して、屈託のない笑顔で真に話しかけ、ごく自然に彼の隣にいる時間が増えていった。


その様子を、橘凛たちばな りんは、日に日に複雑な思いで見つめていた。


真は、茜の積極的なアプローチを、いつものように飄々とした態度で受け流しつつも、彼女の真っ直ぐな好意を決して無下にはしなかった。


時には冗談でからかい、時には彼女の言葉の奥にある本質を見抜くような鋭い一言を返す。


そんな真の掴みどころのない態度が、茜にとっては逆に新鮮で、彼への興味をさらに掻き立てているようだった。


「道君ってもっと知りたいな。他の男子とは全然違う何かを持ってる気がする」。


茜の瞳は、真を見るたびにキラキラと輝きを増していた。


一方、凛の心は、まるでシーソーのように揺れ動いていた。


茜と真が楽しそうに話しているのを見るたび、胸の奥がチリリと痛み、言いようのない不安と焦りがこみ上げてくる。


「どうして、こんなに胸がザワザワするんだろう…」


「道君は、茜さんのことが…好きなのかな…」。


茜の、誰に対してもオープンで積極的な魅力と自分を比べてしまい、臆病で素直になれない自分に自己嫌悪を感じることも少なくなかった。


友人である鈴木遥すずき はるかや美咲に、このモヤモヤした気持ちを相談することもできず、一人で思い悩む時間が増えていた。


授業中も、つい真や茜のことが気になってしまい、先生の話が頭に入ってこないことさえあった。


真は、そんな茜のストレートな好意と、それによって引き起こされる凛の心のさざ波に、もちろん気づいていた。


茜の「好き」という感情の奥に、彼女自身もまだ気づいていない、純粋さゆえの危うさや、何かを掴もうとする切実さのようなものを感じ取っていたのかもしれない。


そして、凛が自分の感情に戸惑い、一人で苦しんでいることも、静かに見守っていた。


彼は、どちらに対しても、急かすような言葉も、安易な慰めも口にしなかった。


ただ、彼女たちが自分自身の心と向き合い、自分なりの答えを見つけ出すのを、じっと待っているかのようだった。


ある日の放課後、クラスの文化祭実行委員の集まりが終わった後、茜は真を呼び止めた。


二人きりになった教室で、茜は少し頬を赤らめながら、意を決したように真の目を真っ直ぐに見つめた。


「道君…私ね、道君のこと、もっともっと知りたいって思うの。あなたの言葉って、いつも不思議で、でもすごく心に響くから…。もしかしたら、私…道君のこと…」


茜が、その先の言葉を続けようとした瞬間、真はいつものように少しおどけたような、それでいてどこか優しい眼差しで、彼女の言葉を遮るように言った。


「なあ、一条。『好き』って気持ちもさ、案外、万華鏡みてえなもんなのかもしんねえな」


「…万華鏡?」


茜は、きょとんとした表情で真を見つめる。


「そう。ちょっと筒を回したり、光の当たり方が変わったりするだけで、中のキラキラしたカケラがいろんな模様を作り出すだろ? ある時は、すげえ綺麗でドキドキするような模様に見えたり、またある時は、なんだかよく分からないゴチャゴチャした、わけのわかんねえ模様に見えたりする。それに、その模様だって、次の瞬間にはもう全然別の形に変わってるかもしれねえしな」


真の言葉は、まるで詩の一節のようだった。


「誰かを『好き』って思うのは、すごく素敵なことだ。でもな、その気持ちに急いで名前をつけたり、無理やり一つの形に押し込めようとしたりすると、その万華鏡の自由な輝きを、自分で止めちまうことになるかもしんねえ。そしたら、途端に息苦しくなっちまうこともあるんじゃねえかな」


茜は、真の言葉の真意を測りかね、ただ黙って彼の顔を見つめていた。


彼女の心の中で、真への募る想いと、真の言葉が示す「何か」が、複雑に絡み合い始めていた。


そのやり取りを、教室のドアの陰から、偶然にも凛が見てしまっていた。


真と茜の親密な雰囲気と、真の口から語られる「好き」という言葉。


それが自分に向けられたものではないと分かっていても、凛の胸は締め付けられるように痛んだ。


このままではいけない。でも、どうすればいいのか分からない…。


凛の心の中の天秤は、ますます大きく揺れ動き始めていた。


文化祭や体育祭といった、クラス全体が盛り上がるイベントが近づく中で、三人の関係は、そして彼らの心は、一体どこへ向かっていくのだろうか。




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