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おれの幼馴染がゲスなんだが

作者: 滝尾竜二

おれの幼馴染がゲスなんだが





春のそよ風はなんだか新しい出会いの予感。



おれ、平井一平ひらいいっぺい。高校二年生。成績は中。スポーツも特に得意というわけではない平均的な高校生だ。

モットーは「日々平穏」。

今朝、おれのクラスに転入生が来た。

朝礼を待ってがやがやとしていたクラスがひっそりと静まり返ったので振り向いたおれは、教壇の上に立っている目を輝かせた少女を見た。いや、その存在そのものが光り輝いているような少女だ。

「初めまして。真地まじももこです。よろしく!」

礼をするとマチルダボブにカットした黒髪がさらりと下に垂れた。なんかリンスのコマーシャルにも出られそう。

担任が一番後ろの席を指差し、彼女はおれの席に通じる通路を歩いてきたところ……。

「一平君?!」

彼女はおれをまじまじと見つめ、両手を胸の前で組んでいる。

ええっ。なんでこんな可愛い子がおれのこと知ってんの?

おれはきょろきょろと周りを見回したが、クラスメート一同も驚きの表情を顔に張り付かせたまま言葉を失っている。

「一平君。忘れちゃったの? あたしよあたし。ももこよ」

さも知り合い、という風に言われてもこっちには全く記憶がない。おれの過去にこんな美少女と知り合う機会があっただろうか。しかもそれを忘れているとは、人生最大の損失ではなかろうか。

「ああ、じれったいわね」

そう言うと少女は両手で髪の毛をはらりとかき上げ、大きなイヤリングをはずしてから目を細めた。

半眼にした目、すっと通った鼻筋、そして大きく垂れた耳たぶ。

「ももっち?!」

「そーよ、あ・た・し! まあ、こんなところで再会できるなんて、夢見たい!」

少女はおっきな笑顔でおれに抱きついた。あ、あの、ちょっと。背中にクラス男子たちの殺人光線的視線を感じるんですけど。



思い出した。おれが小学校に入った頃、真地は近所に住んでいて、おれとよく一緒に遊んだんだ。

あのころから特徴的な耳たぶをしていて、日の光が眩しくて目をすがめた表情が仏陀にそっくりだったもんだから、他の子供たちにからかわれて泣いていた。

おれはその頃内気で、同じ年の男の子と遊ぶより女の子と遊ぶのが性に合っていたから、ほとんど毎日一緒だった気がする。

いつの間にか真地はどこかへ引っ越してしまい、その後一度も会わなかったが、よくおれなんかのことを覚えていてくれたもんだ。今ではこんな美少女になって。

「なつかしいな。よく一緒に遊んだよね。公園で、ままごととか……」

「ええ、お医者さんごっことか……」

久しぶりに再会した友人の処刑フラグをなぜキミは立てるのかね。



放課後。

クラスの男子たちの襲撃をかわしておれが正面玄関から出るとそこには真地が待っていた。

「ねえ、一平。一緒に帰ろっ」

もう呼び捨てか。

そんなおれの表情に構わず、真地はおれの腕にしがみついてくる。

おいおい野生動物にすら逃避距離というものがあってだな、年頃の女の子は男性には少し距離をおくものだぞ、警戒心というものはないのか、恥じらいは――

などと保護者的なことを考えていたが、真地はあくまでも子供のようにうれしそうだった。

おれは聞いてみた。

「最近、こっちに引っ越して来たのか」

「ううん。こっちに戻って来たのは一年くらい前だけど……」

「え、病気か旅行中だったのか?」

「違うわ。えっと「別荘」へ行ってたの」

「ふうん???」

おれが知る限り、真地の家ってそんなに金持ちじゃなかったはずだけど。学校を休学して別荘? まさか、結核とかで療養生活をしていたとか。

おれがよく理解できないまま真地と一緒に校門まで来ると、待っていたかのように白いメルセデスがやってきておれたちの正面に止まった。

前部座席から降りてきたのは明らかに筋者の電波を放射している二人のおっさん。一人は頭を剃り、一人はパンチパーマ。黒いスーツをぴしっと着込んでいる。

やばっ、目をつけられた。おれたちそんなに目だってた? なんかされるのかしらん。暴力専門家と関わるくらいならクラスの男子にフルボッコにされた方がまだましだったのに。

