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第13話 「移りゆく季節と、変わらぬ想い (前編)」

山田先生と木下君の間に、新たな信頼の橋が架かってから数週間。


2年B組の教室は、文化祭への期待感と、日々の学業や部活動への取り組みが程よく調和し、落ち着いた活気に満ちていた。


道真みち まことは相変わらずの飄々とした態度でその日常を彩り、橘凛たちばな りんは、そんな真の存在がクラスにとって、そして自分自身にとっても、なくてはならないものになっていることを感じていた。


一条茜いちじょう あかねもまた、ありのままの自分を少しずつ表現できるようになり、クラスに新しい魅力を振りまいていた。


しかし、そんな穏やかな日々の中で、小さな心の揺らぎを感じている生徒がいた。


佐藤美咲さとう みさき


クラスの中でも特に優しく、控えめな性格の彼女には、小学校からの大親友、伊藤彩華いとう あやかがいた。


彩華は活発で好奇心旺盛なタイプで、美咲とは対照的だったが、二人はいつも一緒で、お互いを誰よりも理解し合っていると信じていた。


「ずっと親友だよ」――その言葉は、二人にとって疑う余地のない約束のはずだった。


変化は、夏休み明けから少しずつ訪れていた。


彩華が、新しくできた趣味のダンスサークルに夢中になり始めたのだ。


最初は微笑ましく応援していた美咲だったが、彩華がダンスの仲間たちと過ごす時間が増え、以前のように二人で過ごす時間が減っていくにつれて、言いようのない寂しさを感じるようになった。


彩華は悪気があるわけではない。


ただ、新しい世界に夢中になっているだけなのだ。


それでも、ダンスの話題で目を輝かせる彩華の隣で、美咲は疎外感を覚え、会話にもなかなかついていけなかった。


「ごめん、美咲! 今日、ダンスの練習入っちゃったから、一緒に帰れないや!」


「この前の休み、ダンスの仲間とイベント行ってきてさー、もう最高だったよ!」


そんな言葉を聞くたびに、美咲の心はチクリと痛んだ。


「自分はもう、彩華にとって一番じゃなくなったのかもしれない…」


そんな不安が、じわじわと彼女の心を蝕み始めていた。


寂しさは、やがて小さな誤解を生み始める。


彩華のSNSには、ダンス仲間との楽しそうな写真や動画が頻繁にアップされるようになった。


それを見るたび、美咲は


「私抜きでも、あんなに楽しそうなんだ…」


「もしかして、私と一緒にいるのはもう退屈なのかな…」


と、ネガティブな憶測を膨らませてしまう。


伊藤さんも、美咲が最近元気がないことには薄々気づいてはいたが、その理由が自分にあるとは深く考えておらず、「美咲、なんかあったのかな? 受験勉強で疲れてるのかな?」と、どこか他人事のように感じていた。


二人の間には、目に見えないけれど、確かな心の距離が生まれつつあった。


凛や、美咲と彩華の共通の友人である鈴木遥すずき はるかも、美咲の元気のない様子を心配していた。


「美咲、最近ずっと浮かない顔してるけど、大丈夫…? 彩華とのこと、何かあったの?」


遥が声をかけても、美咲は力なく首を振るだけで、本当の気持ちを打ち明けられずにいた。


真は、そんな美咲の心の揺らぎと、彩華の無邪気な変化、そして二人の間に漂う微妙な空気感に、いつものように気づいていた。


彼には、美咲が「変わらないでほしい」と願う友情の形と、「変わりゆく現実」との間で苦しんでいるのが手に取るように分かった。


ある日の放課後、一人教室でため息をついている美咲の隣に、真がそっと腰を下ろした。


「よお、佐藤。なんか、大事にしてた宝箱の鍵、どっかに落っことしちまったみてえな、切ない顔してんな」


美咲は、驚いて顔を上げた。真の言葉は、いつも唐突で、それでいて不思議と的を射ている。


「…道君には、関係ないよ」


「まあ、そうかもしんねえけどさ」真は、窓の外を流れる雲を眺めながら、穏やかな声で言った。


「人間関係ってのはさ、まるで川の流れみてえなもんなのかもしんねえな。ずっと同じ場所を、同じ景色の中を、同じ速さで流れてるわけじゃねえんだ。時には流れが急になったり、淀んだり、途中で大きな岩にぶつかって流れが変わったり、別の小さな川と合流したり、逆に二手に分かれたりもする。でもな、だからって、元の川そのものがなくなっちまうわけじゃ、ねえんだよな」


美咲は、俯いたまま、真の言葉にじっと耳を傾けていた。


「私たちは…彩華とは、ずっと一緒だって、そう思ってたのに…」


絞り出すような美咲の声は、震えていた。


「ああ、思うよな。そう願うよな」


真は静かに頷いた。


「でもさ、考えてみろよ。佐藤、お前自身だって、一年前の自分と今の自分、全く同じか? 好きなものも、考えてることも、ちょっとずつ変わってきてんじゃねえか? それは、彩華ちゃんだって同じなんだよ。悪いことでも、裏切りでもなんでもなくて、ただ、人も心も、季節が移り変わるみてえに、自然と変化していくもんなんだ」


真の言葉は、美咲の心に静かに、しかし確実に染み込んでいく。


彩華が変わってしまったことへの寂しさ、そして置いていかれるような不安。


その感情は、そう簡単には消えないだろう。


しかし、真が語った「川の流れ」や「移りゆく季節」というイメージは、頑なに「変わらないこと」を求めていた彼女の心に、新しい視点を与え始めていた。


(変わっていくのが、当たり前…?)


それは、美咲にとって受け入れ難い真実であると同時に、もしかしたら、この苦しみから抜け出すための、最初の一歩なのかもしれなかった。


友情という名の川は、どこへ流れ着くのだろうか。


そして、その流れの中で、彼女たちは何を見つけるのだろうか。





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