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9/15

カメリア•カペル

よろしくお願いいたします。




 青い空、白い雲、沸き上がる歓声と舞い上がる土埃。

 研ぎ澄まされた剣がぶつかりあい、飛び散る汗。

 血わき肉踊る闘技場。



 ……私は現在、アーロン殿下の騎士として彼を抱え、近衛騎士達から逃げています。

 フルメイル装備をして殿下を守りつつ、闘技場で近衛騎士達と戦うことになったのです。

 状況は、はっきりいって厳しいです。

 彼らが、アーロン殿下を傷つけることはないでしょう。

 しかし、私には殺気をビシビシとぶつけてきます。


「アーロン殿下! カメリアのことは、もう諦めませんか?」

「嫌だ! 僕は死んでもカメリアを諦めないぞ! もし負けたら、カメリアをさらって金庫かガラスケースに入れて愛でるんだ!」

「それは愛じゃありませんから! カメリアが死にます! 絶対にしないで下さい。ああ、まったくもう……!」


 どうしてこうなった……。

 人生って、なんて複雑なのかしら。

 私が、アーロン殿下とカメリアを助けるために戦うことになるなんて。

 ああ、空が青いわ……。


 私が現実逃避していると、こうなった経緯が心に浮かんできます。


 あの日はフローラの装いをどうしようかと考えながら、ウキウキした気分で廊下を歩いていました。

 公爵夫人とお揃いにしても可愛いでしょう。

 フローラの好きなピンクをメインにコーディネートして、頬を染めて喜ぶ姿を見るのも捨てがたい。

 楽しい悩みで困っちゃいますね。

 思いきって公爵様と合わせても素敵!

 そんな幸せな考えで、ワクワクした気持ちでいっぱいでした。


 今思うと、回帰前の私のセンスは最悪でした。

 侍女に似合うと言われるまま、血のような赤いドレスにトゲトゲしたアクセサリー、クモの巣のようなレースで着飾っていました。

 ハロウィンの仮装のようでした。

 そして社交界で、遠巻きにされて孤独でした。



 突然、バーン執事長に呼び止められました。

 彼についてくるように言われ、公爵様の執務室へむかったのです。


 ……何か失敗したかしら?

 フローラの護身術として、シーツを繋いでベランダから降りる事を教えたからでしょうか。

 火魔法の特訓で、フローラと焼き菓子を大量に作り、侍女達とお茶会をしたのがバレた?

 

 執事長が執務室の扉をノックします。公爵様が答えました。


「入れ」

「失礼いたします」


 部屋に入ると、アグニス公爵様の前にアーロン殿下が立っていました。

 来訪の知らせを聞いていません。

 お忍びで来られたのですね。

 ……いやな予感がします!


「アグニス公爵。先日は本当に失礼した。今日は、カメリア・カペルとの交際を認めてもらいたいくて来ました。そして両親にも認めてもらうために、ローズマリー嬢を僕に貸していただきたいのです」

