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第10話 「古都の迷い道と、心繋ぐ雨音 (後編)」

道真みち まことの言葉は、雨に打たれ不安に震えていた生徒たちの心に、小さな灯火をともした。


そうだ、誰のせいでもない。


今、ここで、私たちにできることをするんだ。


橘凛たちばな りんは、深く息を吸い込み、班のメンバーを見渡した。


「みんな、まずは落ち着こう。道君の言う通り、今私たちにできることを考えるの。パニックになったら、見えるものも見えなくなっちゃうから」


凛のその声は、まだ少し震えていたけれど、班長としての決意が込められていた。


中村健太なかむら けんたが「こんな時こそ笑わねえと!」と無理に明るく振る舞おうとしたが、真に「無理すんな、中村。不安な時は不安でいい。大事なのは、その不安に飲み込まれねえことだ。


お前のその明るさは、もうちょっと後で、みんなが本当に笑顔になれる時に取っとけ」と肩を叩かれ、少しだけ表情を和らげた。


「私、小さいけどライト持ってます」


「僕、カロリーメイト少しだけ…」


「私は絆創膏と、あと、これ…お守りだけど」


各自がカバンから持っているものを少しずつ出し合う。


それは心細いほどわずかな装備だったが、自分たちが持てるものを共有しようという気持ちが、冷えた空気をほんの少しだけ温めた。


その時、今まで黙って雨宿りをしていた影山瑠璃かげやま るりが、小さな声で呟いた。


「あの…私、前に読んだ本で…こういう山道では、苔の生え方とか、木の枝の伸び方で、おおよその方角が分かるって…あと、この葉っぱ、少し苦いけど、食べられるって書いてあった気がします」


その言葉に、全員が驚いて影山を見た。


普段は物静かで、自分の意見をあまり口にしない彼女の、意外な知識だった。


「本当か、影山!? すごいじゃん!」


中村が目を輝かせる。


一条茜いちじょう あかねも、「私、昔ガールスカウトやってたから、簡単な雨風をしのぐ方法なら知ってるわ。このビニールシートと木の枝を使えば…」と、意外な行動力を発揮し始めた。


鈴木遥すずき はるかは、持っていた小さな手鏡を取り出し、「もし少しでも晴れ間が出たら、これで光を反射させてみようよ!」と、決して諦めない姿勢を見せる。


真は、そんな生徒たちの様子を、腕を組んで静かに見守っていた。


彼は直接的な指示は出さない。


ただ、彼らが自分たちの力で考え、行動しようとする姿を、肯定するように頷くだけだ。


「いいじゃん、影山。そういう小さな気づきが、デッカイ道を開くこともあるんだぜ。茜のそのアイデアも、今の俺たちには五つ星ホテルのスイートより価値があるかもな。遥のその鏡も、今はただの鏡かもしれねえけど、次の瞬間には希望の光を呼ぶ魔法のアイテムに変わるかもしれねえ」


真の言葉は、まるで魔法のように、生徒たちの心に勇気と、そしてほんの少しの遊び心を与えた。


凛は、皆の意見をまとめ、影山の言葉を信じて、わずかに人の手が加わったような痕跡のある方向へ進むことを決めた。


雨は依然として降り続き、ぬかるんだ山道は体力を容赦なく奪っていく。


体力的に辛くなってきた遥の荷物を中村が黙って半分持ち、足元がおぼつかない影山の手を茜がそっと握った。


凛は、常に周囲に気を配り、声をかけ続け、弱音一つ吐かなかった。


「大丈夫? もう少しだからね!」


「みんな、遅れないで!」


そんな過酷な状況の中で、普段はあまり言葉を交わさなかった者同士が、自然と互いを気遣い、励まし合うようになっていた。


スマートフォンの電波も届かないこの場所で、彼らは初めて、自分たちの力と、仲間の存在だけを頼りに進むことの意味を噛み締めていた。


日が傾きかけ、竹林の奥は薄暗くなり始めた。生徒たちの顔には疲労の色が濃くなり、諦めの空気が漂い始めた、まさにその時だった。


「あ…!」


先頭を歩いていた茜が、声を上げた。


その指さす先には、苔むした古い石段が、かろうじて道の名残を留めながら、下へと続いているのが見えた。


そして、その石段の先に、遠く、本当に遠くだが、ぼんやりとした民家の明かりが、まるで星のように瞬いているではないか!


「明かりだ! 人がいるぞ!」


中村の叫び声に、全員の顔が一斉に輝いた。


疲労も忘れ、彼らは最後の力を振り絞って、その小さな光を目指して石段を駆け下りた。


そしてついに、彼らは舗装された農道へとたどり着いた。


ほぼ同時に、彼らの姿を見つけたらしい一台のワゴン車がヘッドライトを点滅させながら近づいてくる。


それは、心配して探しに来てくれた担任教師と、旅館の送迎車だった。


「先生ーっ!」


「みんな、無事だったか! 心配したぞ!」


生徒たちは、泥だらけのまま、涙と雨でぐしゃぐしゃの顔で、互いに抱き合い、その場にへたり込んだ。


助かった安堵感と、自分たちの力で困難を乗り越えた達成感が、一気に込み上げてきたのだ。


旅館に戻り、温かいお風呂で冷えた体を温め、用意された食事を夢中で頬張った後、真たちの班の生徒たちは、部屋で改めて互いの健闘を称え合った。


「影山さんの知識、マジで神だったよな!」


「茜ちゃんの行動力にも助けられたぜ!」


「遥のあの鏡、結局使わなかったけど、なんか勇気出たよな!」


「凛班長も、ずっと私たちを励ましてくれてありがとう!」


口々に飛び交う感謝の言葉。


この数時間の出来事は、彼らにとって一生忘れられない修学旅行のハイライトとなり、そして何よりも、クラスメイトという存在が、かけがえのない仲間へと変わった瞬間だった。


凛は、部屋の窓から見える夜空を眺めながら、隣にいた真に小さな声で言った。


「道君…本当に、ありがとう。あなたの言葉がなかったら、私たち、きっと途中で心が折れてたと思う」


真は、いつものようにニヤリと笑って答えた。


「よせやい、委員長。俺は何も特別なことはしてねえよ。みんなが、それぞれ持ってる『カギ』を、最高のタイミングで、ちゃんと使っただけだろ? ま、雨の中のピクニックも、終わってみれば案外悪くなかったんじゃねえか?」


その言葉に、凛は思わず吹き出してしまった。


茜も、そんな二人を少し離れた場所から見つめ、真の不思議な魅力と、凛の持つ真っ直ぐな強さに、改めて何かを感じているようだった。


古都の夜は静かに更けていく。


この雨の中の小さな冒険は、彼らの心に、目に見えないけれど確かな「繋がり」という温かい記憶を刻み込んだ。


そしてそれは、日常生活に戻った時、彼らが新たな困難に立ち向かうための、何よりも強い力となるはずだ。


彼らの修学旅行は、まだ始まったばかり。


そして、この旅は、彼らの人間関係にも、さらなる変化の風を運んでくるのかもしれない。





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