おれがさりげなく、真地の後ろに身を隠すと……

「社長。お勤めご苦労さんです」

筋者二人は真地に礼をした。真地はにっこりと笑うと言った。

「紹介するわ。あたしの幼馴染の平井くんよ」

真地は二人に近寄ると耳打ちした。(いい、あたしの男なんだから、手を出しちゃだめよ)

なんかぼそっと言った。

「「へいっ。分かりやした!」」二人は同時に言った。

「じゃあ、一緒に事務所へ行きましょう」そう言って真地はおれの腕をつかんで、筋者の開けたベンツの後部座席におれを引いていった。

「お、え、やっ……ちょっと待てよ! なんでおれがお前と一緒に行くの」

「いーじゃない。久々の再会なんだからちょっとうちへ寄って行きなさいよ」

「いや、おれ、あのっ、そのっ……今日は用事があるから」

おれは焦って後部座席の入り口でもがいた。

「てめえ。社長が一緒に来いとおっしゃってんだぜ。来ねえ気か」

こわもて二人のうち頭を剃った方がすごんだ。

「あ、いえ、参ります」おれの意気はしぼんだ風船のように萎えた。



ベンツの中は総革張りのシートで、すわり心地は抜群だったが、おれは食肉工場へ引き立てられていく牛のような気分だった。

真地はと言えばうれしそうにるんるんるん、と鼻歌まで歌っている。その様子を見ているうちにおれの今置かれている状況がそんなに危ないものではない気がしてきた。

おれは思い切って話しかけた。

「あのさ、ちょっと聞いてもいい?」

「ええ? もっちろん。一平くんはあたしの友達でしょ。なにを遠慮してんの」

真地は目をきらきら輝かせて答えた。邪気がない。このヤクザ連中は実は単なる見かけだけかもしれない。

「さっき、「社長」って呼ばれてたけど、どこかに勤めてんの?」

「ええ、あたし、独立して自分の会社を作ったから」

「自分の会社?」

「そーよ。高校生実業家ってとこね。ねえ、幼馴染に実業家がいて自慢じゃない? 自慢じゃない?」

それは……まあ。

「で、なんの仕事?」

「お金を貸すお仕事よ」

金を貸す仕事。その言葉で思い出した。真地と一緒に遊んだときのことを。

おれたちはままごとをしていたんだが、普通だと幼児の男女がままごとするなら「あなた、お帰りなさい。お風呂、それとも食事?」って普通の家庭ごっこか「いらっしゃいませ。なににいたしましょう」ってお店屋さんごっことかするよな。

おれたちの場合金貸しごっこだった。もちろんそれを言い出したのは真地の方だ。そうだ。真地は強引で、おれがいつも引っ張られて渋々言うことを聞いたんだ。おれが要らないと言うのに真地はリカちゃん人形をおれに借りさせ、その利息のかたにおれは超合金ガンダムを取られたこともあったっけ。

まてよ。金貸し業――金融業? おれの頭の中で金融業という言葉とフロントシートに座っているこわもて二人がつながってイメージが作られた。

なんかおれ今すごくやばい所に向かっていないか?



そんなおれの気持ちとは関係なく、メルセデスは駅前の繁華街を縫って、とある雑居ビルの前に止まった。

「さあどうぞ」

真地は先に車を降りておれをいざなう。おれがビルを見上げると丁度ビルの二階にあたる部分に大きな看板がかかっていた。



萌え萌えローン



なんだこりゃ。おれは先に立って歩く真地の後をついてビル脇の小さな階段を上った。途中でちらと振り返って逃げる機会をうかがったが、こわもての二人はちゃんと後ろからおれを監視していた。無理だ。

二階の入り口をくぐると甘い声が聞こえた。

「お嬢様、お帰りなさいませ」

「ご主人様、お帰りなさいませ」

え、え、ご主人様っておれのこと。おれは金がないから、もとい健全な男子高校生だからメイド喫茶なぞ入ったことはないが、もしかしてこんな感じ?

メイド服を着た二人の女性がおれの両側から優しくおれをエスコートしてくれる。一人は茶髪ショートで小柄な丸顔、もう一人は黒髪ロングのお姉さまタイプ。どちらも好みだ。

「どうぞこちらへ」ソファーへ案内してくれる。

「あ、はい」

真地はさっさと一人で奥に行ってしまった。おれは明かりに誘われる虫のようにふらふらとソファーに座った。さっきこわもてににらみを利かされていた時と比べると地獄から天国に来たような気分だ。

「お茶をどうぞ」お姉さまが美しい食器にお茶を注いでくださった。

「お疲れになったでしょう」小柄な方がおれの手をおしぼりで拭いてくださる。ここは本当に天国かもしれない。

お茶とケーキをいただいて一息入れたところで二人が言った。

「ご主人様。今日はいかほど御用立ていたしましょうか」黒髪お姉さまがやさしく微笑む。

「ただいまキャンペーン中でございます。ドキドキプランですと5パーセント、ドッキリプランですと10パーセント、無担保で100万まで即ご融資いたします」小柄さんが紙を差し出す。

よくよく見ると融資契約書だった。ドッキリプランは月の利息が10パーセント。

鬼か!