「それはまた急な申し出ですね。詳しく事情をお聞かせください」


 公爵様に言われて、殿下は話し出しました。


 殿下は、朝食の席で国王夫妻にカメリア・カペルと正式にお付き合いする許可を求めたそうです。

 すると国王様は、「ラフレシアの娘か……」とブツブツと呟き、黙ってしまったそうです。

 王妃様は、「あのアバズレの娘など認められません!」と、荒れに荒れたそうです。


 公爵様の妹でカメリアの母の名は、ラフレシアです。

 ラフレシアなんて名前、よく親がつけたと思うわ。

 異臭を放つ世界一大きな寄生植物です。

 この前会ったラフレシア様は、フローラによく似た赤い髪と緑眼のきつめの美女でした。

 カメリアは父親似でした。


 回帰前だと、カメリアは国王夫妻に愛されていました。

 フローラは国王夫妻に嫌われてました。とても哀しかったのを覚えてます。

 今思うと、回帰前の私が国王夫妻に嫌われていたのは、ラフレシア叔母様に似ていたからでしょう。



 アーロン殿下は、交際を認めてくれないなら王族をやめると言ったそうです。

 そして国王夫妻は、殿下に条件を出しました。

 彼が、近衛騎士達と対決して勝つことです。

 勝てば、殿下とカメリアとの交際を認め、彼女が将来社交界にデビュタントすることを認める、と。

 婚約まではいかないのですね。


 アグニス公爵様は、面白そうに笑って答えられました。


「アグニス公爵家は情熱的な家系だ。愛を勝ち取る戦いならば、力を貸すべきだな」

「僕は必ず勝って、父上達にカメリアを認めてもらいます。そうしなければ、彼女はこの国の貴族社会で生きていけません」


 アーロン殿下。カメリアの為に、そこまでするなんて。

 ちょっと見直しました。

 今の私は、殿下に全く魅力を感じることもありません。

 それにしても、アーロン殿下には、側近や専属の護衛騎士がいらっしゃるはずです。

 なぜ私の所へ来たのか、不思議です。


「恐縮ですが、私などに頼むよりもアーロン殿下の護衛騎士や側近の方々の方が、お強いのでは? そちらに頼まれた方がいいと存じますが……」

「……実は、僕が王族をやめると宣言したら、皆いなくなってしまったんだ。皆、リヒト叔父上の所へ行ってしまったんだよ……」

「そ、そうでしたか」


 貴族社会、怖すぎです! 手のひら返しが早すぎます。

 アーロン殿下は、一人っ子です。

 彼が王族をやめれば、王太子は王弟のリヒト殿下になられますからね。

 

「今の僕が信用できるのは、ローズマリー嬢しかいないんだ。頼む! この通りだ!」


 味方が一人もいなくなってしまったなんて、気の毒になってきました。

 アーロン殿下個人に忠誠を誓う騎士は、誰もいなかったのですね。

 公爵様も気の毒そうな顔をされています。


「ローズマリー。申し訳ないが、ちょっと近衛騎士達を一捻りしてきなさい」

「公爵様!? お言葉ですが、近衛騎士に勝つとか無理です! 私よりアグニス公爵家騎士団長様の方がお強いです!」


 すると侍女長も、イタズラっ子のような笑顔をされて、私に言いました。


「ローズマリー。近衛騎士のプライドをへし折ってきなさい」


 執事長も言います。


「怪我などしないように体を大事にしてくださいね。慎重にいけば、貴女なら勝てるでしょう」


 そして突然、部屋の扉が開かれました。

 扉の向こうには、フローラお嬢様が立っています。


「お父様達、何を言うんですか! ローズマリーは私の侍女です。アーロン殿下は、昔ローズマリーを傷つけようとしたのですよ。そんな意地悪な殿下に、私の大切なローズマリーを貸してあげません!」

「フローラ!?」

「お父様の意地悪!」


 フローラは、庇うようにひしっと私に抱きつきました。

 仕草がとても可愛らしいです。

 公爵様は愛娘の言葉を聞いて、がっくりとうなだれてしまいました。


「お父様、頑張ってると思うんだけどな……。どうして娘に意地悪って言われなきゃいけないだ……?」


 アグニス公爵様が鬱状態になられました。ブツブツと下を向いて呟き始めたのです。

 心なしか部屋の温度が熱くなってきました。

 アーロン殿下がそんな公爵様の様子を見て、真っ青になって震え始めます。


「ま……魔王化……?」


 アーロン殿下は勢いよくフローラお嬢様のもとへ駆け寄り、深く頭を下げられて懇願しました。


「お願いいたします! この通り、謝罪いたします! ローズマリー嬢を僕に貸してください! 王族をやめるって宣言したら、側近も学友も皆、周りからいなくなったんです! 僕が頼れるのはローズマリー嬢だけなんです!」


 フローラは、唇をちょっと尖らせて腕を組んで悩みだした。

 怒りきれなくなったらしい。


「……謝罪をする相手は私ではないわ。ローズマリーによ。危険な攻撃魔法を受けたのはローズマリーなんだから!」

(あの時本当に攻撃されたのは、アグニス公爵様です。それを打ち消したのも公爵様なのです。でもフローラは、公爵様を庇った私が攻撃されたと思って、怒ってくれているのね)


 ローズマリーは、胸の中が暖かい幸せな気持ちでいっぱいになった。

 アーロンはローズマリーの前へ来ると、深々と頭を下げた。


「ローズマリー嬢! すまない! お願いだ。助けてくれ。僕一人では、近衛騎士達に勝てないんだ!」


 フローラが心配そうな顔で、こちらを見つめています。

 公爵様や侍従長達は、面白そうに笑っています。


(公爵様達は、私が負けると思ってないのかしら。まあ元々、アグニス公爵家は火魔法を得意とする武闘派の家門。そこの護衛侍女の訓練を受けている私です。その私と近衛騎士とのバトルなんて、見てみたいわよね。負けたら、地獄の特訓が待っていそうだわ。それに、フローラに無様な姿は見せたくないわ)


 私は返事をしました。


「承りました。家門の名誉の為に、勝利を勝ち取って参ります」




 そんなこんながあって、アーロン殿下と私 vs 近衛騎士三人との戦いになったのです。

 観客席には、国王夫妻とアグニス公爵家の皆様がおられます。

 

 しかし、三人相手って厳しいです。国王夫妻の本気を感じます。

 殿下とカメリアとの交際を認めたくないのでしょう。

 しかも、私の火魔法と相性の悪い水魔法の近衛騎士達を対戦相手に選んできました。

 剣術だけで三人勝ち抜くとか、無理です!

 私は殿下を抱え、戦略的撤退を繰り返しています。


 ああもう! 前世の知識でなんとかならないかしら!

 ……そうだわ。確か古武術の動画にはまっていたことがあったわ。相手の力を利用して倒すものよ。


 人間の体は力ずくて押されれば、倒されないように抵抗するように出来ている。

 だけど体に触れている手に力が入っていなければ、抵抗はしない。

 だから、体に触れる手は、あくまで柔らかく力を入れない。

 そして腕の力で相手の腕をひねりあげ、相手の重心を崩して倒す!

 これは、こちらの体幹が弱ければ、逆に相手に倒されてしまう。

 触れる部分は柔らかく、芯は強く!

 これが『和』の合気柔術の心得よ!


 私は相手の剣を受け流して接近し、相手の手を捻り、重心を崩して倒しました。

 さらに倒れる騎士の体を、もう1人の騎士の方へ誘導してぶつけたのです。

 2人の体は絡み合って、倒れ込みました。

 これで、あと1人です。


 切りかかってくる剣先から、半歩足を右へずらします。

 そのまま前足を少しあげ、後ろ足を蹴って前へ進みます。

 剣先を真っ直ぐ、相手の鳩尾に向けたまま。

 鳩尾を激しく剣で突かれ、騎士は動きが止まりました。

 その隙に足払いをかけて倒し、首元に剣先を突きつけました。

 相手の近衛騎士は、一瞬のうちに倒されて呆然としたままです。

 何が起こったのかわからないみたい。

 まあ、日本の武道なんてわからないでしょう。


 アーロン殿下もポカーンと口を開けて見ています。

 アグニス公爵家の皆様が座られている場所から、歓声があがりました。


 続いて、騎士がもう1人現れました。

 王家の紋章がついた鎧を着ています。

 なんと、リヒト王弟殿下です。


「アーロン殿下。相手は近衛騎士って言っておられませんでしたか」

「そのはずだ! こんな話は聞いてない!」


 国王夫妻の方を見ると、試合を続けるように指示を出されてます。

 鬼容赦ないです。


 アーロン殿下が、私に回復魔法をかけてくれました。

 王家は、光魔法を持つものが多いです。

 私とリヒト殿下は剣と剣を打ち合い、せめぎあいます。

 顔が近づけば、相手の表情も見えます。


 リヒト殿下は、驚いて目を見開いていました。

 私が王宮にお使いに行くと、リヒト殿下はいつも声をかけてくださるのです。

 ちょっとしたお土産をくださり、とても気持ちの良い方です。

 城下町にお忍びで遊びに来ていたリヒト殿下と偶然お会いして、お茶をしたこともあります。

 楽しかった。


「小柄な男かと思っていたら、ローズマリー嬢でしたか!」

「ご迷惑をおかけしています」

「兄上達に、アーロンが諦めるように説得してくれと頼まれたのですが……。これはまた戦いにくいですね」


 彼は笑っていますが、動きに隙がありません。

 この方、本気で強いです。

 軽く剣を交えながら、話をします。


「ローズマリー嬢は、カメリア嬢とやらにお会いしたことはありますか? どんな女性ですか?」

「……いい子ですわ。努力家で真っ直ぐで可愛くて……」


(小説ではそうだった。回帰前の私達はうまくいかなくて対立していたけれど……、今ならもっといい関係になれるのかしら)