「ちょっとあんたたち、彼はあたしの個人的なお客だから商売は抜きにしてちょうだい」

いつの間にか奥から戻ってきた真地が言うと二人の女性はさっと事務的な様子でおれから離れた。え、今までの優しさは演技だったの?

「一平くん。中を案内してあげるわね」

真地はおれの手を引いてカウンターを越え、奥の扉へ行く。なんだかずいぶんと分厚い扉だ。

「ここは正面受付で中は事務所なのよ」

分厚い扉をくぐるといくつも大声で話す声が聞こえてきた。

扉は内幕がもれ聞こえないようにするための防音扉だった。



これって督促? ……だよね。

事務所の中には女性が四、五人事務机の前に座って電話をしている。カチューシャこそはずしているが全員、先ほど受け付けにいた女性たちと同じメイド服を着ている。

それぞれタイプこそ違うが正直言ってみな可愛い。

でもやっているのは消費者金融の督促だ。

「そう言われましても、当社も困るんですよねー。もう期限を二ヶ月も過ぎていますしぃ……」

「いいかげんにしてくださいな。もう少し、もう少しっていつまで待たせる気なんです……」

「ちょっと。あんた死にたいん?」

キツい言葉が飛び交う。



「この人たち、みんな社員なの?」

「そーよ。これがわが社の女性社員の制服。受付と事務所は持ち回りだからね。どちらでもすぐにシフトできるように出社するとこの服に着替えるのよ」

「芸能事務所かと思った」

「でしょ。ここにいる子たちクオリティ高いでしょ。ほとんど全員声優とかだからドスの効いた声も出せるしね。勧誘と督促の両方できるから重宝するわー」

「そんな半分芸能人みたいな子たちがよくここに来てくれたね」

「ま、声優っていっても売れないと生活大変らしいし、ウチは一年勤めたら、フェラーリをキャッシュで買えるくらいの給料は出してるから」

うっ――。一瞬おれも就職しようかと思った。いかんいかん。

「あ、ちょっと」

真地はメイド姿の一人につかつかと近寄り、受話器を取り上げた。

「ったく、なにタルいことやってんのよ。督促ってのはこうやるのよ」

言うやいなや受話器に向かって怒鳴った。

「おい、いつまでもぐだぐだごねてんじゃねーよ。早く返せ。返せないんなら死ね、死ね、死んじゃえー」

これってひどすぎるじゃん。おれは引きつりそうだった。

「あら、どうしたの」

真地は不思議そうにおれを見る。おれは黙っていられなかった。

「し、正直に言わせてもらうけど、これはひどすぎると思う。まるでシャイロックじゃないか」

シャイロックというのはシェークスピアの作品に出てくる金貸しで、借金のかたに債務者の肉を1ポンド切り取る、と迫った人物で、冷酷非情の金貸しの典型とされている人物だ。

「シャイロックですって」真地は両手を胸の前で組むと夢見る少女の顔になった。「ああ、あたしの理想とする人物像よ」

どんな理想だよ!

「あの容赦のなさ、見習うべきよねー。一つだけ気に入らないところは裁判官に「肉は切ってもいいが血は流しちゃだめ」とやり込められちゃうところね。あれが現代だったら血を全部抜いてから臓器を叩き売るんだけれど、そうすれば血は一滴もながれないし。あら、どうしたの。顔が青いわ」

おれは貧血でめまいをこらえてうずくまった。

「人としてどうなんだ。きみは……きみはそれで良心の呵責を感じないのか!」

「感じないわ」

あっさり言ったー!

「なんで金融業なんか。もっとやるならまっとうな仕事がいくらでもあるだろうに。他の仕事をしようとは思わないのか」

「それは無理。消費者金融はあたしの命だから」

言い切ったー!