「そうですか。……ふむ。この戦いに勝っても婚約できるわけではないですしね。見聞をひろめる為にも、お付き合いを認めてもいいでしょうね」

「はい?」


 リヒト殿下は、剣をおさめると両手をあげられました。


「降参です。ローズマリー嬢、貴女の勝ちです」

「ええっ!?」


 ここからでも、王妃様の悔しそうな顔が見えました。

 国王様は、額に手を当てて頭を横にふっています。


「勝った……。これでカメリアと堂々と会える。やったー!!」


 アーロン殿下は、拳を握りガッツポーズをしました。

 最高にいい笑顔です。

 アグニス公爵様達が座っている場所からも、大歓声が起こっています。

 フローラは一番前の席まで駆け降りてきて、嬉しそうに私に手をふってくれました。

 その姿が愛しくて、私も手を振り返しました。


 王妃様が、闘技場まで降りてこられました。

 アーロン殿下の前まで来て、扇をピシャリと閉じます。


「アーロン。あなたは王子として失格です!」

「はい……」

「……ですが、母として女性として、あなたの誠実さを誇りに思います」

「母上……!」

「カメリア嬢を大切にね」

「はい!」


 王妃様は優しく微笑むと、王様と闘技場を去られたのでした。




 その後、カメリアはアーロン殿下の友人の一人に認められたのです。

 友人といっても、殿下がカメリアしか見ていないことは、周知の事実。

 アーロン殿下は成人するまで、立太子を見送られることになりました。

 殿下から離れた側近達は、戻ってこないそうです。

 側近達もまだ子どもですから、実家に言われて戻れないこともあるでしょう。


 こんなにも愚かな殿下ですが、私は少し見直したのです。

 かつて、卒業パーティでいきなり婚約破棄を言い出した殿下。

 今回は、ご両親に真っ向から交渉して勝利したのです。

 

 よかったわね、カメリア。

 殿下は、貴女が男爵令嬢でも、国王夫妻を怒らせてでも、私に頭を下げてでも、あなたを大切にしている。

 少し羨ましい。

 そんなふうに愛し愛されるって、どんな感じなのかしら。

 私は、回帰前の記憶が少しずつ薄れている。

 アグニス公爵家の皆とも上手くいっている。

 ローズマリーとして生きていくのも悪くないのかもしれない。






⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎





 しばらくして、王都のアグニス公爵邸にカメリア親子が来たのです。

 カメリアはご両親から教育を受けていて、凛々しい少女になっていました。

 髪を一つに束ね、筋肉がつき、颯爽としています。

 回帰前は、可憐で守ってあげたい美少女だったのですが。


 カメリアの父は、公爵家の騎士団に入団しました。

 彼らは、騎士団の家族寮に住むことになりました。

 公爵様は別邸を用意されたそうですが、断られたそうです。

 アーロン殿下のお気持ちが変われば、すぐ社交界を追放されて、一騎士として生きていくことになるからと言われたそうです。


 カメリアも、将来は父のように護衛騎士になりたいそうです。

 環境が変わると、人ってここまで変わるものなのね。

 カメリアは、アーロン殿下との結婚を夢見ていませんでした。

 両親から、殿下の想いは一時の気の迷いだと教えられたそうです。

 ……アーロン殿下、頑張ってください。




 しばらくして、フローラとカメリアは、お茶会をすることになりました。

 カメリアはフローラの従姉妹で、元公爵令嬢の母からマナーを学んでいました。

 お茶会で2人の相性をみて、フローラの侍女候補にするか見極めようというのです。



 ローズマリーは回復前の人生を思い出した。


 家に来たばかりの義妹カメリアと、関わり方が分からなかった。

 仲良くしてと言われても、どうしていいか分からなかった。

 だから彼女の大事な物を知ることで、共通点が持てると思ったのだ。

 扉が開いていたので、覗き込むと机の上にネックレスがあった。

 それを手に取ってみた時、突然侍女に怒鳴られてうっかりそれを壊してしまった。

 それは、カメリアの両親の形見だったのだ。

 それ以来カメリアは、自分を見ると睨んで逃げるようになってしまった。

 そして私は、義妹と会うのが苦手になってしまった。


 ローズマリーは、大きく深呼吸をする。

 2人のためにも、お茶会を成功させたいと思った。

 お互いの好きなお菓子やお茶を調べて用意する。

 話題に困らないように、カメリアの情報をフローラに伝えた。

 気持ちよく過ごせるように、細部まで気を配ったのだ。


 お茶会当日、ローズマリーが磨き上げたフローラを見て、カメリアは頬を赤らめて見惚れていた。

 ローズマリーは側に控え、心の中でガッツポーズをしたのだった。

 フローラとカメリアは、たくさんお菓子を食べ、たくさんお喋りをして楽しんだ。

 フローラが刺繍をしたハンカチをカメリアにプレゼントすると、カメリアが急に泣き出した。


「フローラ様と仲良くしていただいて嬉しいです。私、パパとママの看病を一生懸命頑張ったのに良くならなかったことがあったんです。死んでしまったらどうしようって怖くて哀しくて……。その時フローラ様達が、私の両親を助けてくれました。私、フローラ様のこと絶対に守ります。私の大切な方達です……」


 カメリアは泣き出して、フローラに抱きついた。

 フローラは、カメリアを優しく抱き締めかえした。


「大丈夫ですよ。大丈夫……」


 フローラは、ローズマリーがいつもそうしてくれるように、カメリアを慰めたのだった。


 

 カメリアは魂が震えた。

 両親が流行病に倒れた時、公爵家の執事長が現れて静養地へ送ってもらえたのだ。

 手厚い看護を受けて、重篤だった両親は助かった。

 母がアグニス公爵家の妹であることを、初めて知った。

 ボランティアをしていた孤児院で、貴族達の噂から両親は公爵家の恥さらしだと言われているのを知った。

 恐ろしくてたまらなかった。


(それなのにフローラお嬢様は、私に暖かく優しく接してくださる。まさに天使! 彼女との時間は、私の宝物です。一緒にいられるなら、何でもするわ)


 彼女は、フローラに真心を捧げ守ってあげたいと神に誓ったのだった。


(本当なら、身分違いで近づくことも出来なかった高貴な淑女。それが私のフローラお嬢様なのです。フローラ様は優しすぎるゆえに、狡い人達も近づいてくることでしょう。安心してください。私がフローラお嬢様をお守りします!)


 お茶会が終わり、カメリアは去っていくフローラの影にひざまずいて、そっとキスをした。

 ローズマリーは、そんなカメリアを見てしまった。ゾワァッと鳥肌がたつ。


(カメリアがフローラに心酔しすぎていませんか? これはちょっと危ない気がします。大丈夫なの? アーロン殿下とのことはどうなるの?)


 その夜、ローズマリーはなかなか寝つけなくて悪夢にうなされた。

 夢の中で、フローラとカメリアが抱きあい、アーロン殿下を断罪している。

 ローズマリーは、原作を改変してやろうと思ってはいた。

 しかし、斜め上すぎる悪夢にローズマリーは飛び起き、ぐったりと疲れてしまった。


 その後も、ローズマリーは2人が仲良く過ごせるように気を配り、環境を整えてあげた。

 フローラ達は、本当に仲の良い姉妹のようだった。

 時々カメリアは、「フローラ様のためなら死ねる」と呟き、ローズマリーを引かせた。




 ある日、フローラとカメリアとアーロンのお茶会が催された。

 アーロンは、カメリアに質問する。


「カメリアは何か夢はあるかい?」

「はい!」

「それは何? よければ僕に手伝わせてほしい」

「はい、それは……」


 アーロン殿下は、頑張ってカメリアとの仲を深めようとなさってます。

 カメリアはモジモジとして、あざと可愛いいです。

 もう勝手にやってくれって感じです。

 カメリアは言いました。


「フローラお嬢様の護衛侍女になることです!」

「……ええ!?」


 アーロン殿下が固まっています。

 私も驚きました。

 フローラは顔をちょこんとかしげました。


「え? フローラはいらないよ。ローズマリーがいるもの!」

「ええっ!? そんな……!」

「ローズマリーは、強くて賢くて美しくて、それにとっても優しいの! 憧れなの!」

「光栄です。フローラ様」


 フローラが、大輪の花が開くような笑顔で私を見つめます。誇らしく嬉しいです。

 私もニッコリと微笑み返しました。

 なぜかカメリアが私を憎しみの籠った目で睨んできたので、心の中で焦ってしまいました。

 アーロン殿下は、真っ白に燃え尽きています。

 カメリアとアーロン殿下とフローラの最初のお茶会は、こんな感じで終わってしまったのです。





★★★★★








「裏切り者」


 あの麗しいアグニス公爵閣下が、憎悪がこめられた目で私を見つめた。


(違うのです! お義父様! 私は、あなたの名誉を傷つける傲慢なフローラお義姉様をいさめたかっただけなのです!)