「子供のときからの夢だったわ」

その大きくなったらバレリーナや女優になりたい、とかと同じような夢見る表情で言うのやめてくれないか。

「親御さん……親はなにも言わないのか。こういった仕事をすることについて」

真地は言った。

「親はね。あたしの好きにしなさいって。我が家には家訓があるのよ」

「どんな」

「己の信念に基づいて生きろ」よ。

この家訓ってその信念が根本的に間違っている場合を想定してないよな。

おれの顔つきを見て真地は言った。

「あんた、その顔はなにか文句言いたそうね。あなたのうちでは親は子供になんて教えてたの」

おれの家の家訓? 家訓などと大仰なものではないが胸を張って言える。

「他人に迷惑をかけるな」

「ぷっ、ださっ」

「なに」

「それってニュースで他の国で人がバンバン殺されているのを見ても見ぬ振りして、他人に迷惑さえかけなけりゃ、自分だけ良けりゃいいって考えでしょ。「今は紛争があるからあそこへ旅行するのはヤバい」とか。うわー自己中心的。小市民。人間のクズー」

ある意味正論だが、お前にだけは言われたくないぞ。

真地はさらに勢いに乗って話し出した。

「去年は社員たちを使って美人局つつもたせを経営していたんだけど……いや、儲かったわー。繁華街でキモオタどもをピンポイントで誘ったらいくらでも釣れるし、あいつら小金持ってるし、意気地ないからちょこっと脅しかけるとすぐに金出すし……」

おれはオタクではないが彼らのために合掌。

「でもすぐに通報されちゃって、それで一年間「別荘」行きになっちゃったのよ」

そういう意味の別荘だったのか。

「あたしもあのときは若かったから未熟だったのよね」

その発言、すでに精神年齢は大年増だぞ。

「でも、今年は違うわ。バージョンアップした真地ももこを見て」

「どこがどうバージョンアップしたんだ」

「もっと老練になったのよ。ここは知る人ぞ知る闇金融だけど、警察も手を出せないわ」

「どうして」

「このビルの一階にある看板見なかった? ここの一階はザバルダスティ共和国の大使館なのよ」

「ザバル……なんだって」

「知らないのも無理はないわね。カリブ海に浮かぶ小さな島の新興国家ザバルダスティ。貧乏なくせに日本に大使館を置くことになって、あたしが大使館の土地建物と公用車を準備したげるって持ちかけたら飛びついてきたわ。

そういうわけでここ、一階は大使館の敷地だから治外法権なのよ。警察も入って来られないし、あたしも青ナンバーの車使い放題だから、駐禁関係ないし、便利よー」

権力の濫用とはまさにこのこと。

「それで大使があたしのビジネスのことを知ったらすっかり興味を示してね、なにしろ貧乏国で大使の癖に給料安いから。この頃、日本で麻薬の販売ルートを開いてくれないかってうるさいのよ。外交官特権で輸入し放題だからって。あたしはヤクだけはダメ、ゼッタイ! 法律違反だからって、断ったんだけどね」

闇金融が法律違反じゃないような言い方だが……。それより目がそそられてるぞ。本心はかなり乗り気だな。



そうこうしているうちに真地は時計を見るとさっとリモコンを手に取りテレビをつけた。

「ちょっと待って。うちのコマーシャル、今度始まったばかりなのよ」

テレビの画面では、どこかで見た美少女たちがビジネススーツを着て並んで出てきた。よく見ると事務所でメイドの衣装を着ていた女性たち、はやく言えばこの会社の社員たちだ。

「あの子たちって」

「ほら、彼女たち、カメラ写りもなかなかでしょ。人事の効率化よ。これなら宣伝も兼ねるでしょ。さらに製作会社にぼったくられずに済むから一石二鳥よね」

コマーシャルは美しい町をバックに美しい音楽が流れる素敵なイメージのものだった。美少女の一人がテーブルにひじをついてうっとりと考え事をしている。



優衣さんは考えます。アプリを作って、もっとがっつり取立てできないかな。



「本音が出すぎだろ!」



突然、社長室の扉をノックする音が聞こえた。入ってきたのはメイド、もとい社員のお姉さん。

「社長。回収担当の原黒獰猛が急に腹が痛くなって休みたい、と言ってます」

「腹が痛い? 中学生みたいなことを言ってるわね。それで今日のノルマはこなせるの?」

「うーん、回収作業が一件、今日どうしてもやっておかないと期日までに間に合いません」

お姉さんは台帳を見ながら答える。

「しょーがねーな。じゃあ、あたしがじきじきに行ってくるか」

「じゃあ、おれもこれで」

「なに言ってんのよ。一緒に行きましょ」

お前、そうやっておれを巻き込む気?