 声が出ない。公爵の美しい瞳から、ルビーのような血の涙が流れる。

 私は亡き両親から、アグニス公爵夫妻への恩を聞かされて育った。

 彼らが助命してくれなかったら、私は生まれなかったと。


 ……私は間違えてしまったのだ。取り返しのつかないことをしてしまった

 私がすべきことは、大恩あるお義父様の宝物を守ることだったのに。

 お義姉様を守らなければいけなかった。

 …………今の私に存在している価値はない…………。

 …………その後のことは本当に地獄で、もう何も考えたくない…………。


 ブツッと音がして世界が暗転した。




 汗だくになって、私は目が覚めた。

 悪い夢を見ていたのだろうか。胸の奥が苦しい。夢の内容は覚えていない。

 特訓して、あのローズマリー様を追い越して、フローラお嬢様の護衛騎士になる。

 それが私の夢だ。


 カメリアは急いで着替えて、早朝トレーニングへ出かけた。


 ローズマリー様は手強い。強さの底が見えない。

 私が早朝の訓練場に到着すると、すでにローズマリー様とウィリー騎士団長様が走っていた。


「ローズマリー! 今朝も絶好調だなあ! 俺と最強目指そうぜ!」

「だから違いますってば! もう! 昨夜食べ過ぎたから走ってるだけと言っているでしょう!」

「おはようございます!」


私は、お二人に挨拶をしました。


「おう!頑張ってるな。嬢ちゃん」

「あら、早いわね。カメリア」


 お二人は、すごい勢いで走っていくのです。必死でくらいついて走るが、すぐ周回遅れになってしまう。


「今日はこのへんで止めとくか」

「そうね。もうちょっと走りたいけれど、この後の仕事に支障が出たら困るしね」


 ゼエゼエハアハア…………。

 私は太腿が笑って、痛くて泣きそうです。


「嬢ちゃんもほどほどにな」

「そうよ。まだ子どもなんだから、無理しないでね」


 お二人は笑顔で、お仕事に向かわれたのでした。


(体力お化けだわ……)


 私は座りこんで、息を整えるので精一杯でした。



 アグニス公爵騎士団の家族寮に、私達家族は住んでいる。

 父は、アグニス騎士団に入団して鍛え直している。

 母は家にこもっていて、私に淑女教育を教えてくれている。本当はフローラお嬢様の家庭教師を願い出たらしいのですが、ローズマリー様がいらっしゃるので十分だと断られたらしい。

 ローズマリー様は、どこまでも私達に立ちはだかる高い壁です。いつか超えなければいけません!

 フローラお嬢様は、笑顔が可愛らしいとても素敵なお嬢様です。

 あの方の為ならば、私は何でもします。


 アーロン殿下……、あの方を考えると胸の奥が沈みこむのよね。何故かしら?

 私達がアグニス公爵邸に住めるようになったのは、アーロン殿下達が頑張ってくれたからだと聞きました。

 こんなにもよくしてくださって、本当に感謝しかありません。申し訳ないくらいです。

 両親は、アーロン殿下の一時の気の迷いだろうと言います。

 彼が大きくなったら、身分の高い別の女に浮気して私は捨てられると言うのです。

 はあ……、気が重いわ。


 アーロン殿下から贈られた大量のドレスやアクセサリーを見て、私は深いため息をついたのでした。


 しばらくして、私はフローラ様の侍女見習いとして働けることになった。

 私の努力がやっと認められたのだ。

 フローラ様もやがて学校に通われる。その時に、学校内でも護衛出来る者がいた方がいいとなったのだ。

 ローズマリー様が、私の護衛侍女の訓練をサポートしてくださることになった。


「よろしくお願いいたします!」

「よろしくね。カメリア。これから仲良くしていただけると嬉しいわ」

「はい!」


 ローズマリー様は、嬉しそうに微笑んだ。


「護衛侍女として、執事長や侍女長の訓練を受けるの。とても厳しいわ。私は姉弟子で、貴女は妹弟子になるのね。姉妹みたいなものよね。分からないことがあれば、遠慮なく聞いてね。」

「姉妹ですか」

「ええ。私、本当はあなたと仲良くなりたかったの。だから嬉しいわ」

「近衛騎士にも勝ったローズマリー様にそう言っていただけると嬉しいです。頑張りますね!」


 カメリアは、不思議と胸の奥にある暗く冷たいものが溶けていくのを感じていた。


(この感じは何かしら? 何をしても気分が晴れなかったのに。ローズマリー様は不思議な女性ね。……でも彼女はライバルです。フローラ様の寵愛を勝ち取るのは、この私! 負けません!)

 

ローズマリーとカメリアは、お互いに微笑みあったのだった。







最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。



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