「いや、やめとくよ」

「若けえの。社長をよろしく頼まあ」

ふと後ろを振り向くとさっきのこわもてさんが腕組みしておれの後ろに立っている。

「わかりましたぁ」

おれたちはこわもての運転する青ナンバーの白いメルセデスに乗って回収作業とやらへ行った。

着いたところは普通の下町で木造二階建てのアパートがある。真地は迷わずアパートの二階へ続く階段を登っていった。奥から二つ目のドアには数日分の新聞がはみ出ており、窓は固く閉ざされていた。

「まず、電話ね」

真地は携帯電話を取り出すと電話をかけた。アパートのこの室内で電話の着信音が鳴り出す。ここにかけたようだ。

真地はそのまま五分間電話を鳴らし続けた。だが相手は取らない。

「しぶといわね」

それからドアの横についているインターホンを三分間押し続けた。返事はない。

ついにドアをどんどんと叩き始めた。

「山田さーん。山田さーん。借金の返済日はとうに過ぎていますよー。隠れているのは分かっていますから、さっさと出てきてくださいなー。ほらほらご近所に聞こえていますよぉ。恥ずかしいなぁ。さっさと耳をそろえて五十万返してくださいなー」

一緒にいるおれがものすごく恥ずかしかった。



取立てを終えておれたちは再び事務所に戻った。おれは帰ろうとしたんだが、あのこわもてさえいなけりゃね。

事務所に戻った真地はご機嫌だった。

「ひゃっほー、みんな。今月は業績がいいから今日はこの辺で仕事はやめて酒盛りしよー」

メイド服の女性は机を片付け、みな床にござを敷いて座り込んだ。こわもてが使い走りで買出しにやらされた。みなでワンカップ大関とアタリメで乾杯を始めた。

「萌え萌えローンの将来にかんぱーい!」真地が音頭をとる。

「おー!」全員であぐらをかいたままワンカップ大関を天に突き上げる。

あっという間に全員ほおがピンクに染まってきた。

「この寿司、なかなかいけるわね」

「なにしろコックさんは国産だから」

「ぎゃーはっはっはっ!」

おやじギャグまで出てきたよ。それでうら若き乙女が爆笑しているし。

「一平も遠慮せずにやりなさいよ。無礼講、無礼講」

「いや、お前未成年だろ」

「大丈夫。ここは治外法権」

そういう問題じゃねーっての。

「お食事券の汚職事件」お姉さんが怒鳴る。

「ひーひっひっひっ」

「ひゃーはっはっはっ」

どんどんひどくなるな。完全に酔っ払ったオヤジの生態だ。

「ちょっと一平。こっち来なさいよ」

真地はとろんとした目でおれに手招きした。おれはしぶしぶ真地の隣に座った。

「なんだ。あんたのために座を設けたのに、つまんなそうな顔してるわね」

おれのため? この雰囲気についてゆけ、というのは一般高校生にはハードル高いんじゃね。

おれの様子には構わず、真地は言った。

「そりゃね。しばらくシャバから遠ざかれば、他のみんなと少しばかり価値観のギャップができるもんよ」

いや、お前の場合少しばかりじゃないぞ。致命的な価値観の相違がある。

「あたしだって、クラスのみんなと一緒に仲良くしたかったわ。でも、小さいころいじめられたトラウマが今でも残ってて、他の人に話しかける勇気がないの」

勇気がないようにはとても見えないが。

「でも一平くんが相手だとなんか安心できる。ああ、この人ならあたしを傷つけるようなことは決してしないって。あたしが金融業をやって多少は無法なことをするのって幼いころ傷ついたことに対する反動だと思うのよね。世間に対するプチ復讐ってとこかしら」

「プチ復讐って可愛く言えばごまかせるのかよ」

「あら子供の頃いじめられたって十分な動機よ。『探偵王コナン・ザ・グレート』っていうアニメでは、毎回信じられないようなくだらない動機で殺人が行われるのよ。それにくらべりゃ、あたしなんて可愛いもんよっ。うふっハート白」

いや可愛くない可愛くない。可愛いのは顔だけ。

そのうち、真地は酔いが回ってきたらしく、だらしなくおれの肩にしなだれかかった。仕方なくおれは真地を手で支える。

「ありがと。一平くん、こんなあたしにもやさしいのね。昔のままだわ」

真地は充血した目を床に落とした。

「ほんとはね、あたし……昔から一平くんのこと好きだったの」

「ええっ!」

「だってあたしが「仏陀」「仏陀」っていじめられていたとき、あたしと遊んでくれたのは一平くんだけだったもの。あなたのその優しさ、一生忘れない。だから……」

「だから?」

「あたしの男になってくれない?」

どああああ。あんた、なに言っとるんですかぁ。

真地はちょっと顔を上に向けた。ぱっちりした目がうるみ、花びらのように小さな唇が濡れている。吐く息が酒臭いのを除けばちょっといい眺め。

真地はいつのまにか百万円の札束を手にしてそれでおれのほおをなでる。

「あたしの男になれば広尾に臆ション買ってあげる。車はなにがいい? ポルシェ? ランボルギーニ? 毎月お小遣い百万あげるから」

ふむ……悪くない。

いや、おれ何考えてんの! て言うか真地のこのアプローチ、まるでセクハラおやじがお妾さんを落とすときみたい。

真地はばっとおれを突き放した。

「ああ、その目! あたしを軽蔑してるわね。どうせあたしは金でしか愛を買うことができない女よ!」

その大げさな演技。あんた北島マヤですか。

真地はしくしくと泣き出した。

「あたしなんか。あたしなんか。どうせこのまま裏家業でしぼられるだけしぼりとられて、最後はAV業界に出演させられて、歳をとったらぽい、と捨てられるんだわ」

いや、どっちかというとお前はしぼりとる側だと思うが。

真地はついに大声で泣き出した。こいつ、酒癖わりぃ。

「あーん、あんあんあん。あたしが悪かったのよ。今まで生きててご免なさい! 借金のかたに家族を売り飛ばした人たちご免なさい! 督促電話で脅し過ぎて人格崩壊させてしまった人たちご免なさい! 偽造書類で会社を乗っ取った社長さんたちごめんなさい! 振り込め詐欺で老後の生活費をむしったおじいさんおばあさんたち御免なさい! 美人局で身ぐるみ剥いだキモオタさんたち……彼らはまあいいわ、謝らなくても」

そこにすごい差別を感じるぞ!

「あーん。あたしもうやめる。今までの生活を整頓して人生をやり直すわ。新しい出発よ。一平、付いてきなさい!」

それって普通男の台詞だよね。おれ、配偶者でもなんでもないけど。

「あたし、被災地に寄付するわ」

やれやれ。

「あたしが冗談で言ってると思ってるわね! ちょっと、公証人連れてきて」



近所の公証役場からこわもてが連れてきた公証人の前で真地は宣言した。

「あたし、今までの罪滅ぼしのために資産の半分を被災地へ寄付します! さあ、あたしの気が変わらないうちに公正証書を作成して!」

おおー。一同、その気迫にうたれて静まり返った。

書類に印鑑を押すと、真地はまだ赤みの残る顔ですっくと立ち上がった。背筋をぴんと伸ばし、宣誓のために右手をかかげ、半眼になったところはまさに菩薩を思い起こさせた。

「あたしは……これから……変わるんだわ」

そのまま崩れ落ちるように倒れた真地を、おれはあわてて支えなければならなかった。





次の日、いつものように登校すると、真地はなにか考え込んでいた。おれの顔を見るとぱっと顔を輝かせて言った。

「おっはよっ、一平。元気?」

「あ、ああ」

昨日と同じ人物とは思えず、おれはちょっと距離をおいて真地をしげしげと見た。

真地は頭をかきながら言った。

「昨日は失敗しちゃった。あたしって酔うとみさかいがなくなるのよね。変な仏心を起こして大変な損失を出すところだったわ」

え、それって反省するところ?

「あの金、回収しなくちゃね。利息をつけて。それで考えたんだけど、復興ビジネスに参入しようと思うの。老人ホームを建てて恩を売っておいて、ほら、老人ってへそくりとか土地とかあるじゃない。介護してるうちにそれをいただいちゃうチャンスがあると思うのよね。

……それから借金を返せなくなった人は臓器をもらうより、放射能の危険地帯での労働に従事してもらえれば派遣ビジネス成立。政府にも恩を売って利権に食い込めるし。

……あたしって頭いー」

ウインクして阿弥陀如来のポーズをとった真地の右手はあの親指と人差し指を輪にした悟りのサインだったが彼女がやると「かねくれよう」という意味にしか見えなかった。



ゲスな少女はあくまでもゲスでした。

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